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2010年1月27日 (水)

■それを知るには、やるしかない -更新第412回-

いい加減良いトシにもなって、親からは次の世代を求められることもある。
その度に思う。
親は……つまり祖父・祖母になろうとする二人は、
孫に何を見るんだろう?
なんで人間の親は、孫を求めるんだ?

オイサンの父と母は、オイサンとその兄をもうけたことで
ある意味で個の動物としての使命を、既に全うしたはずだ。

  そんなことで割り切って人間が満足するとか、
  そういう風に考えてる訳でも勿論ないけれど。
  それでも思うんだから仕方ないだろ。
  そこも割り切れはしないんだ。

孫を得ることで、まだその孫と何かをしたい、
孫を使って(というと聞こえは悪いが)新しい満足を求めたいのだろうか。
それとも、孫こそが彼らの求める終着点、結果の姿なのだろうか。


  後者……のような気は、するんだけど。


子を持ち育てた経験のある彼らにしてみれば、
人は子を持って育て上げて一人前であって、
であれば、自分の子が一人前になるのを見届けること、
つまり子が子を持つまでを見届けてこそ、
ようやく彼らの仕事が全うされたことの証になるとか、
……そんな風には、読み取れないことはないんだけど。

そんなことを隣席の同期と話していて、辿り着いた。


  「それを知るには、やるしかない」。


孫を待つ者・孫を抱いて笑顔をこぼす者の気持ちを知るには
自分がその身になるのが一番なんだろうな。

……ん?
案外うちの父母も、
「それを知りもしないで、知りたいから」
なろうとしてたりするんだろうか。


……。


マそりゃねえな。
父上殿はそんなに理屈の回る方じゃなし、
母もあれで脳天気だし。
ヤレヤレ。
誰に似たんだろう、オイサンの、この頭でっかちは。


マなんにしても、
恋にしろ、
結婚にしろ、
動機がそんな興味にしかないうちは望む形のモノは生まれはしないだろうし、
上手く運ぶハズもないんだけど。
ままならないねえ。





あーあ。





どっかに手帳、落ちてないかなあ。





オイサンでした。




 

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