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2017年7月24日 (月)

■四十路のヨソ行きワル巧み~『有頂天家族2』OP・「成るがまま騒ぐまま」に思う~ -更新第1139回-

前回のついでで、『有頂天家族2』のOPの話を。


▼『有頂天家族2』OP 成るがまま騒ぐまま

ランティスのメンドクサイ枠三傑に数えられる、milktubさん。
あまりよく知らないアーティストさんだけど、マ見るからに……って感じはする。
なお三傑の残り2枠は、景山ヒロノブ、遠藤正明らしい。



ワリと古風な価値観で書かれた歌詞だな、とは素直に思う。
また同様に、物語の中で謳われている、「阿呆」であるとか「波風を立てる」であるとかいう、
複雑で味わい深い、粋、小粋な要素を、必ずしも的確に捉えて書かれている歌ではないように思う。

  ♪ 波風立たない人生は ちょっとばっかりつまらない
   ……
  ♪ 心配ばかりじゃやぼったい いてもたってもいられない


とはこの歌の歌うところで、
まあ個人的に賛成しかねる部分も多分に含んでいることも否めないのだけれども、
「人生に波風が立つ」ことを愛おしく思う部分に、惹かれるものを感じたことも事実。

それは、悪サを奨励するとか、退屈だから要らぬ問題に首を突っ込もうとか、
単純にそういうことだけではなくて(結果的にそういう行為に落ち着くことが大半だろうが)、
前回も書いた、「多様なモノを認めて関わっていく」くらいのことだと思ってもらえると良いと思う。
「多様なモノ」の中には、いまの自分とは違う自分、今まで手を出す余裕のなかった姿の自分も含んでいる。
それを認めると、「波風」は自ずと立つからだ。
踏み出し方や手の触れ方で、立つ波風の大きさは自ずと変わってくるからそこには注意が必要だけど。

自分はそもそも、平穏無事、安定・安寧、大きな安らぎを望むタチなのである。
「うっそだあ」という人もおられるかも知れないが、
自分くらいビビりでヘタレの小心者を、私は知らない。
ただし、ビビりでヘタレなだけで、慎重でも勤勉でもなく面倒くさがりなので諦めは早く、
諦めてしまえばビビることにも適当になっていくから、安寧を求めているようには見えないかも知れない。
あと、リスク計算が雑でザルの目が粗い。
なので、ザルをふるう回数は多く時間もかけるのだが、通過を許す砂利の大きさも大きいので、
やはり危険に対する許容量は大きいように、他人からは見えるかもしれない。
しかし自分としては、自分よりザルを多く、長くふるう人間を、殆ど見たことはない。
ビビりでヘタレであるからして、一個でも通らない石が見つかるとそれ以上の検討はやめて
実行を諦めてしまったりもするから、危険だ、やらないと決めたらもう根っからやらない。
まあそんな、ヘタレなジブンであるからして、
こういうリスクを冒して厄介ごとに首を突っ込んでいくメンタリティに惹かれたこと自体、
自分でも驚いてはいて、
今の自分の状態をなにかしら勘違いしてちょっと調子に乗っているに違いない、
という疑いの目を己自身に向けてみている。

問題は、四十を跨いでどうにか本厄を越えたこのタイミングで
この歌が心に響くようになったことだ。
無難に、とにかく安全に安定的に暮らしてこようと思っていたこれまでの人生を、
どこかものさみしく思う心が「波風」を求めるようになっているのだろうかと思うと、
人心とはかくも現金なものか、
のど元過ぎればナントヤラで、自分から厄介ごとをもとめに行くのかと呆れるばかりである。

  ♪ トラブルすらも燃料さ!

なんていう風にはさすがに思えなくて、厄介ごとなんて無いに越したことはないと思うので、
声高に、この歌を自分のための歌だとは言えない。
自分は、絶対に、失敗も怒られもしたくない人間なのである。
こういうところはこの歌の古風過ぎるところだと思う。

しかしなんというか、
人生というのか、運命というのか宿命なのか分からないけれども、
そういう「人ごときには計り知れない大きな流れの様な、それぞれに対して準備されたもの」は、
ひと一人一人のいろんな表情を引き出すために、
波風の立つタイミングを、いきる道程に用意しているのかも知れないなあ、とか思うワケです。
何か節目を迎えると、考え方が、自分としては変わっていないようでも変わっていたりするのではないかと。
これもまた現金な、ご都合主義的な心持ちだけれども。

生きていると、様々な、転機と呼ぶにも足らないような「心変わり」がやってくる。
それは自分の意志だけによらず、環境によるところが大きい。
その環境、すなわち自分を取り巻くモノゴトというのは、
自らの意志で選び取って身辺に並べたモノと、
そうではなく自分の意志に関わらず、生まれたときから、或いはいつの間にか近くにあったモノとがあるが、
いずれにせよ自分という人生の一部ではあるワケで、
この「波風を立てる」という行いの全貌は、
それらが連れ来る変化に如何に真摯にかかわっていくか、というハナシなのだと思う。

  それらの最たるものが、血というか、家というか、親とか家族とか、
  生まれ落ちたときに必ず付きまとう者たちだっていうのが本編では描かれてたと思う。

自分にとっての、最も身近に取り巻くものが何であれ、
それに抗わず従うことが潔いと思う心もあれば、
抗って、今までの自分を守ろうと思う心もまた同じくらい潔い、堂々たる態度であるとも思う。
どっちもアリでしかないのだね、こういうことは。だから歴史があるのであろう。

まあ自分の場合、アタマは固いし人付き合いも好きじゃない、
オマケに多様性に出会っても、さっさと諦めて引いた線の向こう側に隔離してしまうから、
せっかく立った波風に、上手に自分の人生を変えてもらうことは出来ないんだけど。

そんな解釈をして聴いているものだから、歌の最後の

  ♪ いつでも波風立てるよ ズンズン立てるよ
  ♪ いつでも平和を乱すよ ガンガン乱すよ


という歌詞が、ちょっと直接的過ぎて味わいを欠く、
野暮ったく、ドライに過ぎるな、と感じている。面白がってやっているきらいが強すぎる。
それと反して、

  ♪ 大事なものさえ変わらなきゃ 寝ても覚めてもゆかいなり!

の部分のウェットさはとても好きなので、個人的には色々とアンバランスなお歌である。

  ♪ なるがままに騒ぐままに 悪だくみならおまかせだ

そう、悪だくみ。
無論、単にいたずらや、ひとに悪い影響を与えるための企みではない。
自分さえも騙して逃げみちをふさぐ、そんな腹を決めるための装置でもあるだろう、とオイサンは考える。
ニヒヒと歪めた唇の端で、
しまいには自分と人とを愉快な気持ちにさせる、
そんな人生を……この先も送ることが出来ればと、この歌を聴いて願うばかりの42歳である。

ところで悪巧みといえば、四十余年にわたるオイサンの人生の中でも
1、2を争う大きな影響を被った作品、『アマガミ』の正ヒロイン・絢辻さんも、悪だくみが好きな人だった。
こんなシーンがある。
廊下でなにやら、いつもの表情でもの思う絢辻さんに出くわすのである。

  主人公「絢辻さん、何を考えてるの?」
  絢 辻「悪だくみ」
  主人公「ええ!?」

これだけ(続きはあったはずだが、しれっと終わったはずだ)のシーンなのだが。
この先にどんな結末が待ってたっけか。
こう言ったいった後の、彼女のすっきりした立ち絵の微笑みは、
今もなお色褪せないことである。



オイサンでした。


 

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