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2017年1月の4件の投稿

2017年1月22日 (日)

■はじスマ!~はじめてのスマートフォン~docomo シャープAQUOS EVER SH-02J 使用感など -更新第1105回-

長いこと同じ町に住んでいたり、同じ店に通ったりしていると、
知り合いではないけれどもお互いなんとなく顔くらいは知っているという御仁が幾人か出来るようになる。
言葉を交わすことはないが、それなりに定期的に顔は合わせるという程度の、だ。
そんな彼らの風貌から、
いつの間にか白髪が増えたなとか、老けたな、痩せたな太ったな、
どこかうらぶれたな、などと時の流れを思うことが少なくない。
きっと彼らから見て、オイサンも
「あの人は、初めて見かけたときからすると随分と年をとったな」
と見られているのだろうと思って初めて、時の流れの恐ろしさに戦慄する。

今の町に移り住んで14年になろうとしている。
小学校に上がったばかりの子供が成人する時間が過ぎた。
そうして比較するものでもなければ、
自分に訪れ去っていた時の量を量ることは難しく、
なるほど時間の流れも相対的であるとしたアインシュタインさんはなかなか賢いなと
思い至るのんきなおじさんなのであった。


オイサンです。


昨年最後の日記で、いよいよブラックベリーさんとお別れしたことを書いた。
デいまは新しく、SHARPさんのAQUOS EVERさんとどーにか仲良くなろうとがんばっておるところ。

スペック何やかんやについては、公式のページをご参照ください。

 ▼AQUOS EVER SH-02J
  シャープ公式 : http://www.sharp.co.jp/products/sh02j/
  ドコモ公式  : https://www.nttdocomo.co.jp/product/smart_phone/sh02j/
  価格.com   : http://kakaku.com/item/J0000021976/spec/#tab



■Androidという「環境」

あのですね、AQUOS EVERさん個人の能力がどうこういう以前に、
まずオイサン、スマート電話ってべんりだな! って思いました!
ブラックベリーさんごめん!
でもAndroid電話、ちょうべんり!
そりゃお前、高校生・大学生くらいがPC知らずにいきなりコレ持ったら、
特別な用途を指向しない限り、PCとか要らんわって思うよ。
「超長い文章を打ちたい」とか、
「超絵ぇ描きたい」とか、
「超綺麗な写真を撮って超見せびらかしつつ超保存したい」とか。
そーゆーのない限り、「フツーに」暮らす分には、十分過ぎるもの。

電話、メール、SNS、web、地図、写真、メモ、天気、交通情報……そんなもん?
超必要十分。
ブラックベリーさんなんかお前、この中でまともにやれんの、電話・メール・SNSくらいのモンよ。
日本じゃ。ホントに。
天気予報だって、日本の予報をツブサに見られるのなんか、ないんだもん。webは遅いし。
その分、メール・SNSの入力については超マッハだけどさ。そこはお墨付きだよ。
追随を許さないよ。追随ずっころばしだよ。
ああ。

  マけど、アプリは豊富なんだけど、GooglePlayは、ちょっと探しづらいよね。
  網羅性が低いというか。なんかこう、別にランキングとか人気とかいいから、
  隅っこの方まで細々探したい系男子には向かないね。

オイサンたちはそれ以前のリッチな……
言ってしまえば「過剰に贅沢な」PCでの環境を先に知ってしまっているから
「よくこれだけで満足できるな!」って言うケドさ、
それは舌が肥えてるっていうのと、まあ同じですよ。

  オイサンだって「よく生身の女とセックスしないで我慢できるな」って言われたって、
  そりゃそっちを知らないから二次元で必要十分だって思ってるわけですよ。
  必要十分だし。うるせえなほっとけよ。

アプリも一杯あるし、サクサクふにゃふにゃ動くし、カスタマイズも楽しめるし。
立派だ。
オイサン感動しちゃった。ゴメンなブラックベリーさん。
君のことは今でも好きだよ? 持ってるだけでオンリーワンだった。
ガイジンに「お前なんでそんなの使ってんだよ、それでも日本人か」って言われたのは衝撃だった。
お前の国のスマホだよ。
ガラパゴスは日本のお家芸だよ。



■お値段

「本体価格5万何千円」とか書いてあったので、
お安くなる! と書いてはあれど、
「どうせ2年とか3年とかかけてそれを払うんでしょ」と思っていたが、そうではなかった。
FOMAからは乗り換えサポート割引とかがついて8000円くらいで済んでしまった。
本体代金、ソレで全部。
ムウ、そんなに安くなるのか、だったら……と思って、もともと狙っていたARROWSさんの方も見直してみたけど、
そっちはそういうサポートお値引対象外だったワイ。しっかりしておる。
尚、docomoのMONOはそれを適用すると600円とかになるようだった。
600円て。気の利いたガチャガチャか。
マそんなんで、ヘタすりゃ10万円くらい吹っ飛ぶ気持ちで臨んだものの、10分の1以下で済んじゃった。
ドコモさんも、お客を繋ぎとめようと必死だ。



■大きさ・重さ

重さは、気にならない程度。胸ポケットに入れてても邪魔には感じない。
時々どこに入れてたか忘れる。
大きさも、持ち歩く分には全然問題なく、
ジョギング時にはポケットに入れて走っていても、やはり気にならない。

  まあ冬なので、そもそも着ている物が重いしポケットもたくさんついてるから、
  それで「気にならない」感じになっている可能性はある。

手に持って片手で操作するに当たっては、
5インチのこの大きさではやはり逆サイ(右手で持つと左端)へは親指が届きづらいし、
対角線上となると先ずムリ。縦方向へは、随時本体を掌の中でずらしながら使うしかない。

けどまあ、ブラックベリーさんを使うときも大抵両手持ちだったオイサンには、
それはあんまり関係がないハナシ。
キーボードもqwerty設定で使っているし、
左手で支えて右手でちょんちょん、という使い方をする場合が殆どです。

大きさ的にこの大きさがウリ、というわけではないので、
もう一回りだけ小さいとより良かったかな。



■耐久性

……は、別にとくに試験はしてない。そりゃそうだよ。壊れるよ。
一応、ケースを嵌めて使っている。
(TPUだったか、クラレの新素材だか忘れたけど、どっちか製)。

本当はもう少しゴツめのバンパー的なものが欲しかったが、探しても見つからなかった。
しかし、先日ステッカー貼ったろと思って一回ケースを外して持ってみたら、
「え、剥き身だとこんなに小さかったっけ?」
と驚くほど小さく感じたので、これよりさらに一回りも大きなバンパーとか嵌めたら
ちょっとうっとおしく感じるかもしれない。

ディスプレイ面には、カタさ9Hとかのカッタイガラスを貼ってます。超防御。
……しかしこの9Hのガラス、
「落っことしたら表のガラスは割れずに内側の本体の液晶だけ割れた」とかいう
非常にオイシイ事例もあるご様子。
衝撃吸収せえよwマ油断せず、落っことさないように扱いたいと思います。

……とか言ってる間に、ヨドバシのトイレで一回落としたし、
釧路でスッ転んだとき、左胸ポッケに入れてて左からいったんだけど、
どちらも無傷だったので……マとにかく、その程度には頑丈、と思おう。



■バッテリー

電池のもちは……いいと思う。うん。いいと思う。
なんでこんな煮え切らない感じかというと、
ブラックベリーさんが最早開店休業状態で、
100%充電からでも半日もたずにおやすみタイムを迎えてしまうような状態だったから、
大抵のフツーに動く電源であれば「長い」「快適」と感じてしまうのだw!

  だってブラックベリーさん、
   100% →(あっという間)→ 70% →(ちょっと早め)→ 30% → 突然落ちる ← ここまで半日
  みたいなんだったんだもんw

だがそれではAQUOS EVERさんの評価にならないw
オイサンの使い方としては、

 ・twitterは日がな一日繋ぎっぱなし・定期更新
 ・メール送信2、30通(自分のメモ用が殆ど)
 ・webはチョイ見程度(~30分)、動画・ゲームなどは使わない

その使い方で、朝から無充電で使ってても、日に60%より下になったのは見たことが無い。
先日の摩周湖へも連れて行ったけど、
零下10℃の中で5時間ほど胸ポケットの中に入れっぱなしにしていても
帰ってから残量を見たら90%以上残っていた。「休ませる」ことについては一級品のようだ。

うたい文句では「無充電で3日間使える」とあるが、
マそれは3日目は青息吐息で無理やり生きながらえさせる、みたいな使い方の場合だと思う。
けど、オイサンの使い方なら、Twitterをいくらか制限しさえすれば、
2日は持つんじゃないかなーと思う。そのくらいのモチ加減。

一応、モバイルバッテリーも準備したけど。ANKERの13000mAのやつ。
モバイルバッテリーの実際に充電に使える容量は、
フル容量の60~70%程度と聞いたので、それでも3回は満タンに出来るであろう。
いま試験使用中。
ひとまずAQUOS EVERさんとANKERさんをどちらもフル充電して、
AQUOS EVERさんが30%にまで下がったらANKERさんで充電する、というので
最後にAQUOS EVERさんが空になるまで何日もつか、という感じで。


 ▼アンカーPOWERCORE13000
   


いずれにしても、他のスマートフォンとの比較は出来ず、
オイサンにとっては、今後このモチ具合が標準、ということになるぞ。



■画面

解像度は、1280×800のHD。十二分に見やすいのではないでしょうか。
表示方面でも、目に優しい照明切り替え機能とかあるけどあまり使っていない。

オイサンは、撮った写真は大体FullHD(1920×1080、3:2の物は1620×1080)に縮小して持ち歩くので、
それを無縮小で見られないのがちょっと残念だが、
マそれはタブレットですれば良いだろう。

画面の縦横回転を、
「縦固定か、ジャイロ自動認識か」の2択でしか制御できないのはちょっと不便。
任意に横固定出来る設定も欲しい。
あと、デフォルトの画像ビューアくらいあってもいいんじゃないだろうか、と思う。
画像の回転、反転くらい出来るやつ。
なんでないんだろ。まあブラックベリーさんにもそんな良いモノなかったけど。
ディスプレイの話じゃないな。

見づらいとか反射するとか疲れるとか、特に不自由は感じない。
タッチ感度にも不満はない。
不満はない=フツー、のレベルで話してるけど、結構すごいことだよな。
立派です。



■カメラ

カメラについては、まだ研究中。
アラフォーたちに見せびらかしてもらったiPhoneのカメラほどは、
なんだろうか、劇的に優秀ではない気がする。
地味な印象。
それなりにちゃんと撮れる、くらい。

今のところ「これで十分、これだけあればコンデジ要らないなあ」とまでは、到底思わない。
メモにはなるねー、ぐらいだろうか。ブラックベリーさんよりはいい。
まあこれは、もう少し道具として使いこなしてみないと見えてこない世界がある気がする。

一応フルマニュアルモード(シャッター速度・ISO・焦点距離をいじれる)があって、
かなり好きにやれそうではある。
どうにかうまいコト、マクロっぽく後ろを暈したり出来ないか研究中。

このカメラ(というか、ケータイカメラというデバイス)ならではの味わいは、
使いようで出せると思う。トイカメラ的な遊び方として。

……が、如何せん、操作性が悪い。
各項目の調整をタッチパネル上のゲージでやることになるので、
狙ったところに持っていくのが難しい
(SSを1/160にしたいのに、すぐ1/240とか1/80とかまで行ってしまう など)。
ゲージをじかに触って動かすのではなく、ドロップダウンリストかダイヤルみたいに数値を選択する方が、
設定のしやすさという意味では良いように思う。
ただそうなると、ISOなんかの「蛍光灯・晴れ・曇り」みたいな目安が分かりにくくなるから
その辺は別クチで考えどころだけど。
フルマニュアルで調整可能な項目がちょっとヘンで、

 ・ISO
 ・シャッター速度
 ・F値
 ・ホワイトバランス


とかじゃなくて、

 ・ISO
 ・シャッター速度
 ・焦点距離(単位が分からん)
 ・コントラスト
 ・彩度
 ・明瞭度


とか、なんか画処理パラメータみたいなのが出てくるので、ずいぶん普段と勝手が違う。
まだその辺は試せていない。
面白く使えるようになるといいな。

如何せん本体が薄いし、シャッターキーが液晶上なので、
どうあがいてもブレそうですごい難しい。マうまいことやってくれるんだろうけどさ。
普段使ってるカメラがカメラなので、人任せで上手にやるのはすごい緊張する。

以下、実際に撮った奴。

Dsc_0006 Dsc_0068

Dsc_0079 Dsc_0081 Dsc_0126

Dsc_0189






■操作性と、打鍵のしやすさと、歩きスマホと~
       (便利さ+見やすさ)×入力のし辛さ=危ない



▼操作性。
タッチとかスワイプとか、いわゆるスマートフォンとしての操作性は十分。
何が飛びぬけて良いとは思わないけど、ここがダメ、というところも特にない。
まオイサンの場合、すぐに「これはこういうものなんだろう」と納得してしまうから
呑みこんじゃっただけかも知れないけど。いずれにしても、ガマンならぬほどダメなところはない。

とても便利ポイントには、指紋認証ロック解除がある。
思いのほか精巧で、ちゃんと動く。もっとヘボいかと思ってた。
指を左右何本か登録できるので、
「自分に、どういう持ち方のバリエーションがあるか」を一度確認して、
「こういう触れ方をしたときにサッと解除になってくれると嬉しい」指を登録しておくと
スムーズにやりたいことに移行できる。なかなかです。
解除 → イキナリアプリ立ち上げも出来るようになっている
(特定の指で解除したときに自動で立ち上げるアプリをセットしておける)。
マ使ってないけど。

尚、認証に連続5回失敗すると、一定時間たつまで指紋による解除は受け付けられなくなるけど、
通常のパタン解除(星をなぞるやつ)は効くので不自由することもない。
よく考えられておると思います。カイテキ。

  エモパー(音声ガイドエージェント。Siriみたいなの)とか、
  イルミネーションみたいな見た目寄りの機能は、あるけどOFFにしている。

電源キーとボリュームキーが近くにあって、押し間違えることが時々ある。


▼音関係の設定が、ちょっと大雑把で困った。
音のカテゴリーが「着信」「アラーム」「メディア」の3つに分かれていて、
設定の組み合わせが3種類しかない。

 通常マナー:着信:× アラーム:△ メディア:○
 サイレンス :着信:× アラーム:× メディア:×
           :着信:× アラーム:× メディア:○


   ×:鳴らない ○:鳴る △:アプリ依存

個人的には「着信:× アラーム:○ メディア:×」が欲しかった。
メディアは鳴らしたくないのだが、サイレンスにしてしまうと軒並み全強制OFFで、
アラームが鳴らないのは困る。
アラームはアプリでどうにか対処したが、メディア音を常時強制OFFする方法がないかは模索中。

定期的に、あんまり重要とも思えないシステム通知が来るのは頂けぬかな。


▼文字入力には……まだ慣れない。
当たり前だ。ブラックベリーさんの物理キーボードはそれほど優秀だった。
ソフトキーボードは、基本QWERTYで使っている。文字入力時は両手だ。
片手になるときは、アルテ配列で使っている。

ブラックベリーさんがやはり偉大だったと思うのは、
手元をほとんど見ないでも打鍵できたことで、歩きながらでもかなり前を見ていることができた。
意識が手元にいってしまって前がお留守になることはほとんどなかったのだ。
そもそも画面が小さいから、物理的に視界を占めるエリアが小さい、というのも
理由としてあるかもしれない。
だから、正直オイサンは、世の中の歩きスマホ危険運動について、
「みんな不器用だな、そんなに危ないか?」
と思っていたのだけど、

それがいま、AQUOS EVERさん……このサイズのAndroidスマート電話さんを持ってみて、
その危なさが身に染みた。あぶないわ、これ。
つまり、

 画面が大きくて見やすい(それ以外に意識がいき辛い)
  +やれることが多い&楽しい
   +それなのに入力はし辛い(作業には集中しなければならない)

の3連コンボで、あぶなさ超MAX。
手元に気を取られ過ぎる。これは意外な発見だった。こんなに差があると思わなかった。
ぶつかったり落っこちたり、するわ。
ね。
皆さん、歩きスマホはやめましょう。
歩きスマホどうしてもしたい人は、ブラックベリーさんを推奨します。
スマホじゃなくなるけど。歩きブラックベリー、という新ジャンル。

純粋な文字入力・文章編集というところに立ち返ると、
単純に「打ち込む」ということ以外では、

・文字列選択など編集面でもブラックベリーさんに軍配が上がる。
 やはり「キー+カーソル」で、明示的に選択指定できるのがイイ。
 ゆび先でやるとなると、やはりある程度、
 開始位置・指定位置に幅なりズレなりを意識しないといけない。
 慣れていくしかない部分があって、ストレス。
 感覚を養っていくしかないのだろう。ゆびが細い人はそうでもないのか?

・「コピー」「切り取り」「貼り付け」を、長押しでしか呼び出せないのもなあ、と思う。
 文章を構成するにはある程度リズムが必要だから、
 長押しではリズムが狂うところがある。

・入力のし辛さやブレ・ズレが見込まれている分、
 androidさんは推測変換などが素晴らしく発達している。
 多少打ち間違えても、推測でカバーしてくれようとする。その充実ぶりには感心した。
 ……が、なるたけ変換に頼らず自分の手で最後まで打ち込みたい系男子のメンドクサイ自分としては、
 出来るだけ推測結果には頼らず自分の手で打ち込みたい欲求がある。
 推測変換をしてくれるのはありがたいのだが、
 たとえば「あ」と打ったら、まず変換候補のアタマには「あ」と「ア」と「ア」と「ァ」は、
 かならず不動で出て欲しいなあと思う。推測結果が出るのはそのあとからであって欲しい。

しかしまあ……本格的に、このテの板型デンワ機を初めて持つので
(2週間ばかり代替機として借りたことはあったが)思うけれども、
いやあ、一見ホントただの板なのに、なんていうんでしょう、この、
人間の生理の方を突き詰めて、この板を徹底的に触りやすくするインターフェースの作りこみには、
執念を感じますね。
スゴイです。



■最近気になること

使い始めて3週間になろうとしているけど、最近ちょっと気になるのは、
「XXX(アプリ名)に問題が起こったので停止します」
という現象と通知が、日に1~2回くらいの頻度で飛び込んでくること。

アルテキーボードと、基本のランチャーと、ファイルマネージャのアプリで言われたかな?
あと、たまにTwitterクライアント(TwitPaneを使っている)も反応しなくなって
「停止しますか?」って聞いてくる。
聞いてくるワリに、「いいえ」を選ぶとそのあとフツーに継続して使えてたりする。
なんやねん。

そんな重たい使い方をしているつもりはないが……重いのだろうか。
落とし忘れない限り、同時にたくさんのアプリを立ち上げたりはしていないが。
あたしって重いオンナ? ← 自分に酔うな

気になるのは、
例えばメールや、Twitterや、基本ソフト(電源管理・電波管理・音声管理)やなんかの通知が、
ずっとディスプレイ上縁に常駐してるでしょ? アレ。
立ち上げてもいないソフトでも、たまに通知を出してくること。
通知を出してくるということは、あれらのタスクは常にor定期的にモゾモゾ動いているワケで、
あれらがメモリを食ったり、電池を消費していると思うと、
正直、気分が悪いしキモチワルイ。
要らない物は停止+無効化設定しているつもりだが、
切っていいかワカラナイ・対処しきれないものもある。

オイサン細かい性分なので、ああいう
「自分でコントロールしてないものが、動いてるのが目に見えてしまって、
 どのくらいの重みなのか分からないの」ってジワジワする。
そういうものが重荷になってないか分からないし、
「放っといてもいい、気にしないさじ加減」がまだよく分からヌ。

アプリごとのメモリ使用量・通信量とかは見てるけども。



■Closing

マそんなところで……。
一長一短、というか、システムが違って不慣れなところで戸惑うことはあるけど
概ね良好な感じ。
んでもアンドロイドさんくらい生態系がしっかりしていると、そういやり辛さがあっても
アプリを引っ張ってきて解決する、ということが出来るのが強いなあと思いました。
根本的なものはどうしようもないにせよ。

しかしこうして感想を書いてみたところ、
大抵どんなスマートフォンでも、基本的な機能・性能は変わらんのだろうな、
と思うとどうにも味気ない。
どの端末について感想を述べても、きっと書くことはそこまで大きく変わってこないんだろう。
素人が素人目に見て素人目に抱いた感想が、変わってこないというのは……
なかなかシンドイ世の中だな、と思う。

重箱の隅を突くように、あれやこれやの数値や根拠を持ってきてようやくでなければ
「ここがこういう風に良い、素晴らしい」
と言えないというのは……国民に総玄人になれ、と言っているようでもあって
なかなかシンドイなと思う。取捨選択も難しいしね。
マどれを持ってきても失敗しないという意味で、ある意味恵まれてもいるのだろうけど。
ピッとした面白みに欠けるというかね。
マまだスマートフォン一台目のオイサンが言うのもなんだけど。

案外この子はとても優れた良い子で、
他を選べば、落ちるわ壊れるわ反応しないわ写真は汚いわ、
っていうこともあるのかも知れぬし。

あーあと、アクセサリーがやっぱりまだ少ないね。
それこそブラックベリーさんに比べれば夢のように多いけど。
吉野屋とすき家くらい違う(地味な比較)。
スマートフォンの世界がこんなにiPhoneとXperiaさんばかりを中心に回っていたとは
気付いていなかった。
背面がボンヤリ透けるくらいの、
ビビッドな黄色のシリコンバンパーが欲しいと思うオイサンでした。

蝶野大使のアンテナショップで買ったガルパンの給油口ステッカー貼ったから、
いま背面がこんななってんの。


P1220035




裏面だもんだから本人ときどきそのコト忘れて使っちゃうけど、
電車で立って使ってるときとか、正面で座ってる人とかびっくりしてるかもなので、
ちょっとそれを薄められたらいいなと思う。
尚、現在の待ち受けはこんなん↓↓↓

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えろい。武部ラブか。
おあとがよろしいようで。
オイサンでした。





 
 
 

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2017年1月18日 (水)

■ろんぐばくおん!らいだぁす!は思春期!&パンツァー -更新第1104回-

2016年も、そこそこたくさんのお歌を聴いた……ような気がする。
ちゃんと管理とかカウントとかは出来てないけど。

年の中ごろに一回、『シャツとブラウス』とか『Golden Life』(『アクティヴレイド』のOP)とか、
『いつか僕らのエピローグ』(『氷菓』webラジオED主題歌)とか、
心にパッと火をつけてくれたものについては書き残しておいたが、
そんな中でも、年の後半特に心に残った数編について書き残しておこうと思う。

今回書き残すのは、斬新・革新というよりは、
普遍的な物を新しく鮮やかに、作品にあわせて言い換えたモノが多いように思うが、
それはそれでいよいよオジイチャンになってきたオイサンの涙腺にググッと来たので、
思い出のように、
……また十数年後とかに、我知らずふと口ずさんでしまうくらいには心に留めておきたいと思う。



■『ろんぐらいだぁす!』OP 「ハートkm/h(ハートキロメートル per hour)」

 


 ▼ハートkm/h
 


作品本編の方は、制作の遅れとか、マそもそもハナシにそれほど見るべきところがないとかで
色々災難な感じですが、OPは素晴らしく、なかなか好きです。
特に画の方も、後半完全版になってからは大変良かった。

まず曲のタイトルからして良いですね。
「ハートkm/h」。
正直、最初見たときは「またヘンにカワイカッコぶったタイトルつけてやがって」
と思いましたが、なかなかどうして、ちゃんと受け止めれば巧みです。

なにせ自転車のアニメですから、漕ぐ人間の心肺能力が重要なワケです。
時速ハートkm、つまり「お前の心肺能力の分だけ速度が出るぞ、前に進むぞ!」
ということを、非常に短く、端的に表現しきったナイスなタイトルだと思う。
ブラボーです。
また、意味はもう一通りとれて(というか寧ろコチラの意味がメインだろうけど)、
「キモチの分だけ前に進む」というところですね。
この、自転車にかこつけて意味を二つ載せてきた辺り、実にいいですね。

歌詞全体も、とにかく
「新しい世界、新しい自分! 勢いで、気持ちで、前のめりで、前へ前へ!」
という疾走感、加速感と気持ちの昂揚感がもう
どうしようもなく抑え込めずにあふれかえっており、
よくもまあここまで前傾姿勢を徹底できるなと感心します。
お前はトリケンか(それは前かがみだ)。

しかしこう、一番心にグッと来たのはやはりサビの部分ですね。


  ♪ この心に生えた翼で見たい景色があるんだ! ♪


まあ、表現自体は特段珍しい歌詞ではない、と思いますけれども。
ただ、絶妙に「もどかしさ」が、言葉遣いによって織り込まれているところが
素晴らしいと思う。
「見たい」「あるんだ!」の欲求・訴えコンボで
「お、おう。せやな」としか言われた方が返すしかない
(内心「見られたらエエな」「ちょっと落ち着け」という気持ちもあるけど)
一方的だけどもイヤミのない情熱は、
オイサン大変よくわかる。

気持ちばかりがものすごい昂揚感で先走ってしまって、
見たい景色と、見たい景色を見られる自分にはまだ追いつかない、
でも見たい気持ちだけは本物なんだ、分かってくれるよね!?
っていう暑苦しいようなさわやかなような訴えが、この歌詞にはある。

「気持ちに生えた翼」というのは、
所詮はまだ「飛ぶことが出来るかもしれない可能性」でしかないわけです。
けれどもそれは、物理的に具現化されるもうホンの半歩手前の、
半透明で目に見えるくらいのところまで来ている「限りなく1に近い0」であることが、
この歌詞では「あるんだ!」によって表現されておる。

この歌で歌われて初めて気が付いたけれども、
オイサンも心に羽を生やせていた時期が確かにある。あった。
それこそ何回も何回もあったわけですが、
具現化に成功したことは多くはないにせよ。

  代表的なのは、
  『北へ。』をプレイして北海道へ旅行するのを決意した時とか、
  『アマガミ』やって50kgダイエットした時とか、その辺ですね。

その感触があるからこそ、この歌へのシンパシーというか、
歌詞がしっかりと捉えている身体性の部分を共有することが出来て、
すごい良いな、と思ったのでした。

それに、別にトシ食ったからと言って心に翼が生えなくなるわけじゃなく、
この先もナンボでも生えてくると思うのです。
それは素直に、あると思う。
そういう意味で、今後の希望としてもこの歌は大事に持っておきたいと思うし、
皆さんにもぜひ素直に聞いてもらいたいかなーと思うのです。



■『大家さんは思春期!』OP 「Shining Sky」

 


 ▼Shining Sky
 



  ♪ きみの笑顔のカガヤキで 明るくなる セカイ
  ♪ ……
  ♪ きみの心のヤサシサで 彩られる ミライ


1行目が1番のサビ、2行目は2番のサビです。
コレマタ、珍しいことも斬新なことも、なーんもないありふれた歌詞ですね。
オイサンもそう思います。
作品本編のチエちゃんあってこそのインパクトだとは思います。
あの大きなキラキラの目があってこそ。

ただ、オイサンももうすっかり老人ですから、
こういう素直な言葉には、とても普遍的なことを感じるわけです。

よーするに
「自分が笑ってなけりゃ、世間がどうあれ、自分の見える範囲は暗いままだよ」
「世間はどうあれ、自分の心が優しくおおらかであれば、愉快に生きていけるよ」
ってことです。

自分が笑うことで世界中を明るく楽しく出来る、なーんていう大それたことではないです。

  いや、チエちゃん大家さんなら或いは可能かもしれませんが……、
  超明るく素直若干不憫系美少女でも女子中学生でもない、
  うらぶれアラフォーのオイサンには、少なくとも無理です。

けれども、
電池の切れた懐中電灯では世界の明るさはともかく、自分の前も明るくはできんよ、
という程度のことで、
人間にとって所詮セカイなんてものは「自分の目の前に広がっている範囲」でしかないのだから
(この辺ネガティブスメルがしてますがそれはオイサンの才能です)、
そこに広がるものを明るい目で見るには、まずなるたけ自分は笑っていようぜ、
佳い目で佳く見ようぜ、ということなのだな、と改めて考えた。
笑う門にはなんとやら、というのと同じだ。

ココロのヤサシサの方も、同じ。
上の話が空間的な明るさの広がりの話だとすると、
こっちは時間的に明るく広げていけるように生きよう、という話。
荒んでひねて物事に接していたって愉快に暮らしていけはするまいよ、というね。

マ世の中、こちらがやさしい顔してると
逆手にとってよろしくない対応をなさるような人種も大勢おられるんで
そうそうヤサシサでばかりいられないよ、というのもね、
エエ、オイサンだってこの日本で、東京砂漠で年を重ねた老人ですから分かりますともよ。

けれどもまあ、ね、心構えの話ですよ。
バカでおれば幸せでいられる、というのにも通ずる。
マどうしてもバカになるのが受けつけないなら無理にとは申しませんけれどもね。
幸せなバカか、荒んだ賢者か……
ヨノナカ二択ではないしバカそのものが不幸ならどうしようもないけれども。
これはもう、すごく普遍的な「気持ちのもちよう」の歌だったな、と思う。

あと、


  ♪ 天真爛漫 キュートな靴音 聞こえたら重なるリズムがうれしい ♪


のところが、ほんのりと『じゃりン子チエ』をリスペクトしてきてるのが
素晴らしく巧みだと思った。げんきなゲタの音がする!

なんていうのかね。
「やさしい」というのはただ他人のことを思ってなにかをするワケじゃなく、
他人を通して自分の置き場所も変える、ということなのだと思う。
他人と自分の位置をうまくすることで、
今ここにいる自分と、相手と、相手の向こう側にいる自分の場所を動かして、
世界の荷重・比重を良い具合にする。
そうすることで、世界全体を「ちょうどよくする」ことが出来るのだと思う。
クツ紐の、あっちを引っ張って、こっちを緩めて、
全部を丁度良くするようなはたらきをすることだと思うよ。

やさしい、寛(ひろ)い、というのはそういうことだと……最近思う。


 ▼『じゃりン子チエ』ED
 




■『ばくおん!』OP FEEL×ALIVE

 


 ▼FEEL×ALIVE
 


これは前にもちょっと書いたような気がする。
まあとにかく……2016年は『ばくおん!』の年だったと言っても過言ではありますまい。
エエありますまい。
クレイジー(byアラフォー)でトゥーサッドな本編の内容とはうらはらな、
パワフルで明るいお歌ですが、特にサビの


  ♪ 感じて 応えて 風になる ♪


の部分は、オイサン的に革新であった。
「風になる」のが「応え」た後だというのは、もう、
……なんでしょうね、新しい。
バイク乗りの、非常にリアルな身体性から出たものだという、妙な説得力がありますね。

イヤ、作詞をした人がバイク乗りなのかどうかは知りませんけれども。
なんかこう、そういう妄想からの説得力を与えるだけのインパクトを感じた。
「風になった後、その中でこたえを見つけるんじゃないんだなー」
と変な感心をしてしまったし、
生粋のバイク乗りはきっと、乗り始める前から魂に答えを持っていたりするんだろうなと、
そんな風に読み取った。
選ばれし者というか、恩紗ちゃんの言葉を借りるなら、「バカ」はきっとそうなんだろう。
その感覚は分からないではない……
……オイサンの場合はバイクじゃなくて、文章を書くことであったりSTGであったりだけど……
から、胸骨にビシッと、飛んできたナットがめり込んだような衝撃を感じた。

これはもう、オイサン的にはこれまで聴いたことのない、
オンリーワンの斬新な歌詞ワークでした。脱帽。



■オマケ:劇場版『ガールズ&パンツァー』ED主題歌 「piece of youth」

 


 ▼piece of youth
 


もう1年3か月くらい前の映画なんですね、コレ……。
これはもうずっと前から書きそびれてたので、この機会に書いてしまおう。

TV版ではほとんど興味を喚起されなかったオイサンを、
ものすごいチカラ技でこっち向かせた作品だったワケですが、
この主題歌「Piece of youth」については
率直に言えば、ラストに流れたあの曲を聴きながら、いま一つピンとこなかった。

しかし不思議と、作品から少し距離を置いて、
たとえば『劇場版』の宣伝をテレビで流れながらバックに流れるその曲を聴くときなどは胸にジンジン響く。
あの作品のエンディングに、主題歌として聴くと、ピンとこなさが増すのだった。

この違和感はなんなのだろうなあ? と考えていたのだけども。
答えはシンプルだった。


  ♪ あの頃のぼくらはまだ 明日の地図さえ持たずに 
  ♪ 新しいなにかを探してたんだね……



この歌の歌詞に登場する「ぼくら」……歌い手を憑代に声を発する存在が、
明らかに、いまこのときの(ラストシーンでの)西住どのたちじゃない。
闘い終わって、大洗に、それぞれの学校へと帰っていく、スクリーンの上にある彼女たちではなかったからだ。
この歌は、まだ彼女たちの知り得ない多くの経験について歌っている。


  では、この歌は誰のものであったのか。
  この歌を歌っている「ぼくら」は何者なのか? 


確信できるのは、時間軸。
西住どのたちよりも未来にいる何者かが、
「あの頃」、まだ若く、幼くさえあって、しなやかさと、
明日の地図を持たないがゆえに踏み出すことの出来る強さを持っていた自分たちを、
西住どのに照らして懐かしむことの出来る時間にいることだ。

となると、こたえは一つだ。
この歌は……すべてのガルパンおじさんの歌だ。
そしてスクリーンの中であまりにも眩しい西住どのたちの姿を、
「あの頃」の「ぼくら」の姿として見て良い、と歌っているのだ。

嗚呼、そんな馬鹿な!
信じられない。彼女たちはあまりにも眩い。あまりに恐れ多い。
「あの頃」の自分たちが、いまスクリーンの上で煌めいている西住どのたちのようだったはずがない……!

オイサン自身、自分の「あの頃」が、西住どのたちのようだったかと言われたら
決してそうは思わない。思える筈がない。
だが、けれども、「そうなのだよ」とこの歌は言っている。
言ってくれるのだ。
「あなた方ガルパンおじさんの「あの頃」も、実はこんなに眩しく輝いていたのだ」と
真実の姿をいま、こうして映し出して見せてくれている。
あなた方が乗り越えてきた、泥の色をしてるように見えていた様々のことが、
実はこれほどまでに輝かしい道のりだったのだと教えてくれている。
誰の人生も、実は輝いていたのだと歌ってくれているのがこの歌だった。
そりゃ泣くよ。

それを根拠づけるのは、彼女たちがまだ明日の地図を持たず、
「ぼくら」がそれを持っているということに他ならない。
変わらない友情を知り、果たせなかった約束を後生大事に胸に抱いているその事実が、
この歌の歌うところが本当なのだと証明している。



……なんていうかね。



戦車とか、ミリタリー趣味とか、サバゲーとか。
家で、

 「ちょっとアンタ!
  またそんなワケの分かんない、汚らしいオモチャやら分厚い変な本やら増やして!
  もうやめてちょうだい!」

などと怒られ続け、すっかり日陰者だった者たちの……ガルパンおじさんたちの!
ダメダメだった過去を、
いまこの時代に『ガルパン』があることが、ホンノリと肯定してくれる。
そんな歌である。
……ように思う。

どうだ? 『ガルパン』はいいぞ?



■Closing



とまあ、そんな感じで。

ところで先日、PCから音楽を再生するのに、気まぐれにiTunesから直に再生してみた
(普段はiTunesは、電子購入用にしか(つまりStore機能としてしか)使ってない)のだが、
あのライブラリを見返せば、どんな音楽をいつ買ったかが全部残るのですな……。
それは……なかなか、ステキなことだなと、思ったりしたよ。

それにブログ機能なんかを連動させてたら、
こういう出来事があった頃、こういう音楽を買って聴いてたんだな、と、
ちょっとだけ厚みが出るような気がした。
オイサンは、ヘボ耳なりに「繊細な部分を気にして聴きたい曲」についてはCDで買うようにしてるから、
いまの状態だと全部のログが残るワケじゃないんだけど。
なんかそれは、ちょっといいな。


今年も、鮮やかに心動かしてくれるたくさんの歌に出会えると嬉しいなあと思います。
それと同じくらい……昔聴いた歌を、旅の中で思い出せたらいいな、と思います。


  ♪ そうさ、忘れた歌をさがして
  ♪ 旅人は歌っていくだけさ







決して若くない若き旅人、オイサンでした。
アデュー。

 
 

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2017年1月15日 (日)

■立ち止まる時間のまちと湖。~『北へ。』22、四度目の摩周湖~ -更新第1103回-

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1月6日の午後から1月9日にかけて、3泊4日で北海道へ行ってきた。
場所はおなじみ、道東・弟子屈(てしかが)、釧路・摩周である。
4年ぶりに摩周湖さんに会いに行こうと思った。やっておきたいことがいくつかあった。



■『北へ。』その22~釧路・摩周~ 旅のはじまりは……


「そういえば、まだRX1さんと摩周湖さんを会わせていなかった」
と気付いたのが、今回の旅の端緒。
前に弟子屈を訪れたのが2013年のやはり1月だから、
丸4年、ご無沙汰していることになる。
RX1さんがうちに来たのがその翌年の夏なので、摩周湖さんとRX1さん、お二人はまだ面識がない。

「新しいカメラを買ったからなんか撮りに行きたい!」というのはこちらの沼では常套の話だが、
「カメラを替えたから、前のカメラで撮ったあの景色を収め直しに行きたい」
というのは、個人的にはあまり聞いたことがない。
マ皆さん言い分けていないだけかもしれないけれども……。
我ながら、なんだかおかしな欲求かもしれないとも思う。
しかしRX1さんにはぜひ一度、その目で摩周湖さんを見ておいてもらいたかった。

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いつもなら、「北海道へ行く!」と決めても、そこから
「……サテ、広い北海道、どこへ行こうか?」といくらか思い悩むのが常なのだが、
今回はその気持ちがあったからスンナリと行く先が決まった。



■旅の宛て先

 ▼その一~星をみるひと

今回やろうとしたことのヒトツに、星を見ることがある。
今までのようにざっくりと「きれいな星空を見る」ではなく、
決まった星を一つ、目的として持っていった。

……のだが、摩周に滞在した2夜とも空は陰り進行だったため、
結果として見ることは出来なかった。

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深夜3時の弟子屈。

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けれども、「星を見る」という今当てどころをよりつぶさに解きほぐせば、
「ある星を見たいと思って出かけることと、その気分」がより重要で、それは十分に味わえた。
結果的に見られなかったことも、実は予定通りに見られるよりむしろ良い発想の種になったから
首尾は上々といえる。
まったく、旅というのは出掛けてみないとどんな良い結果が得られるかわからない。
そもそも目的の星も、特段北の空気のきれいな場所でないと見られないというワケでもないから
ただ見たいなら方法を少し考えれば良いので構わない。

ていうかじゃあ、お前のその目的の設定がそもそもどうだよw


 ▼旅の宛て先・その二~細岡の大観望にたどり着けない、その代わり……

釧路・摩周・弟子屈を堪能するとあっては、釧路湿原さんへのご挨拶は欠かせないわけだが、
如何せん、今回はそれがかなわないことが分かった。

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2013年、細岡の大観望からの釧路湿原


これまで釧路湿原さんにお目通りするのには、
摩周からの帰りに釧路湿原駅で降りて2時間ばかりごあいさつをし、
また列車に乗って釧路に戻る、という経路をとっておった。
今回も同じようにしようと考えて時刻表を確認したところ……なんと!
驚くべきことに! 釧路湿原駅の下り(網走→釧路)方面の時刻表がこうなっておったのである。

  ▼えきから時刻表・釧路湿原駅 [JR]釧網本線 釧路方面
  http://ekikara.jp/newdata/ekijikoku/0101121/down1_01661031.htm

1日1本!
これではいけない、降りたが最後、氷点下の吹き曝しに捨て置かれる地獄のぶらり途中下車である。
幸い、まだのぼり方面は日に2本をキープされているのだが……。
この、私と釧路湿原さんを引き会わせまいとするJR北海道さんの陰謀により、
今回は釧路湿原さんとの邂逅をあきらめざるを得なかった。
しかしそれでは旅を満喫したことにならぬ、
どうにか湿原へのアクセス出来ないものかと方法を探していたところ……
こんなものが見つかった。


  ▼リバー&フィールド
   http://riverandfield.com/


弟子屈を中心に展開されている、ネイチャーガイドさんである。
湿原をカヌーで下ったり、摩周湖近辺をスノーシューでトレッキングしたりという、
一昨年の冬、阿寒でやったのの弟子屈版である。

摩周湖さんの美しさを愛してやまない自分ではあるが、
冬にしか訪れたことが無いため第一展望台からの眺めしか知らない。
この機会に、摩周湖さんに違う角度から話しかけてみるのも良いのではなかろうかという思いもあり
外輪山をスノーシューで歩くツアーに申し込んでみた。
これが今回の目的の大きな2つ目になった。


 ▼旅の宛て先・その三~マチアソビ

あとは、いつも立ち寄っている町のお店をめぐって帰ってくることくらいだが、
これはほぼオマケだ。
毎回立ち寄るコーヒーの専門店、珈路詩(カロシ)さんでお茶をいただくことと、
駅の古本屋にいたドールさんが元気で店番をしているか、
ご機嫌をうかがいにいくくらいなものだ。



■流れない時間への旅

我ながら、変わり映えのしない旅ではある。
宿も毎回同じホテル摩周さんだし、
お昼ゴハンは、駅前にある喫茶・人形の家さんで食べるつもりにしている。

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摩周駅前、喫茶 人形の家


人からは「何回も行ってるのに、なにか新しいことはしないのか」と叱られそうな気がする。
しかし、自分にとって釧路・摩周への旅は、新しい発見の旅ではなく、
変わらなさを確かめるためのものであるように、今回思い当たった。

摩周湖さんの水鏡は、青と白の中にぴたりとその流れを止め、
もう幾千年も姿を変えていないであろう。
実際、流れ込む川も、流れだす川も、摩周湖さんは持たない
(おかげで、厳密に国土管理的には「湖」のカテゴリから外されてさえいる(本当))。
細岡の大観望から見渡す釧路湿原の、視界の隅から隅までピクリとも動かないたたずまいを確かめ、
変化に乏しい(失礼)釧路の町を歩く。
初めて訪れた2005年から12年、四度に渡って同じ足跡をたどっても何ら変わるところがない。
その変わらなさに、嬉しさと安心を……自分はどうやら、感じているらしい。


それに、上でも書いたけれども、釧路の駅の中にある古書店には一人のドールのお嬢さんがいる。
店の通路に置かれた椅子に、しんずりと座っておられるのだ。
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2013年、釧路駅の中の古本屋


彼女に初めてお目通りしたのは2005年、
アニメやオタク文化が、まだまだ世間に浸透する前の、白眼視も拭われきれない頃からだ。
ドールなんて物が店の真ん中に置かれてあっては、うす気味の悪いと噂されかねない頃である。
それでも彼女はそこにいて、2009年にも、2013年にもずっといた。
果たして今日もいてくれるだろうか? と、不安と期待を抱いたオイサンを、
彼女は変わらず迎えてくれたのだった。

古本に囲まれて座る彼女を見つけたとき、
えらくうれしい気持ちになっている自分に気が付いた。とてもホッとした。
なんだかひとン家のドールに恋をしてる変人の様だなあ、とは自分でもキチンと思ったが、
マ別に今更、ドールに恋をしてなくたって変人なのは分かり切ってるから
してたっていいんだけども、
とにかく、
彼女が今もそこにいてくれたことに、胸に花の咲くような喜びと、
その花に水をやるような安らぎを覚えたことは確かなのだった。

自分にとって彼女は、危うさの上にありながら変わらない様々のことの象徴のように、
無意識のうちになっているのかも知れない。
昨日の昨日、そこに立って相対するまで、そんな風には全く思っていなかった。

ともあれ、釧路から摩周湖へいたるまでのそっと変わらぬ旅路を歩くとき、
オイサンは、自分の時間がきゅっと音を立てて縮こまるのを感じる。
摩周の駅に降り立って遠く美羅尾山を見はるかすと、
時間の中に閉じ込められて縮こまりながら、踏み出しても踏み出しても景色の変わらない中で立ち止まって、
満足げに振り返っている感じがするのだった。

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摩周駅から臨む美羅尾山。変わらぬ佇まい


……マそうは言ってもね。
先にも書いた、JR事情のように変わりつつあるものもある。町並みも端々はチョイチョイ変わる。
その危うさがまた自分を惹きつけてもいる。
いま感じている自身のこの気持ちも、終着点ではないのだろうと思うから、
その先を確かめるために、きっとまたこの町と湖を訪れてしまうのだろうと思う。

つまりこのオジサンはまた釧路に来ます。



■摩周湖さんの肌艶

デ、肝心の摩周湖さんのご機嫌は? おハダのノリはどうだったかというと、
これがまた、自分史上最高の摩周湖さんにお会いできたと言っていいほどだ。

いまコレを書きながら、心が洗われるとはこういうことかと実感している。
大げさに聞こえるかもしれないが、
胸の内側が大きな風景と空気に占められて、余分なものはどこかへ行ってしまった。
ただただ清涼な気分が、体の肉の内側に張り付いている。
いま、自分の体の中を歩くことが出来るなら、摩周の風景が広がっていることだろう。

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これまでも存分に美しい美しいと思ってきて、
きっと今回も同じように美しいのだろうなあ、くらいに思って来たオイサンの、
慣れて緩んだ心の糸がスパッと切り落として新しいものに張り替えられてしまった。
澄み切ったはじめての美しさで迎えてくれたのだから……
なんていうか、デキるオンナです。デキた女房です。


こんばんわ、オイサンです。摩周湖と結婚しました。


  そう、いつもの第一展望台から摩周湖さんと見つめ合っていて
  「霧のない摩周湖を見ると今期が遅れる」という、言い伝えなのか言葉遊びなのかわからない
  一見無責任な言いっぷりに実は根拠があったことに、
  今更ながら実感を持って気付くことが出来た。
  あんな美しさを知ってしまっては、伴侶にも同じ程度を求めてしまうから相手を見つけられなくなってしまう、
  と言っていたんだと、
  ポカンと口を開けて気付いたのだった。
  ウーム。遅い。4回めでようやくだ。なんてこった。

今回は摩周に2泊して、両日とも摩周湖さんに会いに行った。

初日は晴れて風もなく、湖面がとても穏やかだった。
すると鏡になった深い青の湖面に雪でお化粧なさった摩周岳が映り込み、
なんとまあ……此方と彼方を隔てる窓のように美しい。
素朴なのに豪奢である。

摩周湖さんのいる景色全体の有り様は、オイサンごときの手ではとてもじゃないけど
写真で写し取ることは出来ないけれども、
この鏡になった水面の美しさは、どうにか持って帰ってくることが出来たと思う。
いやあーRX1さん、
オイサンはあなたの目で摩周湖さんの美しいのを見て撮って帰って欲しいと思って、
摩周湖さんに会わせたいと思って連れてきたのだけど、
素晴らしいタイミングでお二人を引き合わせることが出来たと思う。

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展望台から西。雄阿寒岳、噴煙を噴く雌阿寒が見える。

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陽が落ちて、凍てた色を濃くする。


スノーシューでの摩周湖外輪山・軽トレッキングは2日目。
午後2時前、摩周湖第一展望台をスタートし、第三展望台のある北方向へ向けて1時間ばかり歩いた。

  ちなみに、スノーシューってのはこういうのね。
  写真撮ってくれば良かった……。みすった。
  

天気は徐々に変化して、
うっすらとした曇りから雪が少しちらつき、最後には晴れて、
煙っていた湖面と摩周岳の山頂が顔を覗かせていく様はドラマチックだった。
夕日に照らされて、雪をかぶった外輪山の斜面が金色に染まった。
これまでと角度を変えて見る摩周湖さんは、
第一展望台からよりも近く、大きく見えて、劇的な違いこそなかったが、
短い時間に次々と面差しを変えてコレマタ非常に魅力にあふれていた。
それが、北東側の風景。

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西側は、弟子屈(てしかが)の原野と低い山々を挟んだ先に阿寒の峰がそびえ、
その上から、まっすぐに日の光が降りているのが見えた。
太陽柱、サンピラーと呼ばれる現象だった。
そしてまた、青とオレンジ、
一見馴染み難そうな二つの色が絶妙な配合で調和して揺るぎなかった空の色は、
おおよそこの先一生お目にかかれないであろうという代物だった。
関東は言わずもがな……地元奈良でも、信州でも北陸でもお目にかかれないであろう、
色と落ち着きだった。

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今回案内してくれたガイド歴12年というタケギシさんはオイサンより二つ上で、
「なんか今日はいい景色が見られそうな予感がする」
と、雪男らしいざらっとしたアゴヒゲの口元で、スタートから言っていた。
マ半分はリップサービスであるにしても、この数時間のうちに現れた情景はその言葉にあまりある。

いやはや。絶佳。堪能した。



■Closing、そして……

そんなことで。
取急ぎディティールはおいといて、
あまりに素晴らしかった今回、北海道22回目の釧路・摩周編、4度目の摩周湖のことを書き留めた。
ガイドのタケギシさんは、

  「こうして来てみて、帰ったら、なんかこの時間なんかホントにあったのか、
   幻だったんじゃないかって思うことありますねw
   あのガイド、ホントにいたのか? っていうくらい」

と、ヒゲのくせに(失礼)冗談めかしてロマンチックなことをおっしゃる。
悔しいので、
「ああ、ヒゲの濃い妖精かなんかだったんじゃないかってw?」
と落としておいたけど、本当に夢のようなひとときであった。

  尚このタケギシさん、かつてはカナダのユーコンでガイドを務めた経歴もお持ちで、
  かの名作『水曜どうでしょう ユーコン160㎞』を現地で見、ゲラゲラ笑っていたのだという。
  ブルーゴールドの摩周湖と、雄阿寒に降りるサンピラーを右手と左手に捕まえて、
  「ユーコンの男ピートw!」
  と二人で大笑いしたことは、まあなかなか忘れられそうにない。

  道東の新雪はそれはもうフカフカで、不慣れなオイサンはスノーシューを履いていても
  時折ズッポシズッポシと膝まで、ときには腿まで埋もれるほどだった。
  それを見てタケギシさんは、またゲラゲラ笑うのだった。
  ありがとうタケギシさん、ツアーのはじめに一通りの身ごしらえをしたオイサンを
  頭のてっぺんからつま先までシゲシゲ眺めて、
  「えー、ペースに合わせて行けるところまで行こうと思います。
   オイサンさんは体力に自信は……マ大丈夫ですよね」
  と、安心したように言ったことをオイサンは忘れない。
  バカヤロウこちとらか弱いアラフォーのオッサンやぞ。ちょっとしたことで死ぬぞ。
  やさしいせえよ。

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タケギシさんと二人見上げて、「この青色にはもうお目にかかれないかもしれない」と話した空。
正直、ちゃんと撮れてはいない。

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しかし彼の言うように、摩周で過ごした3日あまりの時間は、
日常へ帰ると心からも体からもすっと離れていってしまう、夢マボロシの時間だ。
身魂をあれほど強く満たした感覚でさえたちまちのうちに剥がれ落ちて、思い出すことも出来なくなる……。
人とは、何とも薄情に出来ている。

しかしそれでは、あまりに寂しい。
だからオイサンはむしろ、あの場所・あの時間こそが現実なのだ、と思うのだ。

詳らかな言葉には出来ないが、
人が……自分がよりよく感じ、生命を発揮するのはあのような時空でこそあって、
街に生きる日常の時間は、そこへたどり着くまでのかりそめの、休養であり充電のときであるように、
あの空気を知ってしまうと、思えてくる。
どちらがウソでホントウという話ではない。
いつが生命の開き切る本番か、というくらいのことだ。
心も体も、街にいるよりケタ違いに力を持っていたからそう思う。


 ▼冬休みの宿題

「堪能した」とは言うものの、やはり今回もいくつも宿題を残してしまった。
細岡大観望から釧路湿原さんにご挨拶出来なかったのは、やはり大きな心残りではあるし、
釧路の喫茶店・珈路詩さんへも、立ち寄ることが出来なかった。
珈路詩さんは月曜定休だったのである。これはウッカリしておった。残念である。

  キレイで広くて、いいお店なんですよ。ホント。
  大病院が目の前だから、病院帰りのご老人のたまり場だけど。

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2013年の珈路詩さんの店内。翌年再訪すると、マスターはこの1週間後に亡くなられていた。刹那の出来事。

珈路詩さんへはまた訪れればよいが、
細岡の大観望へは、JRの運行事情が改善されぬことには、
再び訪れることはオイサンには難しかろう。
今後釧路湿原さんとお近づきになるには……
次回、またリバー&フィールドさんをお呼びしてカヌーイングやらお楽しむしかねえなこりゃ。
参った参った(アウトドアグッズのカタログを開きながら)。

くだんの、ドール子さんのこともある。

彼女のことは、今回敢えて写真に収めてこなかった。
4年前に撮ったものがある。彼女の姿は変わらない。それで十分だ。
あとは、次も、その次も会いに訪れて、姿を確かめれば済むことだ。
お名前はあるのかとか、いつからいるのかとか、
次行ったらお店の方にお聞きしてみたいと思っている。

  ……思ってはいるが、そん時多分、オイサンもう50手前だな……
  さすがにうす気味悪さマックスハートか?
  うーむ、ご、50か……さしものオイサンも、ちょっと考えてしまうな。
  マいいけど。聞くんだろうけど。

今回店を訪れて、最初姿が見当たらなかったときは、
前回「足の具合がちょっと悪いんですよ」とお店の方が言っていたので、
もしかしたら……という考えが頭を掠めた。
けれど本棚の陰の、少し目立たないところに変わらない姿の彼女を認めたとき、
思わず「あ」と小さく声を上げてしまった。

空港へ向かう帰りのバスの中、ドール子さんへの肩入れの度が膨れている自分に気が付いて、
どうしてなのだろうか、と考えた。
もしかすると彼女自身が、本好きの、古本屋の主なのかもしれない……とか、
摩周湖が人の姿を借りて下界に降りてきたその憑代の抜け殻だったら、とか……
我ながらおかしな方向へ飛び去ろうとする思考を楽しんでいるうち、
変わらず、あやういものへのシンパシーに気付いたのだった。
思えば、変わらない場所をおとずれることは、「帰る」ことに等しいように思う。

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帰りの機上。近くに別の機影。


などと、また突拍子もない妄想をふつふつと胃の底で温めながら、今回の旅は帰途を迎えた。
このたいせつな一つの町と湖を、ゆっくりを時間をかけて味わっていきたいと思う。
次もまた変わらぬ姿で、ただすぎ行く旅人の自分をクスリと笑って見送って欲しいと思うのだった。

We can never change.
立ち止まり、ただ振り返るように生きてゆきたい。

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あと、悪いことは言わないから、
行ったことのない方は、騙されたと思って是非一度、
死ぬまでに冬の摩周湖へ行かれることをお勧めする。
損はさせぬよ。


オイサンでした。


 

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2017年1月 7日 (土)

■ミライガ マルゴト ヤッテクル。~PRay Back 2016~ -更新第1102回-

2017年、あけましておめでとうございます。
オイサンです。

  ……もう七日やないか何を言うてまんねん、と突っ込まれそうだが、
  いいんですぅー、まだセーフですぅー(根拠なし)。

旧年中も皆さんにたんまり笑って頂きました。
本年もガッツリ笑って頂く所存なので、マその才覚のある御仁だけ読めばいいと思います。
ついて……こられるか?

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鎌倉、鶴岡八幡宮。超解像ズームの練習で撮った。


マそんなんで、年も明けたというのに早速新年らしくないお話、
2016年の総まとめをやるます。
それをやったからといって何か発展的になるワケでもないけれど、
振り返らないと忘れちゃうから……老人なので。


  ※チョイチョイ入るお写真は本文とは概ね無関係な、
    2016年の個人的に気に入ってるお写真です。


■ある阿呆の一年 '16年版


  ▼反省~人生をたいせつに扱うこと、心と体の衰えと使い方を知れ。

とにかく2016年は……時間が全然、上手に使えなかった。
足りなかったんじゃなく、使えなかった。何もカタチに出来なかった。
楽しむことだけは出来て色々楽しかったが、けど、生み出したり作り出したり、
全然出来なかったのが……やはり、不甲斐ない。それをするのに体がついてこなかった。
ベースでやろうとしていることの分量は変わらないのだけど、体力的にそれが出来なくなった。
仕事して、インプットして、体動かして、書き物して……が出来ない。

体と心が、完全に緩んだ。
2017年は、いくらなんでももう少し引き締め直す方向で行くことにする。


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旭川空港。8月の朱鞠内の帰り。ワリとてきとうに撮ったのに。


ただし、自分がもう老人であることはしっかり意識に捉え、
摂取するのも、消費するのも、熱量を抑えて行こうと思う。
「たくさん動くからたくさん食べていい」のではなく、
「少しだけ食べて、それなりに動く」の方向性だ。
内臓がたくさん取り込む馬力を失いつつある実感がある。
すぐにヘタるので、たくさん取り込むことにエネルギーを使い、ダメージを負う。
弱虫ヘタる。
内臓を動かすのに体力を使う、そういう段階にきている気がする。
こればかりはどうしようもあるまい。

とはいえ今のオイサンは41歳、数え年では42歳で
(この数え年って勘定のしかたもなんなんだよって思うけど)、
世間的にはいわゆる本厄のトシだったワケです。
本厄コンニャク。うるさいわ。
その本厄を、ひとまずは目に見えた大禍なくやり過ごせたことについては、
この程度で済んでまあ良かったのかな? と思いもする。感謝である。

2017年こそは悪いカオで、
「クックック……この体にもだいぶ慣れてきたぞ」
と自信満々で言えるよう、削ったり足したりをバランス良くやって、精進していきたいと思います。
……人間、いくつになっても精進なんだなー。
メンドクセエ ← あっ

計画的に……というのは性にもスタイルにも雰囲気にも合わないので言わないが、
なんというか……うまいことやる。

Atrdsc06263
これも8月の朱鞠内。早朝、釣りに漕ぎ出す見知らぬフィッシャーマン。



 ▼2016年のスローガン「知性と教養」について、そして未来志向の世相について
   ~AIと宇宙的神秘の出会い、VR・ARと日常の出会い~


2016年は、年の初めに「知性と教養を!」なんてことを嘯いていたわけだけれども、
そのお陰なのか、大したレベルでは全くないにせよ多少「お勉強」のようなことも、
日常レベルで手を付けることが出来た。
それこそ本当に大した話ではない、娯楽目的でなく、何かを知るために本を読む、みたいなことでしかないけども。
「知ることにキチンと時間を割こう」というのは、億劫がりの自分としてはなかなか上等な発想であった。
それと関連して、2016年は「明るいニュースが多かった」と、個人的は言ってしまおう。

  ほかで起こったおかしな悪いニュースが帳消しにされるわけじゃなく、
  一年全体の印象として「よろしくない年だった」ことが打ち消されるわけでなく。
  「悪いことはあったが、良いニュースもそれはそれで多かった」というだけだが、
  喜ぶべきことではあると思う。

具体的にニュースとして報じられないまでも、
世間に流布した様々な出来事の中に、心躍らせる要素がたくさん……オイサンには感じられたので、
「良かった」と思った。


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掛川、2月。千反田さんに呼ばれて行った加茂荘菖蒲園。


それらは主に、テクノロジーの進歩、と言ったら最前線の人には鼻で笑われそうだが、
テクノロジーのちょっとした前進が実用・日常のレベルまで落とし込まれてきたなという実感で、
AIだったり、VRだったりARだったり、使い方のこなれてきたセンシング技術だったりなのだけど、
それらによって、なんかこう……

  「ああ生活が変わってきたな、これからまた変わるな、
   そして人間の『ものごとを把握し理解する能力』が少し拡張されたな」

ということを実感する。
人間(少なくとも日本くらいの文化レベルで暮らす若い世代)は、「新しく」なってきているなー、と、
見ていて思う。
その分切り捨てられる箇所もたくさんあるけど、それは多分、
視点が全般的に「上がって」しまったのだろう。
管理職が実務者の細かい作業まで把握しないのと似ている。

  その細部こそ大切な場合も多々あるので、一概に手放しで喜ぶことは出来ないが、
  ここで取りこぼした部分については、あとの世で(時間はかかるかもしれないが)うまいこと回収されることだろう。

VR機器が本格的にご家庭に入り込み始める傍らで、ARが『ポケモンGO』で世間に旋風を巻き起こした。
AIの分野では「こっちはしばらくは人間に追いつくのは無理だろう」と予測されていた囲碁の世界で
予測をあっさり覆し、人間に勝ってしまったり、
医療の分野でも人間の医師には見出すことのできなかった治療法だか病原だかを特定してしまったり、
し始めている。
自動翻訳の世界でもガンガン成果が上がっているというし、なんなら自分で作品を書き出すAIもいるという。
それを見て、世界最高峰の頭脳(人間の方な)が、
「ぼちぼちAIはやべえ。人間は警戒した方がいい」と言い出したりし始めてる当たり、
ガチでキテると思っていいのだろう。
意図的にアホな日本語を用いるのはやめろ。


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3月?スカイツリー。Pe氏と。


それと並行して、宇宙開発的な面での成果にもよく目がいった。
重力波の観測に始まって、新しいブラックホールがどうしたとか、
今まで見えなかった何かが見えたとか、見つかったとか。
まあ正直、オイサンにはそれらが具体的にどうすごく、将来的に生活にかかわってくるのかどうかもわからないけれども、
ここ100年くらいは何かを確かめることが主だった分野で、確かめが終わり、
過程で抽出できた物事を使った新しいことが始められたり、拡張されたり、
という段階に入っている……ように、まあ、素人目に見えている。
実際はわからん。

特に、宇宙規模的な
「なんか仕組みはハッキリとは分からんけど、
 観測結果から推測しまとめるにこういうことのようだ、
 リクツの根底まではハッキリせんが、それはもう確実で決まり事だ」
みたいな扱いに留まっていた事々について、この先発達したAIが、その仕組みの解明を手助けしたり、
「実は今までの理解はちょっと違っていて、実はこうなんだ、
 ここんとこで間違ってたからよくわからなかったんだ」
みたいな指摘に上手に手を貸してくれるようにこの先なるのではないか、
という不思議な期待を感じている。
なぜなら、彼ら(=AI)は既に人間の予想を覆す結果を出している。
即ち、人間には観測しきれない物事の関連性を膨大な事象の中から導き出すことをやってのけ始めているのだから。
ヒトには出来ない観察と推論と思考を彼らはやってくれる。

そこの「人間には気付けない辺り」に、
今まで辿り着くことの出来なかった宇宙の深淵への希望が見いだせるのではないか、
新しい扉が、また一歩開かれるのは案外すごく近い将来なんじゃないかと、
昨年一年、ひしひしと感じていた。

  この辺の変化については、確認したわけじゃないけれども、
  多分宮沢賢治あたりが大昔に詩に詠んで予見しているんじゃないかと思う。


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城端2連発。上は富山へ向かう途中のPA、グロッキーのアラフォーをしり目に。下は城端のローソン。


それはとても楽観的で、来年即花開くかと言ったらそんな甘いこともないと思うけど、
なんだろか、
2020年あたりには、もうオリンピックどころの騒ぎじゃないことに世界がなっているんじゃないなかなあ、
などと思うわけです。
エエ。
その辺、ワリと真面目にね。

  且つ、そういう予感を感じつつも、
  「マどうなるかは分からないけど、とりあえず次回もオリンピックの準備はしとこうぜ」
  という態度を守ることのできる人間という生き物に、オイサンは深く敬意を抱くものである。

まあオイサンなんかはどこまでいってもいんちきメルヘン物書きですから、
「面白そうな方向に」しかモノゴト考えませんけれども。エエ。
いいじゃありませんか。

VRやARは、
AIと違って新しく何かを切り拓く助けになるかはちょっとわからないけど、
自動運転とかドローンとかそういうものとも繋がって生活をちょっと良くする、
「足場を固める・歩きやすくする」助けになっていくんじゃないかと思っている次第。

そういう、「足場を固め、新しくする技術」と「頭の上をどんどん突き進んでいく技術」の2面が、
合わせていっぺんに突き抜け始めた、そんなトキメキを感じた1年でした。
なんていうかね、これから先5年くらいで、地球上とそのちょっと上の宇宙のあたりは、
今よりいくらか楽しいことになり始めるんじゃないだろうか。

多分、インターネットが一般的に流布する前からネットワークに明るかった人たちは、
90年代後半頃には、これと似たようなトキメキを抱いておったのではなかろうかと思う。

そんな風潮と予感から刺激を受けたこともあって、話は知性と教養の話に戻り……
いままで漠然としか捉えていなかった、
「宇宙でわかってることやわかってないこと」がどこまでなのか? とか、
そもそもの基礎の理屈、すなわち相対性理論などに対するジブンの認識はどのくらい正しいのか? とか、
それを確認したうえで、重力とは、ブラックホールとは、光とは、時間とは……
そんなことを知ろうと思って新しく本を読んだり、
人から借りた本に触発されて、改めて日本語を勉強し直してみたり。
そんな一年でした。
その辺りの、「遊びとしての勉強」の楽しさを、新たに思い出せた年ではあったかもしれない。
楽しかった。

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ダブル小諸。上は1月、下は4月。小諸の八重桜は美しいと思う。


■様々の遊び~2016年・大体のイベントごと

 ▼1月
  ・ 9日 小諸、10回目。オマケで上田。日帰り。
  ・24日 流山。だんけつ君と巡る『ろこどる』の舞台。謎の味りん屋大活躍。ちょう楽しかった。

 ▼2月
  ・ 6日 流山2回目。ひとりで。前回巡り切れなかった川の合流地点などを見に。寒かった。
  ・11日 鎌倉へ一人で。大仏が工事中で石棺の中。バインミー、もっふるを食う。ンまい。

 ▼3月
  ・12日~13日 関西よりPe氏来訪。朗読劇を聴き、スカイツリー、東京タワー、国会議事堂とはしごする。
  ・20日 掛川、『氷菓』の聖地・加茂荘菖蒲園へ。ひとりで。突発の思い付きで日帰りする。
     素晴らしき静けさに包まれた良き旅。たこ焼きがうまい。
     ここへはまた行きたいなあ。天浜線をとろとろと旅がしたい。
 ▼4月
  ・ 3日 鎌倉へ、一人で行ったっぽいが特に記憶がない。ボンヤリした。
  ・10日 厚木から南へ海まで歩く。静けさを求めたロング散歩だったが、やかましかった。
  ・16日 小諸・11回目。桜を見に、というなんとも旅行らしい試み。
     ひとりで。ひまわりちゃんと一緒に。どっちだ。
  ・30日 山登り。明神ヶ岳~金時山に登る。縦走の真似事が出来、眺めがよく、充実感のある山だった。
  ・この頃、なんとなく腕時計を買う。必要と心境の変化に駆られて。

 ▼5月
  ・ 3日~ 5日 城端! 素晴らしい天気に穏やかな町並み。
  ・22日 ひとり鎌倉アゲイン。

 ▼6月
  ・04日~05日 上野村~酷道299号踏破の旅。峠の上でエゾハルゼミ。諏訪のシェモアなど見どころ満載。
  ・18日~19日 小諸、12回目。アラフォーと二人、前日に突発的に決め、行った先で宿泊も決めるアドリブ旅。
 ・多分この辺りで『ガルムウォーズ』を見て、あまりのつまらなさに
  『押井言論』を読み、『TNGパトレイバー』など過去押井映像作品を家で見始める。


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7月、秩父巡礼。部屋と、宿の前のガラス細工のような清流。


 ▼7月
  ・11日 小銭入れを新調。
  ・17~18日 秩父『あの花』巡礼。藤岡温泉ホテルリゾートにて共産党の偉い人(偽)に会う。秩父パリー。

 ▼08月
  ・14日 実家に帰省。石上神宮・三輪明神をお詣でる。これは城端帰りに諏訪大社に参った余波。
  ・26日~29日 北海道、21回目。名寄~朱鞠内湖~旭川・美瑛。台風におびえつつも最高の旅。

 ▼09月
  ・ 4日 J氏とJR平井駅で喫茶しゃべり。東京の片隅でラブライバーをこきおろす。
  ・17日 ひとり鎌倉日帰りぶらり旅。

 ▼10月
  ・ 9日~10日 新潟県、湯沢・美人林へ4人旅行。雨に降られるも大変楽しい旅。
  ・16日 映画『レッドタートル』鑑賞。概ね想像の範疇だが、鮮やかな衝撃も受ける。
  ・23日 映画『君の名は。』鑑賞。当たり前を積み重なて斬新を作り上げた、傑作。名作ではないが。
  ・30日 川崎ブンキョウにて、FCB・ファミコンバンド13th。『オホーツクに消ゆ』が聞きたくて。パパさん、J氏と。

 ▼11月
  ・12日~13日 長野県、伊那・辰野。紅葉を見る。ものすごいパワーのチョッチュネホテルに完全にやられる。
  ・26日~27日 なんとなく3回目の飯能。なんでだろ? ムーミン谷、多峯主山、天覧山をハシゴ。

 ▼12月
  ・ 4日 Pe氏来訪。亀有、柴又散歩。なかなか楽しかった。
  ・10日~11日 勢いづいて、飯能、4回目。『ステラのまほう』巡礼を兼ね、西吾野、顔振峠、吾野。
        同11日、テラジさん、パパさんと秘密のお茶会。
  ・24日 歳末大紳士会。新宿にて。店が大ハズしでスマヌ。でも楽しかった。
  ・25日 ケータイ変更。さらばブラックベリーさん。
  ・26日 J氏と二人、駒込あたりでぶらぶらと。六義園でラッセンをこきおろす。

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8月、帰省した実家近くで。一番下は、脱皮中に絶命したと思われるセミ。無情。



 ▼お出掛けのこと

お出掛けはたくさんした。
多すぎて、振り返ると「うお、あそこ行ったのも今年だったか!」と驚くところもある。
掛川とか。遊び過ぎだ。

最初に書いたように、アウトプットがインプットに全く追い付かず、
6月に、アラフォー&エースと行った酷道299号線走破の旅とか、
7月の秩父巡礼や8月の朱鞠内など、
どれも素晴らしい旅だったけど書き残せていないのが不甲斐ない。
朱鞠内は手元ではまとまっているが。
大体、どの旅も高密度ラッシュ過ぎるんだよ。なんで毎回毎回、ああいろいろなことが起こるんだ。
11月の、伊那・辰野の紅葉も素晴らしかった……色んな意味で。

鎌倉は、気候の良い時期なら大仏様のおひざ元や、
円覚寺山門そばのベンチで日がな一日ぼーっとしたり書き物したりできるので、
行く頻度が上がってしまった。近いし、お金もかからない。

これまたごくごく最近の話になるが、飯能へも2回行った。
気軽に登れる山が集中しているから、また何度か訪れるかもしれない。
飯能が結構好きになってきた。

その分、小諸が減った。お金かかるからね……。それでも年3回行ってれば十分だと思うけど。

見て分かる通り、お出掛けの頻度は、
もはやこれ以上増やすのは不可能なくらいの域に達している……と思う。
Twitterのフォロワーさんには、もっと信じられないような頻度で
たくさんの山にアタックしてる人もおられるけど、オイサンにはそこまではとても。
デたくさん出かけるのは構わないのだけど、やはりこう、
出掛けたら出掛けたなりに何らかの糧にしたいというのはあるし、
アウトプットには変えていきたいと思う。
そういうこと考え始めるとまた、ただのお出掛けにも面倒な枷を設けてしまいそうだから
考えないようにしてはいるが、
大事なのは、カタチにするそのやり方だと思う。

  ……ということを考えて、北海道・朱鞠内の旅日記は形式を変えて書き進めていたんだけど
  それでも結構な重量になってまだ形になっていない。
  残念だ。

一人では、山に登る機会をもう少し増やしたいとは思う。

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8月、上から早朝の朱鞠内、昼の湖畔、美瑛の電波塔。電波塔にはまた会いに行きたい。




■取り入れたモノ

 ▼本
  ・『押井言論 2012~2015』
  ・『追想五断章』
  ・『ざるそば(かわいい)』
  ・『数式なしでわかる相対性理論』
  ・『[図解]相対性理論とブラックホール』

      


ドキュメンタリー系で文句なく面白かったのは『押井言論 2012~2015』。
『ガルムウォーズ』を見た後、あまりに面白くなかったので逆に興味が湧いてしまい、
5000円もする核廃棄物みたいなこの本をついつい買ってしまったのだけど、
これがまあ面白かった。
『ガルムウォーズ』の、軽く8000倍は面白かった。
しかもクソみたいに分厚いもんだから読んでも読んでも終わらず、何度風呂でのぼせそうになったことか。
何というか、モノ、特に映像、物語を作って売るというにはどのようなスタンスで向き合うかという、
そのやり方のうちの面白い一手について楽しく知ることが出来たし、
色々と取り入れることが出来そうな考え方や、見てみると面白そうな作品のことが書かれていて、
次はその辺を確かめる作業につなげていきたい感じである。
というワケで今2周目を読んでいる。
尚、この本をきっかけに、これからしばらく押井監督作品を見続ける流れになった。

フィクション系で面白かったのは上で上げた2冊で、他にも10冊くらいは買ったはずだがどれも楽しめなかった。
やはりラノベは苦手だし、純文系もすこしそれるとキツくなる。
ただ、最近やってる英語の速読訓練のおかげで、
「興味の持ち辛い本でも大筋を掴む程度に少ない時間で(それでも人より遅いと思う)読み終える」
ことが出来るように、ちょっとずつなってきたので、面白いと思えない本でも
流し読み・拾い読みしていくくらいは出来るようになるのではないだろうか。
序盤はダメでも、ある程度内容を拾った中盤以降は楽しめるものもあるだろうし。

また、昨年手に入れたスキルの一つに、
「一時的に物語から感情の距離をおく」というのがあって、
これはなかなか、物語を楽しんでみるためには役に立つと思う。
物語の人物がヘマしたり危機に陥ったりしたとき、いままでついついグイグイとのめり込んで
心が負荷に耐え切れなくなったりしてたのだが、
それを、「マお話なのですし」と一時的に解放して冷静に見つめる技を身に着けた。
これでこの先、見るのが辛い作品とか、入口でちょっと興味もてないとかツマンナイとか思う作品も
いくらかラクに見続けることが出来るようになるであろう。


 ▼映画・映像
  ・押井作品;『ガルムウォーズ』『TNGパトレイバー』『東京無国籍少女』『28 1/2 妄想の巨人』
  ・『レッドタートル』
  ・『君の名は。』
  ・『シン・ゴジラ』
  ・登山映画:『エヴェレスト』『ヒマラヤ~運命の山』『アイガー北壁』
  ・『インターステラー』
  ・『漫勉』(藤田和日郎先生回)
  ・『百日紅』
  ・『きんいろモザイク pretty days』


いろいろ齧り見したが、どれが面白かっただろうか……。
作品としてがっつり心に残っているのは案外『レッドタートル』かも知れない。
『君の名は。』も面白かったが、サービスにサービスを重ねて、
かつしつこくないように削って削って削り取る、というやり方はとてもではないが真似の出来るレベルではなく、
一人でハイレベルにもっていけるものでもない。
サービス精神と、集団でのモノづくりについて見習うところを持っておこう、というくらいか。
その点では『シン・ゴジラ』は使えそうな発想はいくつかあって面白かった。
『インターステラー』は、ブラックホールや相対性理論のお勉強の延長。
面白かったけど、ワリと予想の範囲内。序盤が素晴らしかった。
この他にも高倉健さんの映画とかも見てみたが、あまり響くところはなかった。
健さんは萌えキャラだったんだ、ということが分かったくらいか。
しかしいろいろな作品を多めにインプット出来たことは、やはり収穫があったと言えると思う。

  あ、『きんいろモザイク pretty days』は、自分には合わないのを分かって行ってみたけど、
  本当にその通りで、いま思い出してもpretty過ぎてクラクラします。
  初めて左手で同人誌を書くのに挑戦する中学生は、コレを参考にすればいいと思います。

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秋、伊那。宿はどこまでもファンキーに、紅葉はしっとりと。


 ▼テレビアニメ
  ・『田中くんはいつもけだるげ』
  ・『ステラのまほう』
  ・『ばくおん!』
  ・『アクティヴレイド』
  ・『このすば!』
  ・『クロムクロ』

歳末大紳士会でも話題に挙がったが、昨年オタク界隈で通念的に大ヒットだったのは多分
『Re:ゼロ』あたりであったのだろう。
しかし自分的にヒットになったものと言ったら上に挙げた分で、
『ステラ』は7話の、たまちゃんのユミネへのかかわり方にシンパシーを感じ、
『ばくおん!』は6話、10話で、「バカの情熱」の潔さに心を撃ち抜かれ、
『アクティヴレイド』は作品の成り立ち自体がすばらしく、
『このすば!』には、「世界は如何にして優しくなるべきか」が的確に描かれており、
それぞれが心にぶっ刺さった。

『クロムクロ』が地味に優秀で、中盤まではほぼ光るところを感じられなかったのが、
後半からジワジワと、語りの成分といい盛り上げ方といい非常に丁寧で面白く、引きつけてくれた。
特に好きだったのは、学校の先生が剣之助の将来について真面目に進路指導する辺り。
ああいう一手を打つだけで、世界観がぐっと引き締まる。
中盤までも、ダレ気味で爆発力がないというだけで、目も当てられないというほどではないので
そう悪いものじゃない。

『田中くん』は……『のんのんびより』枠。
尚、『田中くん』『ステラ』は『のんのん』の川面監督、
『ばくおん!』は『true tears』の西村純二カントク、
『このすば!』は『これゾン』と同じ金崎監督+上江洲さんタッグと、
作り手に心を掴まれているところがある。
『ばくおん!』は何よりも、川崎マッハ・来夢センパイという
最高のキャラクターの存在抜きには語れないけれども。

  今年一年、『アクティヴレイド』のあさみちゃんやら、
  『大家さんは思春期!』のチエちゃんやら、『田中くんは~』の太田やら
  『ろんぐらいだぁす!』の葵ちゃんやら、
  結構な強力萌えキャラ勢に恵まれたにも関わらず、
  来夢パイセンの魅力はぶっちぎりでした。凄まじい。


いずれにせよ、毎クール楽しめる作品があり、
年が終わってみて心に残る作品があったことは幸せなことだ。
なにより、『ばくおん!!』『ろんぐらいだぁす!』『大家さんは思春期!』のそれぞれのOPで、
ステキな歌詞に出会えたことは心の活力になった。



 ▼ゲーム
  ・『ミラクルガールズフェスティバル』
  ・『マクロスΔスクランブル』
  ・『レコラヴ』

ゲームは……例によってあんまりやれていない。
けれども、『MGF』をトロフィーコンプリートして、今はわりと楽しく『マクロス』をやれている。あまりスマートなプレイではないけど、昨年から考えると大きな進歩だ。
少なくとも、ゲームを楽しんでいこうというマインドが心に再び萌し始めていることが
個人的には嬉しい。良き哉。
今年は恐らく最後の『ドラクエ』になるであろう(という勝手な予測)、
『ドラクエ11』が出るし、ニンテンドーSWITCHも出るしで、
しっかりと、ゲームを楽しめる心と体と環境を作っていきたい。

 ▼『ドラゴンクエストXI』オープニング映像
  
  なぜでしょう、このOPを見るとすごくドキドキします。『ドラクエⅣ』の時と似ている。


……しかし、こんなことを考えながら年を重ねていくのかね。
マいいんだけどさ。そういう人生だから。


 ▼お金ほしい。

あとね、お金がない。お金が欲しい。
イヤないワケではなくて食うに困る貧窮の仕方はしてないけど、ちょっとこう……心がキュウキュウとしてきた。
だから昔を思い出して、びんぼう根性丸出しで行こうと思う。
マ自分がお金のことで汲汲とするのは、金銭感覚がおかしいせいなので
仕方ないといえば仕方ないのだが。
あーお金ほしい。
2017年も引き続き、お金を欲しがっていく気持ちだけは強く持ち続けていこうと思う。

あとはまあ……親が、何かのはずみにどうにかなってしまっても、
……イヤ実際はまだ早いとは思うけど、しかしそれでも「不思議ではない」境に達しているので、
そういう気持ちづくりはしておかないといけないかも知れない。
その上で、変わりなく、穏やかに接していきたい。

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鎌倉。下は、早く来すぎて大仏の開店待ちのガイジンさん。かわいい。




■Closing~それらを踏まえて、2017年のこと



そんな感じでして、2016年は、
「色々ため込めるだけため込んだ(ため込んでしまった)」年だったな、と思う。

アウトプットが追い付かない病については、体を動かすことを制限して対処する。
そして時間も体力もセーブして、アウトプットにしっかり回す
(時間と体力をセーブすれば、おのずとMPにも余裕が出来るので)。
そうなると当然、インプットも減らしていく必要がある。
カロリーという意味でも、情報という意味でも。

今年も色んなところへお出かけてしまうのだとは思う。一人で、紳士で、家族で。
must事項として「秋に親を金沢へつれてく」があるので、
そこを軸にバランスよく配置していくしかないだろう。

信州・北陸方面は、紳士会議の高潔な魂によって決定されるので、
私ごときにコントロール出来る物ではない。決定に従うまでだ。

一人では、西の方へ行きたいと考えている。中国地方方面へ。
大学時代の友人がいて、松来さんの生産地で、
『ゆるゆり』……じゃないや、『げるぐぐ』……でもなくて、『たまゆら』の聖地であって、
『田中くんはいつもけだるげ』の聖地であるところの広島に行きたいなあ、と。
宮島も、小学校の修学旅行以来、見たい。
小・中・高と修学旅行は行っているけど、小学校のが一番印象に残ってるってのはどういうこっちゃ。
みんなそんなもん?

近場では、忍野八海へも行こうと思う。
今年も水がきれいなところへ行って、水のお写真をパキパキと撮りたい所存のオイサンです。
新造人間ショゾーン。
小諸へは、とりあえず3回行く。春、秋、冬。
北海道は1回だけになると思う……イヤ、普通そんな年に何回も行かないと思うケド
(小諸かてフツー年に3回も4回も行かんわ)。

 ▼1月~3月
  ・北海道
 ▼4月~6月
  ・小諸1
 ▼7月~9月
  ・帰省+西方面?
 ▼10月~12月
  ・金沢
  ・小諸2

……という軸の合間に、紳士遠征が挟まる感じになっていくだろう。
……っていう話をだな、いま北海道で書いているのだが、どうしたものかね?(しらんわ)

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2017年は、とにかくゲームだ。
ニンテンドーSWITCHが出る。『ドラクエ11』が出る。
VRも本格化するだろうから、PS4は導入が必要になる。
きっと『セイレン』もゲームで出るだろう……まあシステムに魅力がなければやらないけど。
瑞々しい感性を保って、素直な態度で、「面白い」ものをまっすぐに受け止められる人間になっていきたいと思う。

アウトプットの仕方については悩んでいる。
結局のところ、自分の手の遅さ、段取りの悪さ、作ろうとする物の性質、時間配分の下手さに踏ん切りの悪さなど、
あらゆる要素が悪い方へかみ合っているので、
何かを諦めるか、どこかを変えるかするよりほかない。
自分のためにもならないので……早いトコどうにかせんとなあ。


  ▼2017年という「歳」

今年2017年は、21世紀に入って17年目。
言い方を変えると、21世紀さんがセブンティーンにおなりになる。
青春真っ盛り、高校2年生です。
かつては誕生を嘱望され、お生まれになった時は周りから盛大にチヤホヤされたおしたというのに、
今となっては口先ばっかり立派でなかなか見向きもしてもらえない「新しい時代」さんが、
ようやく自分らしさを発揮できる自我を手に入れ、視野も広がり始める……なんなら、
サカリの付き方もよーやく板についてきた、そんな時期に入る。
ここらでいっちょ、21世紀ここにアリ、
部活に勉強、恋にオシャレに大忙し! なトキメキをほとばしらせてくれるんじゃないかと、
オリンピックもワールドカップもないイベント不在の年ではあるけれども、
その分、時代さん自身がなにやらこう……熱い情念を爆発させてくれそうな、
そんな予感をオイサンは感じるワケです。

そのワリには自分の方針は、
「衰えつつある肉体にペースを合わせていく」
なんて、随分夢もイキオイもないアレなんだけど。

来年の今頃には、この世界にどこからどんな横やりが入って来ててもおかしくない、
そのくらいのひずみの存在を、このところ、時代の空気に感じているオイサンです。
果たして、鬼が出るか、蛇が出るか。
ヌージャデル・ガー。




……このネタ、随分前にもやった気がするな。
マいいか。誰も覚えてないだろう。
オイサンでした。
今年もヨロシク。


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上から、スカイツリーvs偽スカイツリー、飯能の妖精、小諸。一番下のが'16年ベストかなー。



……あと、若者に煽られたので今年は「マリモ食べ力(りょく)」を鍛えようと思います。
どうやったら鍛わるのかしらねえけど。
だからとりあえず道東に来た。



オイサンでした。


 
 
 

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