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2017年7月の6件の投稿

2017年7月13日 (木)

■おなかにTポイントカードがいます。 -更新第1137回-

先日、父の日の贈り物を求めに、
某有名デパートの某有名国産タオルブランドの店で買い物をした時のことである。
品物を選び、実家へ送るための伝票も書き終えてさあお会計となった段で、

  店員さん「某有名デパートカードをお持ちですか?」
  オイサン「いえ、持ってないです」
  店員さん「当店のポイントカードはお持ちでないですか?」
  オイサン「ないっす」
  店員さん「Tポインt……」
  オイサン「我不所持」


うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
面倒くさい!!
色々提携とか導入とかし過ぎだろ!
一個にしろ!!
一個に!
一個にしろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

カルチュア・コンビニエンス・クラブは悪い文明!!
滅ぼせええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!

お前はなんだ! アレか! 全部持ってたら全部にポイントが付くのか!
そのうち100円のお買い物で5000兆円相当のポイントが付加されることによって
実体に比してうつろな情報的質量が過大に発生することで
情報重力に偏重が生じて情報空間に情報的特異点、すなわち情報のブラックホールが発生するぞ逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおうわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ間に合わない!もうダメだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!


……ということで、カードについて聞くのは、
一店舗あたり一回にするか、
もう貼り紙しといて客が自分から言ってこなかったらガン無視でいいと思います鬱陶し過ぎる。
そしたら後から文句言ってくる客がーとか言うんでしょ分かってるようるせえバーカ。
そんなポイントカードくそ虫は客じゃなくて人間でもなくてポイントカードの奴隷だから
5000兆ポイントくらいくれてやれ。
そんで5000兆の5000兆倍のポイントで情報的ブラックホール一つと交換してやれ。

そして店員さんはオイサンがあまりにポイントカードに興味がないモンだから、
最後には恐る恐る


  店員さん「あの、いまお買い上げいただいた方には
         こういうクリアファイルを差し上げてるんですが……
         要らない……です……よね?」



Dsc_0786


なにおう、貴様ッ!!?
コレだけ言ってもまだわからんのかッ!!
可愛いじゃないかもらうに決まってるだろ!!!

オイサンでした。
あ、ホットマンのタオルはとても使いやすくていいです。






 

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2017年7月12日 (水)

■ご注文はうさぎ丼、千夜ダクで。 -更新第1136回-

先日、毎朝朝ゴハンを食べている某超有名牛丼チェーンに、
オイサンうっかりしちゃって小銭入れを置き忘れちゃったんですよ。
エエ。
小銭入れ。
おうちのカギとか、パスモとか入ったやつですよ。
ねえ。

そしたらもう、受け取りに行かないと。
あ、あったんですよ。お店に。
置き忘れちゃっただけで、10分くらいして気が付いて、すぐ電話したから、出てきたんです。
お店にあった。見つかった。
それはまあ良かった。
だからオシゴトの帰りに受け取りに行かないとっていうんで、
お店には電話をして、その日はオシゴトの後に英語研修なんかあったモンですから、
ちょっと遅くなっちゃって。
受け取りに寄れるのは21時くらいですかねー、なんつって。
連絡してね。

それで、夜ですよ。
英語の研修も終わりまして、じゃあ受け取りに行くかー、なんつって、
エッチラオッチラ、歩いて……15分くらいですかね?
朝からひと駅ふた駅歩くシゴトバまでの道のりの途中にあるもんですから、
そこそこかかる。
マ自分は歩き慣れたモンですからそう遠いとも感じませんが、
普通に東京で通勤してる人は、遠いねーって思うでしょうね。15分っつったら。

サテまあその15分を歩いてお店に着きまして、
朝の時間帯には見たことのない、多分夜シフトのバイトのお兄ちゃんなのでしょう、
いらっしゃいませー、なんつって呑気に、
イヤ呑気にってこったあないな、オシゴトですからね、彼らはアレが。
そのお兄ちゃんに、カクカクシカジカ、朝忘れ物して電話した者ですけどっつって、
事情を説明しましたらまあ、教育とマニュアルがしっかりしたモンで、
スッと忘れ物が出てきた。
そうするとまあ、聞かれるワケですよ、


  「いくらくらい入ってました?」


って。
そりゃそうでしょうね?
ガワは無事に届いたものの、中身がスッポリ抜かれてた、なんてケースも、まあまあ、
世知辛い世の中あるでしょう。
あちらさんもその辺はキチンと把握をして、
何か問題があればお巡りさんにご報告なされたりするんですかね、
それは分かりませんけれども、
中身は確認なさった、ということでしょう。それはもう致し方ありません。

それでオイサンも、記憶の限り、細かいところはチョイチョイと置いといて、
えー、大体XXXX円くらいですかねーと申し上げましたところ、
お店の方も遺失物帳票みたいなのと照らし合わせをなさって、
チラッと見えたんですけど、オイサンの言った内容と、何ケタかあるうちの、
百の位までは合っていた。

ああじゃあ大丈夫ですねー、ここにサインいただけますかー? とおっしゃるので、
こちらだってまあそれなら安心するじゃないですか、
ハイハイーなんつってサラサラッと名前を書いて、
お手続きはそれで無事終了。
アッサリしたもんですよ。
それでお店を出ました。
中身も減っていなかったようだしメデタシメデタシってなもんで。

しかしまあ、一応、鍵やらパスモやらありますんでね、
一応ジブンの目でも中身を確認しておこうか、
他に大事なモンは入ってなかったはずだしー、
って駅への道を歩きながら、カードなんかも入る二つ折りの小銭入れをパカッと開



Atrdsc_0832




うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいええええええええええええええええええええええええええええええええええええお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



見られたああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ次行ったら絶対「ご注文はウサギですかあwww???」って聞かれるうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう絶対へんなあだ名つけられてるうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



……マいいか別に。



あだ名つけるなら、チノちゃんって呼んでね?

推しはリゼ、シャロ、マヤです。
コラボするときは……わかるな?

オイサンでした。


 

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2017年7月11日 (火)

■些伽巳日記~Sagami-Nikki~マッケンロー VS ファースト・フレディ -更新第1135回-

先日オシゴトから帰ってテレビをつけたらウインブルドンの中継をやっていた。
かつては西奈良のマッケンローと呼ばれたオイサン(呼ばれていない)としては、
近い将来コートであいまみえることになるであろう錦織選手
(近い将来コートであいマミえることにならない)のタマスジ(カタカナで書くな)を見極めようと、
着替えたりする(覗くなよ?)傍らでしばらく流していたのだが、
実況や解説がとても的確でクオリティが高く、上等で上品であったように思いました。
テニス全然知らないけど(西奈良のマッケンローじゃなかったのか)、
見てて聞いてて面白かったですもの。
あーそうなんだー、そういうことなんだー、と。

  しかしお前、マッケンローて。

このところ、深夜にやっているmotoGPのレースもなんとなく録画して見ていたりするのだけど、
アレの実況・解説とは一味もふたあじも、
その、なんていうか……上質。
なんて表現すればいいのかしら。
motoGPのアレはアレで良いものなんだけど、……格が違うというか、目指している質が違うというか。
軽自動車と、上等なクルマ、みたいなことですよ。
つくりと値段と、用途が違う、みたいなことですよ。
イヤ、この際用途は同じなのか? わかんねえけど。
なんだろう、余裕のあるお金持ちが、ゆとりを持って解説をしている、みたいな感じだった。

  ……なんだと? バカヤロウ! 誰も、
  「motoGPのテレビ解説が『貧乏人が切羽詰ってやってるみたい』」
  なんて言ってねえだろうが!!
  曲解するんじゃねえよ、バカヤロウ!

▼PS2 motoGP Opening



  ……いや、ホントそんな風には思ってませんよ? エエ、モチロンですとも、エエ……。
  アレはアレで、知ることも多いし、面白いものだと思って見てますよ。
  がんばれドヴィツィオーゾ!(突然の応援)
  でもウインブルドンの解説が、とてもしっとり落ち着いたものであったことと、
  「……motoGPのとえらく違うな」と、瞬間的に思ったことは本当。
  どちらも世界最高峰クラスの試合なのに。
  マ競技の性質とか、お客さんの嗜好に寄り添っているということだと思います。
  当たり前のことです。

あとテニスって、最近では「チャレンジ」なんていうルールがあるのね。
最初は何のことか分からず見てたけど、
どうやら怪しい判定(ボールが入ったとか入ってないとか、ネットに触ったとか)については、
選手が申請すると、回数制限つきでカメラ判定をしてもらえる制度らしい。
いいじゃないの。
ちゃんとしてるじゃないの。
さすが、紳士のスポルツ。
ていうか紳士のスポルツを自称する競技が、紳士らしいことを導入してるの初めて見たわ。
サッカーや野球も、似たような仕組みを導入すればいいのに。

と思ったら、サッカーの方では入れてるところもあるようで、
しかし精度そのものはあんまり高くないみたいですな。
「人間の審判が間違ったか?」と思われたときに
文句が出にくくするための第3者的装置として使える、程度の精度しか、まだないご様子。
そう思えば、全部を機械にやらせないというのは賢明な判断なのかもしれません。
AIと人間が共存する、根っこの方の良いサンプルを見た気がいたします。
フレンズはみんな、とくいなこと違うから!


オイサンでした。
 
待ってよー、サーバルちゃーん。


  アハハハハハ・・・・
     ウフフフフフ・・・・
      マテマテーーー・・・・


 

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2017年7月 9日 (日)

■ボギー、調子はどうだい?~映画『勝手にしやがれ』を見る~はじめてのゴダール~ -更新第1134回-

土曜日、本厚木で映画を見てきた。
ジャン・リュック・ゴダール監督の『勝手にしやがれ』。
1960年の古い映画です。


▼勝手にしやがれ



本厚木の小さな単館でリバイバることをたまたま知り、
『押井言論』の中で押井監督が何度もゴダールの名前を出していたので、
勉強のために見ておくかと思った。ゴダールの名前くらいは知っておったし。
小島監督の話にもしょっちゅう出てくるし。

この作品は、ゴダールのヌーベルバーグの旗手たる地位を確固にした作品で、
つまるところ、当時としては斬新な手法をふんだんに盛り込んで撮られた映画だということだ。
自分は映画小僧でもなんでもない年に何本も見ないマンなので、
そんな歴史的なコトを言われてもふーんってなものだが。
その斬新さを体感するためには、これ以前のさらに古い映画を何本か見ないとならないだろう。
が、前知識を入れておいて、大体なにが新しさなのかを探しながら見ていた。

映画の細かいことはwikipediaでも見てもらえばいいとして、
その新しい手法は、実行するのが特段難しいものでも、思いつき難いものでもないように見えるのだが、
ゴダール以前の映画人たちがどうして思いつかず、取り入れられなかったのかということが
目下の興味だ。

  マそれを知るには、今度は、
  当時の映画の文化的な位置などについて勉強せねばならないだろうけども。
  その辺は知ったところで何かに使えるとも思えないからあんまりやる気はない。

映画の内容自体は分かる部分と分からない部分が半々くらい。
このテの映画になると、こめられるのはメッセージなどという生易しいものではなく、
作り手自身の思想や哲学、人生観、
言うなればエゴ全般が鉛の立方体みたいに非常に不親切にゴトンと置かれてるだけみたいなもんで、
いちいち読み解くなどというまだるっこしいことをしなくても、
何となくは心に染み入ったり、割り込んだり、時にはそれで頭蓋骨をカチ割って
脳みそに置き換わろうとしたり、してくる。
なんともエゴエゴしい、ドヤ感とかいう騒ぎではない「こんにちわ、僕です!」感に満ちている。
腹は減らなかったが歩き方が変わる、くらいのものだった。
十分に面白かった。

一個の作品として、面白いな、と思ったのは、
主人公がどういう人となり(年齢・職業・出自など)なのかがサッパリ分からないまま、
現在地を起点にある時間までのことがトクトクと語られるところだった。
なるほどこういうのもアリなのだな(それは多分新しい手法でも何でもない部分だが)、と
楽しんで見られた。
映画というのは自由なもんだな、と思ったが、
書き物でも多分同じことが起こっているし、やってもいいんだとは思う。
マ都合の良いところだけをうまいこと使えればいい。
要は思い切りだ。
短編を描くときには良いように思う。
ただ自分がやろうと思ったら、
「その前も後も書いた上で真ん中だけ抜いてくる」みたいなことをしないと自分が不安になりそうだ。

音楽は少しうるさメだったが、画面が白黒だったこともあって穏やかに見られた。
主人公が、警官を殺して自分が追われていることも知りながらパリの町でのうのうと暮らし続け、
しかも人を騙したり、車を次々に盗んだりという悪事を繰り返す様子は、
先ずリアリティとしては理解しがたいのだけど、
それとて、舞台である当時のパリの風俗を知らねば到底リアリティなどは語れない。

あとあと気付いたんだが、
この作品は、まだテレビが無いか、一般に普及していない時代の話なのだな。
広報・ニュースの配信手段が、ラジオ、新聞、
街頭のメッセージネオン(アレなんて言うんだっけ……)しか登場していなかった……と思う。
テレビとネットと携帯電話はおろか、
なんなら固定電話だってそうそう自由には使い難いくらいの世相であるようだ。
情報伝達の、即時性も拡散性、秘匿性が現在とは次元が2つ3つ違っていることに気付くのに
かなり時間がかかった。
しかしなるほど、となれば、犯罪者が街に潜むことなどまだまだたやすく、
主人公がそうしていたように、多くの犯罪者は町なかを大手を振って歩いていたのかもしれない。
情報伝達の質によって生じる意識の違いたるや、どうやら想像を絶する差であるようだ。
会ったこともない人は自分のことを知らず、
自分も自分の目に見える範囲のことしか知りえない世界というのは、
正直、自分でもかなり想像しがたくなっている。

そうした情報の即時伝達拡散性の高い・低いによって、
社会の常識やありよう、認識がこうも変わってくるのか!
……ということが、一番の驚きと発見であったように思う。
作品の本質と全然関係ないところで感動してるんじゃない。

作品そのものの話に戻るが、
確かに今の映画でもあまりお見かけしないような手法、
たとえば映像がジャンプしてしまうような編集の仕方であるとか、
役者が完全にカメラ目線でカメラに向かって独白するであるとかも確かに見受けられた。
そういうエキセントリックな場面に行き当たるとハッとしはするのだが、
これらがまるで無かった時代に、評価されたことがすごいなと思う。
監督の死後にとか、一部に評価されたとかでなく、
リアルタイムで公に賞を与えられるほど受け入れられ、評価されたことがすごいなと思うし、
ということは、
新しいものが出てきたことを多くの関係者が喜んだのであって、
進取気鋭の風が業界全体に吹いていた土壌や風潮があったのであろう。
そのことが素晴らしいと思う。

  しかしまた、それならなぜ、コレをやる人が、先に、他に出て来てなかったんだろう???

「実験的な作品として、
 一部ではもてはやされ喜ばれるものの、大多数である伝統派・保守派から邪道・異端扱いされ、
 のちにフォロワーが増え、監督の死後とかに「思えばあの作品が歴史の転換点だった」
 みたいな形で評価される」
というのが、お定まりの……そして自然なパターンだと思ったのだが。

公開直後から名誉ある賞を取り、ヌーベルバーグの旗印とされるほどだった、と聞くと……
当時の映画界の皆さんは、従来の映画に退屈していたのではなかろうか、
という邪推が働いてしまう。


■心情・心象的な感想

話が、技術や歴史的な方向にばかり向いてしまった。

とまあ、以上のようなエキセントリックな面や歴史的な意味での隔絶もあるので、
なんの摩擦もなくすっと映画の世界に入り込むことは出来なかったのだけど、
半世紀以上も前の映画であるにも関わらず、
最後には気分よく、すこし歩き方が変わってしまう程に映画の世界に入り込んでしまった。

当時の……なのかどうかは、コレまた歴史の話なのでワカランけども……
破滅的な男の美学というのか、これもまたペーソスなのか、
男性の根源的なかなしみの如きものが、
上澄みの方は透明感にあふれてスタイリッシュに、
底の方にはズクズクと深い緑色をしてたまっていて、
最後には知らず知らずのうちにその入り口までは連れてこられてしまう、という出来上がりに感嘆。

そのスタイリッシュなことに徐々に惹かれていき、
撮り手の厚いエゴにも触れ、
最後にはかなしみの澱に飲まれる。
軽薄であるが故に渡れるはずだった比重の重い沼を、
やがて自分の比重が上回っていたことに気付かず、沈み込んでいくような感覚。

あの沢田”ザ・スタイリッシュ”研二が
「男がピカピカの気障でいられた」とその時代への憧れを歌ったほどの時代の話である。
そうあるためには、携帯電話やテレビを消し去ることが必要になってくるのだろう。
悪が気安く町に暮らせるような時代であることが、そのための一つの条件であったように思う。
それを超えてしまって人々すべてが同じ情報基盤の上で広くモノゴトを同時的に共有できるようになると、
オスが個としての居場所と心を失い、
メスと卵のために働くだけの存在なるのは、きっとアリや蜂の世界と同じなのであろう。
人間はボチボチ、ようやく、蜂やアリの社会に追いつこうとしているのかも知れない。
これから先は、文字や言葉も必要としない、
分泌物と社会的ニューロンによる伝達の世界が始まるのではないだろうか。


▼沢田研二 勝手にしやがれ



▼沢田研二 カサブランカダンディ

「ボギー、あんたの時代は良かった」という歌詞が出てくるのはこっち。


悪事を働く男がカッコいいとか、だらしのないことが男の本懐であるとか、
そういう浅い部分の話ではなくて、
生き物社会の仕組みとして、男性はいくらか自由であることが望ましいとされている
(そうして「渡り歩く」ことが多様性を生んだり繁殖的に効率がよかったりする)反面、
社会からは自由を抑圧されたり制約されることを求められる、
そんな狭間で押しつぶされたり綱引きしたり、なんでしなきゃなんないんだ、
どっちかに決めてくれよ! っていうね、悲しい叫びみたいなことですよ。

そんな人生をどう納得して閉じていくのか……
そのテーマはきっと、昔よりも難しくなっているんではないですかね。
わかんねえけど。

しかしどうなんだろ、これを撮った当時、ゴダールは20代後半だったというけど、
その年でそういうかなしみに、実感を以て向き合っておられたものだろうか?
マ当時の三十路は、今よりは大人だったかもな……。


■余談~Closing

ゴダールの名前に引っかかったのは、実は最近また『押井言論』を読み返していて、
その中で何度も名前の出てくるヴィム・ヴェンダース監督のことも頭にあったからだった。

で、ヴェンダースについて調べてたら、
奇しくも堀江敏幸センセイの短編『アメリカの晩餐』で引かれていた『アメリカの友人』も、
そういえばヴェンダースによって映画化されていたんだっけと思い出す。
『パリ、テキサス』と一緒に見てみようと思う……が、
中々レンタルでは見つからんな、『パリ、テキサス』。

あと、オイサン、ヴェンダースと誕生日が一緒だった。
わーい(うれしいのか)。
 
 
 

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2017年7月 8日 (土)

■些伽巳日記~Sagami-Nikki~世田谷散歩マン! -更新第1133回-

今日は、今年初めて蝉の声聞いたな。
オイサンです。


何かのラジオで、パーソナリティがガタイのゴツいゲストに、

「あんたのカラダじゃ経堂辺りは走れないからw!
 それに引き替え先週の××くんは小粒w! 世田谷向きww!」


とネタにしていたのを聞いて
……これは勿論アレですよ、
  オシゴトのスケール的な話もひっくるめて皮肉ってる言いっぷりですよw?……
大変ユカイに笑っておりましたところ、
先々週の土曜日、いつもの4紳士の集まりが新宿であったので、
経堂で途中下車し、豪徳寺、梅ヶ丘まで歩いてみた。

  「なぜそんな寄り道をするのか」だって?
  休みの日に、ただ新宿に行って帰るのってなんか癪に障るんだよw
  新宿以外に目的地が欲しいわけです。

Dsc04024



「セタガヤ」とは、関西生まれの関西育ちのオイサンは、言葉やその響きは知っていたものの、
関東に暮らして20年近くになるのにワリと最近まで具体的にどのへんかは
未だにちゃんと把握してなかった。

経堂へは以前一度だけ、小田急の忘れ物を受け取りに来たことがあり
(小田急では何故か、遺失物・忘れ物は最終的に経堂の忘れ物センターに集められるのです。
なぜこんな中途半端な駅に……?)、
その時に印象に残っていた白山陶舎といううつわ屋さんを覗いて、
特になんてことのない道を選びつつ豪徳寺へ向かう。
するとまあ、どうでしょう。なんとも閑静ではありませぬか。
なるほど、休日の午前中! っていう感じする。

細くて不規則に入り組んだ道に、これまた不規則な形の土地と家が並んでいるが、
嫌な密集の仕方じゃなく、いくらかゆとりを感じさせる立ち並び方をしている。
上品な気配がある。
かといって、あからさま豪邸が建っているわけでもない。イヤ、中には豪邸もありますが。
マときどきぶっ壊れた家とかもあるんだけど、全体としては不思議と、荒んだ感じ、
やさぐれた印象を受けなかった。
強いて言うなら、「絵になる」というか、「絵に描いたような」住宅街であって、
ドラマに出てきそうな風なんであった。

  江の島の北の方、ちょっと山の方も似た感じの場所があるのだけど、
  あそこともちょっと違う感じでしたね。
  あっちには……ゆとりが感じられなかったな。

……ていうか、ドラマで見てきた住宅街が、多分こんな雰囲気をお手本にして作られていたのだろう。
この辺でロケをしたりもそこそこされているのではなかろうか。

……マどっちが先なのか分からんけども。
こういう風景が、視聴者のシンパシーを呼ぶからこの辺が代々舞台にされてきたのか、
この辺がドラマにフィーチャーされたから、人々はこの風景にシンパシーを感じるのか……。
ただまあ何となく、「素敵な東京ぐらし」に憧れを抱く人々のモデルのような風景が
ここからジェネレートされている、ということは、田舎者のオイサンにもなんとなく伝わってきた。
ロクにドラマも見て育ってきてないけど。

  ウェイが「素敵な湘南ライフ」に憧れを抱くのと同じだ。
  確かにこれは、千葉にはないものだ(よけいなおせわだ)。

いずれにしても、歩きながら「なるほど世田谷、こういうことか」
とよく分からないナットクをしてしまった。
確かにここは、ガタイの良いマッチョマンは上手く歩けない気がする。道幅的な意味で。

Dsc04013

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Atrdsc04011


豪徳寺から梅ヶ丘に向かう分岐のところにコーヒー屋があったので
気まぐれにそこでテイクアウトしてみようとアイスコーヒーを頼んだら、
ヒゲ面コワモテ細マッチョのにーちゃんが
「カフェラテがおすすめなのですが……」と、
店を開くときに1000万借りた金持ちの後輩を
                        殺して埋めた
ような声
(どんな声だ ※著しく偏った個人の感性です)で言うので、おとなしく要求を呑むことにした。
エスプレッソがご自慢なんですねわかります。良いエゴだ。

デその殺人カフェラテ(ひどいあだ名をつけるな)、美味しかったです。
エスプレッソをダブルにすれば良かったな。
けど牛乳は、普通にお店で売ってる低温殺菌牛乳なんすね。
あと、あの分量で500円はちょっと高いとは思う。しかしそれも、ナットクの世田谷プライスなのだろう。
美味しかったは美味しかった。

しかし世田谷、
住宅密集ジグザグみちを歩いてたら突然結構な広さの砂利敷いただけの雑な駐車場が現れ、
その真ん中に井戸の遺構があったりと、
なかなかこころときめく風景も内包しておられる。
確かにこれは、ドラマの発生を予感させるものではある。
なんていうか、小諸の都会版、みたいな趣。

「閑静な住宅街」なんていう冠を与えられていて、
いやいやいや、言うても都会の真ん中でしょ、東京でしょ?
そんな静かなはずないやん、そこそこうるさいんでしょ? て思ってましたが、本当にしずかでやんの。
ブッ殺すぞ(どうした急に)。

そうして梅が丘までトボトボ歩き(どうした元気を出せ)、
駅の北側にあった羽根木公園とやらをひと巡り。
そこで眠っていたツラ構えの良いネコスケをぱちりと撮ってツイッターに上げれば、
ネコ好きのヨ氏から即座に反応が返ってくる。ホントにネコ好きだな!! 隊長もだけど。

Atrdsc04041


ヨ氏が
「美登里寿司が食いてえ」
などと言うので、なんだそれはと尋ねれば、
どうやら駅前を通ったときゲロみたいに行列していた店がそうだったらしい。
なるほどアレには並びたくないな。安くて美味しいらしいのだけど。

新宿での集まりまではまだ随分時間があったので
梅が丘周辺をぐるっと回って見つけた適当な店でとろろなどを食べ、駅前で古い喫茶にしけこんだ。
するとまあ、本当に古くから親しまれた地元のお店だったご様子で、
結構な年老い系マスターが、若いご夫婦と、でっぷりと風格を身にまとった常連と思しきデb
……巨漢の御仁と談笑しておられる。
子どもが生まれたばかりの若夫婦が、その報告に来ておられたようだ。
ホンマブッ殺すぞ(なんでや)。

マスターの、いちいち歌うような
「いらっしゃ~ぃ♪」「ごっ注文は~?♪」「ありがとうございま~っす♪」
という応対が大変心安いお店でありました。
心がルンルンする。

Dsc04054


というワケでなるほど、
世田谷にはトレンディドラマが憧れた、暮らしの空気があったように思われる。
まあトレンディドラマ見たことのないオイサンにはあまり関係ないけども。
同系統のアニメが参考にしているテンプレな町並みってのも、
日本のどこかに転がっているのだろうか。

しかしどうであろう、住みたいか? と問われたら……まあ、あんまりだな。
幼き自分の原風景とはあまりにかけ離れている。
が、自分の原風景など追い求めていては、
いつまで経っても、自分の今いる風景でさえも借り物以上のものにはならないであろう。

こちらへ出てきて、今年ではや20年。
しかしオイサンにはこの住まいも、この町も、この風景も、
未だ借り物、骨を埋める場所だとは、到底思えずにいるのだった。
覚悟を決めるに足るような、確固たるものが見つからない。


 

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2017年7月 4日 (火)

■心に忍び寄る、まだ見ぬ歌の風景~Englishman in Katharinen~ -更新第1132回-

朝のドトールで、なんだか落ち着いた曲を聞きたくなって、
選んだ曲は、笠原弘子さんのアルバム「Saga」から『マリエンベルグにて』だった。

 ▼カタリーネン広場の午後
 


この時期の姫(と、オイサンは笠原さんのことを高校の頃から呼んでおるのだよ)の曲は、
当時まだベイビーだったオイサン in 1996には、
静かすぎてなかなか胸を張って「ものすごく好きだ!」と言えるものではなかったのだけれども
(と言いながらもちゃんとアルバムは買ってたんだからエラいモノでしょ)、
心にはびっちりと残っていて、
こうして心の引き出しからすんなり呼び出せるくらいには定着しているので
やはり楽曲自体の力の強さというものがあるのでしょう。
そんなに聴き込んだ覚えもないのにね。
マお金はなかったから、今に比べればずっと聴いていたのかもしれないな。

確か、姫が作詞家の松宮恭子さんと一緒に欧州の各国を回ってロケハンし、
曲を作ったアルバムだった……ハズ。
どっかでそんな話を読んだと思うんだけど。妄想かも知れぬ。
その甲斐あって、大変雰囲気のある、パンチの利いたアルバムになっている。

1996年当時、グーグルマップなんていう便利なものもなかったので、
このアルバムの歌に出てくる国々や地名が一体どこら辺にあるかなんて
調べようと思ったこともなかったけれども、
いま聴いてみると
「この『マリエンベルグ』というのは一体どこのことだろう?」
なんて疑問が、さまざまな情報・解答と同時にやってくる。

▼マリエンベルク要塞



マリエンベルグを検索するといくつか出てくるが(マリエンベル「ク」だったりするけど)、
恐らくはマリエンベルグ要塞というのが正解だろう。
うーん……行ってみたくなるなあ。カタリーネン広場とかね。
20年前以上も昔に出た笠原弘子さんのアルバムの足跡をたどる、
聖地巡礼欧州旅行。それはそれで味がある。
最後には日本に帰ってくるしね(アルバム最後の曲は「黄金の国から」)。

  オススメは、「マリエンベルグにて」「エディの国」「黄金の国から」。
  どの曲もすばらしく印象的だけど。

しかしなんだ、20年なんて、あっという間だね。
夢の一夜だ。
笠原さんのライブでも探してみようか。

しかしどうでもいいけど、どうしてこのテのカフェでは
無駄に音楽を流すのだろうかね……。
みな静かに、話すにしても周りに配慮して、
音楽もすっかりやめてしまえばいいのに……。ウルサイよ。
それを思うと、何の音楽も流さない小諸のそば七さんはすごいと思う。
人の少ない時間帯に行くと、静かすぎてドキッとするものね。
御主人はきっと、うるさいのが苦手にちがいない。
他さがしてもなかなかないよね、何の音も流してないお店。
音楽好きだよなー、日本のお店。

  まあそれで、ハッとする曲に出会うこともあるからいいっちゃいいんだけども。
  もう少し静かでもいいと思う。

  ▼Sting - Englishman In New York
  
  どっかのお店で偶然知った曲

あと関係ないけど、視覚的なノイズという意味では、
電車の中の広告も……もっと少なくして欲しい。
1/3か、1/4くらいでいいよ。ゼロがいいけど。
広告ゼロ車輛とか出来ないものかね?

疲れている時にどっちを向いても「意図のある意匠」に囲まれているのってキツいと思うんだけど、
みんな感じないのかなー?
鉄道自殺が多いのってアレのせいも少なからずあると思うんだけどなー。
なんの根拠もないけどw


取り留めのない話でした。
あ、あと笠原さんって、新潟出身だったのね。
そういえば昔、ファーストエッセイの「碧い準宝石」でそんなん読んだような気がするな。
物心つく前に離れたんじゃなかったっけ……。
うろ覚えだから嘘かも知れん。


 
 
 

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