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2016年9月の4件の投稿

2016年9月25日 (日)

■『この美術部には問題がある!』問題について考えるひとりシンポジウム~このアニメ視聴スタイルには問題がある? -更新第1090回-

せっかく高い金払ってページを引っ越してきたのだからなんか書いとこう、
くらいのセコイ気持ちなのだが、引っ越しには特に金も払っていない
(一応有料のブログサービスではあるが以前から加入済みだった)!!
なんなんだ。俺は。
死か。
精神的な、死か。文化的な魂の死なのかこれは。

いやだ! 俺はまだ死にたくない!! というほど死にたくないわけでもない!
なんてことだ!!

10年くらい前までは、面白そうなゲームが発表されると
「コレをやるまでは死ねない!」
などと考えることもあったしそれが生きる馬力の主な発生源だったけれども、今はそれも特にない!

痛くも苦しくもないのなら、別にスッと逝ってもさほど困らないなあ、というか、
昨日は雨が弱く降ったり強く降ったり、
午後に入ってからはずっと降りしきっていたのだけれども、
昼ゴハンを食べてしとしとと傘の陰に入りながら、
「『死ぬ』なんていうのは、こんな何でもない日にふっと起こったりするのだろうなあ」、
などと考えていた。

特に、死ぬ予定も予兆もないけども、だ。
無いから逆に怖かったりもするが。
急に言ってきたりしてね。
あ、もしもし夜遅くにゴメン。寝てた? あんな、急で悪いけど明日死んでくれる? 
言うの忘れててん

みたいな。
「結構前から決まってたけど言い出せなかった」とかな。
何の話か。

あー、でもアレだ、『有頂天家族』の2期が決まったらしいから、
これは見るまではちょっとまだ生きてたいかな。


オイサンです。


巷では、映画『君の名は』とか『聲の形』が、それはもう大変に素晴らしいデキだと
これまた『シン・ゴジラ』に続いて大絶賛が続いており、
日本映画界はは一体どうしてしまったのか、
それならまあ見に行ってみるか、くらいの興味も湧けば多少生き永らえる理由にもなりそうなものだが、
そんな世間様の評判一つで興味が湧くくらいならオタクになぞなっていないわけで、
むしろ殆ど世間の話題に上らないジブリの『レッドタートル』の方になら随分前から興味は湧いている。

面白そうじゃん。

ほんならそっち見に行ったったらエエやないか、っちゅう話なんですけどね、ええ。
そっちの方が劇場も随分空いてらっしゃるご様子ですし。
いやあ……そっかあ。
ジブリで閑古鳥が鳴いて、京アニと新海作品がブイブイいわしてますか。
時代は移ろったねえ、いよいよ。……って感じですな。

『君の名は』の方は、
大半のジブリ作品の歴代興行収入をブッ千切る勢いで(事実ブッ千切りつつ)爆進中だそうなのですが、
新海監督ご本人のインタビューを読むと
「本人はそんな大したモンじゃないので困っちゃう」的なコメントをしておられた。
マそんなご本人評価額はともかく、
この作品には、嘗てジブリに属し、『千と千尋』の成功を支えたという原画監督氏が参加されているということで、
現在ジブリの『レッドタートル』をプロデュースする鈴木敏夫Pがこの好調を横目に見つつ
自作の興行的勢いの無さに自嘲的なコメントをつけるのを見るにつけ、
この『君の名は。』の好調は、実は彼が裏で糸の一端を引いたものであって、
ジブリ時代の終焉を強く象徴付け、未だジブリの「神通力」を信じて固執するジブリスタッフたちの目を覚まさせて
あわよくば沈みゆくジブリからの脱出を促そうという企みの流れであり、
思惑であり、親心なのではないだろうか、などと勘ぐってみたりもするのである。
無論完全に適当な妄想です。
けど、あのおじさんのしたたかさならやりかねないなーと思う自分もいるわけで、
だからこその妄想なんだけど。


■このアニメ視聴スタイルと基準には問題がある!?
     ~『この美術部には問題がある!』問題を考える

ところで今期のアニメでいえば、
毎週毎週楽しみに見ていたのは『この美術部には問題がある!』なのだった。
『NEW GAMEだゾイ!』でもなければ、
『あまんちゅだウピョー!』でもなく、
ましてや『甘々と稲妻じゃないデスカ!』でもない。
『この美術部には問題がある!』なのだったのである。

▼「この美術部には問題がある!」PV



であるが、イザ、じゃあこの作品の何がそんなに面白いのであるか! について
いっちょ書いてみっか!
……と思ったところで、何話か見返してみても、別にあんまり面白くはないことが分かった。

ただただ毎週見る分にストレスがなく、
初見で楽しむ分には話ごとに必要十分な心地よいゆるゆるフックはあって、
……あ、フックですよ、ファックじゃありませんよ、ゆるゆるファックではない……
何が面白かったかは思い出せないけど、とにかくアッハッハと毎週楽しい時間だった、
という記憶だけが残るので次週も積極的に見に行けるのだが、
それは二度目以降に輝きを保つような要素ではなく、
見終わったらスッと消えて残らない、もう一度見ても再現されない類のものだった。

これはまあ、週刊物語の作り手の仕事としては素晴らしい手腕でもあるのだけれども、
そこから喜びを得た受け手としては中々に寂しい、ショッキングなことでもあって、
あとから振り返ったときに「俺は一体、コレの何に喜びを見出していたのだろうか」と、
愕然とすることがある。
愕然は言い過ぎだが……それでも、ぶつけられて、小首をかしげる程度の石礫ではあるのだ。

いわゆる
「見てる間はサイコーに楽しいが終わってみたらすぐに忘れて残らないやーつ」
なのであった。
これを「面白い、それで十分だ」と分類する人もあれば、
何も残らないものを「面白い」としてよいのか、と考える人もある、という視点で
この先は読まれたい。

どこかに何か、心を強く拡縮させる鮮やかさがあれば、
見返すのに十分な動機になりえるので、BDやDVDを購入する訴求力にもなる。
それが全編に渡って埋め込まれている必要はなくて、
全体のうちの何話かでもそういう話だったら、その巻数だけ買うこともあるだろう。
小さなきっかけが段階を追って埋め込まれ、ある一点で匂いわたる大きな花が咲く……
という構成であれば尚のこと言うことがないし、全話数揃えて持つ必然性にもなる。

  ……しかしそれをするのに、20数分の話が13本、というのはいかにも長すぎる気はする。
  案外、『ヤマノススメ』2期がやった10分チョイ×24、5話という構成のテンションは
  最適だったのではなかろうか。
  あくまでも構成の妙の話であって、『ヤマノススメ』がその鮮やかさを体現していたか、
  と言われたら、部分的には素晴らしいところもあったと思えどそこまでではないと思うけど。

この作品を貫通する目に見える軸としては、宇佐美さんの、内巻くんに対するラブいコメくらいしかないものね……。
より長く深く、強く愛される映像作品であるには、
何か、オリジナルめいた要素をいくらか付加しても良かったように思う。
原作クラッシャーの汚名を着るリスクを負うことになる、かも知れない、けれども。

  原作の味に逆らうベクトルを持つ要素でなければ……付け足してもいいと思うんだけどねえ。
  だめですかね。許されませんかね。
  原作と同じ時間軸で終わることができない以上、
  アニメがアニメとして自立・完結するための軸を、独自に用意することは
  許容されてしかるべきではないのだろうか?
  無論、原作がその目的で流用できる要素をもたなければがの話だが。
  あるんだったらありものをキッチリ使うべきだと思う。

また、そのフックとなる鮮やかさの要素は、
痛みや苦み、悲しみであればある程度「容易に」盛り込むことは出来ようけれども、
『この美術部~』という作品にそれは適当ではあるまい。
そういう効果を狙える話や通底する要素が、原作にないのかもしれないし、
原作にはあるけどアニメ制作サイドがそれを採用しなかった・うまく表現出来なかっただけかもしれない。
別に「良い話」じゃなくて、トチ狂っててぞわっとするような話でもいい。
不可解な、え、ナニそれどういうことなの……みたいな、
『戦国コレクション』の秀吉回のような。
イヤ、別段比較する気はないのであるぞい。例示であるウピョー。
個人的な感想であるぞ。

  それをものの見事に「喜び」でもって体現した『のんのんびより』の1期・2期の1話は
  個人的には尚のこと価値が高いと思う。

全編通してこの作品を支えている一番のキャラクターは宇佐美さんで、
彼女の生き生きとした表情が全て、なのだとは思うけど……
それはそれでまた、一本調子だったかなあ。

ただこの作品、コメディの色調は強いけども、
日々忘れ消えてゆく青春の一コマ一コマをまんま並べた、という意味では、
かなりしっかりと「日常系」だとも思うのですよね。
日常と呼ぶには突飛な人たちばかり出てきてしまうのでなかなか素直に受け止められないけど。
コメディと日常のはざまで、
うまいことまとまり切らずにボソボソになったお好み焼き、みたいになってしまった気がする。
本当に何もない一日、宇佐美さんが内巻くんのことをすっかり忘れて過ごす日とかがあっても
良かったのではないだろうか。

好きなキャラは、宇佐美さんの友人女子三人組。
最初に見たのが3話目で、いい具合にちょっかいかけてくるあの三人の味に惹かれた。
メインどころのキャラでは伊万莉さん。
美少女だけど痛いオタク、というキャラ設定はイマドキ都合のいいありがちなもので
終盤の話数では痛さが強調されることも多かったけど、
出始めの頃とか、ことさら痛味を強調される場面以外では普通風味で
変なところでリアルだな、と思っていた。
あとこのアニメ、画の情報量がちょうどいいくらいで、本当に気分よく見られてしまう。
線も色も動きもシンプルで疲れない。


とまあ、そんなところで……。


果たして来年の正月を迎える頃、この作品のことをどの程度覚えていられるものか。
「2期やらないかなー」と言えるかどうか。
ちょっと望み薄だなあ、と……
今期一番楽しんで見た作品の感想が、「終わってみたらあんまり面白くなかった」っていうのでは
さすがにちょっと問題がある気がする。

唯一、OPのサビが。

 ♪ 全力を知った者だけ 触れられる夢がある ……!

の一節だけが、ひたすらわが身に苦い。
水樹奈々の歌やキャラクターはあまり得意ではないが、
よりによって彼女にこれを言われてしまっては、何も言い返すことがない。

うーん。
もっとアレかなあ、見る作品の基準を考えた方が良いのかもしれない。
楽に見られるのはもちろん結構なことなのだが、モ少し、なんらか残るものを見たいわ。

オイサンでした。


 

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2016年9月19日 (月)

■改めて、移転のご挨拶~『ゆび先はもう一つの心臓』ReStart~ -更新第1089回-

 
 
 
 一人の男が大仏の前にやってきた。

 日々の暮らしにくたびれ果てた男は、もはやなにごとにも希望を持てず、
疑問に駆られてばかりいた。さりとて、男は救いを求めに来たのでもなかっ
た。この国には神も仏もないことを身に沁みて知り、それを確かめにやって
きたのだった。

 大仏は……遠くない潮風に曝され続けて汚れていた。それを詰る眦できつ
く見上げ、お前は何のためにこんな所に座りこけているのか、作った連中も
一体何をさせたかったのだと問いかけ続け、どうあろうと目の前のそれがた
だの鋳物の塊であったと見届けると、そんな物に悪態を吐くのもみじめだと
小さな納得をして、男は踵を返した。

 と、目の前に一人の婆様が立っていた。男に声をかけるところだったのだ
ろう、手を肩の高さにまで上げ、驚いた顔をしていた。

「すみません。写真を撮ってもらえないかしら」

 ゆるりと笑いかけられて、男は上手い断り方を思いつく前にカメラを受け
取ってしまっていた。まただ。押しつけられたカメラは銀色に光るデジタル
式で、およそ年寄りには似つかわしくない、この日のための重厚な最新式だ
った。
 ため息混じり、男は、婆様が家族の所へ戻ったのを見届けて、ろくな合図
も出さずにとりあえず大仏と一緒にフレームに収めてみた。
 すると、その眺めは、男の目にも妙に馴染んで映った。幼子を腰にとまら
せた婆様の顔は見れば見るほど皺くちゃで、壮年の出口にある夫婦はこなれ
た笑みを浮かべていた。年頃の娘は気もそぞろ、両親たちに気付かれぬよう、
陰で握った携帯電話をひたすら気にしている。
 見るまでもなく、周りには同じ光景がそこかしこにある。男のすぐ隣では、
青い目の男が嬉しそうに何度もシャッターを切った。お前はよその宗教だろ
う? 呆れにつられ、男の鼻から息が漏れた。
 長い時間の終端に、どこかまとまりを欠きながら、この膝元に集ってしま
った我らがいる。花曇りの空から陽がこぼれ、頭に鳶をとまらせた仏の頬に、
七百年の錆が一つ増えた。
 それじゃあ撮りますよ。
 男はデジタルな画面を通して婆様から目を離さず、ゆび先に静かな力を伝
えた。
 
 
 

 
……。
 
 
 
はいどうも。オイサンです。



私の名は、ブログを引っ越してきたもののコレと言った更新もせずロクに挨拶しないマン!
さあ君たち、ここは私に任せて逃げるんだ!

……えー、この連休の初日に、また鎌倉へ行ってきた(唐突)。

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そんなに何べんも、何を見る物がそんなにあるんだと言われそうだが、マ少しい遠い散歩のようなもので。

目的は2つ。

一つは、
使い始めてぼちぼち2年半になるカメラのRX1さんに、一つ新しい機能を発見したので、
それを試し使いするため。
別に隠し機能でも何でもない、ただオイサン見落としていたというか、
当初気付きながらも「マあんまり使うモノでもないだろ」とタカをくくって放っておいたものに、
改めて興味と使い出が出てきたので、勉強のために。
初めてRX1の練習らしい練習をしに行ったのも鎌倉だったしね。

もう一つは、
ベトナム式サンドイッチ、バインミーを食べに。
前回行った時も食べて、そこそこ美味しかった記憶があるけどそれを確かめにもう一度。
おやっさん、パクチー大盛りで(そんなこと出来たかどうか憶えてない)!

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バインミー、美味しかったです。パクチー大盛りも出来た。
しかし大盛りにしたはいいようなものの、本当に大盛りっていうか、
バランスが全く無視されて、ただの手入れをサボったプランターみたいなのが出てくるのはいただけませんな。
もう少しこう……食べ易さに考慮した挟み込み方をご検討願いたい。
ただただ、パクチーだけをむさぼるための時間が出来ちゃうんだもの。
ホント牛かヤギの気分ですよ。モッシャモッシャ。


カメラ機能お試しの方も……マ上々。
機能というのは「超解像ズーム」という奴で、
単焦点レンズのRX1さんでも、ズームっぽいことを疑似的にやれますよ、というモノ。
言ってしまえば、フォーカスしたい領域をカメラの方でクリッピング(切り抜き)して、
劣化を最小限に抑えた拡大をする、という仕組みのご様子。
デジタルズームのすごい版です。
そもそも単焦点であることを覚悟して買ったので、当初は封印してたのだけど、
マぼちぼち、バリエーションとしてはあってもいいか、ということで今回解禁。

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使ってみたけど、使える場面では役に立つ、という感じ。
歩み寄らずに近付きたい、角度を変えずに画角を変えたい、とか、そういう感じか。

メデタシメデタシ。



……デ、冒頭の掌編。



これは、2005年にオイサンが書いたモノで、
ケータイで読む短編のコンテストか何かに応募するための作品だった。
制限800字だったかしら、なんかそんな感じ。
今回ちょっとずつ手を加えちゃったから、800字には収まってないと思うけど。
中に出てくる「大仏」は、勿論長谷の大仏様ね。
奈良じゃない方。
十年以上前に書いたものなんで中身は多少アレではあるものの、
当時感じた感触は、今もあまり変わっていない。

オイサンが鎌倉に頻繁に通うようになって十年近くなることを示す作品なワケだけど……
そもそもオイサンの初めての二次元聖地巡礼が鎌倉で、それが2000年くらいだと思う。
もう何べんも書いてるけど。『NOeL~la neige~』で。


▼NOeL~La neige~ 店頭PV


▼NOeL~La neige~ OP


ここ数年、鎌倉に行くと、大仏様の間で小一時間、場合によってはそれ以上、
ボーっと座っているようにしている。

  別に地べたじゃなくてね。ここがオイサンの特等席。

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  大体朝早いモンだから、人もそんなにいない。

そうすると色んな人、色んなタイプの人の集まりがやって来ては去っていく。
オイサンの様なベテランはそう多くはないので、
皆さん新鮮そうに、楽しそうに眺めていきなさる。

  かく言うオイサンも、大仏様の中は今回初めて見たんだけど。
  あんなただの空洞になってるとは思わなかった。

そんな中に時々、本格派の祈り人がやってくる。
どの辺の国の人なんだろう。仏教の本場なんだろうか。
アジアの方には出掛けたことがないので、アジア系、とか東南アジア系とか、
そんなおおざっぱすぎる括り方しかできないが、
タイ、ミャンマー、ベトナム……そんなところなのかしら。
彼らはやってくるや、先ず真っ先に靴を脱ぎ、素足になって大仏様の真正面に正座をなさいます。
長谷の大仏様は屋外にある。屋根もなければ床も敷物もない。
そこでイキナリ裸足になって座ります。
次に、地面に頭をこすりつけて本格的に祈りを捧げ始めます。
これは、初めて見るとちょっとびっくりする。なかなか迫力があります。

勿論全然ダメじゃなくて(お寺側のルールは知らないけど、個人的には)、
おお、本格派はすげえな、と感心することしきり……
彼らは、なんなんでしょう、
あの仏様の素性をご存知でああされるのか、
それとも「仏様」に対しては素性がどうであろうと分け隔てなく、
あのように敬意を表して、何かを求め、あるいは何かを捧げるために、あの姿勢をとるのでしょうか。
それとも、もっと具体的な何かをあの像の上に見、それが何かを知ったうえで
あのような畏敬を露わにするのか。

オイサンには、ちょっとわからない。

日本人だって、プロフェッショナルは当然、様々理解したうえでまさに念を唱えて送るし、
我々素人でも、型を心得て祈りを捧げます。
けれども、プロはともかく、素人の捧げる祈りの対象は、
あの像や、仏様という総称的な概念そのものではなく……あくまでも、
その先にいる自分たちのご先祖の霊(に代表される具体的な存在)なのではないだろうか、
という気がする。

心底、「仏様」という総体的な存在が救い、与えてくれることがあるとはコレッポッチも思っていなくて、
ただ「過去に生きた先人たちへの敬い」を、かの像に象徴される仏という概念を通じて、
露わにしている……ように、オイサンは感じている。

海の向こうからやってくる本格派の祈りを持った彼らは、
果たしてどうなんだろうか……そんなフシギが、胸を占めます。

けれどもまあ、いずれにしたって、その祈りの行いが……信仰が、
彼らの生きていく中で、より良い生に繋がるための物事にこたえるためのものであるならば……
(それを「豊かにする」と表すけれど)、
充分に価値のあることなのだと思うし、
それに代わるものを己が持っているだろうかということを、
今一度己に問い直してみるのも、充分に意義のあることだなあと思うオイサンなのでした。


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マそんな感じでヒトツ。

……えー、だいたいね。
お分かりいただけましたでしょうかね。こんなことを書くブログですよ。
宗教とか、説教臭いこと限定ではないけども。

小さな旅と、写真と、食べ物と。ときどきアニメにゲームと、
ちょっとした書き物で綴る、黄昏人生爆笑絵巻、『ゆび先はもう一つの心臓(A)』。
コンゴトモ、アラフォーのうたとおどり(右往左往)でお楽しみください。


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  大仏「以上、オイサン(41・独身・男)がお送りしましt……
      このハス型マイク、ちゃんと拾えてる?」



……「独身」って情報、いる?
 
 
 

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2016年9月 4日 (日)

■北風と台風~北へ。21・朱鞠内・名寄・旭川・美瑛~-更新第1088回-

オイサン子ちゃんです。ウフ。

北海道行ってきちゃいました。
 

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21回目。

場所は、朱鞠内湖。
旭川から北へ、列車で1時間かけて名寄へ、そこからさらにバスで1時間、西へ。





キャンプと魚釣りしかすることのないようなアウトドアな場所です。
日本最大の人造湖。


  「なぜ、朱鞠内湖なのか?」と聞かれます。


そんなもん知りません。理由なんかありません。
「おっ」と思ったんです。「あるね」と思ったんです。


  「キャンプも魚釣りもしないお前が、そこで何をするのか?」と聞かれます。


わかりません。
まあ、なにもなくても、のんびりくらいは出来るでしょう。
 
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せいぜい言えるのは、
「名前がカッコ良かったのと、日本で一番寒いのを記録したところだから?
 あと、ホントは音威子府に泊まりたかったけど、
 宿が見つかんなかったから、ちょっと南だけどココにした」
ってくらいです。

湖のほとりで、ボンヤリのんびりして、写真でも撮って。
そんな時間を過ごせれば十分。


  ……しかしこの人、のんびりするつもりで行ったけど、
  結局それについては、今回も9割方失敗してるかんな。


いつもは必ず終着の稚内まで乗る宗谷本線、
これを途中で降りるのも初めての経験。
名寄の町をぶらついて。

あとは……マ、ベースはいつもの旭川なので。
なじみの喫茶店に寄って、近くをちょっとぶらついて。
今回は、いつもの美瑛ではなく、滝川とか深川とか、そういう方へ行ってみようかな、とも思ったんだけど、
色々事情があってやめました。
台風、来てたんでね。
10号さんが、また……予測のつかないトリッキーな動きをしてくれるもんだから。
さんざん踊らされてしまったよ。勘弁してほしいよねえw
お天道様には逆らえない、とはいえ。
いやあ、なかなか。
もしもに備えて動きやすくしておきたかったから、
予定を変更して良く知ってる場所、空港に近い場所ですませることにした。
最後までハラハラさせられた。

けれども、まあ、ナンボか見慣れた場所とはいえ、
歩いてない道なんて、試される大地さんにはまだまだいっくらでもあるわけで。
まだまだ知らなかった、新しい、素敵な風景にたくさん出会うことが出来ました。

天気予報さんは言いました。
「言っとくけどお前、お前の行ってる間、ずっと雨だかんな」。

おー、そっかー。残念だな。
でもまあ、20回も行ってりゃそういうこともあるさ。
イイよ別に。しょうがない。

……初日を除いて、アホみたいに晴れました。
ワンダフル北海道。

行き慣れた、いつもと変わらぬ北海道のつもりだったけど、
今回。帰ってきてみると、手のひらに残る感触がいつもと少し違っていた。
なんだろうか、このさみしさは。
何かが掌からこぼれ落ちたカンジは。

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とても楽しく、とても美しく、充実して、
けれどもさみしさの残る4日間。
貴重な旅の記録です。



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2016年9月 3日 (土)

■ねこはあの世へなにも持っていかない -更新第1087回-

Google Chromeの、突然の「『BackSpaceキーで戻る』をやめる」仕様変更が
地味にパンチ効いてて腹立たしいオイサンですけど、
なんか二つ前の記事の更新回数が盛大に間違ってるな。
マいいか(てきとう)。正確な数字に大した意味はない。

ムフフ画像の連続保存がやりづろーてしゃあなあい。はかどらない。
 
 
 
……。
 
 
 
夜。
ジョギングしてたらそこそこ雨に降られてしまって、
一旦家に戻ってから晩ゴハンに出かけたところ、
住宅街の四ツ辻の一つで、一匹の猫と方向がおなじになった。
 
こちらがあとから追う格好で、あちらも雨でピトピトと歩いているから足並みは遅く、
チョイチョイこちらを気にしてくる。
そんなに道幅もないから、
なんかちょっと変わった猫で、
ちょっと道のはじに寄って、
  
 『お前先に行けよ』 

と言わんばかりに、こちらを見上げながら足を止めた。
そう言うなら、こっちだって雨の中さっさと行きたいから行きますけどね、
と追い越して、
なんだかヘンに気にかかって、2、3度振り返りながら、その時は別れた。
 
オイサンの追い越したあとも、やっぱり同じくらいのゆっくりペースで、
ヒトヒトと歩いて、こちらが振り返るごとにピクッと足を止めていた。
お野良さんなのだろう。
  
首尾よく夕メシを調達して戻るとき、
行きとは一つ違う辻を曲がって帰ってきたのだけど、
そこにまた、さっきのお野良さんがいた。
今度はオイサンとすれ違う方向で歩いている。
 
あちらもこちらに気付いたみたいで(とは言っても覚えてるかは知らんけど)、
またピクリと足を止め、決して良いとは言えない汚れた毛並みを低く構えて、
ちょっと譲ってこちらの出方をうかがってきた。

本当に変わった奴だなお前は。昔人間だった?

 「お前、まだここにいんの? どっか雨のかからない場所にでも引っ込んでたら?」

返事はない。
それ以上は構わなかったけど、
なんかこう、
行きと帰りで同じ野良とすれ違うって、変な感じね。



■音を鳴らす道具

せっかく見つけた、いい塩梅だったJVCの耳かけ式イヤホンが生産中止になってしまって、
ハテ次が必要になったらどうしましょと思い悩んでいたところ、
パッと見これが良さゲだったので見に行ってみた。
 





 ▼AKG「Y30U」レビュー:高コスパが魅力のシリーズ初・セミオープン型ヘッドホン
   http://www.phileweb.com/review/article/201603/30/2011.html


お値段そこそこだし、カラーも色々ポップで可愛いし。
セミオープンて言うところがまた、中途半端でいいじゃない。サマルトリアの王子みたいで。
視聴してみたら、音だってオイサンの耳には十分すぎるくらい良かったの。
だけど。
 
その近場で売っていた、こっちがちょっとファンタスティックだった。

音がこちらの方が好みだったのね。圧迫感もないし。
ただ、今回の目的はポータブルなもの。
こちらは……小型で軽量なんだけど、ポータブれるような作りにはなってない。
 
もちろんポータブることも出来るけど、それを大事に考えられたもんではないから……
つまり、今回本来の目的的には上の方が良いワケだけど、いかんせん、
音的に良いものに出会ってしまったら、なんかこう……迷いますね。
困る。
やめてくれる?(って言われても)。
 
家で聴く分には、ヤマハのHPH-200さんが全然元気だし、音は同じくらい良いしね。
悩む要素は特にない(つまり「買う必要がない」方面で)んだけど、
ええいなんじゃい、なんで欲しくなっとるんじゃい。
しかもそこそこお高いやないかい
(Amazonさんではヘンにお高くなってるけど、16000円くらいです)。
 
実家に帰った時に兄に触らせてもらった、新型のPSVitaもなんだか軽くていい感じだったし、
しかもバッテリーのもちが相当良いみたいだしで、ジワジワ来ておる。
なぜここにきて、急に物欲が高まっておるのだろうか。
死ぬのかしら。
 
しかしまあ人間、40も超えると、この先いくらたくさんの物をため込んでも、
あとを引き受けてくれる者がいないとすっぱり意味がなくなってしまうのだね、
ということがチョイチョイ沁みてくる。
物も、心もだよ。
フツーに考えればまだ早いのかもだけど、
けど、
こっから先はいつガケから落ちるように終わりを迎えたって不思議じゃないですもんね。
マ今ならまだ身内がいるから、それはそれでいいんだけど
(エエわけあるかい)。
 
ム、物欲の話からしんみりトーンになってしまった。
つまり安西先生、ヘッドホンが欲しいです。
  
 「困りますよポップ。
   そんなことを言われても、お金がありません!」


あ、アバン先生……ッ! だったら引っ込んでてください!
オイサンでした。
 
 
 

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