2017年12月 2日 (土)

■マリア様が二度見してる~劇場版『ご注文はうさぎですか? Dear My Sister』感想・2~ -更新第1184回-

オイサンです。

なんだか知らないけど2回見てしまった、
劇場版『ご注文はうさぎですか?~Dear My Sister~』の感想の続き。

ちなみに、2回目を見た帰りに寄ったゲーセンにて、
ルビィちゃんのフィギュアをUFOキャッチャで取ろうとして3000円も使ってしまいました。
デまた結局取れなかったんで、amazonで買っちゃいました、2500円!!
 
Atrdsc09748_3
 
 
 
 
俺は何をやっているんだ……。
 
 
 
……本題の映画の感想の前に映画より面白いハナシしちゃってどうするんだ。



●○● 劇場版『ご注文はうさぎですか? Dear My Sister』、
                              いまいちだったところ ●○●


サテ褒めるところは若干乱暴ではあるがホメたので、
苦言は苦言で、キッチリ落としていきましょうそうしましょう。
 
▼劇場版 公開直前PV

 
 

  ■さみしさ不足の演出~時間スケールの表現について

1回目の鑑賞では時間のスケールがうまくとらえられなかった。
時間のスケールとは、
「物語の中で流れた時間を、鑑賞者に正しく伝えられているか」ということと、
「登場人物が体感的にとらえる時間の感覚(実際より長いor早い)を、鑑賞者にも与えられているか」の
2点を指す。

上でも書いた通り、ココアの帰省は1週間と冒頭でリゼの口から説明されていたが、
1回目の鑑賞が終わった時点では、「ココアは2、3日しか実家にはいなかったのでは?」と見えた。
2回目を見て整理すると、移動時間も含めた(木組みの街を空ける)帰省期間は5日間で、
実質の実家滞在時間は4日弱だったと思われる。

  1日目:ほぼ移動時間。実家に着いて終わり。
  2日目:町で遊ぶ。チノに電話をする。
  3日目:ココアの様子は描かれず。何をしていた?
  4日目:ようやく店の手伝いを始めるが、翌日帰ることにする。
  5日目:朝メシ食って帰る。

……ホンマに何しに帰らはったんですかココアさん!

特にナゾなのは3日目。何も描写されていなかったと思う。
店の手伝いをしていたのかなあ……と考えてみても、
4日目の朝に母・モカの活動開始時間を把握していないことや
大挙するお客のことを知らない様子が描かれてしまっており、どうやら家・店にはいなかったようだと分かる。
店の手伝いをし始めた描写が3日目のハナシなのか? と考えようとしても、
チノが「昨日(=2日目)、ココアさんから電話がありました」と皆に話したあとの夜明けのシーンから
ココアは手伝いを始めているので、やはりそれは4日目の様である。
いずれにしても、当初目的にしていた実家の手伝いをあまりにも果たしていないことは明白であるし、
木組みの街不在も当初より短い。
その辺の不足が積み重なって、
「ココアがいないことに因ってチノちゃんが感じる淋しさ」に鑑賞者が同意できない状況に陥っている。

いなくなったその日のうちに、ただ何の描写もなく「お店がガランとして感じる」と言われ、
頭で理解は出来ても体が共鳴しない。
「刺さらない」「胸に響かない」というやつだ。
 
また、見終えたときの感想は「けたたましい映画」であった。これは1回目も2回目も大体同じ。
『ごちうさ』のテンションは、テレビでの1回30分(実質20数分)で、
主題歌もインターバルもエンディングも挟まるから(少なくとも自分は)耐えられたのであろうと実感した。
劇場の音響で1時間、あのテンションをテレビと同じ密度と連続性でブチこまれたら、
印象としてかなりけたたましい。チノの淋しさを共有するヒマがない。
テレビシリーズの数倍の時間がしかも連続しているのだから、
その広がりを、もっと緩急に回す必要があったのではないだろうか。
ココアと離れている時間の大きさ、
その人に支配されていた時間・空間が開放されて空いた穴の存在を感じるだけの手掛かりが
チノのモノローグ以外にない。
映画の時間軸向けに、もう少しトーンダウン、ペースダウンしても良かったと思う。
それをすると作品の「らしさ」が残らないという判断などもあって今のカタチが守られたのだとも思うが、
結果的に表現すべきところが残らなかったのはいただけなかった。
これらの時間的な違和感、十分な寂しさを得られない作りが、1回目を見終えたときの(っていうか見始めからの)
「……は?」
っていう感覚にも繋がっている。
また、さみしさ・空虚感の演出は、時間的な間だけでなく、絵的にもあまりされていなかったと感じる。

  余談だけれど、
  劇場という場の広さやスクリーンの大きさ、音響環境がある程度整っている前提であることなどは、
  その様な演出には有利に働かない物だろうか? 
  生粋の映画監督さんなどは、その辺どう考えているのだろう。

60分というひとつらなりの「映画の時間」と、物語の時間のスケール感とテンポをひっくるめて
テーマに向けてコントロールすることと、
作品世界が持つトーンをそれらのものとすり合わせることが、あんまり上手くいっていないように思う。
あと……話のスジそのもののしょうもなさっていうのは、やはり拭い難い悪印象の主因になっている。
マしょうもなさは、コントロールがうまくいってないからしょうもなく映ってしまったのだろう。

  ……しかし、このトーンとペースの只中に、仕事とはいえ長時間身を置かれている清川"冬月先生"元夢老が
  精神と健康になんらかの支障をきたしていないか、心配される昨今です。
  8X歳? とかじゃなかった? だいじょぶっすか冬月先生。

   ▼Wikipedia 清川元夢
    御自ら「マンガが嫌い」だとか「逃げ出したい。アニメの声優をやることに抵抗感がある」
    だなんて公言している人が、よくこの作品に長く関わってくれているものだなあ……
    ……今更ながら、大丈夫なんだろうか? 楽しんでくれていたらいいけど。


そもそも1週間程度の不在でさみしく感じるものだろうか? と思いもしたが、
案外それ以上長いと今度はいない状態に慣れてしまいそうだし、
寂しがるにはほどよい時間なのかも知れんな、とは思った。オッサンが薄情なだけだな。



●○● アラフォーのオッサンは、なぜ『ごちうさDMS』を
                     2度見することを宿命づけられたか ●○●


なぜ2回見ることになったかというと、
「ムビチケ」というモノのシステムをよく理解しないままに
「……この映画は恐らく人気で、良い席確保するのは難しいだろうから、
 なるたけ前以て席を抑えられるようにしておこう。
 世の中にはどうやら前売り券というシステムがあるらしい、
 早めに座席を押さえられるならそれを使ってみようじゃないか」
ということで、
TOHOシネマズのムビチケというのを初めて買ってみたのだけれども、
それを購入する際、特段欲しくもないハズのクリアファイル(そして実際手に入れてみても何の感慨もわかなかった)
に目が眩んで、前売りムビチケを2枚買ってしまったから。


……なのであった(長い)。


  あと、ムビチケとか前売り券は「先に券を買う」だけのものであって、
  座席の確保に特段有利になるものではなかった。
  チケットを手にした時点から公開時の座席を予約できるものだと思っていたが、
  「お金を先に払うことでちょっとお安くなる」というだけで、
  座席予約の開始は一般と同じ、(TOHOでは)鑑賞日の2日前からだった……。
  お安くはなるけど、何の意味があるんだよ前売り券。
  買った時点から、普通に見る連中よりも良い席確保も有利にやれるようにしてくれよう……。


2回目も、ただ見るだけならいいんだけどさ。
劇場まで行くとか、帰ってくるとか、そこまで行くんだったらついでになんかしようとか、
「映画を見る」ことの前後の手続きまでいろいろ含め置くとわざわざもう一回、
それらの時間を使ってコレを見るというのは……なかなかハードルがキモい。
最終的には「勿体ないから」というのと「何か見つかるモノがあるかも」というのとで二回目も見て、
それなり以上の収穫もあったので、欲しくもなかったクリアファイルに目がくらんだ俺GJ。。


  ■1回目鑑賞時の認識姿勢の難
    ~「映画」と「劇場版」の違いについて、或いは
       「映画であること」を前提とするか「劇場公開のテレビアニメ」とするか問題~



上で、「映画の時間軸」みたいな話をした。

映画がテレビや記録媒体や配信によって家で当たり前に見られるようになって久しく、
家庭で視聴するための映像作品と劇場で視聴することを前提として制作されるいわゆる「映画」の区別など
もうとうの昔に無くなっているから、
「映画」という言葉で括ることは適当ではないことは承知しているが、
便宜上、「映画=長尺で鑑賞することを想定して作られた、単一で物語のある映像作品」と定義する場合、
作品としての「映画」には、やはりある程度の型、しつらえが存在する。……と、オイサンは考える。

1度目鑑賞時の自分はこの作品に対して、ちょっと「『映画』としての期待値」が高すぎた、というか、
自分の思い描く映画像に『ごちうさ』という作品を近づけて考え過ぎていたところがあったのだと思う。
つまり、

「『映画』なのだから、これくらいの時間で、お話には少なくともこういう構造があって、
 完結するテーマがあって、それが構造によって如何様にかして回収されて……」

という思い込みである。
一つの型というか、様式というか。文化文明・原理原則として連綿と受け継がれてきた
「このメディアを用いて価値ある結果を創出するために編み出された一連の手続き」
をしっかりと踏んだうえで完成された『ご注文はうさぎですか?』を見ようと、1回目の自分はしていた。
2回目には、1回目で作品の実像を得たことによって、その期待の枠から作品を外し、
作品に適した枠の目で見、評価することが出来たのだと思う。
「2回目は、1回目の結果を加味して期待値を下げた」
という言い方になるのだけれども、それではまだ不遜な感じが残る。
作品(および商品として)の特性を正しく理解して、それに見合った映画像を持った上で、
「『映画という型』を重視するのではなく、この作品をただ劇場というメディアで公開する」
という、作品オリエンテッドのサイドに立った認識態度へと改めた(自然に改まった)。

これは、さらに言い方の奥にある実情を整理してしまうと、
「『ご注文はうさぎですか??~Dear My Sister~』を、今なお映画としてはとらえていない」
みたいな要素は出てきてしまうけれども……まあ、それはしょうがねえな。
劇場で公開するための『ご注文はうさぎですか??』としては、十全であった、と言えると思う。

本作を、より自分のイメージする映画としてまとめるなら……
ざっくり言ってしまうと、リゼが思い悩むシーンなんかは要らないし、
千夜・シャロ、マヤ・メグも、お飾りとして以外はバッサリと整理してしまって良い。
物語的に不可欠な役割を果たしているワケではないし、
彼女らの果たした部分は他のメンツで代替することも可能だからだ。

描きたいことへと導くために必要なさまざまな運びを整理して、そこへ向けて誰が何を運んでいくのか、
伴う必然性に従って整理することが出来れば、時間も空間も描きたいことに集約させることが出来る。
それによって間も取れる。より明確な意図へと集約可能になる。
一つ、ズシンと完結した世界を、この世から切り出すとともに、その世界観の中に生み出すことが出来るはずだ

とはいえ、である。

本劇場版は、「映画」である前に『ご注文はうさぎですか?』という一つの商品の一部なので、
作品世界的・商業的な意味では全てのキャラクターを出さないワケにいかず、
そのジレンマにやられてしまったなあというのは、改めて見直してみると感じた。
「映画」に端を欲したそもそも「映画」である作品と、
そもそもは4コマ漫画であり、それをテレビ放映することを前提に作られたアニメとし、
そこからさらに派生した「テレビアニメの劇場版」である作品との差であり、ジレンマなのだろうと思う。

  補足すると、自分としてだって、リゼもシャロも千夜もマヤメグもタカヒロさんも出てこない
  『ごちうさ』なんか見たいとは思わない。
  映画を作るなら、それらも上手に絡めたテーマとすることが必須であろうと思う。

本劇場版のエピソードは、原作の連載中にあったものをまとめ直す形がとられているが、
上の様な事情から、同じエピソードをテレビシリーズ向けに作ったとしても
出来栄えはあまり変わらない結果になっただろう
(動画の内側にあるパラメータ(画面サイズや解像度など)はそれぞれ向けにチューンされるだろうが)。
ただ、上でも書いた、ぬいぐるみを軸にして語られるココアとチノの夢・お姉ちゃん像のエピソードは、
60分一本勝負であることを意識して通底されていた。



……。



マそういうような意味で言うと、
イマイチ華のないガサツババアの出番と山登りの場面をバッサリ切り捨て、
大人気天使ょぅじょの日常を濃密に描くことに色んなものを注ぎ込んでしまった
OVA『ヤマノススメ』の方が態度としてははるかに映画的であった
と言えるかも知れないし言えないかも知れないが言ってもいいんじゃないかとオイサンは思うワケだが
それはのちの歴史の評価を待つのが公正な態度だとも思うわけである。


 ■パンの匂い……美少女の匂い。

あと、1回目と2回目で差が大きかったのが……劇場の環境のハナシ。
……以下、半分ネタなんだけど、半分はワリと本気。

1回目の鑑賞時、劇場はほぼ満席だったんですよ。分かります? 満席。
オイサン、あんなに混んでるTOHOシネマズ海老名は初めてだったんじゃないかってくらいですけど。
デまあ……作品が作品じゃないですか。心がピョンピョンする奴じゃないですか。
オタクのヤロウどもが集まるじゃないですか?
多分、神奈川中部のオタクの大多数が集まったと思うんですよね、あの劇場に。

ことさら悪臭が充填されていたワケではないですが、やはりこう、
血気盛んな若オタヤロウドモの活発な匂いがムンムンに充満するワケですよ。
そうするとまあ……画面の向こうのビジュアルとのギャップがまあヒドイ。
あちら側はもう、美少女と焼きたてパンの楽園ですもの、
視覚的にはイイ匂いの予感しかしないワケですよ。
しかし実際嗅覚から入ってくる匂いはヤロウ臭・ケモノ臭ですから……
鑑賞の途中あたりからちょっと、「なんかおかしいな」ということに気付いたんだけれども、
ちょっとこう、視覚と嗅覚の不一致のあまりの激しさにに酔ってしまった、みたいなところがあった。

2回目はすでにガラガラだったんで大変快適でした。
同じ劇場だったんですけどね。



■Closing~壁紙と、提灯と。



お話と演出のハナシばかりになってしまったが、
絵と音については不安のない作品で、その通りだったと思う。
レイアウトがちょっと単調だったかな……という印象だが、さだかではない(ないんかい)。

2回目の鑑賞時に気付いたことだが、描かれる部屋や家の壁紙が全部ちがっており、
そのどれも可愛いことに驚いた。
背景美術がすごいのは毎度のことだが、
なんでもない筈の部屋の内装までみっちりと凝ることで一種の異世界感が演出されていて、
こういう雰囲気の出し方もあるのだなと感心してしまった。
それで画面もやかましくなっていないからまたすごい。
部屋の壁紙にこんなに凝ってるアニメはちょっとないのではないか。
「ナンタラは細部に宿る」の典型であろう。

また、ラストのお祭りシーンで電飾イルミネーションに交じって変わり種の提灯が配されていたことも
個人的にとても良いと思った。
「そうか、提灯って和風イルミネーションなんだなあ」と思うと、妙な感慨がわいた。
提灯、捨てたもんじゃない。
現実の催しのシーンでも、もっと見直されたらいい(何に感心しているのだ)。

マそんな感じで……
「2回見ました、あんま面白くなかったです」とだけ書いて
今年見たけどまだ感想を書いていなかった他の映画とまとめておしまいにするハズだった、
劇場版『ご注文はうさぎですか??』の感想はおしまいです。

映画的な再構成としてはダメなところも目立つけれども、
         劇場版『ごちうさ』としてはなかなかの出来栄えで、
                     テーマ表現としてはかなりな輝きを放つシロモノでした、


……というのが、忌憚のないところ。
でもまあ……振り返ってみると、面白かったんだろうなあ、という感じ。

「それなり」の目で見るというのが、一つ鑑賞のコツとしてはあるのかもしれない。
一度作品側に立つことによって、1回目に批判的に映った部分をもう一度キチンと捉えなおすことが出来、
良かったなと思う次第である。

コレは、劇場版『ガルパン』でも起こったことなので、
自分には、つまらないと感じた作品には必ず2回目が必要なのかもしれない。
自分はあまり情報処理の能力が高くない上、エモさ爆発オロカモンC! なので(分からんわ)、
冷静に見るには2回目が必要だってだけかも知れぬ。
世間一般の皆さんは1回だって十分だと思うぞ。


オイサンでした。
 
 
 

| | コメント (0)

2017年12月 1日 (金)

■マリア様が二度見してる~劇場版『ご注文はうさぎですか? Dear My Sister』感想・1~ -更新第1183回-

劇場版『ご注文はうさぎですか?~Dear My Sister~』を、
2回見てきたんですよ。
2回ですよ、2回。
なぜ2回見る羽目になったかの顛末はあとでてきとうに書くとして、
作品自体についてもさながら、周辺のことでも気付くことが多かったので、
感想とともに書き留めておこうと思う。
 
Atrdsc09741_2

 
鑑賞前から作品のデキにはそこそこ期待していたのだけれども、
1回目を見終えた時点では
「……俺は、コレをもう一回見なきゃならんのか……」
という、若干陰鬱な気分でありました。

デ2回見た結論から申しますと、
1回しょうもないと思った映画も2回見てみるモンだなあ
というのが正直なところで、
2回目は、1回目に比べればだいぶ楽しかった。
2回目に何かを新しく見つけることが出来たというより、
発見済みだった要素に整理をつけることが出来た、という面が強い。
得られたインスピレーションもあるので、1300円分のモトはそれなりに取れた。

1回目の鑑賞姿勢や環境に多少難があったというのもあるので、それについても後でまとめる。



●○● あらすじ ●○●

実家から「最近店が忙しい」という手紙を受け取ったココアが店の手伝いのために1週間だけ帰省することにし、
ココアが留守の間チノちゃんがさみしくて凹み、
凹んだチノを見てリゼがうまくなぐさめてやれないと凹み、
マヤ・メグがチノをお風呂で励まして、
千夜・シャロがリゼを甘いもので手なずけて、
昔チノちゃんがリゼにもらったヌイグルミをみんなで自分たちの分を量産して、
花火大会がある! ってんで、ココアは結局帰省を4日半で切り上げて(店の手伝いロクにしないで)町に戻り、
皆で花火大会が見られて良かったね!
 
 ▼予告編映像
 
 
 
……っていうお話でした。
「要約するとアホみたい」とか言わない。

あとから知ったことだが、物語は劇場版用に書き下ろしたものではなく、
原作連載中にあったエピソードであるらしい。
つまりは、「元の話は4コママンガのテンポを前提に作られている」ということになる。
これはあとあと重要になるハナシなので、てきとうに覚えておいてもらいたい。

この先、以下の様な内容で話をまとめていきます。


 ・軽んじられる物語の動機とその回収、そこから導かれる「二人の黒幕と疑惑」
   ~口実に過ぎない実家のお手伝い~モカさんはオトナのオンナ

 ・お姉ちゃんという「クラス」、ワイルドギースを介して予感させるその継承について
   ~ココアとチノ、無言・無意識の姉妹関係~そして「お姉ちゃん=勇者」説

 ・本当の欠点~タイムスケールの不明瞭さと希釈されるさみしさ
   ~作品オリエンテッドか、メディアオリエンテッドか



●○● 物語の起点と、そこに巧妙に隠されたヒトツの謎 ●○●

1回目を見終えたとき、
お話の始まりを支えていたはずのココアさんの動機があまりにもおざなりに打ち捨てられて終わったので
「はあ?」と思った。

「実家の店を手伝うという名目で帰省したはずなのに、結局2、3日しかいなかったみたいだし、
 手伝いもそのうちの1日しかしてないし、大して役に立ってないし、
 当初行かないつもりにしていた木組みの街の花火大会を結局優先させて帰っちゃうし、
 一体なんなんだろう」

という、不整合ばかりが目立ち、疑問と不満が募った。
その疑問・不満は、小さな認識違いはあれど概ね間違ってはいない。
けれども、2度目を見ることで、お話の主要な動機だと思っていたその「ココアの事情」が、
物語の動機ではあれど、主題的には実は枝葉であるということが納得出来た。

そもそも、
「お話の始まる動機はなんだったのか」「それらは動機足りえる確かさを持っていたのか?」 とか、
「その動機となった出来事を、人物たちがちゃんと解決して回収したのかな?」とか、
そういう生真面目なコトをこの作品のノリで言ってもしょうがねえかな、というところは……ある。
殊に、動機の中心にいるココアさんの思考と行動に関してそこをつついても意味がない。
そこはもう天下の紋所であるところの

  本当に、しようのないココアさんです

と呟いて乗り切ってしまう……のが、『ごちうさ』本来のお作法だが(そうなのか?)、
のちの論点に繋がる重要な部分ではあるので、
ここではその「動機部分の根拠と回収の薄さ」についてもキチンと評しておこう。

お話の冒頭、
「実家のモカさんから、『お店がやたら忙しい』という手紙を受け取ったココアさんが
 手伝いのために一週間だけ帰省して手伝ってくる」
と説明がされるが、

 ・実家のお店の混乱は、一週間で片付くことが見えていたのか?
  またココアさんは、帰省中店の手伝いをしていたのか、していたと言えるのか?

という問題には、物語の起点でありながら、物語中のどんな要素よりも強い疑問が残る薄い根拠しかなく、
そのことが作品像全体を思い切りフワフワさせている感は否めない。
動機が起こす出来事に端を発して周囲が抱く感情がこの物語の全体を支えて行かねばならないので、
動機がテキトーだと、その幹と枝の先に茂る葉と花とが空虚なものになりかねない。
2階建ての鉄筋家屋を建てようってのに、
土台はシロップをたっぷり含ませたシフォン地で、支柱はトッポで仕立てました!
みたいな感じです。
やったぜ最後までチョコたっぷり! て言うとる場合か。
それでチョロまかせるのなんか、ヘンゼルとグレーテルだけだかんな!

上でも書いた通り、この根拠の薄さ・結果の伴わなさはもうココアさんの十八番、お家芸ですんで
言ってしまえば、「振り回し役」ココアさんの本領発揮。いい仕事したなってモンである。
だてに『ごちうさ』ワールドの室伏広治と呼ばれていない(本当に呼ばれていない)。
ココアさんが実家に帰るという始まりは、物語のテーマであるところの「Dear My Sister」を実現させるため、
すなわち
 ・チノちゃんを寂しがらせるためにココアを木組みの街から引き離し、
 ・ココアとモカを引き合わせる

ための道具立てとして、ココアさんのしようのなさを利用してご都合主義的に設えられた状況に過ぎない。
 
 
……ように見える。
 
 
ここで浮かび上がるのは、ココアの行動についてはそれでカタが付くとしても、
その状況を仕組んだ2人の黒幕、モカさんとココア母たちになんらかの思惑があったハズではなかろうか?
という疑念である。
「店が忙しい」ことをほのめかしてココアが自ら帰省するように仕向けておきながら、
その実、店の忙しさははモカさん一人でも捌ける程度ではあり、
ココアがロクに手伝いもしないで町へ戻って行ってもなんら文句もツッコミすら上げない、
この2人の「本当の狙い」がどこかにあったのではいだろうか?

「物語の最重要動機の根拠と回収がここまであからさまにフニャフニャで放置されている背景には、
 鑑賞者の視線を、黒幕2人の思惑へ誘導するという意図があったのではないだろうか」
……と、2度目の鑑賞で自分は考えた。
 
だって、あまりにもあからさまに
             動機も結果もテキトーなんだもの!!

オトナが考えてオトナが作って、これに違和感を覚えないというのはありえない。
……マ逆に、そのご都合感に目を瞑れないオイサンの方が子供だ、とする解釈もあるなあ、とも考える。
「君も男なら聞き分けたまえ」と……囁くのよ……あたしの中のムスカ大佐が……。

ではその、モカさんとお母さんの思惑とはなんだったのか?



●○● "Sister"の系譜、および『ごちうさ』世界における「お姉ちゃん」のクラス ●○●

その疑問に答えを出す前に、
本作(『ごちうさ』全般ではなく、ひとまずこの劇場版に限った話として捉えてもらいたい)の
テーマについて確認しておこう。

本作のサブタイトルは『Dear My Sister』であり、姉妹関係が前面に据えられている。
且つ、ここでの「Sister」は、「姉妹」「妹」でなく「姉」・「お姉ちゃん」と捉えるのが適切だ。
作中では、もっぱら妹の立場から捉える「お姉ちゃん」への視線が描かれている。

  ……いいですか、「姉」ではなく、あくまでも「お姉ちゃん」。
  「お姉ちゃん」です。間違えないよう、何度か声に出して読んで下さい。
  「お姉ちゃん」。「お姉ちゃん」。はい、いいですね。続けます。


チノがココアに向ける視線、ココアのモカさんへの視線。
そしてもう一つ、ココアが己のうちに持っている、内なるお姉ちゃん像へ向ける視線。
いずれも強調されるのは「お姉ちゃん」に対するものであることである。
ココアは毎度の如くチノちゃんへの妹愛を露わにするが、
その際も強調されるのは「お姉ちゃんになりたい自分」であり、
チノちゃんはそのために必要だから妹に位置づいているのであって、
意識は「お姉ちゃん存在」に向いている。
無論ココアはチノちゃんのことは心から好いているだろうし、
「お姉ちゃんでありたい」という望みはチノの存在に端を欲しているのかもしれないが
(お姉ちゃんへの憧れとチノとの出会いのどちらが先にあったか明示はされていない)、
妹を欲することはそれ自体が最終目的であるのに対し、
「お姉ちゃんであること」には、際限のない広がりがこの物語の中では描かれている。

今作では、モカ・ココア・チノを繋ぐ「お姉ちゃん性」の継承に関して、
あとから考えると驚くほど鮮やかにまとまっており舌を巻いた。レロレロレロレロ。 ← まじめにやれ

映画の中盤、主要メンバーが、チノのぬいぐるみ(ワイルドギース)に似せて、
それぞれのイメージに合わせたアレンジでぬいぐるみを手作りするエピソードがある。
そこで
「現在チノがココアに対して抱いているイメージと、
 ココアがかつてなりたいと願ったもの(=魔法使い)が一致する」
というくだりが描かれる(チノはココアのかつての夢について知らないが、それがまたいい)が、
これは、チノの中で「ココア=自身のかつての夢をかなえた存在」となる手続きである。
且つ、
一方で、ココアは実家でモカの力を見せつけられて「お姉ちゃんたる者」への憧れを新たにし、
魔法使いからさらに一歩進んだ
「お姉ちゃんになれればいい
 (しかもこれまで考えていた以上のよりすごいお姉ちゃんになりたい)」
と改めて宣言をしている。
ココアの今の望みは、チノの目に映るかつての夢の姿の中になく、
「お姉ちゃん」という次の高みへ向け、チノの思い描くらせんの速さを上回って先へ進んでいる、
チノにとってココアが一種の聖なるもの・越え難いものとしての位置を獲得する流れである。

そのことがさりげなく、
冒頭でココアからチノに手渡されるぬいぐるみ(しかもそれはただのギャグの一部として!)を通して提起され、
一回りして回収される流れは素晴らしかったとさえ言える。

またそれが直接的な言葉を用いず、何よりも、
チノとココアが全く直接的に触れ合わずに行われていること、
二人には最後まで認識させないでおく作劇は衝撃的ですらある。
二人が知らず知らずのうちに結ばれ合っていることを知るのは鑑賞者だけなのである。
鑑賞者に、見ている者だけに分かる事実を預けることで、「見守る」位置に強く縛り付けることに成功し、
「この二人の結末を見届けなければならない」という気持ちを生じさせる手管は鮮やかこの上ない。



  ……アレ? なんかすげえホメてるな……。
  この映画、もしかしてすごく面白かったのか?



花火大会の件についても、
ココアの「そういう風にしたらいいよ!」というアドバイスの様なもの
(実際はただの、ココア自身の希望でありワガママだけど)を受けいれ、
取り入れるようになったチノの姿を見ていると、
チノの中ではココアは実質お姉ちゃんみたいなモンになりつつあるのであろう。


  ■モカと母、2人のオンナの謎めくパーソナリティが思い描かせる継承劇

ところで、上では「お姉ちゃん性の『継承』」という言葉を使った。
これは、少しずつ偉大なお姉ちゃん存在に近付きつつあるココアの元で、
次はチノちゃんがココアを見てお姉ちゃんになることを意識したものだ。
ぬいぐるみのくだりを用いた、チノとココアの関係の前進は初回の鑑賞で理解できたが、
この「継承」の兆しを感じたのは2度目の鑑賞の折、
「ああこの話は、やがてモカさんが退場し、チノちゃんの下に何らかの『妹分』が入場して、
 幕を閉じるんだな」
ということを思うようになった。
というのは、今回の劇場版でモカさんが「お姉ちゃん」の位置から退場する気配を感じたからだ
(ただしチノちゃんの妹分登場についてはまだなんの影も見えない)。
マこの先は、ただの妄想というか、印象論とおかしな嗅覚のなせる業の話だ。

モカさんがいま大学生なのか社会人なのか、どういう立場か分からない(なんか情報あったっけ?)ケド、
母と並ぶとどことなく「オトナのオンナ」の匂いがしてきてしまう。
一人ずつだとただの可愛い呑気者なのだが、
二人並ぶとそれなりの生活っ気が見え隠れし始め、それに応じた色気と生々しさが漂い始める。
二人でいるときにはオトナの会話をしていそうだ。

忘れもしない、ココアが街に帰ろうとする朝、
呑気にメシ食ってる妹をせかす姿とその装い(ふりふり付きのノースリーブにタイトジーンズ)が、
あーこのヒト普通に彼氏いるんだろうな、しかも仲はそこそこ進んでるな、という妄想を起動させた。

ここで、冒頭に論じた「モカと母が、ココアを帰省するよう仕向けた思惑」に帰ろう。
2人は、店の手伝いにココアの手が必要だったワケではなく、何らかの話をココアにしたかったのではないだろうか?
それはすなわち「モカのお姉ちゃんからの退場」に関わることであり、
妹との関係性を希薄する出来事である。

例えば、今回のココアの帰省中に彼氏をキチンと紹介する踏ん切りがつけられたら、
彼氏さんとの結婚もちゃんと考えようかな、と思っていた……けど今回は結局そこまで出来ず、
ココアが帰ってから、ヘタレな自分をお母さんにいじられたりしていた、
のような裏エピソードの存在である(※アラフォーの妄想です)。
モカさんは、結婚して家を出ることはココアを手放すことになるのは分かっているし、
少なからずココアがショックを受けるであろうことも分かっているから、
おいそれとは言い出せない……みたいなことである。
そうしてモカさんが結婚・家を出ることによって「お姉ちゃん」としての位置から退場をし、
あらたにチノちゃんが妹分を物語に迎え入れることでこのお話の輪廻は完成して
終幕へ向かうものであろう……つまり!



  『ごちうさ』は『マリみて』の系譜に当たる作品だったんだよ!!

   ΩΩΩ<ナ、ナンダッテー



……うーん。
こんなしょうもない妄想までしてしまうくらいなんだから、
この映画、やっぱり面白かったんだろうなあ。
まあそこまでは無い話だとしても。
モカさんとお母さん、二人だけの時間の会話には、正直興味が尽きないのである。のである。


  ■お姉ちゃん > 魔法使い

ここまでやたらとお姉ちゃんお姉ちゃん言ってきたが、この流れで
「待て待て、『お姉ちゃん』は『魔法使い』より上位クラスなのか?」
という違和感を覚えたそこのアナタ!Σm9 良い目をしているな……見どころがある。  ← 上から

そう、今回の劇場版では、『ごちうさ』ワールドにおける「お姉ちゃん」というクラスの位地の高さが
改めて示されたと見て良いだろう。
お姉ちゃん>魔法使い であることは明示されたし、
小説家・バリスタ・国際弁護士などをも上回るクラスであることも、暗に宣言されたと見ていい。
恐らく「お姉ちゃん」は、『ドラクエ』における勇者に等しいクラスであり、
本世界観における最上位職・万能の位であり、最強の戦士である。

  お姉ちゃん=勇者。

これまで「血縁と等しいくらい近しい関係にある年上の女性」でしかなかった「お姉ちゃん」が、
実はクラスであったと明示したことも、本作の大きな役割であったと言えるだろう……。

「それはココアの価値観であって『ごちうさ』世界のじゃなくてだろ!」

などという至極まっとうなツッコミも、耳をすませばホラ、聞こえてきそうだが、
今回の劇場版が
「実は世界は魔女化したほむらちゃんの精神世界だったということを最後まで誰も見破れなかった
 『まどか★マギカ』の劇場版」みたいな映画だった

ことを思えば、
「ココアの認識=世界のありよう」としてしまって、なんかもうイイんじゃないか? と
おっちゃんは想っちゃったのでそれでいいのである。
オッサンもう言いたい放題だな。
いやイイよ、賛成したい人だけ賛成してくれれば。



……ムウ、思いのほか長く語ってしまった……
ちょっと一回分けるか。
2回見ることになった理由とかは次回になってしまうが、まあいいか。
大した話じゃないし。

ではまた次回。
オイサンでした。
 
 
 

 

| | コメント (0)

2017年11月23日 (木)

■月あかりに浮かぶ邪教の宿~『月がきれい』川越巡礼~赤城~小川町(第2回) -更新第1179回-

9月、『月がきれい』の巡礼で川越に行ってきたときのお話。
その第2回目。
 
Dsc07685
道の駅 おがわまち 
 

お宿のステキアメニティの話と、
2日目に行った埼玉・小川町、小川小学校下里分校のこと。
大きな出来事はありません。
 
 
 
▼今回の旅マップ

 
 
 
●○● 邪教の宿のアメニティ~邪教の女将、邪教の風呂、邪教のwifi ●○●


 ▼邪教のアメニティ・その1~悪魔召喚wifiに手を出すな!
 
話は、宿に戻る。
邪教の宿、ゴハンは大変おいしかった。豪勢で大変美味しかった。大満足。
 
Dsc07592 Dsc07596
Dsc07597
 
 
帰り際に少しだけお話をさせてもらった宿のおかみさんもなかなかのキャラクターだった。
おかみさんは宿を所狭しと埋め尽くすオブジェ群を見渡し、

  「……こういうのは、主人が色んな所から持ってくるんですけど、
   最初は片付けてたんですけどしまう場所もなくなってきたからもう、
   『だったら飾っちゃえ!!』ってことになって、そうなるとねえ? もう全部は綺麗に掃除は出来ないから、
   毎日ちょっとずつ違うところ違うところってやってるけど」


と、しれっとぶっちゃけてくる辺り、なかなかの開き直りを感じさせる。
ウンウン、大変ですよねえ。けどね女将さん?
ボクらそういうの別に気にしないんで、「wifiの正しい繋げ方」とか「露天風呂の本当の利用ルール」とかは
ちゃんとしといて頂けるかなマドモワゼル?

部屋に通されるなり、「wifiの使い方は、お部屋にありますので!」とビシッと言い切られたので、
なるほどそうかと信じ切り、お部屋を探してみたけれども、それらしい情報が見当たらない。
それでも何らかのヒントがないかと、3人総出でほとんど家探しのようにして
あらゆる収納から物陰まで探ってみたけれどもそれでもやっぱり見つからず、
オイサンなどは額ブチの裏まで探しているところを2人に見られ

 「オイサンwwwいくらなんでもwwそんなところにwwwwifiのパスワード置かないでしょwwwww」

と爆笑される始末。イヤ分かってるけどさw! 普通はそうだけどw! 他にもう、探すところないじゃんw!
しびれを切らしたよつさんがおかみに再度アタックをかけても

 「いえ、お部屋に……ありますでしょ?」

と、まるで取り合ってもらえない始末。
そうまで自信たっぷりに言われてしまうと、コチトラ長年世間から虐げられ冷遇されて生きてきた
日陰者のオタクでございますゆえ、自分たちのすることにそこまでの自信もなく、
もしかすると俺たちに見えていないだけなのかも知れない、などと思い始めてしまうのも無理からぬこと。
 
Dsc07642 Mah07600mp4_000012746 Mah07600mp4_000027260
Mah07600mp4_000037070 Mah07600mp4_000061061 Mah07600mp4_000074674
Mah07600mp4_000086086 Mah07600mp4_000091658 Mah07600mp4_000112011
邪教の宿・セーブポイントライブラリー
 

おかみを呼びつけて叱責するなどという野暮はせず、嗚呼ここはこういう宿なのだと飲み込んで
結局wifiのパスワードを発見するには至らず、オイサンのポッケトwifiを細々と分け合って暮らしたのです。
尚、ルーター本体らしき物体は廊下の本棚の上に発見出来たものの、
如何せんその裏を確認出来るほど動かすことが出来なかった。

 ▼邪教のアメニティ・その2~悪魔合成露天風呂

そして、露天風呂の利用ルールである。
「露天風呂はですね、行って頂いて、ご利用の間は利用中の札をかけて置いていただければ、
 その間は貸し切りとなりますので、ええ、ごゆっくりお入りください」

と説明を受け、なるほどそれは素晴らしいと、イザよっちゃんが偵察に行ってみれば小首を傾げて戻ってくる。
 

  「なんか、30分制で、先に予約で
        名前書いとかないとダメみたいです……」

 

お、おかみーー!! 話が! 話がちがうではないかーー!
まあ確かに、その間30分はフダかけとけば貸し切りなのかも知れぬがーー!!
大事なところの説明が抜けておるではないか、おかみーー!!
……となかなかに、旅のスパイスを多めにふりかけてくれるお宿だったのでゴザル。
マ露天風呂っつっても、夜半からは大雨ザーザー大風ビュービューで入れたもんじゃなかったんですけど。
 
露天風呂が露天風呂なら、内風呂の方もなかなかのスパルタン仕様して、
湯船と洗い場は広々として良いようなものの、3つある湯口のうちまともに機能しているのは1つのみ。
イザ体を洗おうと湯口の前に陣取ると、先に入っていた見知らぬ御仁に
「あ、そこ出ませんよ! ここしか出ないみたいです! 私、もう空けますんで!」
と気を使われてしまい却ってこちらが恐縮する事態に。
見知らぬ人を交えた四人で、唯一湯の出る洗い場を譲り合って使うという、
戦時下戦後の井戸端のような光景が現出したのでした。
あと、風呂にも謎のオブジェは進出していた。くそっ、連中こんなところにまで!



……。



そんなわけで、いやー……どこまでいってもくつろがせてはくれない、
何らかの緊張を強いてくる邪教の宿でありました。
宿の主であるところの、謎オブジェを世界中から買い付けてくるダンナの方は、
梁に頭をぶつけたよつさんに
「兄ちゃんでけえなあw!」
と絡んできたくらい(コレと言った気遣いの言葉などはナシ)で、
オイサンはとうとうコンタクトを取るチャンスに恵まれなかった。ひと目お会いしたかった。
 
Dsc07645  Dsc07590  Dsc07646
 

……しかしなんでしょうか、
日本人の旅の愉しみは「物見・ゴハン・お風呂」が一般的だと思うけれども、
海外の方々が自国内を旅する時、「観光・ゴハン」までは同じかも知れないが、
やはり同様に「お風呂」も楽しみにカウントされるのだろうか?
なんかそんな気はしない。外国人の自国内旅行では、どんなことを主たる楽しみにするんだろう??

……以上、赤城温泉のどんづまり、邪教の宿からお送りしました。
おお寒い。



■■■━ 2日目 ━■■■



2日目はやはり雨。
小ぬか雨のそぼ降る中、目指すのは埼玉県、小川町の道の駅。
オイサンの希望で『のんのんびより』の聖地、小川町・小川小学校の下里分校へ三度目の巡礼である。
あそこ好きなんスよ。
今まで巡った「聖地としての聖地」の中では、一番好きかも知れない。
普通の旅先としては、小諸とか高山とか城端とかがやっぱり好きなのだけど。
 
Dsc07659  
 
Dsc07668  

 
やたらと目につくエキサイティングホテルの看板をやり過ごし、
まずは近場の道の駅に立ち寄っておみやげを物色。
……ム。よつ氏、そのたぷたぷ水の入ったビニールは? なにを買ったんだね?

  「タニシです」
  「タニシ」
  「生きてるやつ。熱帯魚の水槽に入れるんですけど」
  「生きてる」
  「ここ、バカ安ですよ!」
  「バカ安」
  「ヘラクレスオオカブトも売ってましたよ」
  「ヘラクレス」

あまりに自分の知らない世界のデキゴトで、オイサンはもうおうむ返しに呟くことしか出来ない。
近場の農家で養殖してるんであろう。すごいな。
オイサンもちょいとお土産物を見繕い、イザ小川町。

道の駅小川町にはちょっとした因縁があって、
最初に訪れたとき、辿り着いてさあ昼ゴハンを食べよう! と喜び勇んで食堂へ向かったら、
売り切れだかなんだかで、まだ閉店時間前だったのにタッチの差で店がしまってしまったのだった。
今回はそのリターンマッチ。
 
なんらかイベントをやっているのか、駐車場がやたら混んでいたのが印象に残っている。
今回も、席につき、メニューを眺めているとお姉さんがやってきて、
 
「今日はおそばがもう売り切れでして!」
大人気か! 
 
「あと、ゴハンものもないです!」
小川町の人間は炭水化物が大好きか!
 
「うどんしかないです!」
じゃあしょうがないな!
 
一人だけ売れ残ってしまったうどんがなんだかちょっぴり気の毒なくらいだが、
オイサンの注文した田舎汁うどん、とってもおいしかったです。
売店で、なにやら地元のイラストレーターさんがデザインしたカッコいい手拭を売っていて、
心惹かれたが今回はやめておいた。またくることもあるだろう。
 
Dsc07674  
 
Dsc07676  
 
Dsc07677
 
Dsc07678
 
Dsc07682
 
 

●○● のんのん聖地~小川小学校下里分校 ●○●


聖地・下里分校までは、クルマらな数分。徒歩や自転車でも行かれない距離ではない。
何度か、一人でも来てみようと企ててはみたのだが、如何せん家から日帰りではちょっとしんどい距離なのに、
周辺には都合のいい宿もないのでまだ一人で来たことはない。

雨の下里分校は、これはこれで、大変アリな佇まいをしていた。
雨脚はもう、小雨、小ぬか雨と呼ぶには勢いを増し過ぎていて、
すべての色が晴れ空の下よりもひと刷毛、ふた刷毛ぶんくらい濃い。
雨降りだと、視界の中で絶えず何かが動いているし、水の鏡がたくさんできているから
多くのまやかしが働いているように感じる。風景が持つ、脈動や息吹の様なものが色濃く感じられる。
 
Dsc07771
 
 
 
雨の音が強い。
 
 
ここを訪れた二度目のとき、驚いたことがあった。
校舎の、放送室のような場所にオーディオのセットが組み込まれて、
『のんのんびより』の音楽がかけられていた。
主題歌やエンディングのようなキャッチーなものではなく、静かな、第1期1話冒頭のあの曲だった。

ここを管理しているバッチャンがいて、彼女は
「せっかくだから、楽しんでもらえるように」と、そのようにしたんだと言う。
バッチャンはおしゃべりが大好きで、
アニメにも聖地にも全然関係ないような自分の農業のことなんかをベラベラしゃべるおかしな人なのだけど、
オイサンは、なんだろうか、その心遣いみたいなものにいたく心を打たれてしまった。

バッチャン一人でやっていることでもないのだろうけれども、
掃除をしたり、ノートを置いたり、募金筒を置いたり、戸の開け閉めをしたり、
自分にはなんだか分からないアニメと、
それが好きというだけでやって来るなんだか分からないロクデナシどものために
毎日そんなことを続けてくれる人がいることが大変ありがたく、
オイサンには彼らが妖精か何かのように思えてしまった。

だから今回は聖地に訪れたいという気持ちもありつつ、
バッチャンが元気でやってるかどうか確かめたくて来たのでもあった。
さっき道の駅で買ったおみやげも、実はバッチャン向けに買った物だった。
いなけりゃいないで、持って帰って自分で食べればいいだけだ。
 


Dsc07725  
  
Dsc07735  
Dsc07727  
 
とはいえ、不安はある。
なにしろ『のんのんびより』は第2期の放映も終わってそこそこ時間が経っているし、
原作こそ元気に続いているものの続編の声も聞かず、
果たして、敬虔な巡礼者がどのくらい残っているかもおぼつかない。
訪う人が絶えていたとしても、なんら不思議はない。

  かくいうオイサンだって2年ぶりなのだ。不信心な巡礼者で申し訳ない。

そうなっていたら、巡礼者向けのサービスが続けられていることもないであろう。
それは致し方ない、
致し方ないとはいえ……そうやっておもてなしをしてくれる人の気持ちを
たかが流行り廃りでさみしく萎えていってしまうこと、
「飽きられてしまったのだな」と萎びさせてしまうことが、オイサンはひどく悲しかったのである。
だからせめてひとこと、
バッチャンのしてくれたことは本当に嬉しかったんだよ、
楽しかったんだよということくらいは伝えておきたかった。
 
 
雨の音が強い。
 
 
ジェントル号が駐車場に入ったとき、音楽は聞こえてこなかった。
だからまあ、嗚呼、やっぱりそういうことなのかなと、
残念ではあるけれどもある程度予想もしていたことだったからそういう気持ちで車を降り、
傘をさして、
ずくずくと水を吸った校庭の古い土を踏んだ。
大きな校庭を半分くらい進んだところで、先行していたよつさんが、足を止めて嬉しそうに振り返った。

  「鳴ってる」

駐車場は、校庭をはさんで校舎からそこそこ距離がある。
オイサンにはまだ届いていなかったが、耳を澄ませると確かに、
落ちてくる雨だれの間から聞こえてくるメロディーがあった。
こんな雨の日にもバッチャンはここにやって来て、生真面目にオーディオのスイッチを入れてくれたのだろう。
 
 
  ~♪ ~♪♪♪  ~~♪♪ ~♪ ~♪
 
 
果たして、バッチャンかどうかは分からない。別な管理者、職員さんかもしれない。
いずれにしてもそれはとてもありがたいことだ。
校庭にも校舎にも、人影はまだ見当たらなかったが、きっとどこかでオシゴトをされているのだろう。
会うことが出来ればそれでいいし、出来なくても仕方ない。
ともかく毎度の如く、普通に回れるところを見せてもらって、時間が来れば帰ることにしよう。
特別なことはしないでおこう、そう決めて、小川小学校下里分校を、今回も回らせてもらった。

ところどころ変わっているところもあった。
訪問ノートの置き場所が、西側のげた箱から東側の教室の入り口に移動になっていたり、
代わりに西側のげた箱にはお手製の小さなマップが貼り付けられていたりした。
焼却炉もなくなっていた。
あの、一穂ねえねえが
  
   ♪早よ燃えろ~ 早よ燃えろ~ もっとボーボー燃ーえーろー♪
  
と、物騒な歌を口ずさみながらゴミを焚いていた焼却炉である。
訪問ノートは6冊目に至っていたが、なんでも3、4、5冊目の行方が分からなくなっているようで、
そのことを伝えるれんちょんがかなしんでいるイラストが、オイサンの心にそのまま入り込んできて
正直心が痛かった。
 
Dsc07715
  
  もし持って行ってしまった人がいるのなら、早く返してあげて下さい。
  お願いします。

  

一番新しい6冊目のノートを見ると、定期的な訪問者はまだまだいるようだった。
ワリと近い日付に、「ここで写真を撮ってコンテストで賞をもらいました」みたいな書き込みがある。
「10回目です!」みたいな書き込みもたくさんある。
どうやら世間は、オイサンのようなまだ3回目の怠け者ばかりではないようだ。
世のオタクのすることの無さ、しつこさはまだまだ有り余っている様で安心した。



ここから先は、ちょっと書けないことが多い。
バッチャンとの約束があるからだ。



つまりオイサンたちはこのあとバッチャンと会うことが出来、
オイサンは無事、群馬で買ってきたお土産を手渡すことが出来たのである。
なんかテラジさんには爆笑されてしまったけれども。
まあ、見知らぬ男の持ってくる菓子なんか、よく受け取ってくれたなと我ながら思わないでもない。
 
Dsc07706  
 
Dsc07728  
 
Dsc07740  
 

先客も一人いて、彼は青梅からもう10回も通っている大ベテランらしく、
我々は彼のことを「青梅パイセン」と呼ぶことにした。
駐車場でジェントル号の隣に停まっていたのはパイセンの車で、オイサンにはわからないが大層お高いヤツらしい。
バッチャン曰く、西側の校舎の一画にカフェをオープンする予定なのだそうだ。
現時点でのオープン目標は、来年春。

「マンガに出てきた、桜餅なんかも出せたら面白いじゃない、ねえ?」

色々と若い人たちが頑張ってくれているらしい。楽しみだ。
青梅からなら3時間程度で来られると言っていた青梅パイセンも、きっと春には来るだろう。
またここで会えるのではないだろうか、そんな気がする。
バッチャンは……前に会った2年前の夏よりも少し小さくなって、元気がなかったように思う。
転んで足をケガをしたとか、「耳が聞こえにくくなって」とか言っていた。
お歳はうかがっていないが、見るからに結構な年齢である。節々に衰えがあるのはいたしかないことであろうけど、
元気でいてもらいたい。
もしかするとバッチャンはこの学校のOGなんだろうか?
なんかそんな気がしてきたな……春にまた、会うことが出来たら聞いてみよう。



●○● Closing ●○●



以上を以て、2017年秋・川越~赤城~小川町の旅は終幕である。

  ……本当は、最後の最後、雨の中でもうひと悶着あったんだけれども、
  半ば解散後のデキゴトなのでノーカウントとしておく。
  ひと言、雨だれが車内に入って来ないように頑張るのが大変だったこととと、
  雨にぬれてシワシワになった帳票を、それでも頑なにこちらに寄越そうとする若い官憲のことを
  ボクらは忘れない。テメー顔覚えたからな( ← 忘れた)。

今回は昇仙峡のような、たてつづけに大仙人に出くわすスケールの大きな時の旅ではなかったが、
崩れやすい小さな崖をいくつか渡るような、懐かしさのある旅であったように思う。
珍しく三人それぞれに趣旨があり、そのそれぞれを、皆それぞれに楽しめた旅だった。
それだけにひとつに括れる言葉を見つけるのは難しいが、
落ち葉の舞う川越の新河岸川のほとり、
木漏れ日の差す赤城神社の森、
そして桜の咲く下里分校の春などを、
またいつの日か、ぶらりと訪れてみたいと思うオイサンです。
 
Dsc07755  
 

IT'S GOOD TIME.
チキンは一つで十分だ。
 
 
 

| | コメント (0)

2017年11月19日 (日)

■月あかりに浮かぶ邪教の宿~『月がきれい』川越巡礼~赤城~小川町(第1回) -更新第1178回-

秋の気配に誘われて、川越へ行ってきた。
『月がきれい』のジュニアハイスクール・ラヴにやられたよつさんの発案からの聖地巡礼である。
 
Dsc07512  
 


天候は生憎の、超魔球的角度でやってきた台風さんの接近予報でどうなるか全然わからなかった……否、
唯一「晴れではない」ことだけはバッチリ分かっている有様だったのだが、
結果から言えば、
川越の街歩きをしている最中はほぼ全く降られずに済み、なんなら若干日の差す場面もあるくらいで、
ひと巡りし終えて「じゃあ宿に向かいますか」とクルマに乗り込んだ「その途端」降り始めるという
超神回避仕様であった。

  「その途端」が本当にビックリするくらい「その途端」で、
  「いやー、天気もちましたね」と言いながら車のドアを開ける、シートに着く、シートベルトを締める、
  前を向く……と、フロントガラスに水滴がついてる、というタイミングであった。
  その後川越がどうなったか知らないが、雨雲レーダーさんを信じるなら、
  ワリとなメジャーリーグ級のドジャース降りであったハズである。
 
 
▼今回の旅マップ

 
 
 
●○● 邪教の宿 ●○●


「川越に巡礼行った」という話の冒頭から宿の話をして申し訳ないけれども。
宿は、テラジさん慧眼の面白チョイスで、
赤城の山の中腹に位置する赤城温泉などというあまり聞き及ばない温泉地のさらにドンづまりにあるクソボロお宿。
「クソボロだなんてキミ、随分な言いようじゃないか!
 そのお宿だってきっと一生懸命やってるんです、不謹慎ですよ! FF外から失礼しました!」
と怒られそうであるが、じゃらんの紹介文で自ら「ボロい!」と売り文句にしているくらいなので言ってもいいのである。

そしてまた、ボロい以上に邪教の宿でもあった……。

……なんかね。
これから出てくる写真や動画を見てもらえばお分かりいただけると思うが、
そのテのオブジェが、ご主人自称するところのボロい建屋の中にところせましとディスプレイしてあり、
夜中にトイレに行こうものならランダムエンカウントでバトルに突入する有様である。
彼らもどうやら、夜な夜な好き勝手にうろついているようであるので(そんなことはない。……ハズ)。
 
Dsc07601  
 
Dsc07630  
 
Dsc07604  
 
 
オイサンが子どもだったら、きっとコワくて帰りたいと泣いていると思う。
これは大げさでなく、本当の実感である。あれは子供には怖いと思う。
オイサンらの他に数組の宿泊客があったのだが、
お隣でゴハン食べてたのは小学校低学年ぐらいのお子さん二人のご家族連れで、オイサンは正直、
「あの子らはこの宿に泊まってて怖くないんだろうか!? 強いなあ!」
と、感心してしまったほどである。
イヤね、ホント怖いと思うよ。
ただ奴らは食事の仕方が汚かったのでバチの一つも当たれば良いとは思う。
異教の神々のみなさん、やっちゃって下さい!

そんな異様なこの宿に、さすがのテラジさんはアラフォーの慧智を以て、「邪教の館」と名付けたが、
イヤ全くその通り。
『女神転生』、デジタルデビルストーリー、DDS、デジデビメガテンの世界ですよ。
オイサン的には『ペルソナ3』のダンジョンみたいという感想が真っ先に心に浮上してきたが、
マ示すところは概ね一致であると見て良い。
コンゴトモ ヨロシク ...
 
Dsc07591  
 


 ▼季節外れのハァンヒィータァー

ところでこの日は、陽が落ちてからはとにかく寒かった。
台風が連れてくる雨風のせいも、赤城山の中腹という標高のせいもあるだろうけれども、
肌寒いというレベルを通り越して普通に寒い。
 
その上、宿が先述の通りのボロイ&背筋サムイサムイ仕様だったので、
なんと、石油ハァンヒィータァーにお世話になる始末。
まだ9月半ばだったんだぜ……。
ていうか、その寒さを見越してなのか、石油ハァンヒーターが部屋にスタンバってあるのがすごい。
自称する通り、確かにボロブドゥール(遠回しな表現)な建屋で、
設備的にはホメられるところのあまり多くないお宿ではあったけれども、
そして不要な設備(オブジェ)ばかりやたら充実した宿であったけれども、
そこはそこだけは素晴らしい気配り、先見の明であったと思う。
ていうか、そういう心配りが出来るなら周辺にも活かしてみてはいかがだろうか!!(ドン!!
謎のオブジェばかり世界中から買い付けてないで。


●○● 三夜沢赤城神社 ●○●


この辺で、お読みの皆さんはもう不思議に思っておいででしょう?

観光のメインが川越でありながら、なぜ宿泊が赤城温泉などという遠く離れた辺鄙な群馬の果てに設定されたのか?
それはもうひとえに、コーディネーターであるテラジさんの、
「面白そうな宿を見つけちゃったぜー
               ヘッヘーンポーチッとなぁー!!」

という勢いのせいもさながら、三夜沢赤城神社に詣でたい、という真摯なご希望があったからである。

その……三夜沢赤城神社? は、なんでも戦艦?赤城の艦内神社の元になるものだから、ということらしい。
ふむう。
三夜沢赤城神社は、赤城温泉地域に入る手前の、山の中腹にある。
なんだかよくわからないけど、 赤 城 。 なんですねぇー。(何かの物まね)
 
 
▼大人のプラモ道 赤城製作編

なぜこんな動画を載せるのかというと、クルマの中でこの人の話ばかりしていたからだ


その神社に着いたのは、川越を堪能し、関越道をひた走った後の17時頃で日もすっかり傾き、
雨雲もすぐ背後までせまった暗がりの中でだった。
これがもう……暗くて!
「え、こんなに暗いの!?」とびっくりする。
肉眼ではそこまでの暗さは感じなかったのだけれども、いざカメラを構えるともう、明るさが追いつかない。
人間の目というのは本当に優秀だなと感心する。
そしてまた……。
寒かった……。
ジェントル号の外気温度計は13℃。半袖で活動できるギリギリの感じであった。

しかし、その暗さ・寒さも相まって、大変雰囲気を感じられる神社でもあった。
何から何までじっとりと苔むし、気を抜くとそこから自然に還ってしまいそうな遠さがあった。
ていうか、ところどころ自然に還りつつあった。
時間の流れさえじっとりと這い寄ってくる。
日の差す明るい中で見ればまた印象も変わるのだろうが、
鬱蒼とした中に鎮座するあの佇まいは、おごそかながらも気持ちをスッと清涼なものにしてくれるだろう。
 
Dsc07552  
  
Dsc07576
 
 
あと、そのとき一緒にそこにいた親子連れがうるさい。特に子ども。
お前、何でそんなにやたら水を汲みたがるんだ。「水が! お父さん、水が!!」って。
水属性か。水上桜か。 ← 分からない人は、今すぐ『ディーふらぐ!』を読もう。


 
 
 
●○● 小江戸・川越 ●○●


主目的が川越であったのは冒頭で書いた通りで、『月がきれい』にハマったよつさんのリクエストである。
同作のあまり真面目な視聴者でなかったオイサンは6話か7話あたりでストップしてしまったのだが、
情景の美しさや、物言わぬ心のゆったりと揺れ動く表現などは、確かに近年では類を見ないものであった。

  そのクールは、オイサンはテンションがちょっと違って、
  『ID-0』とか『有頂天家族2』なんかにかまけてて完走出来なかったんである。

往路、あまりに早く着き過ぎそうだったので、珍しくスタバなどで軽く一服する。
聞けば、ドライバーのテラジさんは、川越には過去にそこそこご縁があったらしい。
観光として来るのは初めてで、今回はいわば、再発見の旅となるとのこと。
ナルホドわかる。
オイサンは上でも書いた通り、作品の方にもさほど明るいわけではないのでいつも通りのオノボリさんであるが、
案ずることはないぞ。オイサンにツッコめない観光地などないのだ(イヤな自信)。

川越さんは、自ら小江戸などと名乗るだけあって見どころはたっぷりとあった。
作中でもしっかりと描写されていたという県道39号線の目抜き通りを中心に、
シンボルタワーであるところの「時の鐘」、
古めかしい駄菓子を売る店が軒を連ねる菓子屋横丁、
縁結びパワーでインスタ女史を無限に飲み込み続ける氷川神社、などなど。
昔ながらの趣を残す木造の町家と土蔵が並ぶ様は、空気はひたりと静まり、しっとりとした落ち着きがあった。
自分の知る観光地から似たものを照らし合わせるなら、鎌倉と柴又をブレンドしたような印象である。
こぢんまりと広々の中間。
 
Dsc07350  
 
Dsc07395  
 
Dsc07381  
 

……が、それもAM9時を回るまで。

我々は早起きさんであり、且つこの日は首都圏周りの血流も極めて快適であったため
8時半頃には川越に着いてしまっていた。
「いやー、人が少ないねー」
なんつって、台風接近と天候不順の予報もあいまってこの日はこのまま快適な状態が続くかと思いきや、
9時を回ってからは小江戸の決して広くない小路に、有象無象がモジャモジャと溢れかえる始末……
お前ら何しに来とんねん。

しかしまあ我々は、小江戸川越のメインストリートは人が溢れかえる前に巡り切ることが出来た。
「日射し」とタイトルされた彫刻になんだか爆笑してみたり、
立ち寄ったファミマで行き合った、なんかもう「民度が低い」としか言いようのない……否、
「品のない」で十分だ、品のない一家に憤慨しながら爆笑したりと、あんまりメインではない楽しみも満喫して、
町からは少し外れた氷川神社の方へを足を延ばした。
 
Dsc07388 Dsc07364


……小僧!!
だからお前、プレミアムチキンは1個しかないって店員さん言ってんだろ!!
ケースを叩くな! 親もお前、なんか言えよ! あとなんだそのTシャツのセンスは! 「IT'S GOOD TIME」だあ?
そりゃお前らはいいだろうよ、店員さんは地獄だよ!!


●○● 川越・氷川神社~インスタ映え地獄 ●○●


個人的には、町なかの観光地観光地しつつも昔の佇まいを残す分かりやすい空気よりも、
中心から外れて氷川神社へと至る、住宅街を流れる新河岸川沿いの風景が好ましかった。
ザ・生活臭。
流れる水はお世辞にもキレイとは言い難かったが、かなり改善はされているご様子で、
土手には彼岸花が咲き乱れていた。
 
Dsc07501  
 
 
氷川神社は、『月がきれい』の作中でも中学生がイチャイチャいちゃいちゃと……否、
しっとりと描かれた聖地でした……様です。確か。知らんけど(知らんのかい)。

現地視察のために前の週にも訪れていたよつさん(やる気)は、
アニメでも描かれていた風鈴祭りをご覧になったそうですが、
無数の風鈴が梁からぶら下がった様子は、それはもう壮観だったご様子。
……フム。
その風鈴を男性期のメタファーとして捉えれば、
 このときのハネテル君がどれほどエキサイトしていたか

如実に描かれた屈指のエロシーn失礼、
話題を変えましょうマドモワゼル。
 

町から神社方面へ移動する間にも、色々と聖地ポイントはあった。
新河岸川沿いに点在するそれらを辿りながら歩いたが、聖地であることを除いたとしても、
閑静で、大変好ましい雰囲気のある街並みだった。
中学生がこの道を歩きながら、恋に落ちたり、恋を失ったりする気持ちも理解できる。
オイサンは中学生ではないが(分かっとるわ)、
今でも実家に帰って大学を出るまで慣れ親しんだ景色の中で過ごしていると、
過去の心情や風景と隔絶された「大人時代の自分」しか知らない現在住まっている神奈川の風景の中にいるときとは
明らかに異なる熱を、心や体が帯びるのを感じる。
『月がきれい』のハネテルくんたちがこの先どこへ移り住んでも、
こころと体にはこの景色と繋がった渦の様なものが宿り続けるのだろうと思う。
 
Dsc07401  
 
Dsc07408  
 
Dsc07413  
 
 
濯柴(たくし)公園で一休みし、田谷堰の恐ろしい看板に爆笑しいしい歩いていく。

道すがら、見かけたアパートをさかなに、
「この辺は家賃は高いのだろうか」「XXXX万円ぐらいじゃない?」「(スマホで検索)……お、ニアピンw」
などと下世話なオッサン会話を楽しんだりしたのだが、
あとで宿に戻って調べてみたら、まさにそのアパートがアニメ作中でもがっつりと描かれていたりして、
偶然を喜んだりもした。おかしな偶然もあるものだ。

  もしかすると、ファミマで見かけたクソッタレプレミアムチキン坊やのIT'S GOOD TIME親が、
  成長してこの町へ帰ってきたハネテルくん、なんていう偶然もあるかも知れない。
  あってたまるか。
 
Dsc07469  
 
Dsc07456  


氷川神社は……大勢の参拝客でにぎわっていた……。
なんでこんなに人がいはるの……? ただの神社でしょ……?
と思ったら、なるほど、縁結び系か……。そう、縁結び系神社は、どこにいっても強いのである。
旅先でも、「え、こんなショボくれた町のしょぼくれ神社にこんなに人が!?
」とびっくりするくらい、とにかく縁結びでさえあればそれなりに参拝者の姿がある。
お前ら必死か。 ← お前も少しはやる気を出せ

  こうも縁結びジネスが順調であるなら、もしかすると縁結び属性のついていない閑古鳥神社の皆さんは、
  どうにかして祀ってある神様に縁結びアビリティを付加出来やしないかと
  必死であったりするかもしれない。
  課金して能力強化するとつけられるとか、空きスロットに縁結びマテリアを付けるとか。

そうか、ハネテルくんも必死だったのか……。
 
Dsc07488  
 
Dsc07483
 
 
氷川神社もまあ、大きいから余計になのか、
或いは群がるラブ亡者の課金を受けてここまで成長したのかしらんが結構な人出で、
結婚式を挙げている一団も見受けられた。
ていうか、隣にセレモニーホールが併設されてるんだな。イタレリツクセリじゃないか。
なんとも品位に欠ける話だ。すっかりナイスお商売、信仰心を食い物にされていることに気付き給え。
子宝神社のとなりにラブホテルや産科を建てるかって話ですよ。
背の高い草の生える茂みを整えるぐらいにしておきたまえ(下世話)。

そんな人ごみ万歳な神社の中を一巡りして、再び氷川橋のたもとに戻ってきてみると……
なんと! 信じがたい、伝説上の生き物が私たちの前に姿を現した。
川の土手と道路を隔てるガードレールを乗り越え、
土手に咲く花々の中にしゃがみこんで、渾身の作り笑顔でお友だちに写真を撮ってもらっている、
そう、あれは噂に聞くインスタ女子!! なんてこった、実在していたのか……。

その涙ぐましい努力を前に、我々もメイキング現場を撮影してあげて、

「彼女たちはこうまでして、自分の暮らしの充実度をアピールしなければやっていけないんです!
 こんな努力を重ねてでも結婚したいんです! 誰か、誰か早くもらってあげてください、
 踏みつけにされた土手の花が枯れ絶えてしまう前に!!」


って、アピールのお手伝いをしてあげれば良かった。
ごめんよ、力になってあげられなくて。早く良い人が見つかるといいね。
きっと、君と、君の作り笑顔インスタ映え写真に騙さr……否、
君の本当の姿に気付いてくれるクソみたいなオトk……否、ステキな旦那様の間に生まれる子供は、
ファミマの店員さんがプレミアムチキンは今一個しか準備できないと訴えているのに、
2個欲しいんだ、今すぐ2個よこせとケースを叩く様なゴミみたいn……否、
交渉力に長けた子供に育つのだろうね。
オイサンは、すごく遠くからあなたの幸せを願っています。
だから二度と、その化学物質を塗りたくったツラを俺たちの前に晒すんじゃないぞ。
 
 
●○● 本川越~川越 ●○●
 
 
インスタ映え女子をこき下ろしていたら腹が減ってきたので、
昼ゴハンの店を探しがてら、川越の繁華街を歩く……が、
どうも私たちの舌と心を満たしてくれそうな、オモシロめし屋が見当たらない。

食事をしようというのに「面白さ」を求めてしまうあたりがそもそもどうかしているのだが
そのように遺伝子レベルでプログラムされているのだから如何ともしようがないのである。
ウソです。
このときは別段面白さを求めていたワケでもないのだけれども、
ただ何となく、「ナンチャッテとはいえ旅行としてやってきておいて、食事がこの店っていうのはちょっとなあ」
みたいな、なんとも空気感でしか表せない様な微妙さのお店しか見当たらなかったのである。
さすがは日本有数のベッドタウン・埼玉。
日本の「ザ・平均点と赤点のちょうど真ん中にある町」である(偏見です)。
歩くうち、本川越から川越の駅まで来てしまったので、ちょっとだけ折り返して、
なんとなく目についたラーメン屋へ入ることにした。

  本当は、その隣にあったもうちょっと怪し目の、
  緑色のノボリを上げた喫茶店みたいなところに入ろうとしたのだけれども、
  営業してんのかしてないのか分からなかったので諦めた。

まあまあまあ、普通でした。美味しかったけどね。
色気を出して半チャーハンなんかにつけてみたのだけれども、
ラーメンがしょっぱめだったので、「ここは白飯だったね」と、お二人とうなずき合う結果に終わった。
なんだか普通さに拍車をかける結論でした。

 ▼オッサン、歩道橋から物を落とす~アベ政治を許さない川越の人々

よつさんが「川越駅にも聖地がある」というので、
せっかくここまで来たんだからコンプリートして帰ろうってんで覗きに行く。

先ずは、……ペデストリアンデッキっていうんでしょうか?
日本語ではなんていうんでしょうねアレ、建物同士をつなぐ、広場が一緒になった大きな歩道橋ですけれども、
あそこの上から駅舎と駅ビルを一緒に映しましょう、ってんで、
よつさんが写真を撮ってる間に、オイサンはアニメ本編とは全然関係のない、
この見るからに胡散臭い「オルジュ」という看板のお店が気になってしまって写真を撮りに歩いていただけれども。

Dsc07517
 
Dsc07518  
 
 

……いやあ、油断って恐ろしいですね。
ちょっと手を緩めた隙にカメラのカバーが風にさらわれ、下の車道に向けて落っこちてしまった。
マ重くも固くもない物なので、ヒトやモノに当たったところで怪我やキズに繋がるものではないのだけれども、
さすがに焦った。
なんせ真下にはクルマが走っているので、走行中の自転車や二輪車が踏んで滑って転んだり、
驚いてハンドルを誤ったりしないとも限らない。
そして、そこにいるのは埼玉県民です。
オンドルャアコルァボケガニイチャンナニシテクレテンネンチョットツラカセヤアヤマッテスムトオモテンカイ
ジムショマデコイヤエンコツメタロヤナイカアーン!?
などと、1の事故が10の事件になる修羅の街です( ← 北九州と間違っている ← 北九州に謝りたまえ)。

ブツはどうやら、停まっている自動車の屋根の上に落っこちたご様子。
確か、明るい青色の、アクアだかデミオだか、そんなサイズ感のお車だったと記憶しております。
あわくって歩道橋を駆けおり、アスファルトタイヤを切りつけながら暗闇走り抜けると、
異変に気付いたドライバーさんが拾ってくれておりました。
とても良い方で、ニコニコしながら返して下さいました。ああ良かった。
これが一般的な埼玉県民であれば、その場で全裸になって土下座&裸踊りは免れないところでした。
あードキドキした。
きっと県外の方だったのでしょう。 ← やめなさい

もう一つ、駅の中に聖地がありそれも見に行ったのだが、
駅の入り口で機関紙を配っていたアベ政治を許さない人たちのアベ政治を許さない情熱が凄まじく
大変胸を打った。
その情熱を、世の中をもっとマトモに見てモノを考える方向に回せていれば世界はもっと素敵になる(確信)。
Viva川越。
ハネテルくんもきっとこの機関誌を受け取ってその熱情に感化され、大きくなったらここで機関誌を配るのでしょう。
「僕と水野さんを引き裂いたアベ政治を許さない!!」

なんというか、実にイマドキの生活感にあふれた聖地だったなと思う。
川越近辺は
 
  ・川越駅
  ・本川越駅
  ・川越市駅

 
が密集していてややこしい。
本川越と無印の川越だったらどっちがよりプレーンな川越なんだろう?
なんだよプレーンな川越って。アイスで言うならバニラ。バニラ川越。
いいですね、高収入っぽくて(時事ネタ)。
大変気になるところではあるので、千反田える嬢を巻き込んで、折木奉太郎先生に真実を突き止めて頂きたいモノです。
実写劇場版が大ゴケして、きっと今ごろお暇でしょうし(コラ!)。

マグロと本マグロ、どっちがよりピュアでプレーンか、と言う問題ですね。
「だし」と「本だし」だと多分「だし」の方がよりプリミティブなだしなのでしょうけれども。
今調べてみたところ、本マグロとはクロマグロのことで超お高いらしいので、
本川越もいっそクロ川越って名前にして地価を上げてみたらどうですかね(思いつきで経済を揺るがすな)。
クロ現みたいでかっこいいじゃないですかね(いいかげんなことばかりいうな)。
ついでに言うと、千葉も
 
 ・千葉
 ・新千葉
 ・本千葉
 ・千葉中央
 
が隣接しててどないやねんって思ったことがある。
「ド千葉」とか「激千葉」とか「千葉ゼロ」とか増やして、パチモン感高めて行ってもらいたいものです。

……とまあ、そんな風にして今回のメインである、川越の巡礼は幕を閉じたのでした。
このあと車を停めた駐車場に帰り、乗り込んだ途端に雨が降り出したのです。
 
 
Dsc07368
 
 
 
第2回に続く。
2日目は、特になんにもなかったんだけどね。
 
 
 

 

| | コメント (0)

2017年10月31日 (火)

■オススメマウンテン~ヤマノススメのOVA劇場上映に行く -更新第1169回-

 

『ご注文はうさぎですか?』の劇場版見たさのあまりうさぎになってしまった我々は、
そのついでと言ってはアレだが、『ヤマノススメ』のOVAの劇場上映にも行ってしまったのである。

オイサンです。

ムビチケとか、映画の前売り券なんてものを生まれて初めて買ったぜ。
しかし勢い余って、『ごちうさ』のムビチケは2枚買ってしまったのだが、
果たして2回も見に行く価値のあるものになっているのだろうか。
欲しい人がいたら安価でお譲りするまである。

デ先日、先に公開になった『ヤマノススメ』の方を見てきた。
別にそんなに大急ぎで見に行くつもりもなかったのだが、
この先数週間は週末の予定が空かない感じで、何週間も公開が継続されるとも思わなかったので、
行けるときに行っておこう、と考えを改めたからである。

考えを改めた理由にはもう一つあって……座席の予約状況を見たところ、
全然混んでいなかったからだ。

  オイサンてっきり、公開直後はキモチの悪いオタクが大挙して押し寄せ、
  ブモオオオオォォォォォォ!!ごごな゙ぢゃあああああああん!!!
  と、鳴きながら恐ろしい咆哮を上げるという地獄の非公式応援上映になるであろうと予想していたのにだが、
  そんなのは全然杞憂であったようだ。仕方ないからオイサン一人で盛り上げておいた。
  ブモオオオオォォォォォォルォッフォオオオオオオォォォォォォ!!
  ごごな゙ぢゃあああああああんンンンンヌワアアアアンヌ!!!


ついでに言うと、オイサンの赴いた劇場では死ぬほどガラガラでした。超ガラガラ。
20人いなかったくらい? もっと少なかったかも知れん。
朝イチの回だったってのもあるかもだけど、2回目もあんまりかわらなかった。

内容。
いつものヤマノススメでした。
ヤマ、ひとっつも登らないんでやんの。すげえな。通常営業過ぎんだろ。
OVAなんだから、モ少しチカラ入れてもいいんではないのか? とは思った。
イヤあれはあれで成立してるからいいんだけどさ。
もっとこう、テレビシリーズで出来ないコトとか、あるだろ!
TVシリーズよりチカラ抜いてるとは言わないけど、
TVシリーズで一番チカラの入っている回ほどチカラが入ってるかと言われたら、それは確実にNoだったと思う。
それに1100円(前売り価格。通常価格は1300円)払って見に行く俺!
イヤいいんだけどさ。
テレビだったらタダ!
まあお金の問題じゃないけども。
3期に向けた投資だと思えばよろしい。3期全編に向けて1100円払ったと思えば安い物である。

にしても、山にも登らず、
カエデさんの出番・セリフが、ひなたの親父さんより少ない
ってのはさすがにどうかと思うぞ。
実際少なくはないと思うけど、良くてトントン。印象は親父さんの方が強かったなあ。
カエデさん、本筋には絡んでこないんだもん。ジングルで断崖に立つ姿は凛々しかったけどさ。

時間はちゃんと見なかったけど、多分15分15分の2本立てで、
前半15分は青羽"ザ・エンジェル"ここなちゃんの独壇場、
後半15分はひなた+あおいコンビ。
ここなちゃん、優遇され過ぎ。エンジェル優待
すなわち小倉唯、時間単価安すぎ。
これで日笠とギャラが同じだっていうんですから、
さすがのエンジェルも神の許しを得て人類滅ぼす意向を固める模様です。

  いや、ギャラ一緒か知らんけど。てきとうですよw

そんな風に、不人気ババアキャラ( ← あっ)を隅に押しやって得た時間でたっぷりと描くのが、
ロリ天使の相変わらず貧乏でちょっと気の毒な日常! っていうね。

  「えっお母様、また娘さんとの約束を
                  お破りになるんですか!?」


って、
オイサンが児童相談所の職員かなんかだったら思わず声に出してるでしょうね、エエ。

  「えっ文科省さん、また廃校取り消しの約束を
                  反故になさるのですか!?」


みたいな話ですよ、エエ。
パンツァーフォー!!
そんなに蔑ろにして、娘さんがここなちゃんじゃなくてヒカリさんだったら、
とっくの昔に隠れてタバコ吸ってますよお母さん!
セックスもクスリも、やり放題ですよお母さん!
イイですかお母さん、僻地と言えども、ここは埼玉なんですよ!!

ヒカリさんをそんなキャラだと思っているのか & 埼玉をなんだと思っているのか。

とまあそんな具合で(そんな具合ではない)、すごいですね、ここなちゃんは。
ビタミンDだけで駆動してるんでしょうか。
炎天下の埼玉をお散歩してるだけで元気! っていう。
並みの中学生がマネをしようものなら、光の速さで熱中症であの世行きです。

……ああ、ごめんうそ
山、登ってたわ。ここなちゃんが。第2天覧山とかいう、飯能でもマイナーと思しき山に。
多分、天覧山を滅ぼしても、すぐまた第二、第三の天覧山が現れるであろう……っていう予言が
飯能にはあるんだと思う。ないんだと思う。

うーん。

しかしなあ。せっかくOVAで、それなりにお金とって制作するんだったら、
TVシリーズでやれないような内容を、きっちり1本で完結する内容でやればいいのに……
そんなことばかりやってて、『きんいろモザイク』になっても知りませんよ!
『ガルパン』のアンツィオ戦を見なさいよ。ああいうのだよああいうの。
まああそこまでやれとは言わないけどさ。
あれは変態だよ。やり過ぎだよ。身を滅ぼすよ。

まあ、一回しか見てない代物ですので、ちゃんと見られていないところも多々あるのでしょうけれども。
にしても、こう……人見知りというか、心を掴まなさすぎというか、
ちょっとサワヤカに心を駆け抜け過ぎる出来栄えでありました。
スッ! と。 スッッ!! とこう、ね。
どっかいっちゃった。
あおいちゃんとひなたは仲良しさんだなあ! みたいな。

良くも悪くも、いつもの『ヤマノススメ』でしたね。
……「良くも」の部分、ここまでにお前なんかしゃべったか?
「良さ」的には、テレビシリーズ好きの人には、安心してお迎えできる良さはありましたよ。
変にいじられたりはしてないです。
原作にいない、メガネの少年とかが出てきたりはしないです。
安心!
私たちは普通に白ゴハンのおかわりを求めていたのに、
二膳目が急に勝手に豆ごはんになったりはしない。
おかわり!


マそんな感じでヒトツ、
『ヤマノススメ』ファンの方は、是非とも劇場に足を運んでもらえると良いのではないでしょうか。
私も大好きなんですよ? 信じられないかも知れないけど。
1期も2期も何度見たことか。飯能へも何度足を運んだことか。
明日またヤッホー!
オイサンでした。
 

色々文句が出そうだが、まあ仕方がない。
いや、つまんなくはない、つまんなくはないんだが……ウーム。
まあ、……うん、いや……うーーん……。
まあこういう作品なのは分かってるんですけどね。
にしても、ちょっと、もうちょっとこう……やりようがあるハズだと思うんですよね……。
映画館で見たのがよくなかったかもしんないな、とは思う。

 
……あー、あと、前売り券って、
オンラインの座席予約に使えないんだったら何の価値もなくないですか?
購入時点で、日付と座席指定予約まで出来るモンだと思ったけど、
そんな希望はおろか、公開後のオンライン予約にも使えないという……
何のために、前もって店舗まで足ぶんだ。
 
 
 

| | コメント (0)

2017年10月21日 (土)

■ブスで繋がるラヂオの予感~『彼女はサイボーグ』とノラととラジオ -更新第1167回-

 
■『ノラと皇女と野良猫ハート』とブス

色々な勢いがあって、アニメから、『ノラとと』こと『ノラと皇女と野良猫ハート』にぶっこんでいる。
ゲームのVita版(アニメBD同梱版)を買い、絶賛この世界観に浸り中なのですが。
危険なWebラジオまであるのを発見した。


 ▼ノラと皇女と野良猫ラジオ
 http://nora-anime.net/news/radio.html


パーソナリティは、明日原役の種崎敦美さんと、ノブチ役の山岡ゆりさん。
種崎さんについては、Vita版のゲーム本編をやってお芝居の能力がたいへんに高いなと感じていて、
今期『魔法使いの嫁』でも良いパフォーマンスを発揮しておられ気に入ってしまったので、
トークの方にも興味がわいた。
山岡ゆりさんは……『たまこまーけっと』でチョイちゃんもやっていたのか。

デ聴いてみたところ、これがまた大変素晴らしかった……。
開幕ショートドラマのシナリオを、ゲーム・アニメともに書いてらっしゃるはと先生が書いているという豪華布陣。
センセイお暇なんでしょうね。 ← コラ
開幕ドラマ、カオスオブカオス。混オブ沌。凄まじい。「才能があるって恐ろしい」と、心底震え上がれる内容です。
「物件ドラゴン」??????どういうこと??????

  ご本人的には「才能なんて簡単な言葉で片付けられたくない」とおっしゃるでしょうけれど、
  そのカオスという踏切板を蹴ることのできるハートと脚力は、ハタから見れば紛う方のない才能です。
  常人は、才能なき者は、キバを持たない者は、
  心臓を何十個握りつぶしても、その踏切板を蹴って跳躍する勇気は得られないモノです。
  そして、たとえ跳躍出来たとして、あなたのような距離と高さは出ないものなんです。
  才能のある人には、それがワカラナイのです。
  その踏切ラインがそこにあるコト、
  それが踏切板であることを見、知るコト、
  他者を無視してそれを踏んで跳んだらどうなるかを知るコト(或いは「正しく知らない」コト)、
  或いはそれを「無視できる」コト。
  それらをすべてひっくるめて、それはもう才能です。
  「泣きやめブス!」って、フツウ書けませんよ。

パーソナリティのお二人は、オシゴト的にそれなりに縁のあるコンビの様で息があっている。
……息があってるというか、いい意味でお互いを気にしない。
種崎さんはトークのテンションは低めで、ラジオ喋りはモ一つこなれていない印象を受けたけど、
センスは一線級。
おかゆさん(「やまおかゆり」の真ん中から抜いて「おかゆ」なのだそうな)は、
全身ラジオパーソナリティサイボーグと言わんばかりの馬力で突っ走るタイプで、
二人そろって丁度いいコンビだと思われる。
聴き始めは、おかゆさんばっかりあんまりしゃべるもんだから、
実は二人でしゃべってるのを聞き分けられていないだけかと思ったほどだった。
こんなに一人が時間を占有して成立する会話ってある? くらいの割合。
主に屋台骨となっているのはおかゆさんの方。
彼女がこれだけ、様々なものを無視して突っ走り続けられるから時間が成立しているようなものだ。

 ▼TVアニメ「ノラと皇女と野良猫ハート」CM その4
 
 サムネイルからすでに漂う曲者感


冒頭、クソみたいなハイテンションの5分ドラマから発射された勢いで4、50分終わるカンジ。
ハッキリ言って頭は全然良くないラジオですが、センスを磨くにはもってこいの教材だと思います。

あと、 種崎敦美 を タネ裂き厚み って変換しないで。

種崎さん、今期は『ブレンド・S』にも出られてますね。
『ブレンド・S』には鬼頭明里さんも出てますね。
久々に気になる声優さんです。



■『彼女はサイボーグ』とブス

「泣きやめブス!」で思い出した。
司会者であり、ミュージシャンであり、ラジオパーソナリティでもあるところの鷲崎健さんの、
『彼女はサイボーグ』という曲を聴きました。『思春期は終わらない』という曲のカップリングです。

歌の内容としては、


 ♪ (恐らく)感情表現が極めて控えめで、人付き合いも良くなく、
 ♪ 周囲から「あいつは美人だけど人間味が薄くて面白くない、サイボーグみたいな女だ」
 ♪ と言われている女のコに恋をした男の子が、
 ♪ 「あの子がサイボーグなら、僕はハカセだ! あの子の魅力を分かるのは僕だけだ、僕が彼女を変えてやる!」
 ♪ と息巻く



っていう、ハハアなるほど、素敵な歌なんですけれども……。
イヤ、歌自身はオイサンもすごく好きです。このままでもとても好き。
2番Bメロの、


 ♪ 無カンケイ女子が言うんだ 「アノ子ハ 美人ナダケノ さいぼーぐ」
 ♪ うっせえ! 寄んな、ブスが! 僕はハカセだ! 今夜プログラム換えてやんだ!



っていう、盲目ラヴ男子のいかにもな熱情の高さは、聴いててたいへん痛々ほほえま好ましく、
胸を打つものがある。



……「ブス」
しかし、ブス
いいですね、ブス
振り切れた感情の高まりを表現するのに、大変優れた言葉です。
「ブス」という言葉そのものの意味や品格が良いというのではなく、
「普通なら言わない、言っちゃいけないことが、ガツン!と口を突いて出てしまった、その高まった感情」を
「言ってしまった」ことで端的に表現できるその性能と、
感情の昂ぶりによって語彙が失われていることを表現するその性能……が、いい。

うっかり口にしてしまう状況までを一気に表現できる言葉としてのフトコロが、たいへん良いと思います。
マ言ってしまえば「悪口の中でも初歩的なもの」ということなんですけど。
武器で言えば、ナイフ。
「ハゲ!」や「デブ!」でも近いものがあるんですが、男社会で流通するそういう言葉と、
「男 → 女」に対して放たれる「ブス」とでは、なんというか、
「無害なものとして扱われる頻度」の差があって、「ブス」の方がより殺傷力は上。
ブス。
うっせえブスが!
泣きやめブス!!
……ウム。日常でも、積極的に使っていきたい。(やめなさい)
閑話休題。



……。



けども、このテの「あの子を変えてやる」っていう感情の正しさが分からない。
正しいのか、理解できない。
貴君が恋したのは、今のその状態の、上の歌で言うなら「サイボーグの様な」彼女ではなかったのか。
それを……変えてしまっていいのか?
変えて、彼女の何を残したいのか。
彼女本人が変わることを望んでいるのなら良いし、サイボーグであることがうわべだけで他に影響しないならいい。

しかしだ、そうでなかったなら? 見た目が気に入ったのか?
サイボーグ外の部分が好きなのか。その愛は、果たして彼女の芯に向いているのだろうか。

かつて私が恋に落ちた女の子の中にも、いました。サイボーグ女子が2人。
ホントはもっといるけど。サイボーグ系女子。けど、代表にその2人の女子。

一人は、私立きらめき高校在籍。
科学と研究、そしてその果てに目指す世界征服という悪魔に魂を売ったサイエンスサイボーグ、紐緒結奈閣下。

そしてもう一人は、青葉台高校在籍。
書物という叡智の檻に自らを繋ぐことを望んだビブリオサイボーグ、中里佳織。

紛う方なき彼女らは、科学研究と読書、道は違えど一つの「機能」に特化した魂しか持たぬ、
まさにサイボーグと呼ぶに相応しい鋼の存在でした。
とはいえ、まあ、そんな彼女らも、所詮はギャルゲーのヒロインだもんですから、
パッとしない主人公ボーイに心を奪われ始めるや、その魂はアレヨアレヨと恋の穢れに蝕まれ、
高潔であったはずの鋼の心はナヨナヨと錆びついてしまうワケです。

……伝説の樹の下で、オイサンは思いました。
頬を染め、「あなたのためなら研究も捨てるわ」と言う紐緒さんを見ながら、
(違う!)と。
(俺の愛した紐緒結奈は、閣下はこんなんじゃない!)と。

同じく、青葉台高校の文化祭で、オイサンは思いました。
フリマに広げられた古本の中にお宝を見つけるや否や、文化祭デートの最中だったオイサンそっちのけで、
段ボールに飛び込もうかという勢いで突進していく彼女の背中を見つめ、
(……そうか、いま俺は、中里さんにフラれたんだ。彼女には、俺ごとき必要なかったんだ)と。
今この瞬間こそが、『TLS2』、中里佳織ルートのトゥルー・ハッピーエンドなのだと、悟りました。
……かってなモンですけれども。

 ▼トゥルーラブストーリー2 ~中里佳織攻略~ 2/3【プレイ動画】
 


私は思うのです。
自分が愛したのはサイボーグである彼女らの、サイボーグゆえの高潔な鋼鉄の魂であって、
そんじょそこらの、一行の数式や化学式にも劣るような、
一篇の詩ほどの価値もない生を生きる人間にたやすく恋をしてしっぽを振るような彼女じゃない。
悪魔に売った魂をやすやすと買い戻すような、無様な姿は見たくないのだ。
自分の物になって変わってしまうくらいなら、寧ろ憎まれたってかまわなかった。

  実際、紐緒閣下は、自分の心を惑わし野望から遠ざかる原因となる主人公を憎み、
  この世からの抹殺を目論んで世界征服ロボを差し向けてくるホンマモンであったのだけれど。
  世界征服メガビーム!!

  


……ノロケが長くなりましたけれども(ノロケだったのか)
サイボーグな女の子を愛したこの歌の主人公くんは、サイボーグな彼女に変わって欲しかったのだろうか。
では彼が愛したものはなんだったのか。
それは幻想ではないのか?
変えてどうするのだ。
「いま」を守るのではないのか。
彼女のサイボーグをバカにした連中に阿って、理解できる形に作り変えて、それでどうなる?
「どうだ羨ましいだろう!」と見返したいのか。
そうではない、自分と彼女にしかわからないその鋼を、高潔を、美を。
互いの掌の中でひっそりと温めてこその愛ではないのだろうか……?
そんな美でさえ、「世間」の分かる形に翻訳しなければ……幸せにはなれぬのだろうか。

……その辺が、四十の関を跨いでも未だに良く分からないオイサンなのです。

本を捨てた中里さん。
研究と、世界征服を諦めた紐緒閣下。

そんな二人と歩む幸せが思い浮かばず、私は、彼女らの心のもとを去りました。
思えば去るのではなく、そばに付き従ったまま、鋼の彼女らを侵そうとする者たちを始末する
返り血に染まった姿こそが、彼女らへの敬意であり、真の愛であったのかもしれない、けれども。

……まあ、なんだ。

そんなことも分からないから、今もオイサンは独り身でいるのだろうとも思いますけどね。
そこんトコは、なんとなく分かる様にはなってきたけども。



マ今日のところはそんな感じでヒトツ。
 
 
 

| | コメント (1)

2017年9月23日 (土)

■些伽巳日記[Sagami-Nikki]~秋のおとづれと恋と、ロクでもないアニメの感想~ -更新第1151回-

いつの間にか2017年の9月も下旬で、
9月の下旬というのはこんなに秋めいていたものだったかと少し驚いている。

Dsc_0086  Dsc_0092



毎年、9月一杯くらいはまだまだ残暑に悩まされて、
暑さに恨みごとの一つも吐いていた様な気がするのだが記憶違いであろうか。

今日も、少し歩いただけで
先日まではまだ気のせいかもしれないと自信を持てずにいた金木犀の匂いがもはや完全な実体となりて、
緑道のある部分に……だけではあるが、漂っているのがわかった。
さかりともなれば町のどこにいてもその匂いから逃れることが出来なくなるので、
それを思うと秋本番を宣言するにはまだまだあたらないとは思うが、季節の勢力図が書き換わっているのは、
最早疑いようのないところだ。
空も高い。
今年も終わりが近づいている。

そんな秋の訪れがかかわっているか知らないが、
先日も仕事に赴くときなんだか妙な気分にさせられた日があった。

贔屓にしているカレー屋の店主は淡泊者で、わりかしあっさりと売り切れる。
メニューのバリエーションもさほど多くないものだから、
好みの1番手、2番手、3番手までが、
オイサンの行くことが出来る夜の時間までにすっかり売り切れてしまっていることもざらで、
朝、
シゴトバに向けて歩きながらもう夜のカレーの売れ残り具合を心配していたりする。

これは海向こうの町内会のお国が派手にミサイルをぶっぱなした朝のことだったのだが、
そんな世間の重大事にもかかわらず、もう晩メシの心配をしたり、
すれ違った登校中の女子高生が眼帯を貼っていたことや、
その残った左の目つきもいやに悪く眼光鋭かったことが気になったり、
教会の屋根の鋭い角度に隠された十字架や、
いつも見ているはずの道路標識の、何気ないうしろ姿に気を取られたりした。
裏面って言え。



サテつまり今日の本題は何の話かといえば、
……既にお気付きの方も多いと思うが……近況のような、さまざまの些事の話である。



●○● 7月~9月のアニメの話 ●○●



■『徒然チルドレン』と「男前」

9月の末と言えばアニメの端境期である。
今期は豊作であった。主に短時間のアニメが花盛りであった。
以前も少し書いたが、『アホガール』『ノラと皇女と野良猫ハート』『徒然チルドレン』がどれも面白く、
ヒョイヒョイと心を和ませてくれたものである。





マとは言っても、『徒然チルドレン』以外はおふざけアニメだし、
『徒然チルドレン』も本格の物語、ドラマのアニメではないから、慰めにはなっても
何かを豊かに満足させてくれるものではなかったが。
膝の上に抱いて、かわいいかわいいする分には申し分のないものではあった。
その良さは、主にコメディとしての良さであって、深いところに響くものではないのだけれども、
とりあえずキャラクターたちの可愛らしさがふんだんに表現されていて、
その点については控えめに言って世界最高である。
スマン言い過ぎた。

マそれはそれとして、中でもオイサンがお気に入っていたカップルは、

 剛田・上根ペアー
 古谷・皆川(+蛍ちゃん)ペアー
 笹原ちゃん(ペアー?)

この2組+1人はとにかく目が離せない。
こんなにも、言葉にならないうめき声で魅せるアニメは他に知らない。
前代未聞のうめき声アニメである。
「きゅぅぅぅ」だの「んふぅ~?」だの、文字では全然表現できない、
それこそアニメの本懐ともいうべき声優芝居の見せどころ満載であった。イカス。

デその「#9 恋人たち」で描かれた、剛田・上根ペアーがいちゃついてるところを
内村・飯島ペアーがガン見する回で、内村が剛田くんを「男前だ」と評するシーンがある。
この「男前」という言葉、長らく日本語の表舞台の一線から退いていた感があるが、
ここ数年でまたその存在感を放ち始めたように思う。
「男らしさ」「男らしい」という形容が、
言葉尻の揚げ足を取られ、どちらかといえば揶揄的に用いられるようになる一方で、
「男前」は本来の意味を失わず、むしろ内面的な評価についてよりグレードアップした賞賛の言葉として
用いられているような気がしてならない。

正直、今の時代、男は「情けない」。
今の時代の男が昔に比べて特にだらしない、情けないと言っているわけではなく、
「男という生き物が実は根源的に女々しく、だらしなく、愚かで、
 生物的に情けない位置に置かれてしかるべきものであることが、今の時代になって分かってきた、
 或いは今という時代によって浮き彫りにされ、解明された」、
という意味である。

牝に、女に逆らえない・逆らわないことが理に適っており、そもそも自然であったのである。
それが、今日まで男尊女卑的な社会制度によってどうにか張りぼての威厳を保ってきたのであったが、
その意味の無さが暴かれて失われてしまい、
実質的・精神的な情けなさを露呈しているのが今の世の中なのである、という程度の意味だ。
個人や社会や時代が悪いわけではない。

「そんなことはない!」と強弁するのであれば、それは昨今における「男らしい」姿に当たると言えよう。
張りぼてである。

そんな時代にあって、「おとこまえ」「男前」「オトコマエ」という言葉は実に潔く機能する。
上で述べたような、男のいかんともし難い、情けなく、だらしなく、みっともない部分をも
すべて認めた上で、かなしみも汚れ役も笑って飲み込み引き受ける、そんな潔さがある。
それはすなわち笑って死にに行く様な側面に似ている。
それをする者が「男前」であるのだ。

アニメと全然関係のない話になってしまった。


■『サクラクエスト』

『サクラクエスト』である。
だから『桜Trick』や『サクラダリセット』ではないと言っておるのだこのたわけがっ!!
まあ……名作や、傑作の類では決してない。
スロースターター気質が度を過ぎて、400m走で4位に終わった、みたいなアニメだった。
しかしそれでも前半のテンションの低さを払拭して、
後半以降はなかなか見られる感じになってきたのが印象深く、800mだったら勝てたんじゃないか、
と思わせる選手ではあった。
とはいえ、2クール24話だか25話だかでそれなのだからいただけない。
前半は前半で、地味なら地味で、もうすこし戦いようがあるのではないかと思う。

  『クロムクロ』もスロースターターぶりがひどく
  ……まああっちは前半は前半でもう少しまともに戦えていたように思うが……
  最近のP.A Worksの良くないとこなんじゃないかなと思う。

とはいえ、1クール目終わった時点でもう駄目だろうと思わせていたのを、
「惜しかったなー」と思わせるところまで挽回したんだから、なかなか大したものだったんじゃないかと……
なんかヘンな評価だけど……思う。
キャラに、何の萌えも思い入れも感じられないっていうのがいい。
これでちゃんと惹きつけられたらすごい強みだと思うんだけどね。


■『ゲーマーズ!』の良さ

あと面白かった(というかまだ見てる最中だからアレだが)のは、『ゲーマーズ!』。
正直、これもストーリーはどうでもいい。
思い込み悶々すれ違い系コメディなんか目新しくもなんともないのでそこに期待はなかったが、
とりあえず絵がイイ。
男キャラの遊ばせ具合がイマ一つこなれていなかったのがまた残念ではあるが、
ヒロイン、準ヒロインたちの、心象をすっかり顔面やしぐさに乗っけてくる手法が見せる「リアリティ」は、
見ていてなんともユカイツーカイであった。
天道さん超かわいい。

Atrdsc07786


実はかなり周回遅れ気味でまだ8話なのだけれども、
昨今のラブコメものが取りがちな構成だと、
このあとは若干シリアスに寄せて緊張感を持たせつつラストに向けて気を引いていく感じになると思うが、
そんなしょーもないフォーマットは捨て、
バカさ加減をヒートアップさせることこそ己が本懐と心得て突き進んでいることを期待したい。
人は人、自分は自分だ。

あと、チョイチョイ垣間見えるゲーマーのメンタリティがよろしい。
そうそう、テレビゲームばっかりやってるとアホになるぞ。
マ勉強ばっかりしててもアホになるし、運動ばっかりしててもアホになるし、
本ばっかり読んでてもロジカルシンキングばっかりしててもアホになるから気を付けろ。
バナナうめえ。 ← アホ



●○● ゲームばっかりしてたアラフォーの末路 ●○●



ゲームといえば、WiiUの『マリオ3Dワールド』をクリアした。
これはもう一月近く前の話になる。
最終クッパ戦の前に、
ここまでのステージで戦ったチョイボスが再登場して再戦するとか、演出が過多でちょっとクドかった。
クッパとのバトルが、従来的な固定平台ステージでのタイマンバトルではなく、
スクロールするコース上でのやり取りがメインの構成になっていたのは工夫が利いてて面白かった。
しかしそのせっかくの工夫も、やっている最中にはそれと気付けずに、

 「この(クッパが邪魔してくる)コースを抜けた後で、またバトルするんだろ?
  鬱陶しいな、ここまできたら余計なコース抜きで、バトルに専念させてくれたらいいのに」

と思ってしまっていたので、コースの終わりまでたどり着けば実質勝ちだった、
というオチにはちょっと拍子抜けしてしまった。
事前に
「コース上でのやり取りがバトルのメインなんだぜ、
 ゴール地点まで行けたらそれがもうほぼ勝ちなんだぜ」
というのは、どこかで明示しておいた方が良かったと思う。
そうしたら、もっと緻密に、そのコース上の遊びを楽しみながら進んだのだが。

  ラストでは、クッパもネコになるし分身もする、というフィーチャーから察するに、
  やはり「ネコ、分身」は本作の見せどころだったのだろう。
  正直どっちもそんなに好きではなかったので、ちょっとな、という感じ。そもそも猫マリオが全然かわいくない。
  変身とかの複雑性が増すギミックは絞り込んだ方がいいと思っている派なので。
  そういう意味で言うとやはり、ちび・スーパー・ファイア・たぬきの4種くらいが
  ジャンプアクションゲームであるマリオの「完璧」な姿、これ以上足し引きが出来ない姿なのだと思う。
  FC版の『マリオ3』で完成されておったのだな。
  「ジャンプの性能をフォロー・拡張する」という意味では、
  『64』の羽根帽子や、『サンシャイン』のポンプは有りだと思うけど。
  次の『オデッセイ』では、帽子が攻撃手段になり、足場にもなるという意味で、
  「ファイア+たぬき」をまとめた感じになるようで期待度は高い。
  恐竜になったりするのは、やっぱりいただけない感じだけど。


■鮮烈のニンテンドースイッチデビュー

で、WiiUの『マリオ』を終わらせることが何を意味したかというと、
いよいよSwitchがうちの環境にデビューした、ということである。
テレビのHDMIのクチ(×3)がすべてふさがっていたので取り急ぎPSVitaTVに一旦離れてもらい
Switch環境(充電やらアップデートやら)をひとしきり整え、
話題の『ゼルダ』をなんぼかプレイしてみた。
またあとで、HDMIの切り替え器を買ってこなければなるまい。

ナルホドこりゃあ凄い……! と、ひと目で思った。とにかくとにかく、世界が広い広い広い。
ただブラブラするだけでも楽しそうだ。
他のオープンワールドRPGをプレイしたことがないので比較はできないが、
こうまで横の広がりを感じたゲームは記憶にない。
縦の広がりというか、箱の大きさとしては『ジェットセットラジオフューチャー』がすごかったが、
箱庭の、箱の大きさを感じさせない、というのは凄まじい。
あの『時のオカリナ』でさえ、どことなく箱と箱の繋がりでしかないことが予感されていた。

ニンテンドースイッチ、他にソフトは『聖剣伝説コレクション』があるのだが、
マそっちはレガシーものなので追々。
他にもう一本、DLもので『FAST rmx』というのを買ってみた。2200円。


▼『FAST rmx』



パッと見、『F-ZERO』の遺伝子を感じさせたからなのだが、
テイストは『F-ZERO』と『ワイプアウト』を足して2で割った感じである。
悪くはない、悪くはないが……やはり『F-ZERO』には及ばない。
プレイアビリティというか、海外製特有のとっつきの悪さというか、
「娯楽」ではなく「スポーツ」をさせようという頑固さを感じるのだった。
やはり『F-ZERO』の親切さというか、
「遊園地のアトラクションに乗っているうちに、いつの間にかF1レーサーになってました!」
みたいな狡猾さが足りないなと感じた次第。
まあもう少し、みっちりと遊んでみますけどね。オモロイのはオモロイんで。


■『ドラクエXI』の話

『ドラゴンクエストXI』は継続してプレイ中。
2重でプレイ(※)しているので進みが遅いが、レベルは不相応に上がっているっぽいので、
バトルで苦労したことはない。

  ※基本3Dモードで進行して、ある程度進んだらそこまでの道のり(町、フィールド、ダンジョン)を
   2Dモードでおさらいする、というなんとも面倒くさいスタイル。

まだ船を取ったばかりで主要な面子も揃っていない。
その時点でレベルが30近くあると言ったら、既に終わらせているよつさんから
「高い!」と言われたのでやはりちょっと時間をかけ過ぎではあるらしい。
まあいいさ。

しかしさしもの『ドラクエ』も、『ゼルダ』をプレイしたあとだと視界と世界がせまく、窮屈に感じる。
『FFX』以降で感じたように、世界が……フィールドが分断されているのだった。
『ドラクエ』のワールドマップは、2D時代の昔から、地形(山・川)や関所によって
分断されてはいたのだが、もっと自然に世界を切り分けていたように見えていた。

今回はその分断がよりロコツで、作り手のコントロールしやすいように「作られている」なあと、
どうしても感じられてしまう。
世界が一つ・地続きである感じが薄く、小さなダンジョンの集合体のようになっている。
これはたいへん残念なことだ。

また今回の『ドラクエ』はチョイチョイ行き届いていないというか、引っかかるところがそこそこ見つかる。

キャンプ時のメニューで、
「お祈りしてから休む」(=セーブしてからHP/MP回復)はあるのだが、
ゲームとして求められるのは「HP/MP全回復してからセーブ」(=休んでからお祈り)ではなかろうか。
無論、行為的・宗教観的に自然なのは「神様にお祈りしてから床に就く」ことであろうから
致し方ないのであろうけれども、
そこを「言葉の世界で上手にごまかして、不便の内容に解決してきた」のが、
『ドラクエ』の、堀井雄二節の偉大なところであったはずである。
今回それが行き届かなかったのはなぜなのか……堀井雄二がここを残した意図が何だったのかは、
どこかで聞いてみたいところだ。

  ぶっちゃけて言えば、「お祈りしてから休む」のコマンドを選択しても、
  「HP/MPが全回復された状態」でセーブされてしまえばそれで解決される問題だ。
  それを知らんぷりしてしれっとやって来ていたのがこれまでの『ドラクエ』だったと言える。
  大げさな問題じゃない、そんだけの話である。

あと引っかかっているのは、「ゾーン状態」と「れんけい技」。
ゾーン入りするタイミングをコントロールしたり、入った状態をキープしたり出来るワケじゃないから、
ボス戦で活用できるでなし、
かといってザコ戦で使うには派手すぎるし消費が大きい。マ連携を使わなければいいんだけど。
結果、「通常バトルにちょっとアクセントつける派手演出」という、
イマイチ『ドラクエ』らしからぬ位置に落ち着いて、結果「盛り上がりもしないしらしくなさが残る」という
なんだか悲しい結末に落ち着いている。
ウーム。
どうした、堀井雄二。
なんか、若手の元気の良さとか、ビジネス的な判断に押し切られていないか?
雄二の判断なのであれば何も言う事はないのだが、
そうじゃないんだったら……『ドラクエ』は紛れもないあなたの物、あなただけの世界なのだから、
もっと我儘を押し通してもいいと思うんだ。

……ところで、社内テストプレイに300人使った『ゼルダ』といい、
PS4版と、2Dモード/3Dモードをダブル搭載した3DS版とを同時に開発した『ドラクエXI』といい、
300万本とか売れてるっていうけども、ちゃんと採算は取れているんだろうか?
マ別にそんなの、買う側が気にすることじゃないと思うけどさ。



……。



ところで。
いま若者の間で最高にゴキゲンでナウいニューハードを買ってしまいました。



PSPです!


Dsc07782



\ババーン!!/



いや、久々にPSPで、ちょっと『NOeL』でもやろうかなと思って充電しようとしたのだけど、
電池がパンパンになってて……動いてくれなかった。
ので、マ電池だけ買っても良かったんだけどそれも公式は販売完了してたので、
いっそ新品のハードごと買ってやれ、という。
いいんです、PSP好きだから。そんなにやってないけど。
カラーも黄色があったからそれにしてしまった。
特にプレミアがついてたわけでもなく普通のお値段で買えたんで良しとする。

しかしなんだな、あらためて持ってみると、PSPって小さくて軽くて、いいハードだな。
たいへん具合がよろしい。3DSよりも軽いんじゃないだろうか。
UMDも好きなんですよ。オシャレでしょ? フォルムが。かっこいい。

デそもそもの目的だった『NOeL』やってみたけど……
なんだろう、久しぶりだからか、ドキドキする。
最近ギャルゲーらしいギャルゲーもあんまりやってなかったからだろうか。
すごい女の子と喋ってる感というか。


Dsc_0076


そういえばこのゲーム、スタートは9月末だったな……。
大学んときみたいに、またリアルカレンダーと日付シンクロでやってみようかしら。
 
 
 
 

| | コメント (0)

2017年7月24日 (月)

■四十路のヨソ行きワル巧み~『有頂天家族2』OP・「成るがまま騒ぐまま」に思う~ -更新第1139回-

前回のついでで、『有頂天家族2』のOPの話を。


▼『有頂天家族2』OP 成るがまま騒ぐまま

ランティスのメンドクサイ枠三傑に数えられる、milktubさん。
あまりよく知らないアーティストさんだけど、マ見るからに……って感じはする。
なお三傑の残り2枠は、景山ヒロノブ、遠藤正明らしい。



ワリと古風な価値観で書かれた歌詞だな、とは素直に思う。
また同様に、物語の中で謳われている、「阿呆」であるとか「波風を立てる」であるとかいう、
複雑で味わい深い、粋、小粋な要素を、必ずしも的確に捉えて書かれている歌ではないように思う。

  ♪ 波風立たない人生は ちょっとばっかりつまらない
   ……
  ♪ 心配ばかりじゃやぼったい いてもたってもいられない


とはこの歌の歌うところで、
まあ個人的に賛成しかねる部分も多分に含んでいることも否めないのだけれども、
「人生に波風が立つ」ことを愛おしく思う部分に、惹かれるものを感じたことも事実。

それは、悪サを奨励するとか、退屈だから要らぬ問題に首を突っ込もうとか、
単純にそういうことだけではなくて(結果的にそういう行為に落ち着くことが大半だろうが)、
前回も書いた、「多様なモノを認めて関わっていく」くらいのことだと思ってもらえると良いと思う。
「多様なモノ」の中には、いまの自分とは違う自分、今まで手を出す余裕のなかった姿の自分も含んでいる。
それを認めると、「波風」は自ずと立つからだ。
踏み出し方や手の触れ方で、立つ波風の大きさは自ずと変わってくるからそこには注意が必要だけど。

自分はそもそも、平穏無事、安定・安寧、大きな安らぎを望むタチなのである。
「うっそだあ」という人もおられるかも知れないが、
自分くらいビビりでヘタレの小心者を、私は知らない。
ただし、ビビりでヘタレなだけで、慎重でも勤勉でもなく面倒くさがりなので諦めは早く、
諦めてしまえばビビることにも適当になっていくから、安寧を求めているようには見えないかも知れない。
あと、リスク計算が雑でザルの目が粗い。
なので、ザルをふるう回数は多く時間もかけるのだが、通過を許す砂利の大きさも大きいので、
やはり危険に対する許容量は大きいように、他人からは見えるかもしれない。
しかし自分としては、自分よりザルを多く、長くふるう人間を、殆ど見たことはない。
ビビりでヘタレであるからして、一個でも通らない石が見つかるとそれ以上の検討はやめて
実行を諦めてしまったりもするから、危険だ、やらないと決めたらもう根っからやらない。
まあそんな、ヘタレなジブンであるからして、
こういうリスクを冒して厄介ごとに首を突っ込んでいくメンタリティに惹かれたこと自体、
自分でも驚いてはいて、
今の自分の状態をなにかしら勘違いしてちょっと調子に乗っているに違いない、
という疑いの目を己自身に向けてみている。

問題は、四十を跨いでどうにか本厄を越えたこのタイミングで
この歌が心に響くようになったことだ。
無難に、とにかく安全に安定的に暮らしてこようと思っていたこれまでの人生を、
どこかものさみしく思う心が「波風」を求めるようになっているのだろうかと思うと、
人心とはかくも現金なものか、
のど元過ぎればナントヤラで、自分から厄介ごとをもとめに行くのかと呆れるばかりである。

  ♪ トラブルすらも燃料さ!

なんていう風にはさすがに思えなくて、厄介ごとなんて無いに越したことはないと思うので、
声高に、この歌を自分のための歌だとは言えない。
自分は、絶対に、失敗も怒られもしたくない人間なのである。
こういうところはこの歌の古風過ぎるところだと思う。

しかしなんというか、
人生というのか、運命というのか宿命なのか分からないけれども、
そういう「人ごときには計り知れない大きな流れの様な、それぞれに対して準備されたもの」は、
ひと一人一人のいろんな表情を引き出すために、
波風の立つタイミングを、いきる道程に用意しているのかも知れないなあ、とか思うワケです。
何か節目を迎えると、考え方が、自分としては変わっていないようでも変わっていたりするのではないかと。
これもまた現金な、ご都合主義的な心持ちだけれども。

生きていると、様々な、転機と呼ぶにも足らないような「心変わり」がやってくる。
それは自分の意志だけによらず、環境によるところが大きい。
その環境、すなわち自分を取り巻くモノゴトというのは、
自らの意志で選び取って身辺に並べたモノと、
そうではなく自分の意志に関わらず、生まれたときから、或いはいつの間にか近くにあったモノとがあるが、
いずれにせよ自分という人生の一部ではあるワケで、
この「波風を立てる」という行いの全貌は、
それらが連れ来る変化に如何に真摯にかかわっていくか、というハナシなのだと思う。

  それらの最たるものが、血というか、家というか、親とか家族とか、
  生まれ落ちたときに必ず付きまとう者たちだっていうのが本編では描かれてたと思う。

自分にとっての、最も身近に取り巻くものが何であれ、
それに抗わず従うことが潔いと思う心もあれば、
抗って、今までの自分を守ろうと思う心もまた同じくらい潔い、堂々たる態度であるとも思う。
どっちもアリでしかないのだね、こういうことは。だから歴史があるのであろう。

まあ自分の場合、アタマは固いし人付き合いも好きじゃない、
オマケに多様性に出会っても、さっさと諦めて引いた線の向こう側に隔離してしまうから、
せっかく立った波風に、上手に自分の人生を変えてもらうことは出来ないんだけど。

そんな解釈をして聴いているものだから、歌の最後の

  ♪ いつでも波風立てるよ ズンズン立てるよ
  ♪ いつでも平和を乱すよ ガンガン乱すよ


という歌詞が、ちょっと直接的過ぎて味わいを欠く、
野暮ったく、ドライに過ぎるな、と感じている。面白がってやっているきらいが強すぎる。
それと反して、

  ♪ 大事なものさえ変わらなきゃ 寝ても覚めてもゆかいなり!

の部分のウェットさはとても好きなので、個人的には色々とアンバランスなお歌である。

  ♪ なるがままに騒ぐままに 悪だくみならおまかせだ

そう、悪だくみ。
無論、単にいたずらや、ひとに悪い影響を与えるための企みではない。
自分さえも騙して逃げみちをふさぐ、そんな腹を決めるための装置でもあるだろう、とオイサンは考える。
ニヒヒと歪めた唇の端で、
しまいには自分と人とを愉快な気持ちにさせる、
そんな人生を……この先も送ることが出来ればと、この歌を聴いて願うばかりの42歳である。

ところで悪巧みといえば、四十余年にわたるオイサンの人生の中でも
1、2を争う大きな影響を被った作品、『アマガミ』の正ヒロイン・絢辻さんも、悪だくみが好きな人だった。
こんなシーンがある。
廊下でなにやら、いつもの表情でもの思う絢辻さんに出くわすのである。

  主人公「絢辻さん、何を考えてるの?」
  絢 辻「悪だくみ」
  主人公「ええ!?」

これだけ(続きはあったはずだが、しれっと終わったはずだ)のシーンなのだが。
この先にどんな結末が待ってたっけか。
こう言ったいった後の、彼女のすっきりした立ち絵の微笑みは、
今もなお色褪せないことである。



オイサンでした。


 

| | コメント (0)

2017年7月23日 (日)

■酷評するカド~2017年春・4月期アニメの感想~ -更新第1138回-

もうすっかり夏・7月期のアニメも始まってしまいましたが、
前期の春・4月期アニメの感想を簡単にまとめておこう。

全体的な雰囲気として、この期は総じて小粒だった印象。
とにかくアレは毎週固定して見ようと思うほどの物はなかったし、途中脱落率が高かった。
期の初めにとりあえずチェックに入れたのは、
大体普段と同じ12、3本あったと思うけど、残ったのは3本だけ。
中でも印象に残っているのだけ、とりあえず気持ちをメモしておく。



■『ID-0』
『スクライド』『アクティヴレイド』の谷口悟郎監督。
人の意識をロボットのカラダに転送するMT(マインドトランス)システムが確立された
人類宇宙拡散時代のお話で、
12、3話というサイズに収まるよう、きれいにパッケージングされたお話だったと思う。

その分こぢんまりというか、枠が意識され過ぎて壮大さが感じられなかった。
宇宙を駆け巡るお話なのに、閉塞感ばかりが鼻についた……のだが、
マ基本追われる者の話だし、宇宙での暮らしなんでそんなもんかも知れぬ。
それはそれで、ある程度宇宙時代が近付いた現代としては、リアリティのある話なのかもしれない。
MT技術によって肉体や記憶を失ってなお生き続ける人たちのドラマなので、
意識が内へ内へと向いていく、そこは対比なのかもしれないけど、カタルシスが薄かった。
もっともっと能天気に「うおおおおおお宇宙ヤベエw!」ってなる部分があっても良かったかなー。
『アクティヴレイド』みたいに突き抜けても良かったと思います。
今回は、監督、バカじゃなくお利口に徹した感じ。
綺麗にまとまりはしたけど、飛び抜けた印象は得られなかった、そんな残念さがある。
時代性には大変富んでいたけど、もう少し強いインパクトが欲しかった。
今期の中では面白くはあったけれども、ずっと残っていく感じではないです。
ミクリマヤちゃんが地味にカワイイ。
ビジュアルショックは十分。
OPについてはセンスが最高に良く、今期のベスト。
EDの影山ヒロノブの英語ソングが「巻き舌で気持ち悪い」という意見は何度か見かけたが、
世代的には、スペオペものに影山ヒロノブのバラードEDときたら、
『宇宙船サジタリウス』の「夢光年」が想起されるので(そして恐らくその効果は狙われていると思われる)、
ほぼ無条件のノータイム反射で肯定されてしまうのだった。

▼夢光年




■『有頂天家族2』
1期同様、面白さは群を抜いていた。
ここが面白い、こうだから面白い、と言語化することが非常に難しい、という、
面白さの質としては『この世界の片隅に』と似たところのある作品。

第1期の頃からすでに好きで、面白い、と思っていたのだけども、
世間的にはそれほど評判が芳しかった様にも思えず(DVDの売り上げを見ても……)、
それなのに第2期が動いたのは、発表時、正直ビックリした。
自分も怠慢なもので、面白いと思いながらもそれを殆ど表には出せず、
表に出せるほど自分の感情の分析や言語化もしないまま、1期は終わりを迎えてしまったのだった。

ただ、心の底とか心の天井とか壁面とかにもっちゃりと柔らかく張り付いた
ピンク色の感情の塊は間違いなく「面白いと思っている」部類に属するもので、それは今も変わらない。
今も変わらない、1期からそうだったと思うのは、2期を見始めて確かめることが出来た。
どういうところが、どういう風に自分に面白いのかを以前に比べれば説明できる感じではある。

  それが自分の進歩なのかと言われたら、……正直、素直にYESとは言えない。
  なんかこう、明確な言葉や数値でしか伝達や記録が出来ないことは、
  美点・美徳・有用な能力とは言い難い、と、最近とみに感じるところがあるからだ
  ――勿論、それをすることが悪であったり、何かに比べて劣っている、
    出来ることが出来ない事より劣っているなどというおかしなことを言うつもりはない――
  マそれは今はいいや。閑話休題。

「家」とか「血」とか「名誉」とか「心意気」とか「粋」とか「野暮」とか、
今の日本が猛スピードで失っている「古き良きもの」に重きを置いて扱いつつ傍らで小バカにもしている、
小バカにすることで大切に思わせ、後生大事にしてみせることで小バカにもする、
という、非常に微妙なシーソーの上で右左するようなバランスのとり方、
遊び方、楽しみ方を見せてくれる作品です。
まさに「阿呆となりて波風を立てる」「面白きことは善きことなり」に恥じないスタンス。

……と書くとまた誤解を生みそうですが、
主題歌の『なるがまま、騒ぐがまま』で歌われるような、
単純に「悪ふざけをして世間を騒がせる、平和を乱す」ということを良しとする話では、
決してないな、と感じております。
ここでいう「波風を立てる」というのは、よりかみ砕いて言えば
多様性を認めて持ち込んだ上で、極端にバランスを取る、ということにきわめて近いと思われる。

  (……などと、言葉で詳らかにしていこうというのは野暮以外の何物でもないのだけど)

その多様性が、たとえ自分という個体や、世間の許容を上回る・相反するものでも、
キャパオーバー上等! の広い度量でやっていこうじゃないか、ということだと思うのですね。
キャパというのはオーバーしてナンボ、
それで初めて世間が広がっていくんだよ、という気分の持ちようであるように解釈した。
マその結果、あっちが擦れ、こっちが欠けするんだけども。

物語の構成要素としては、
要素の一つ一つが必ずしもまっすぐな辺や面のある形をしておらず、
円や楕円や球で出来ていたように感じる。

近年の物語づくりにおいては、物語のパーツは四角四面で隙間なく敷き詰められ、
要素と要素は独立していて互いに干渉し合わないようになっているものが多いように思う。
それゆえ整合性はキレイにはまるが、行間や、重複することに因る滲みが生まれにくく、
スッキリはしているけど考えたり解釈したりする余地がない。
本作ではそれらのパーツが円や楕円だものだから、
敷き詰めたところで隙間は出来るわ、重なり合って干渉するわ、
しかも色違いで重なったところは変な色になったりしている。
でも全体としてみると、大変好ましい模様になっている……そんなつくりであるように思う。
重要な「一貫性」は全体像で示されている。

あの、本当に面白いですよ、この作品は。
「目の前で手をワキワキくすぐる動きを見せられるとなんだかくすぐったい気持ちがしてくる」
というような現象を、心に対してずーっとやってくる、そんな感触のある作品です。
他ではなかなかない。



■『アリスと蔵六』
OPが好きでした。
『ふらいんぐうぃっち』の桜美かつしカントクですが、
この人はOPでキャラにクラップさせるのが好きなんですかねw 楽しげで良いですけど。

お話の方は……イマイチ。フツー。
蔵六のキャラクターが良かったのと、
ヒロインとタッグを組む相方がイケメンやもう一人の美少女とかでなくがんこじじいになった
というくらいで、あとはフツー。
「人の形と精神機能を持った人間ではないものが、人間の心などのあり方にふれて
 人間らしさを獲得していく」
という図式は特に目新しい物ではなかったし、敵方のキャラクターやその哲学・精神性、
異能の力やバトル表現などにも大きな驚きはなかった。
こぢんまりと手堅くまとまっていた感じ。
目の覚めるような鮮やかさは感じられなかったなあ。
ときどき、蔵六の古めかしいけれども的を射た説教が心に響いた、というくらい。
これで、どちらかというと蔵六の方にも大きな変革がもたらされるようなことがあれば
すごい物・面白い、新鮮なものに出来るな、と見ていて思った。
けど多分、このお話、最後の最後は蔵六はフツーに幸せに死んで、
蔵六の人間臭すぎる人間の部分を、それを「学んで」得た人間ではないサナが引き継いで生きる、
みたいな終わり方をするではなかろうかな、と予測する。
まあサナは設定上人間ではないとはいえ、外見えはただの可愛いスーパー超能力女子でしかないので、
あんまり意味はないですね。
色々と、商業上の理由で味付けを失敗している作品だなと思った。



■『正解するカド』
いやあ……惜しかった。大変惜しかった。
なぜあそこまでイイ感じで運んで来ておきながら、
突然私が神だそうはさせるか私は人間を愛しているバトルモノにしてしまったんだろう……。
まるで、最後で必ず一回徳井が狂うチュートリアルの漫才みたいじゃないか。
そこまでのもの凄く面白い、問い立てと葛藤のくだりが主題だ! と思わせておいて、
全然しょうもないありきたりな展開の方が本体でした! っていうのは一体、
どんなサディストもしくはマゾヒストの展開なのか。
いやあー……しょうもなかった。
考えうる一番しょうもない方向に舵を切って終わらせるという、
ある意味で大英断、逆ウルトラCを決めた感じだった。
内村航平が演技のシメに逆上がりをするとか、そんな感じ。ビックリするわ。
そしてあの終わり方をさせるにしても、人類に残される一番の課題は

「自分たち人間が(のみならず自分たちの住まう宇宙という世界全体が)
 神などよりも自分たちにより近しい、意志ある者によって、
 なんらかの目的を持って、手段・道具として生み出されたモノであることが
 明らかになってしまった」

ことだと思うのだけど、そんなこと全然扱われずにスッと終わっちゃったのも、
より大きなショックでした。
まザシュニナさんの言ったことも、証拠が提示されたワケでも何でもないので事実かどうかはわからないが。
だって……ねえ?
「人はどこからきてどこへ行き、何のために生きるのか」
という重大な問題に、
よそからきた寺島拓馬によってペロッと解答が示されちゃったんだもの。
それこそ、人類全体の、この先どう生きるのかということにかかわる
大事件だと思うんだけど。
まあその辺の事実は、真道さんにのみ語られて他の人類には伝えられなかったのかな……。
重たすぎるもんな……。

こういう『PSYCHO+』みたいな、何が起こるか分からないお話、
面白く、美しく、価値のある終わり方をさせるのは難しいと思うけど、
せっかく面白いことを面白く描くチャンスをえたのだからしっかりと活かしてもらいたいと、
切に願う次第。

……アレだね。
自らが面白いと思えるものの面白さを極大化して描くことに成功して経済的にも成功を見せることで、
その面白さにフォロワーが生まれて時代の潮流を作ることが出来る、
つまり、自分の信じた面白さによって時代の思想や展望の方向性に影響を与えることが出来るというのは
ものすごい快感であると思うのだけども。
この作品は、その一つのチャンスを持っていたと思うのに……。
その難しさに、正しい解を示してもらいたかった。
お前が不正解でどうする。



■『フレームアームズ・ガール』
「アーム」の方に複数形のsが付くのか、
それとも「ガール」の方に付くのかしょっちゅう分からなくなることでお馴染みの本作
(馴染むそんなモン)。

えー、正直申しますと、本編は2話と3話、あとなんか前半の一話くらい……? を、
チラッチラッと見ただけなので、お話の中身のことはお話し出来ません。
しいて言うなら、あすみんの出てた似たようなお人形さんアニメとヨソのなんかを足したみたいなアレだな、
と思ったくらいです。

ここで取り上げたいのは……OPのお歌。
今をときめく超人気声優であるところの、ソンセンナシコロモさんこと、村川梨衣さんの歌う
「Tiny Tiny」の方であります。
……えー、こっから先、全然ホメないので、それを読んで腹が立つ人は……マいいや。
好きにすればいいよ。

なんていうか、こう……
「フレッシュな人が、こんな古臭いありきたりな歌を、なんのひねりもなく歌ってて……大丈夫か?!」
という……ゴメンなさいね、大変失礼な怒りと驚きがフツフツとこみ上げてきたという……。
そう、心配になりつつ腹が立って、端的に言うと、この歌をキライになったんです。
こんなコト初めてかも知れない。
「あー、この歌嫌いだわー」って思ってしまった。
結構……5、6回は繰り返し聞きましたけど、「あー、うーん……やっぱなー」と。

コレをですね、GLAYさんが歌っておられたら、別にビックリもしないんですよ、多分。
「ああ、伝統芸能ね」って思うから。「さすがだ!」ってなモンですよ。
こんなオールドファッション通り越して、マンネリな思いをストレートに歌にして臆面もない、
ベテランの味だ! って感心するくらい。すごかったですもん、『クロムクロ』のOPとか。
「これかよ!!」って思ったもんね。
すごかった。

  見ました? 『クロムクロ』。見た方がイイよ、面白いから。
  イヤ中身は本当に面白いですよ、特に17、8話以降辺りから(遅いな)。
  閑話休題。

▼クロムクロ OP



でも、ホレ、今回はそんな大ベテランじゃなくて若いコちゃんがせっかく歌うんだから、
もうちょっとお化粧させてやんなさいよ、オシャレさせてやんなさいよ! って思うのよ。
まっすぐ過ぎるし、まるで痩せぎすの足軽が、Tシャツ一枚で野っ原に立ってるようじゃないか。

まっすぐな所がイイとか、そういう問題ではない。
棒切れ一本で万の軍勢と戦えるのは、それは宮本武蔵だからですよ。
剣道を始めて間もないお嬢さんが、
「そうか、剣を振るってこういう事か、突き詰めればこうなっていくはずだ!」
っていう事にいくら気が付いたからと言って、いま棒っ子一本で敵陣に突っ込んだら死ぬわけです。
敵に辿り着く前に、弓に射られてハチの巣です。
ハチの巣にしてもらえるならまだいい、一矢目で首を射貫かれておしまいですよ。
剣を振って振って振り続けて、型を身に付けて、実践も経験して、
棒を握る手の方に血も汗も返り血も全部しみ込んで、ようやくその棒は戦うための武器になるんです。

それを……なんだね君たちは。
年端も行かない娘に棒一本持たせて達人だと持て囃して。
地力はあるのだろうと思うから、ナンボかは戦えましょうよ。
刀を打つ時間や惜しかったのか、なかったのか。
鎧を設える手間やお金がなかったのか、知りませんけれども。

まあ……ねえ。
ムラカワさんも27才ですか、
多分この歌の歌詞みたいなことに実感を持って気付き始める頃で、
それをまっすぐなことばで歌いたい歌わせたいって気持ちもワカランでもないけど。
……うーん……。
なんていうか、「保(も)ってない」。
その気持ちでは、歌と、歌い手自身とが、保(も)ってないですよ。
気持ちは分かるし疑うわけではない、けど、コンテンツとして支え切れていない、
支え切れるだけの武装が出来てない……そんな風に感じました。

本当に個人的な感想でしかないんですけど、
それを作品として聴かされて、大層イヤな気持ちになる、という……
自分の歴史の中でも珍しい体験をしたので……書き留めたまで。
ムラカワさん個人には何の問題も罪もない話。
曲調自体は決して嫌いじゃないし、ムラカワさんの声も全然だめじゃないし、
なんならムラカワさん自身のことは好きだし、
歌い方だって全然ヘタじゃない、むしろうまいと思うくらい。
気持ちに疑いがあるわけでもないにょ。
気持ちを支えて実感を生み出すだけの、しみこんだ時間が足りない、ということでした。
この曲がOPでなければ、本編ももう少しは見たかも知れない。



■『武装少女マキャヴェリズム』
「いいクソアニメがない!!」
……とTwitterで叫んでたら複数人に勧められたという、なんとなく気の毒な作品。

  あ、クソアニメとしてじゃなく、
  フツーに楽しんでいる人たちもTLに散見されましたですよ(当たり前だ)。

デ実際のところどうだったかと言えば、クソアニメではなかった。
そして、個人的には特に面白いとももなかった。

ハナから、ヘタウマであることや、ユルいこと・脱力ものであること、バカアニメとかを標榜して
狙って作られるものは、クソアニメになりえないのですよ、まずは。
『手さぐれ!』とか『てーきゅう』とかですね。
こういうのは、別にクソアニメじゃない。ただの「そういうコンセプトの作品」です。
それらが面白いか面白くないかは、別な部分に依るでしょう。
そして『マキャヴェリズム』はそこには分類されない。
とても真面目な方向に向けて、しっかりと作られておりますからね。

クソアニメというのは、
『スクールガールストライカーズ』とか『絶対防衛レヴィアタン』とか
『インフィニットストラトス』とかのような……
頭が良くて器用でもある、力のある人が、
色んなオトナの言う事をきいて四方にいい顔をしつつ、潤沢な資金をしっかり活用して作ったら、

  「……アレ? おかしいな。
   新しい工夫や野心を盛り込んだ、力の入った作品にしようとしていたつもりなのに
   左手の手クセだけで書いたみたいな要素しか残らなかったぞ?」

みたいな作品のことを言います。
……言うんだと思います、多分。
オイサンの中では、今のところそれが近いです。

なんかその、『マキャヴェリズム』というこの作品、
理屈をつけて自分の考えた面白さの正当性を解こうと一生懸命努力しているこの作品もまた、
クソアニメではなかったです。

大体このアニメ、あんまり絵に動きも説得力も見出し難く、
言葉で色々説明するので紙芝居見てる感覚に近かった気がする。
あんなに言葉で説明しなければならないのだったら、いっそ紙芝居にしてしまえば斬新だったかもしれない。
原作はマンガなのかラノベなのか把握してないけど、どうやってるんだろ。
もう少しバカっぽく、イキオイに任せても良いのではないか。

▼OP曲 Shocking Blue

カッコイイ曲。



■『サクラダリセット』
カントクが、『のんのんびより』川面監督だったので見てみたけど、やっぱりダメだった。
話がーとか、ドラマがーとかじゃなく、ご都合異能ミステリーだったので、
単純に肌に合わなかった、ということです。
ハルキ花澤は可愛かったので、もっと見ていたかった。
「赤いチェックのミニスカート」のくだりのハルキがとてもかわいかったので見てみたけど……
アカンかった。
インターミッション的なハルキさん日常回が個人的神回でした。



■『サクラクエスト』
2クール目に突入したのでびっくりしている。
1クール目前半はどうすんだコレと思って見ていたが、中盤以降、ちょっとマシに。
こういったらなんだけど、PAworksが新人研修向けに、
「PAWorksとはこういうものだ、やってみろ!」って作らせた、みたいな話に見えていたけど、
2クール目に入って、急に真面目に、村おこし・町おこし、地方の抱える問題みたいなところに
真面目にフォーカスし始めて、説教臭さはあるけど面白くはなってきた。
相変わらずのスロースターターぶりである。
悪いことではないのだけど、もっとこう……満遍なく散らすというか、
都合よく前から整理してお話を並べるのではなくて、不規則に配置することは出来ないものだろうか。
あと『グラスリップ』のBOXを早く出して下さい(関係ないだろ)。



……。



大体こんな感じだろうか。
7月クールも始まって一か月近く経とうとしてる中で前期アニメの感想書くのもナンだけども。
あと、『有頂天家族2』のOPについては
個人的な気分も含めて書き残したいことがあるので別記事で続けて書こうと思う。
オイサンでした。


 

| | コメント (0)

2017年7月12日 (水)

■ご注文はうさぎ丼、千夜ダクで。 -更新第1136回-

先日、毎朝朝ゴハンを食べている某超有名牛丼チェーンに、
オイサンうっかりしちゃって小銭入れを置き忘れちゃったんですよ。
エエ。
小銭入れ。
おうちのカギとか、パスモとか入ったやつですよ。
ねえ。

そしたらもう、受け取りに行かないと。
あ、あったんですよ。お店に。
置き忘れちゃっただけで、10分くらいして気が付いて、すぐ電話したから、出てきたんです。
お店にあった。見つかった。
それはまあ良かった。
だからオシゴトの帰りに受け取りに行かないとっていうんで、
お店には電話をして、その日はオシゴトの後に英語研修なんかあったモンですから、
ちょっと遅くなっちゃって。
受け取りに寄れるのは21時くらいですかねー、なんつって。
連絡してね。

それで、夜ですよ。
英語の研修も終わりまして、じゃあ受け取りに行くかー、なんつって、
エッチラオッチラ、歩いて……15分くらいですかね?
朝からひと駅ふた駅歩くシゴトバまでの道のりの途中にあるもんですから、
そこそこかかる。
マ自分は歩き慣れたモンですからそう遠いとも感じませんが、
普通に東京で通勤してる人は、遠いねーって思うでしょうね。15分っつったら。

サテまあその15分を歩いてお店に着きまして、
朝の時間帯には見たことのない、多分夜シフトのバイトのお兄ちゃんなのでしょう、
いらっしゃいませー、なんつって呑気に、
イヤ呑気にってこったあないな、オシゴトですからね、彼らはアレが。
そのお兄ちゃんに、カクカクシカジカ、朝忘れ物して電話した者ですけどっつって、
事情を説明しましたらまあ、教育とマニュアルがしっかりしたモンで、
スッと忘れ物が出てきた。
そうするとまあ、聞かれるワケですよ、


  「いくらくらい入ってました?」


って。
そりゃそうでしょうね?
ガワは無事に届いたものの、中身がスッポリ抜かれてた、なんてケースも、まあまあ、
世知辛い世の中あるでしょう。
あちらさんもその辺はキチンと把握をして、
何か問題があればお巡りさんにご報告なされたりするんですかね、
それは分かりませんけれども、
中身は確認なさった、ということでしょう。それはもう致し方ありません。

それでオイサンも、記憶の限り、細かいところはチョイチョイと置いといて、
えー、大体XXXX円くらいですかねーと申し上げましたところ、
お店の方も遺失物帳票みたいなのと照らし合わせをなさって、
チラッと見えたんですけど、オイサンの言った内容と、何ケタかあるうちの、
百の位までは合っていた。

ああじゃあ大丈夫ですねー、ここにサインいただけますかー? とおっしゃるので、
こちらだってまあそれなら安心するじゃないですか、
ハイハイーなんつってサラサラッと名前を書いて、
お手続きはそれで無事終了。
アッサリしたもんですよ。
それでお店を出ました。
中身も減っていなかったようだしメデタシメデタシってなもんで。

しかしまあ、一応、鍵やらパスモやらありますんでね、
一応ジブンの目でも中身を確認しておこうか、
他に大事なモンは入ってなかったはずだしー、
って駅への道を歩きながら、カードなんかも入る二つ折りの小銭入れをパカッと開



Atrdsc_0832




うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいええええええええええええええええええええええええええええええええええええお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



見られたああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ次行ったら絶対「ご注文はウサギですかあwww???」って聞かれるうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう絶対へんなあだ名つけられてるうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



……マいいか別に。



あだ名つけるなら、チノちゃんって呼んでね?

推しはリゼ、シャロ、マヤです。
コラボするときは……わかるな?

オイサンでした。


 

| | コメント (0)

より以前の記事一覧