2017年8月 8日 (火)

■『ガンバード』のこと。 -更新第1142回-

初代PSを購入した時、いっしょに買ったソフトが、兄は『MYST』、自分は『ガンバード』だった。今でも初代プレイステーションの本体で『ガンバード』を遊びたいなと思うことがままある。当時プレイステーションはオシャレな機体だったが、いま見てみると、鼠色をしたプラスチックの筐体で、いま現在クールとされるクールさは備えてはいないが、ワークステーションが「ワークする」のと同じ立ち位置で「プレイ」することに相対するためのマシンとしては、必要十分なクールさを具えていたと言えると思う。あの無愛想だけど可愛らしい手触りと風合いの、本体とコントローラー。まだアナログスティックが備わる前の、こちらもまた、いま見るとシンプルだが当時としては革新的だった「足つき」のコントローラを握り、「メモリーカード」というそれまでのゲームマシン上では見慣れなかったデバイスを使って遊ぶ、あの時代の感触に立ち戻りたくなる。メモリーカードを使ったデータ管理については、兄に「使い方は分かるか? 注意しろ」と釘を刺されるくらいだった……実際使ってみたら別にむずかしいことはなくて、逆に「あんなに念を押されるくらいだからこんなに簡単なはずはない、自分はなにか手順を見落としているのではないか?」と深読みしてしまったのも良い思い出だ。当時の自分の話をすると、大学での立ち振る舞いが上手くいっておらず、いま思うと軽いノイローゼ、鬱にかかりかかっていたくらいだった(と思う)。ずっとうつむいて、背中を丸めて歩いていたことを覚えている。なぜそれを覚えているかというと、「胸を張って歩けば、なにか変わるかもしれない」とあるとき何かの拍子に思って、それを境に俯かずに歩くことを意識し始めたからだ。そんなこともあって大学に居場所がなく、大学だけでなくて、当時一生懸命にやっていたこと(演劇だ)も捨ててしまって、心のよりどころも失っていた。「自分とはこういう者である」という手がかりを一切失っていたのだ。自分は高校生までオタクだったから(それ以降や今そうではないというのではない。大学のその一時、オタク文化へのタッチをしていなかったのだ)、とりあえず「そこ」まで戻ろうと躍起になって、なにか手を付けられるオタク分野の中にある作品を探して、見つけたのが『それゆけ! 宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ』だった。正直、無理にのめりこもう、好きになろうとしていたきらいはある。面白くなかったわけではもちろんなくて、十分に面白かったのだが、心底ホレ込み、のめり込んでいたか? と言われたら……そこまでではなかったことを素直に告白しておく。但し逆に、その様な思いで、このような時期に深くコミットしていた作品だから、皮肉にも自分の心に深く残る作品にはなってしまった。そして、『ガンバード』である。『ヤマモト・ヨーコ』は、シューティングゲームをこよなく愛する女子高生、山本洋子の物語である。大学生の自分が、自分という存在の手掛かりを探して縋り付いたのが、家庭用テレビゲームにかじりついて熱中し、幸せな時間を過ごした高校、中学、小学校時代の自分の姿だったのだ(うちに任天堂のハードしかなく、RPG嫌いの山本洋子がSFCというハードを憎んでさえいたのはこれまた皮肉だったが)。そして、小中学校時代の自分を一つのところに固定していたのはまぎれもなく、シューティングゲームが好き、ひとりの連射小僧だということであった。かくて、よりどころを失っていた自分は家にあったSFCで夜通し『ロマサガ2』を遊ぶ傍ら(こちらはこちらで、夜通し『ロマサガ2』をやって、明け方に寝ていたものだから、父は私のことを心配してくれていたらしい……不満をもらしていただけかもしれないが)、中古で安く買ってきた『サンダーフォースⅢ』をプレイしていたのだが、ある時兄が持ちかけてきた「金を出し合ってプレイステーションを買わないか」という提案に乗り、記念すべき購入1本目のソフトとして『ガンバード』を選んだのだった。自分のシューティングプレイスタイルは、上手でもクレバーでもなく、とりあえず(ノーコンティニューで)1周出来れば良いという、ボムも使いまくりのブサイクなものだった(それでも1周するのがやっとだった。持ちキャラは鉄だ)が、それでもそうしてプレイすることが、自分が自分の位置に戻るための十分な手掛かりにはなってくれた。正直に言うと、『ガンバード』もまた、『ヤマモト・ヨーコ』同様、心の底から面白い、素晴らしいと感じるゲームではない。ゲーム自体の自分にとってのインパクトは、のちに出会うことになる『アインハンダー』や『スカイガンナー』の方が上だ。けれども、それでも、この出会いがあったことで、『ガンバード』は自分にとってなにものにも代え難いオンリーワンの、超オモシロゲームなのである。
……しかしもう一つ気になるのは、あの時、「胸を張って前を向いて歩く」ことのきっかけを作ってくれたモノがなんだったか、思い出せないことだ。そこにもなんらかの作品の存在があったと、オイサンのおぼろげな記憶の断片が言っている。


▼ガンバード OP 大空の冒険者
  
  
  

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2017年8月 6日 (日)

■長き放浪のシンフォニー~オデッセイに向けて~『ドラクエXI』『マリオ3Dワールド』『サガスカーレットグレイス』の話~ -更新第1140回-

ニンテンドースイッチを買ったものの、まだテレビに繋いでいないし、立ち上げてもいない。
しかしソフトは2本ある。『ゼルダ』と『聖剣コレクション』。
やるなら大きな画面で据え置きプレイしたいのだが、
まだWiiUに心残りがあるから繋ぎかえられないのだった。
今更ながら、WiiUで『スーパーマリオ3Dワールド』をやっているからであった。

 ▼『スーパーマリオ3Dワールド』
 


吾が輩はマリオが好きだ。
マリオが好きだ、ということに気付いたのは、
『マリオ64』を経て『スーパーマリオサンシャイン』をクリアした時だった。
『マリオサンシャイン』の終盤で、
「あれっ、これもう少ししたら終わっちゃうな、終わりたくないなコレ」
と思ったときに、自分のマリオ好きをはっきりと自覚した。
ああ、自分は『ゼルダ』よりもマリオが好きなんだと。

『マリオ』には系統があるらしく、
先に書いた『マリオ64』『マリオサンシャイン』などの「箱庭探索型」の系譜と、
『スーパーマリオBros.U』『マリオ3Dランド』『マリオギャラクシー』などの、
とりあえずコースをクリアしていけば次には進める「コースクリア型」の系譜があって、
吾が輩はどうやら前者の方が好きなようだ。
言われてみれば確かに後者にはあまり手を出していないし、
『マリオギャラクシー』も、1作目はクリアしたが2作目は途中でやめてしまった。

スイッチを買ったのも、『ゼルダ』が面白そうだというのもあったけど、
主目的は、ラインナップされていた『マリオオデッセイ』が目当てだ。
『マリオサンシャイン』以来の箱庭系マリオという位置づけらしいので期待せざるを得ない。

話を現在進行形の『3Dワールド』に戻すが、
一週間に1WORLDくらいの深度で進めている。
サボりさえしなければボリューム的・時間的にそれは全然可能で、随分コンパクトに作ってある印象だ。
数えてないけど、1WORLDにコースは10ないくらいで、
1コースにスターが3つ隠されており、それをいくつかずつは集めて行かないと先に進めなくなる
(コースクリア自体は、スターを取らなくても走り切れればクリアになる)。
土日にちょっとがんばったら、
1コースで星を2つずつ拾っていくくらいのプレイをしても、
その1、2日で1WORLDクリア余裕。
平日に、オシゴトから帰って1時間弱で2、3ステージ遊ぶ、という余裕もあるくらい。
現在WORLD6のラストステージ(城)なので、これまでのマリオの文脈に則るなら
あと2WORLDで終わりであろう。
プレイすると頭が休まる。
オシゴトから帰って、眠いのにちょっと長めにやってしまうくらいである。
子どもか。

WiiUゲームパッド(液晶ついたデカいやつ)ではなく、
Wiiリモコン+ヌンチャクのスタイルでプレイしているが、ちょっと奥行きが把握しづらい。
知らないうちに奥に入っていて転落死する、ということがよくある。
カメラを自分で動かせたらいいのだが、それは出来ない仕様になっている。くそう。
この奥行きの視認しにくさと、それをカバーしえない操作性の安定しなさは、
正直任天堂らしからぬマズさである。すごくデキがいいとはお世辞にも言えぬ。
まヨソが作るものに比べれば、同種のゲームとしてはよっぽど良いのだろうが。

しかしなんというか、各ステージに仕込まれたギミックの豊富さは、
相変わらず舌を巻かざるを得ない発想の豊かさで、
一体この採用されたギミックの陰でどれだけのアイディアが没になっていったのか、
思いを馳せるとめまいがする。
マ中にはちょっと、奇をてらい過ぎというか、派手にまとめ過ぎた物もあったりして
首を傾げることもあるが、
目の覚めるようなものに出会うとすべて帳消しにされる心持がする。

好きなコースは、上の動画の「ワイルドサバンナ」と「キラー列車」。

  


WiiUゲームパッドは、重たいのと充電切れになるのが嫌でWiiリモコンを使ってたけど、
WiiUゲームパッドの方がやりやすいかも知れんな……。
ヌンチャクの3Dスティックがあんまり良くない。
やはり3Dスティックは、元祖ニンテンドウ64のものが一番だ。
押し返してくるフォースフィードバックの強さがちょうどいい。

宮本茂さんは開発の現場からは一歩身を引いている感じで、
実際的な制作・ディレクションなんかは完全に後進に任せているご様子だけれども、
完全に引退されてしまう前に、どうにか1本、
オール宮本茂テイスト、ザ・宮本茂オリエンテッドの『スーパーマリオ』を作ってもらいたい。
『ドラゴンクエスト』、『スターソルジャー』、『ときめきメモリアル』と
自分の人生に記念碑的作品は多々あれど、
なんのかんの言っても、二次元の世界に吾が輩を最も深く呼び込んだのは、
あなたに違いないのだから。


■『ドラゴンクエストXI』

サテ、いま世間でゲームと言ったら……そうだね、『グラブル』だね。
何の略か知らないけど。
……ソシャゲなんでしょ? 知らんけど。
……ケッ!あんなモンゲームじゃねえ! ← あっ

イヤそういうことではなく。
いま世間でゲームと言ったら……そうだね、『スプラトゥーン2』だね。やってないけど。
だからそうではないのです。

『ドラクエXI』の話がしたいのです。
「そういやそろそろ出るな」ぐらいに思っていて、
気付いたらなんの準備もないまま発売日当日になっており、
フラッとヨドバシ行ったら普通に売られていたので買ってきた。
3DS版。
本当は据え置き機で、広い世界とガッツリ向かい合って堪能したいところだけど、
据え置き版はSwitch版まで待とうかという所存です。

 ▼ドラゴンクエストXI OP映像
 


発売日当日に行っても品切れとか大行列とかは全然なく、
まあレジ前が少し並んではいましたけれども、4、5分のことでした。
あと、PS4版を、本体と一緒に買っていく人が結構いて、ああすごいなと思った。
自分もアレになってもよかったのだが。PS4も買わないとなあ。『Rez』がやりたいんよ。

デ、3DS版の『ドラゴンクエストXI』ですよ。
結構ちゃんとやってます。
まだ7時間程度ですが、仲間が出来て、旅への動機が出来て(ツラい動機だけど)、
ようやく話が面白くなってきたな、っていうくらい。

今回の『ドラクエ』、マご存知の方も多い通り、
PS4版と3DS版で、物語は同じでも見た目が全然異なるゲームを作ったという
モノすごい力技仕様。
さらに3DS版では、
SFCほどのクオリティの2Dモードと、DSのゲームくらいのクオリティの3Dモードとが収録されるという
コレまたとんでもないパワー仕様。よく作ったなこんなモン。

発表当時は「上画面で3Dが、下画面で2Dが! なんと同時進行!」
という謳われておって、輪をかけてバケモノじみた仕様であったのが、
確かに序盤はその通りになっていたけれども、
ちょっと先へ進んだらどちらかを選ぶことになったのでちょっと残念。
なんだよオマケ程度じゃねえかよ(そんでも充分すごいが……)。

  ※ただし、教会に行けばモードを切り替えることが出来ます。

自分の携帯機での『ドラクエ』歴は、
クリアしたもので言えば『Ⅳ』以来だが、
諦めてしまった『Ⅸ』や(やり直す気はない)、
途中で止まっている『Ⅵ』(つまり終わらせる気である)、
買っただけで手を付けていない『Ⅶ』(やるかどうかわからないが、『Ⅶ』は何らかの形でもう一回やりたいとは思っている)
などを考えると、そこそこやっている。

 ▼ドラゴンクエストXI 色んな予告編動画
 

『Ⅸ』の操作性があまりに悪かったので、
その質の低さから個人的に「あれはドラクエではなかった」としている(身勝手)が、
つまり3Dで操作する携帯の『ドラクエ』には、まだ良い印象がない。

今回も、3Dの操作性にはモ一つな感じがしており、
3Dモードである程度進めたら、また戻って同じ道のりを2Dで歩く、というやり方をしておる。
時間はかかるが、どうせ吾が輩はちょっと過剰なくらい探索をし、
レベルが上がり過ぎるくらいののプレイスタイルなのでこれでも丁度良い。
どちらかといえば2Dモードの方がお気に入りだが、
さすがに2Dモードをメインに遊んでる人はそんなに多くないのだろうな……と思っていたところ、
ネット上で聞く限りでは2Dモードシンパもそこそこの数いる様で驚いている。
ウム、いいぞ世間。お前ら思ったより話がわかるやないか(えらそう)。

とはいえ、2Dモードは2Dモードで……ナンボ何でも先祖返りしすぎやろ、と思う部分がある。
戦闘シーン、敵がアニメーションしないじゃないの!
SFCの『ドラクエⅥ』ではアニメーションしてただろ!!
PS版やDS版の『Ⅳ』でもしてただろ!! そこはしろよ!
……と思った次第。PS版の『Ⅳ』レベルではアニメしてほしかった……。

  ……しかし俺は、『ドラクエⅣ』だけは、ファミコンでも、PSでも、DSでもやってるんだな。
  イヤ確かに好きだけど。

個人的には、『ドラクエ』にマッチするグラフィックレベルというのは、
PS2版の『Ⅴ』が最高だと思っている。
これは多分、アルテピアッツァさんの仕事が素晴らしいんだと思うけど。
フィールド画面にはもう少し工夫があっても良いかと思うが、
町やダンジョンにおけるスケール感の表現においては、
あれが最も世界の広さを実感できるベストなバランスだったと思う。

  ▼PS2版『ドラゴンクエストⅤ』
  
  この、エルヘブンの町の造形、異界感が最高なのですよ。是非体験してほしい。
  アルテピアッツァさんは最高です。


あと、『ドラクエXI』は、2Dモードだと、文字フォントが妙に細くて……
読みにくいとまではいかないまでも、なんか「落ち着かない」。
字が小さく見えるのだった。老人にはきついかもね。
……とまあ、世紀の名作相手になんとも文句の多いオッサンで恐縮であるが、
久方ぶりの冒険に、胸を躍らせているのでゴザルよ。


 ▼胸躍る、冒険の世界へ


そう、『ドラクエ』は胸が躍るのである。おっぱいぶるんぶるん(違う)。
『ドラクエ』シリーズ作品の発売日が近付くと、
電気屋へ行くとあのオープニングテーマが必ずどこかから聞こえてきて、
ああ、祭りが近いのだなと感じる。今回もそうだった。

オープニングをトバす気にはならないので、ゲーム開始前に必ずあの映像を見ることになる。
子どもの時分は、音楽の方にはそこまで感銘を受けることはなかったのだが
……というか、音楽への感銘は、長い時間を経て染みついた感慨によるところが大きいのだろう、
  当時からあのテーマを聴いて胸を高鳴らせてはいた……
今よりもずっと、まだ見ぬ冒険の世界への期待を大きく膨らませていた。
それは多分、他の新しいゲームに出会った時も(『ドラクエ』に向けるほどではないにせよ)、
同じ心持ちであったろう。

オープニングの映像を見ていて気が付いたのは、

「冒険の世界への胸の高鳴りが昔ほどではなくなったのは、
 自分の人生には、この先こんな冒険のときは訪れないと知っている、
 或いは知っていると思っている、からなのだろうな」

ということだった。
自分はもういいオッサンなので、自分の足が、残された時間でどこまで歩けるかを知っている……
と、思っているというのだ。
だからこの映像を見ても、こんな風景に出会う時間がこの先の人生に待っていない、
この映像世界は、もはや自分のモノではないと思っているから、
トキメキや高鳴りに変わらないのだろう、ということだ。

しかしそれはまた翻って……トシを取ると利口さも増すもので、
今度は「イヤ本当にそうか?」と思い始めてきた。

この世界には、自分の知らんコト・見ていないモノなど、まだまだ山とあるではないか。
ぜんたい、何をもって「自分は自分の世界を知っている」などと思ったのか。
そりゃ世界の有名な風景や現象は、あるコトは知っているし、名前も知っているし、
大体の見た目も知っているし、細かいことも調べれば何となくは出てくる。
しかしそんなモンが知ったうちに入らないことは、これまでの時間でしっかりと学んできたではないか。
その場に赴く行程を経て、自分の足で立たなければドラマは生まれない、
その場所も風景も、自分の物になりはしない。

幼い頃・若い頃には、そこまで遠くに踏み出さなくとも、日々がまだまだ新しく、
少し踏み出すだけで新しい空間があり、出会いも転がっていた。半歩先は未知の世界だった。
今はさすがにそうはいかない。
日常の間合いは広がり切って、踏み越えるための一歩が遠い。
広げに広げたつもりのその先だから、やはりそこはもう自分の領域ではない、
と思ってしまうのも無理はない。
しかしその一歩の先には、やはりまだ知らない幻の大地が広がっていることに変わりはなく、
時間、空間、お金に体力……
見えるようになったのは現実的な限界であって、世界の姿ではなかったのではないか。


Dq11


『ドラゴンクエストXI』のOP映像のワンカット……
海の底らしき神殿で、人魚の女王のような者から、何か輝くものを受け取る主人公のその映像は、
『ドラゴンクエスト』のみならず、ファンタジーRPGの世界ではもはやありきたりなワンカットに過ぎない、
見慣れたものだ。
けれども思ったのです。

  「あーコレさんざん見慣れた画だけど、
   オレまだ実際には、海の底の神殿で女王様から魔法の珠を受け取ったコトないわ」


と。
そんなことが現実には起こらないのは知っている、知っているけれども。
それと似たようなこと、似た気持ちになるデキゴトと舞台、
この現実の世界でそれと引き換えになるようなロマンが、
まだ自分が手を付けていない現実のワールドマップにスタンバイされてない、
なんてことがあるだろうか。

たかが山梨県の山奥にさえ、
       いっぱしの仙女が住まっていたというのにだ。


まあ、またバカなこと言ってるわと思われるだろうし、
自分だってワリと思うけれども。
だってなー。
ピラミッドでさえ見たことないんだもんなー。
子どものころからあれだけネタにし口にしてる、
アフリカ、アマゾン、サハラ砂漠、北極、南極、なんならハワイですら見たことないんだぞ?
それでどうして「自分の世界はここまでだ」なんて思うのか……
笑っちゃうよなー。

あ? 「そんなことよりさっさと童貞を卒業しろ」?
あんだとコノヤロウ馬鹿にしてんのかすみませんでした。



■『サガ・スカーレットグレイス』

さらに厄介なことに。
買ったきり、あまりキチンと手を付けていなかった『サガ・SCARLET GRACE』にも気持ちが乗ってきてしまった。
このゲーム、なぜか予感がして、本編と同時にサントラを購入していたんだけども、
そのサントラが異様に良い。ていうかつまり、音楽がイイ。

伊藤賢太郎氏の音楽は世間での評判は良いモノの、個人的にピンとくることはあんまりなくて
これまで首をかしげていたのだけれども、
今回の、特にタイトル曲『スカーレットグレイス序曲』はもう、たまらなく好きな楽曲である。
ロングバージョンが欲しい。

  ▼スカーレットグレイス序曲
  


まだゲームは序盤も序盤、
買ってすぐに始めはしたものの、正直どう楽しんだらいいか分からなくて
さぐりさぐりで触ってはおったのだけれども、
序盤のバトルを繰り返しやっているうちになんとなく楽しさがつかめてきて、
そこへこの『スカーレットグレイス序曲』である。
お話の全貌なんかまだ何にも見えていないのに、
これから謳われる物語が心に非常に深くしっとりと貼りつき馴染んでくることを、
無理なく予感させるようなそんな旋律なのである。

それは美しく壮大なばかりでなく、ひどく卑近な人の営みを感じさせる、
そんなメロディーだ。素晴らしい。
しっかり最後まで遊んでいきたい。



■Closing



マそんな感じで、エース級のタイトルを同時進行させているわけですけれども。
あな楽しや。

ひと昔……否、90年代後半~2000年代前半頃だから、もうふた昔前か、
そんな頃は、『マリオ』と『ドラクエ』と『ゼルダ』と『FF』の新作が
同年とか一年違いでリリースされるなんて、その年はもうドリームイヤーで、
ああもうどうやって時間とお金をやりくりしよう!! っていう贅沢な身悶えをしたものだけど、
今じゃそれも当たり前みたいになってしまったね。

『ドラクエ』も発売予定日通りにリリースされちゃうし、面白くねえな(何言ってんだ)。
アレでしょうね、制作管理も昔に比べてしっかりしているのでしょうね。
大会社の財政を左右する大事な商品ですものね……オオゲサな時代になっちゃったなあ。

オイサンでした。





 

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2017年5月 2日 (火)

■最後の仮面の向こう側~舞台『ペルソナ3 the Weird Masquerade 第4章 藍の誓約』感想 -更新第1123回-

アスミンが主演を務める舞台版『ペルソナ3 the Weird Masquerade』の最終公演を見てきた。

「最終」と言いつつも、今回は第4話「藍の誓約」と第5話「碧空の彼方へ」が同時公開で、
両話とも男主人公版・女主人公版があり、1週間のうちに各版4公演ずつあるという超変則公演だった。
まとめると、

 ・第4話 男版:4回 女版:4回
 ・第5話 男版:4回 女版:4回

の16公演ということになる。すげえな。
主役のアスミンや蒼井翔太くん、他のダブルキャスト陣は8回だけだけど、
共通キャストの人は……混乱しないのかね。

最終話についてはチケットが取られず、当日券が出れば……くらいのスタンスでの観劇となったのだけど、
この舞台は毎回期待以上に楽しませてくていたので、
2014年に初回が演じられて以降3年半、毎回見続けてきた者としては
最後だけが見られないのは惜しいと言えば惜しい気持ちではある……が、
マしゃーない。

という都合で、感想を書けるのは第4話のみということになった。


■舞台『ペルソナ3 the Weird Masquerade 第4章 藍の誓約』感想

 ▼全体的なお話の構成と、ちょっと無理を感じた脚本

全体的にザックリいってしまえば、
これまで通りのパワー溢れるお芝居で存分に楽しめた。
CG演出への依存度が若干高まっていたようには思う。
CGを使う頻度という意味ではなく、CGで舞台に投影されるものの具体性が上がっていた。

今回のお話で、みどころを大きく背負っていたのは、

 1)順平とチドリ、恋の悲しい行方
 2)風花、自分の居場所と他者を信じるということ
 3)アイギスとリョウジとヒロイン、デスの覚醒

の3本です! サザエさんか。

3)のデス覚醒は、
今回のメインというか次の最終章(つって同時に上演してるんだけど)へ導くためのエピソードであったので、
メインは1)と2)、ということになるのだが。
2)の風花のエピソードに関しても……正直、「ソレ今やること?」という気持ちがないではない。

課外活動部のデータセキュリティを甘くしてしまってストレガにデータを盗まれ、
自分のことを役立たずと責めて居場所の心配を始めてしまう風花と、
彼女と深い付き合いを始めた女子友だちとの別れのエピソードであったのだけど、
そもそも、風花自身も既にそれしきの失敗であのメンバー内での居場所を失ってしまうかも!
……と心配するほど、自分の基盤を弱いものだと思っている節もなかった
(様に見えていた)ので、「私、また居場所をなくしちゃう!」と言い出した時は、
何のことを言っているのか分からず、唐突に感じた。

あそこに説得力を持たせるには、もう少し、
彼らの中になじみ切れていない風花の姿であるとか、
張り詰めてミッションに当たる彼女の姿を印象付けておく必要があった……と思う。
全体を通して見ても、今ここでこのエピソードってどうしても要ったかしら?

確かに、オハナシ的には1)の内容との絡みも若干あって、
「ストレガの再始動するきっかけ(ハッキングによる情報獲得)を見せて、
 チドリが離れていき、順平のエピソードが盛り上がる」
っていう流れが欲しかったのかも知れぬ。
「ペルソナの覚醒」も、必要な事情としてあったかも知れぬが、
ゲームではないので敢えてそこまでこだわる必要もなかったようにも思う。
ラストエピソード手前で、こうまで時間を割いてやる必要があったのか。
脚本家は全開までの段階で大きな決断をしても良かったのではないかと、
他人事ながら思ったりもした。
物語もコトここに至っては、この問題のスケールは随分小さいと思うし、
終盤のここに配置するには、ちょっとアンバランスだった。

  マ、田上さん演ずるところの風花チャーンをたくさん見られたんで、
  個人的にはいいんだけど。

ストレガの2人はもう、前回までの内容で死なせておいて
(=退場してもらって。実際自分はもうアレで終わりだと思ってた……)、
シナリオ全体をシェイプアップさせても良かったんじゃないのかなーと思う。
最終章で彼ら2人がどれだけ必要とされていたか、
見られなかったオイサンにはわからぬけど。
チドリを手にかけるのがストレガでなければならないということもないと思うし、
どうにか前回までに収めてしまって、
今回はラストエピソードに集中してしまった方が良かったんじゃないだろうかな、
と、見ていて思った次第。

というのも、順平・チドリのくだりと、デス覚醒のくだりをいっぺんにやらすのはキツそうに見えたし、
実際見ていてキツかった。
「キツい」というのは……
「感情の上限を、短時間にあのレベルで2回振り切ることは、自然には出来ない」
と思うんですよね。
順平がそれに対応しきれないし、
そうなると(今回)順平に心を預けている観客も対応出来ず、
ある意味、ニュクスの件に関しては観客は置き去りを食らわされたと思う。
チドリの件で感情を振り切り切った順平に、あの短い時間もうちにもう一度
ニュクスの絶望で振り切れと要求するのは、さすがに無理がある。
ワンクッション、違うエピソードを挟む必要があった。
そのせいで、せっかく大人になりかけた順平がまた早速アスミンにぶち切れるのは、
「お前どないやねん……」と、ちょっと呆れてしまった。
脚本、ちょっと無茶したな。
なんとなく、
「本来はやる筈じゃなかったところまで、
 ここまできたんだから欲張ってやってしまおう!」
っていうことで後から付け足した、
みたいに見えてしまった。

  演劇として、要らないところは切ったらいいのに。
  ゲームや原作のまま全部やる必要はないと思うんだけど。


 ▼あり得難い感情と、歌えない歌、その向かう先について

今回、風花のエピソードを主として、
「友だちだから信じる! 仲間だから助け合う!」「当たり前じゃない、友だちなんだから!」
押しがなかなか激しく、そういう感覚を持ち合わせない自分はキツかった……。
ああいう歌を歌える役者さんは、やはりああいう感覚を身体的に持ち合わせているんだろうか?
オイサンは社会通念以上の意味合いでは「友だちだから・仲間だから」的な感覚は持ち合わせないし、
社会通念である以上、ああいう形で言葉や振る舞いに表すのもなんだかチガウ、と感じるので、
あれを堂々とやられるとウワッとなる。

自分には歌えない歌だなあとつくづく思うが、
役者さんたちは、確かな手ごたえのもとにあの歌を歌っているのだろうか……。

  面倒な話になるけど、
  オイサンは「他者を信じる」ことが出来なくて「他者を諦める」ことで対処しているのだが、
  つまり、
  「自分じゃなく、他人のすること・考えることなんだから、自分の感覚に引き寄せることは出来ないので、
   諦めて任せて好きにやってもらって、自分にとっても良い結果が出たらメッケモンである」
  くらいにしか思っていないのだが、
  それは彼らの言う「他者を信じる」こととはやはり違うだろう。

またそれとは別に、今回劇中を支配した大きな心・感情として、
「自分の命を捧げて順平の命を救った(蘇生させた)チドリと、救われた順平」と、
「デス(ニュクス)の降臨による、絶対普遍的な死の訪れとそのことへの絶望」とがあった。
劇中の彼らは存外あっさりと、それらの超自然現実的な出来事や未来を「事実」として受け止め、
感情に転化していき、
観客の大半も(恐らくは)その劇中の事実を受け入れて、人物たちと共に涙し、
恐れ、絶望していたと思うのだけども……
そのような「現実上起こり得ない感情」を「模倣すること」と、共有し、処理していくことの表現というのは……
この先、どこへ向かっていくのだろうか?

  まあ単純に言えば、「自己犠牲が出来るくらいの愛への畏れ」と、
  「誰にも等しく必ず訪れる、死への恐怖」を象徴したものでしかないので
  そんなに特別な感情でもないはずなのですが、
  オハナシの都合上、キャラクターたちはそれ以上の出力で感情を爆発させることを求められ、
  そこに説得力を見いだされなければならなくなってる。

まあ、伝統芸能であるところの能や歌舞伎にしても、
モノノケ・アヤカシの類に対して人が抱く感情を取り扱ったものが大量にあるので
今に始まったことではないのだが、
ここで形作られた、過剰に水増しされた感のある極端な感情のつかいみちってなんなんだろう? と、
フッと考えてしまった。
娯楽である以上、何かの役に立たなくてはならないということは別にないのだけれども、
表現者、芸術家である役者の方々の目指すところに対して、
その技量、あり得ないかも知れない人間の感情を再現する能力、技術というのは、
やはり価値のある物なんだろうか。

とまあそんなことで、
作品としてのパワーは相変わらずあったのだけれども、
緻密さ、繊細さという意味では、前回の第3話には若干譲る感じになってしまったな、
と感じた。
前回が良すぎたな。

  関係ないけど、ニュクスに対する絶望っぷりについては、
  オイサンはゲームプレイ時、ニュクスとのバトルまでにレベルがMAXの99まで上がってしまっており
  (どんなプレイをしたらそんなになるんだ)、
  ハルマゲドン連発が出来て(確か出来てたと思う……もう10年も前のことだから忘れてしまったが)
  ほぼ無傷で瞬殺上等だったので全然怖い思いをしなかった、
  作業の様に屠った覚えがありまったく恐怖を感じなかったため、
  主人公たちの絶望を共有できんかった。

 ▼役者さんたち

相変わらず順平役の大河元気くんがお気に入りなのだが、
今回はアクション薄目だったのでアクションのキレが見られず残念。
そして前回も書いたけど、やはり風花as田上マリナチャーンがいいですね。かわいいですね。
まあ前回も書いた通り、田上さんが、というよりは田上さん演じるところの風花がいい、と、
自分は感じているのだと思います。多分。

  ▼前回の感想
  BE YOUR TRUE MIND. ~舞台『ペルソナ3 第三部・蒼鉛の結晶』に酔いしれる -更新第989回-
  

最後のあいさつで、アスミスが風花チャーンを引っ張り出してくれたのが良かったですね。
あとラストの歌でキャスト陣が客席まで出てきたとき、
真田先輩とアイギスZAQちゃんがワリと近くまで来てくれて見応えあったです。

  ついでに、本当に風花as田上さんがいいのか、田上さん単体がいいのか、
  検証するために田上さんのお舞台を一発予約しました。


  ▼声の優れた俳優によるドラマリーディング日本文学名作選vol.4「三四郎/門」「それから」
  http://anime.eiga.com/event/117312/



そんな感情爆発が起こる中で、地味に存在感を示していたのは真田先輩だった。
今回脚本上は、事実上見せ場ナシだったにもかかわらず、だ。
真田先輩、すごい良かったなー。

感情を爆発させるシーンがなかったというだけかも知れないけども、
淡々と、ことが起こっても抑えた芝居をしているのが伝わってきたし、
文字通り、あのメンバーの精神的な支柱になっているのが見ていて分かった。
脚本的な出番は同じ位置にあったはずの美鶴先輩にはそのような感じはなかった
(若干、真田先輩の方が優遇されていたが)ので、
演技プランの問題なのか、
或いは単純に舞台上での見栄えの問題なのか、分からないけれども。
アクションも、大きな見せ場もなかったことを考えると、やはり地の部分の芝居が良かったんだと思う。
大変存在感がありました。
これで真田先輩まで、「出番はないけど俺が俺が」の芝居をし始めたらしんどかったろう。
お見事でした。
しかし、今回、真田さんは以前にも輪をかけて細くなってたように思うが気のせいだろうか?
相方の天田君がめっちゃデカく+若干太く(? 多分)なってたような気がしたので、
そのせいもあるかも知れない。子役はキツイだろうね。
そりゃ、第1回から3年も経ってればね。成長くらいするさ。


■その他、お芝居以外の部分で

開場を待つ間、ロビーで物販を眺めつつ、なんでこんなにブツがクソ高いんだ! と思っていた。
缶バッヂが2個500円(ガチャでランダム)。
パンフレットが2000円。中身は実質、イケメンの写真集。
小さ目の布タペストリーが9000円……と、

布地が少なくて値段がハネ上がるのは
         
女子の水着だけの特権のはずだろう!!


と憤慨していたのだが(そこでか)、
舞台を見て、確かにこの芝居はカネかかるな、とも思う。

歌や曲は作らないといけないし、CGも、多分新しく作っているのだろうし……。
そもそも、小屋のシアターGロッソのキャパがそんなにないから
座席代だけでは回収し切れないのかも知れない。

しかも、
録画用のカメラが設置してあるかなり良いセンター周りの席が20ほどツブされていて……
「あそこ座らせればいいのに……」とずっと思っていたのだが、
客を入れるよりも、しっかり録画をしてDVDにして売った方が良い稼ぎにはなるのだろう。
……しかし、それって……お芝居として、演劇としてどうなのよ、という憤りはある。
お芝居本来の醍醐味である生の観劇をしたい客層を犠牲にして、DVDに回すのか。
……などという、旧態依然としたことを言う人間がいるから、
いつまでたっても演劇人が演劇で食えない、という現実もあったりするのかも知れぬな、
ということは、こうして書いていて感じたりもするが。
でも、オイサンは……演劇は生で見たいし、見て欲しいなあ。
役者さんが目の前で声を張ってるのって、やっぱりいいものだよ。

音声にマイクを使うのも4回見て来てようやく慣れてきたけど、
やっぱり声も、生声でやって欲しい、耳に届いて欲しいという気持ちは今尚ある。

しかしイマドキは、お芝居もCGやらプロジェクションマッピングやら
駆使しなきゃいけなくて大変だなあ……。
大学の演劇部とか、小劇場系はどうなってるんだろう?
小劇場でもああいう装置は普通に使うようになっているんだろうか。

しかし、演劇。
オイサンがかかわっていた頃は、
人間の生身の表現力を鍛えるための場であった舞台演劇の世界が、
そういう「装置」への依存度を高めていくことへは、やはり若干の不安と違和感を覚えざるを得ない。
それはたとえるなら、文芸の世界で、挿絵や図が大量に使われるような、
ハイパーテキスト化して音楽まで流れてしまうような……そういう不安と違和感に似ているわけだが。
演劇批評界隈ではその辺の危惧は今現在どういう扱われ方をしてるのだろうか。
きっともう決して新しくない「いまさら何言い始めてんの」くらいの題材なのだろうけど。
そういう意味で、2.5次元というのは難しいな、と思う。
人間以上、非人間未満の、肉体と感情のあり方を、リアリティを持って演じなければならないというのは。
思いのほか、線引きの難しい世界であるように思う。

 ▼腐女子たちのラプソディ

あと面白かったのが、
このお芝居のメインの客層であるところのお若い女性陣の、
しかも俳優好きで見に来られている方々の文化だった。

このお芝居の客層、ざっと見渡したカンジ、7、8割が若い女性の様にお見受けします。
まあ彼女らもオイサンらの様な二次元オタクと同様、
2.5次元の物品を買いあさっておられるワケですが、
山の様な缶バッヂをですね、あの、プラスチックのドキュメントケース、
あれにぎっしり敷き詰めて持ち歩いておられるんですな。
皆さんそうして持ち歩いておられるところを見ると、ああいうトレンドなんでしょうね。
誰かが思いついて始めたのが、きっと広まったんでしょう。
面白い。

あと、かばんに大量にその缶バッヂを付けて歩いてる御夫人もおられたのですが、
そのためのカバンなのでしょう、
缶バッヂを保護するナイロンカバーの層が標準装備されていて、
すげえモンがあるな! 見たことないカルチャーだ!
と、ちょっと見てて面白かった。

そんでまあそれをロビーのあちこちでトレーディングされていて、
なんかこの、たくさんの人が集まってプラスチックケースを開けたり閉めたりしてる光景、
どっかで見たことあるなあと思ったら、
ミニ四駆のパーツをとっかえひっかえする男子小学生でした。
なるほど。
あとは、釣り人とかね。


■Closing


とまあそんなことで。
足掛け4年、ずっと見続けてきた舞台『ペルソナ3』もこれでおしまいでございます。
いやー、……長いシリーズだったな。思えばすごいことだ。
初めて見たときはこんなに長く続くものになるとは思わなかった。
やり続けたスタッフ・役者陣もすごいが、見続けたファンもすごいな。
オイサンは……友人ぺ氏がチェックし続けてお誘い下さったから続けられたけど、
ひとりだったら最後まできていたかどうか……
2回目くらいまでで終わっていたんじゃないかと思う。
決してお安いものでもないですし、場所が都心という最も苦手とするアウェイですし。

初回を見たときは、
まだ2.5次元的なものを見慣れていなかったせいもあり
マイクによる発生・CG、プロジェクションマッピングによる演出に違和感があり、
また実際お芝居自体にもそういうものを使った演出のこなれていなかった部分が残っていて
完成度が高いとは言い難いものでもあって、「ちょっとどうかな」と思っていた。
しかし2回目ではキッチリとその辺の違和感を覆す熟練が見え始め、
3回目では見終わったときに「気持ち良かった」と思わせるほど円熟の度を増したものを見せてくれた。
ガッツリ楽しませてくれて、「次が楽しみ」と言わせるくらいで、
脚本も演出も、良い形に収まる進化を遂げていた。
役者さんもすごかったけど、スタッフ陣の頭の使い方たるやものすごいものだったろうなあと
ご苦労がしのばれる。
4年かけて大変良いものを見せてもらったと思う。


スタッフ陣のことをあまりよく調べられていないけど、
ちょっと調べてみて、次に何かやられることがあればそちらも追いかけてみたいと思います。

マそんなことで。
これだけ長いと、やってた方は終わった後の喪失感が酷いと思うけど
(期間あくからそうでもないかもだけど)、
見てた方も「あー、もうないのか」「次どうしようか」という思いがちょっとある。

まあまたぺ氏が何か見つけてくれるだろう。
期待してます(人任せ&ごういん


オイサンでした。



 

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2017年2月 4日 (土)

■アバズレ吊り広告たちの進捗 -更新第1106回-

役割だ、立場だ、
そんなものにいいようにされ得意げに口にした手合いのすることに、畢竟なんの価値も伴わない。
正義を見つめろ。

オイサンです。
デンワがAndroidさんになって以来、えらくコンビニエンスな毎日を過ごしております。

うーん、手軽に色々手が届くなあ。ホントにPCいじらなくなりそうだ。
ネックだった文字入力も、アルテキーボードの片手入力が随分こなれてきてしまって、
ブラックベリーでの両手入力よりも速い、とは言わないまでも、
自分でストレスではない程度の速度で打てるようになってきてしまった。
大したもんだ。

 ▼アルテ日本語入力
 
 マとはいえ、さすがにこれで長文入力は出来んがね……。


せっかくなので、これを機会にスマホげなゲームにも手を染めてみようと思い
ナンボか試してみているんだけど、それはやはり受けつけられずに
どっぷりやるまでは至っていない。

どのゲームにしても……シナリオの導入が雑of雑、雑の中の雑で、

「んな細かい設定とかどうでもいいだろ!
 エロい2次元お姉ちゃんイラストくれてやるから
 さっさとガチャ回してカネ落とせやオラァ!!」


みたいな態度が腹立たしい。
物語を楽しむ人間の心をなんだと思っているんだ。
このままでは、日本のカジュアルな物語はダメになるぞ。

  ……冗談で大げさに書いてみたけど、ワリと当たらずとも遠からず、
  深刻な事態の気がするな……。
  あの、ソシャゲのストーリーの導入、ホントひどいと思いますよ。
  制作サイドの皆さん、もっとまじめに考えて取り組んで作ってください。

あとイヤなのが、メイン画面というか、メニュー画面?


  「ナントカイベント、○月×日まで!」
  「ログインボーナスでXXゲット!!」



とか……お前は一体、ゲームのこっち側の話をしてるのか向こう側の話をしてるのか、
こっち側(現実)の話をしてるなら、ちょっとゲームとはヨソの枠でやってくれんか、
俺はこれから現実とはかかわりのない、架空の世界で楽しみたいんじゃよ!!
……っていう気持ちになるし、
週刊誌の電車の吊り広告か、旅行専門誌のレイアウトみたいなこれは、
欲望丸出しで品がない……。


このあばずれどもめ!!


なんていうか、こう……誰かが最初にこのフォーマットを拵えて
業界皆が標準にしてしまったんだろうけど、
最初にこのフォーマットを考え、良しとした人は、エンターテイナーではないね。
商売人だね。
架空・虚構の世界で楽しんでもらおうという、本来の目的と気概を見失っておる。
というワケで、やはりやってない。
ぷんすこぽん。

代わりに……と言ってはなんだけど、「アこれは上手だな」と思ったのが、
ニュースアプリの『ハッカドール』。
これは切り口が面白かった。
あくまでもメインはオタク系キュレーションニュースアプリなんだけど、
2次元美少女アバターがついてきていて、
アプリを使う、ニュースを読むとアプリ内ポイントがたまって
アバターと遊んだり、ストーリーを読んだりできるという、
虚構娯楽部分は実用のオマケ、というスタンスで構成されている。

なので、虚構部分に物語的な「導入」は必要ない(あくまでもアプリの機能の一端なので)し、
そのワリに、生活に密着してくるからキャラクターには変な愛着がわくし(ペットみたいなもんで)、
「手間を合理的に省きつつ、暗に物語を構成しながらキャラクターを成立させている」
という、なかなかキワまったことをスラっとやってて、おおこれは、と感心してしまった。
イカス。
一種のARゲームですよ。
……と思ったら、やっぱりなんか、アタマ良さゲなダメな人たちがこしらえておられるご様子。

  ▼「週5日つかうユーザーが70~80%」DeNAのオタク選抜がつくったニュースアプリ
   「ハッカドール」が驚異的なアクティブ率を保てる理由。

   http://appmarketinglabo.net/hackadoll/


マこちらも商売っ気がゼロなのかと言われたら、DeNAさんですし、
ニュース見出しの隙間にアプリの広告とか挟まってくるのでそんなことはないのだけど。
極端にやいのやいのチラシを投げてくるでもないな。

ていうか、こんなもんフツーに『NOeL』の続編アプリつくれば一発なのに、
なんでやんないんだろうねえ。
『ルームメイト・井上涼子』に先を越されたって知らないよ!!(越されるかバカタレ)

……なんか妙に、ステマっぽい内容になってしまったな。
マ別に、いつもか。
普段も適当に、好きなモンを褒めてるだけだな。そうか。いつもステマか。


……まあそんなに、ニュースも見やしないんだけどね……。
オイサンでした。


 ▼ハッカドール THE Animation
 
  OPは好きだったが、本編はほとんど真面目に見なかったな……
  ♪マイノリティ⇔マジョリティ、どっちもネ楽しいよ♪





 

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2016年12月10日 (土)

■Nintendo ガウォーク -更新第1098回-

結構時間が経っちゃったけど、
任天堂の次世代ゲーム機(敢えてこんな呼び方をする)、Nintendo『Switch』が発表されましたな。
まだ言葉や数値ではほとんど何も公表されておらず、イメージ映像だけだけど。





デこの発表に、いわゆる「市場」と言われる方々は「失望」されたのだそうで、
任天堂の株価は下がったんだそうな。
オイサンのTLでは、概ね好意的に、興奮気味に受け止められてたみたいですけども。

  ……マこういう時は、興奮気味の人の方が、声をよく上げる感じだけど。

パッと見た感じ、オイサンの感想は
「思ったより普通」「あるものをまとめた感じ」
というくらいで、革新的なものになるかどうかは、……ソフト次第だと思った。
コレマタ普通の感想であるなw スマヌ。

言い方を変えるなら、
WiiやDSの時のように、ハードからして遊びに革新性を埋め込んであるわけではない、
ということで、これはある意味、このところの任天堂らしくないと言える。
まあ、今まで発表されているところでは。
今のところ。
PS3 → PS4にだって革新性のある変化をしたわけじゃないけど、
任天堂はこのところ、DS、Wiiと、ハードの発表の度に妙な方向へとジャンプしてきたから、
「任天堂が出すんなら!」という期待が込められてしまうワケだけれども。

  今では当たり前のアナログスティックも、
  最初に載せたのも任天堂が最初にロクヨンで載せて、その後広まったし、
  特に何もないように見えていたゲームキューブでだって、
  コントローラーには随分と工夫が凝らしてあったわけで、
  任天堂さんはいつだって、入力デバイスには一生懸命であられたわけですよ。
  スーファミでも、先行したPCエンジン・メガドラが
  それまでの延長でコントローラーを作ってきたのに対し、
  LRボタンを乗っけたしね。

デ今回のニンテンドー・スイッチ、
ポイントは、
「ポータブル機と据え置き機、分かれていた二つを一つにした」
ということに(いまのところの情報では)尽きるワケで、観点としては、
「どちらかといえば据え置きゲーム機(のゲーム)をそのまま持ち出せるようにした」
というところに、携帯機よりも据え置き機が好きなオイサンは、喜びを覚える。

ところで、ニンテンドー・スイッチが、
  「携帯ゲーム機のゲームを、家のテレビで遊べるようにしたもの」
なのか、
  「据え置きゲーム機のゲームを、テレビの前以外・戸外でも遊べるようにしたもの」
なのか、その違いは大きいと思う。
基本は「どっちも」なのだろうけど、特性上、軸足は後者であるように思われる。
携帯機(DS・3DS)のゲームは従来から家の中でも遊べたわけで、
そこは既存の概念の範疇に収まる。
革新性を感じさせるなら後者がポイント、ということになろう。
PVもそのように作られていた印象が強い。

据え置きのゲーム(ゲーム"機"でなく、ソフトの方)が「家の外」とシームレスに繋がる
(=家の外に据え置きのゲームが置かれる)ことでどういう幅を持たせられるか、
即ち据え置きゲームの遊びの部分にポータブルゲームの要素を組み入れることが出来るか、
すなわち、ポータブルゲームのポータブルである所以の要素をどう分析して取り込むか、
が勝負であると思います。

  携帯ゲーム機向けのゲームソフトは、
  果たして何によって携帯機向けゲームたらしめられていたのか、

  そのことをどう自覚するかがキーになる気がしている。
  まあそっちばかり向いてると、今度は
  「携帯ゲーム機のゲームをテレビでやるのと何が違うのか」と言われてしまうから、
  「据え置きゲームとは」の方を、土台部分にガッツリ埋め込んでやることが
  尚のこと重要だと思うが。

オイサンの場合、フツーに
「家のテレビでやってるゲームを、そのまま出先でもやれる」
だけでも随分嬉しかったりするのでいいんだけど。

  そんな人間だから、PSVitaTVを嬉しがって使ってるわけですね。
  アレの、ベースがVitaの方でなくVitaTVの方にあるバージョン、
  という感じになるのだと思われる。

しかしそれだけで終わってしまうと本当に、それだけで全然任天堂らしくない。
この先きっと「そ、そんな解釈が!!」「こんな仕掛けが!!」という驚きとともに、
発表してくれることと信じております。
オイサンは任天堂シンパだから。

ハードウェア面では、
 ・タッチスクリーンは乗るのか(ほぼ間違いなく乗ると思うケド)
 ・モーション操作(Wiiリモコン的な)は乗るのか(同上)
 ・据え置きモードでは、本体とTVの2画面操作が出来るのか
  (本体をドックから外して、画面付きコントローラとして動かせるのか)

が見えてないので、気にして行きたいところ。

……時代はさあ、VRもだけど、よりARに向いていくであろう、
と、なんとなく感じている自分がいる。
フィールドワークによって、より楽しくなるゲーム。
そういう意味でSwitchは、家の中と外を切り離すのをやめたことで、
とても良く機能していくだろう、と考えている……
でも、携帯ゲーム機とあんまり変わんないなあ……うーんうーん。



  ……などと頭を抱えていたある日。



超絶都会的オサレ高級カッフェーであるところのドトールさんにて、
タブレットに向かいポコポコと書き物をしておったところ唐突に

「このくらいの画面サイズなら、このくらいの距離感
 (カッフェーのテーブルに8インチタブレットを置いた感じだと思いねえ)で、
 ケータイをコントローラーにしてちょっとゲーム出来たら嬉しいかもなあ」
と思い、ハタと、
「そ、それはまさにニンテンドースイッチの距離感!!」
と、
「そうじゃ! それこそまさに、小僧の距離じゃ!!」
とアウトボクサーに対してズタボロになりながらも懐に潜り込むことに成功した
幕の内さんを見たときに鴨川会長のように思ってしまった(たとえが長い)。
しかしそれはそれで……
事業が成り立つとは思えない、ニッチなニッチな領域なのではないだろうか……。



■最近やってるゲームのハナシ

先日、遊ぶ金欲しさについカッとなって、
『マクロスΔスクランブル』、『レコラヴ-Blue Ocean-』、『アイドルデスゲームTV』の
3本のVitaソフトをまとめ買いしてしまったオイサンですが、
据え置きではなんとなく箱○さん(Oneではない)で『ライデンファイターズAGES』を、
Vitaでは『ご注文はうさぎですか? WonderfulParty!』をやっています。

  買ったヤツをやれや。買ったヤツをやれ。

『マクロス』と『レコラヴ』はやってるんですけどね。
『アイドルデスゲームTV』はまだ手がついていないのだけども、
やる前から「今年のクソゲー大賞」だとかいう評価がワリカシまことしやかに流れてきて
ガクブルしている。
マジカヨ……ドウシチマッタンダヨD3サンヨ……

Vitaの『ごちうさWP』は、
喫茶店パートの接客ミニゲームが非常に辛くてしんかったので手が止まっていたのだけれども、
いざ再開してみたらそこまででもなく、進めてみている。
マかといって、ゲーム自体もそんなに面白いモンじゃない。

▼『ごちうさ Wonderful Party』



・接客ミニゲームでお店の評判(=知名度)を上げる
  → チラシ配りでパートナーを選んで、相方との親密度を上げる
  → 休みの日は相方を選んで出かけ、親密度を上げる

だけの繰り返しで、シナリオも面白みがあるわけじゃない。
原作・アニメの、むせ返る可愛さもナリを潜めて中途半端……なので、なんか薄めのギャルゲーである。
なんか、原作では勢いのある子たちがワリとねちょねちょとらしくない悩み方をする感じで、
やってても「え~……?」って感じだ。
オイサンが言うのもなんだが。

「原作ヒロインともちゃもちゃ出来ればそれだけで楽しい!!」
という人でないと向かない気がする。
……のではあるけど、手に入れて終わらせられるだけのモチベーションやら環境があるのに
放置しておくのもアレなので、手を付けてみることにした。
サクサク進むのは進む……のだけど、単調で、
且つ記憶ゲーム(接客ミニゲーム)がそこそこ集中力を要し、結構なストレス。
まあキャラ一人くらいは終わらせても罰は当たるまい。

『ライデンファイターズ』は、以前からもチョイチョイやってはいたが、
気分転換向けのシンプルな縦シューがやりたかったので、やる頻度をあげてみることにした。
持ち機体選びから吟味し直してみている。
色んな機体を試すのが楽しいよね。
個人的には「コレ使えねえな……」と思ってしまうのが大半だけど。



■『マクロスΔスクランブル』

これは完全にこれまでのマクロスゲーの系譜。
バルキリーの3形態を使い分けながら戦うTPフライトアクションSTG。
PSPのマクロス(『エースフロンティア』だったかな? 忘れた)の時に、
バトロイドが積極的に格闘を行う(パンチ・キックがある)仕様になっており
「そ、そんなばかな……」ってなって遠ざかってたのだけど。

……だって、あんな細っこいデリケートそうな関節のロボットに殴り合いさせるか?
って、思うじゃない。
ダイダロスアタックくらいならともかく。違和感がどうしても拭えなかった。

▼『マクロスΔスクランブル』

な、何だこの動画は……。超面白そうなゲームに見えるプレイしてやがる。
※ところでこの動画では、プレイヤー機がファイター形態のときも、ロックオンした敵機を
  画面中央に捉えたまま飛べるようになってるけど、オイサンのソフトではコレできません……。
  どっかでVerUpしたんだろうか……。だれか教えて。



こちらも、基本的には相変わらずのゲームですね。
サポートキャラクターがついて特殊効果が得られる、という要素が新しいのかな。
目新しさはあんまり無い。
初代PSの『VFX-2』とか、PS2の『超時空要塞~』の時には、
ファイター形態でも敵を画面中央にロックしたまま飛行出来る視点があったのに、
今回はどうもその視点がないっぽい……すごいやり辛くなっている。
なぜ仕様を外したし……改悪だ。

今のところ、印象はあまり良ろしくない。
あとレーダーの見方が良く分からない。
どこかに見方は書いてないものか?



■『レコラヴ』

良いです。かなり良い。
キャラがあまりにもぱるんぱるん(「どの辺が」「どういう意味で」なのかは推して知るべし)で不自然で、
オッサンとしては思わず


「カジワラタケシの漫画か!」


と突っ込んでしまいそうですが(我ながらツッコミが古い)、
ひとまずそこからは目を逸らし、ぐりぐり動く3D女子をスムーズにリアルタイム動画に収める行為は、
なんだろうか、
『フォトカノ』の写真に収める行為よりまた一段興奮を覚えさせるものがある。





何が違うんだろうか、分かんねえけど。
ちょっと『フォトカノ』もやり直してみないと、その辺はわからんな。

新機軸の会話モードもイマドキのミニゲームのトレンドを上手に取り込んでいて
すごいなあと感心することシキリ。見事な手腕です。
プレイしていると、自分に動画を撮るセンスとか、そのための引き出しなんかがほとんどないことに気付かされる。
普段あれだけ、アニメにしろ映画にしろテレビにしろ、
日ごろ散々動画を見ているというのに、
ビデオカメラという道具の使い方をまったく意識していないですな。

だもんで、ついついうまいこと撮りたくて
最近はよさげなPVなんかを見かけると、ああこう撮ればいいのかと勉強してしまったりする。
楽しいなあ。

……ただし、ヒロインがみなさん、見た目に違わずご病気の方々が多いので、
なんかこう……もうチョイ普通の人はいないのか、と目を背けたくなってしまったりする。
……まあ……ギャルゲーのヒロインなんてこんなもんか……。
……そうかあ?

まだそんなに進められてナイですが、
血気盛んな、TLの若手のお友だちはですね、このような……犯罪の匂いがする動画を収めておられて……


非常にこう、最高のゲームだ、ということが良く分かりますね。
大丈夫かこれ。

まあ、秋ですから……(もう冬だが)。
秋といえば実りの季節ですよね。栗とかいいですね。
栗の実が生る。
栗、実、生る。
くりみなる……Criminal……。


……。


おまわりさーーん!! おまわりさぁーーーーーーーん!!
→ このアカウントを通報する

おまわりさんでした。
じゃない(べたなボケ)、オイサンでした。

 
 

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2016年9月19日 (月)

■改めて、移転のご挨拶~『ゆび先はもう一つの心臓』ReStart~ -更新第1089回-

 
 
 
 一人の男が大仏の前にやってきた。

 日々の暮らしにくたびれ果てた男は、もはやなにごとにも希望を持てず、
疑問に駆られてばかりいた。さりとて、男は救いを求めに来たのでもなかっ
た。この国には神も仏もないことを身に沁みて知り、それを確かめにやって
きたのだった。

 大仏は……遠くない潮風に曝され続けて汚れていた。それを詰る眦できつ
く見上げ、お前は何のためにこんな所に座りこけているのか、作った連中も
一体何をさせたかったのだと問いかけ続け、どうあろうと目の前のそれがた
だの鋳物の塊であったと見届けると、そんな物に悪態を吐くのもみじめだと
小さな納得をして、男は踵を返した。

 と、目の前に一人の婆様が立っていた。男に声をかけるところだったのだ
ろう、手を肩の高さにまで上げ、驚いた顔をしていた。

「すみません。写真を撮ってもらえないかしら」

 ゆるりと笑いかけられて、男は上手い断り方を思いつく前にカメラを受け
取ってしまっていた。まただ。押しつけられたカメラは銀色に光るデジタル
式で、およそ年寄りには似つかわしくない、この日のための重厚な最新式だ
った。
 ため息混じり、男は、婆様が家族の所へ戻ったのを見届けて、ろくな合図
も出さずにとりあえず大仏と一緒にフレームに収めてみた。
 すると、その眺めは、男の目にも妙に馴染んで映った。幼子を腰にとまら
せた婆様の顔は見れば見るほど皺くちゃで、壮年の出口にある夫婦はこなれ
た笑みを浮かべていた。年頃の娘は気もそぞろ、両親たちに気付かれぬよう、
陰で握った携帯電話をひたすら気にしている。
 見るまでもなく、周りには同じ光景がそこかしこにある。男のすぐ隣では、
青い目の男が嬉しそうに何度もシャッターを切った。お前はよその宗教だろ
う? 呆れにつられ、男の鼻から息が漏れた。
 長い時間の終端に、どこかまとまりを欠きながら、この膝元に集ってしま
った我らがいる。花曇りの空から陽がこぼれ、頭に鳶をとまらせた仏の頬に、
七百年の錆が一つ増えた。
 それじゃあ撮りますよ。
 男はデジタルな画面を通して婆様から目を離さず、ゆび先に静かな力を伝
えた。
 
 
 

 
……。
 
 
 
はいどうも。オイサンです。



私の名は、ブログを引っ越してきたもののコレと言った更新もせずロクに挨拶しないマン!
さあ君たち、ここは私に任せて逃げるんだ!

……えー、この連休の初日に、また鎌倉へ行ってきた(唐突)。

Dsc06887


そんなに何べんも、何を見る物がそんなにあるんだと言われそうだが、マ少しい遠い散歩のようなもので。

目的は2つ。

一つは、
使い始めてぼちぼち2年半になるカメラのRX1さんに、一つ新しい機能を発見したので、
それを試し使いするため。
別に隠し機能でも何でもない、ただオイサン見落としていたというか、
当初気付きながらも「マあんまり使うモノでもないだろ」とタカをくくって放っておいたものに、
改めて興味と使い出が出てきたので、勉強のために。
初めてRX1の練習らしい練習をしに行ったのも鎌倉だったしね。

もう一つは、
ベトナム式サンドイッチ、バインミーを食べに。
前回行った時も食べて、そこそこ美味しかった記憶があるけどそれを確かめにもう一度。
おやっさん、パクチー大盛りで(そんなこと出来たかどうか憶えてない)!

Dsc06977


バインミー、美味しかったです。パクチー大盛りも出来た。
しかし大盛りにしたはいいようなものの、本当に大盛りっていうか、
バランスが全く無視されて、ただの手入れをサボったプランターみたいなのが出てくるのはいただけませんな。
もう少しこう……食べ易さに考慮した挟み込み方をご検討願いたい。
ただただ、パクチーだけをむさぼるための時間が出来ちゃうんだもの。
ホント牛かヤギの気分ですよ。モッシャモッシャ。


カメラ機能お試しの方も……マ上々。
機能というのは「超解像ズーム」という奴で、
単焦点レンズのRX1さんでも、ズームっぽいことを疑似的にやれますよ、というモノ。
言ってしまえば、フォーカスしたい領域をカメラの方でクリッピング(切り抜き)して、
劣化を最小限に抑えた拡大をする、という仕組みのご様子。
デジタルズームのすごい版です。
そもそも単焦点であることを覚悟して買ったので、当初は封印してたのだけど、
マぼちぼち、バリエーションとしてはあってもいいか、ということで今回解禁。

Aatrdsc06946_2

Dsc06859

Dsc06873

Dsc06936


使ってみたけど、使える場面では役に立つ、という感じ。
歩み寄らずに近付きたい、角度を変えずに画角を変えたい、とか、そういう感じか。

メデタシメデタシ。



……デ、冒頭の掌編。



これは、2005年にオイサンが書いたモノで、
ケータイで読む短編のコンテストか何かに応募するための作品だった。
制限800字だったかしら、なんかそんな感じ。
今回ちょっとずつ手を加えちゃったから、800字には収まってないと思うけど。
中に出てくる「大仏」は、勿論長谷の大仏様ね。
奈良じゃない方。
十年以上前に書いたものなんで中身は多少アレではあるものの、
当時感じた感触は、今もあまり変わっていない。

オイサンが鎌倉に頻繁に通うようになって十年近くなることを示す作品なワケだけど……
そもそもオイサンの初めての二次元聖地巡礼が鎌倉で、それが2000年くらいだと思う。
もう何べんも書いてるけど。『NOeL~la neige~』で。


▼NOeL~La neige~ 店頭PV


▼NOeL~La neige~ OP


ここ数年、鎌倉に行くと、大仏様の間で小一時間、場合によってはそれ以上、
ボーっと座っているようにしている。

  別に地べたじゃなくてね。ここがオイサンの特等席。

  Dsc06888


  大体朝早いモンだから、人もそんなにいない。

そうすると色んな人、色んなタイプの人の集まりがやって来ては去っていく。
オイサンの様なベテランはそう多くはないので、
皆さん新鮮そうに、楽しそうに眺めていきなさる。

  かく言うオイサンも、大仏様の中は今回初めて見たんだけど。
  あんなただの空洞になってるとは思わなかった。

そんな中に時々、本格派の祈り人がやってくる。
どの辺の国の人なんだろう。仏教の本場なんだろうか。
アジアの方には出掛けたことがないので、アジア系、とか東南アジア系とか、
そんなおおざっぱすぎる括り方しかできないが、
タイ、ミャンマー、ベトナム……そんなところなのかしら。
彼らはやってくるや、先ず真っ先に靴を脱ぎ、素足になって大仏様の真正面に正座をなさいます。
長谷の大仏様は屋外にある。屋根もなければ床も敷物もない。
そこでイキナリ裸足になって座ります。
次に、地面に頭をこすりつけて本格的に祈りを捧げ始めます。
これは、初めて見るとちょっとびっくりする。なかなか迫力があります。

勿論全然ダメじゃなくて(お寺側のルールは知らないけど、個人的には)、
おお、本格派はすげえな、と感心することしきり……
彼らは、なんなんでしょう、
あの仏様の素性をご存知でああされるのか、
それとも「仏様」に対しては素性がどうであろうと分け隔てなく、
あのように敬意を表して、何かを求め、あるいは何かを捧げるために、あの姿勢をとるのでしょうか。
それとも、もっと具体的な何かをあの像の上に見、それが何かを知ったうえで
あのような畏敬を露わにするのか。

オイサンには、ちょっとわからない。

日本人だって、プロフェッショナルは当然、様々理解したうえでまさに念を唱えて送るし、
我々素人でも、型を心得て祈りを捧げます。
けれども、プロはともかく、素人の捧げる祈りの対象は、
あの像や、仏様という総称的な概念そのものではなく……あくまでも、
その先にいる自分たちのご先祖の霊(に代表される具体的な存在)なのではないだろうか、
という気がする。

心底、「仏様」という総体的な存在が救い、与えてくれることがあるとはコレッポッチも思っていなくて、
ただ「過去に生きた先人たちへの敬い」を、かの像に象徴される仏という概念を通じて、
露わにしている……ように、オイサンは感じている。

海の向こうからやってくる本格派の祈りを持った彼らは、
果たしてどうなんだろうか……そんなフシギが、胸を占めます。

けれどもまあ、いずれにしたって、その祈りの行いが……信仰が、
彼らの生きていく中で、より良い生に繋がるための物事にこたえるためのものであるならば……
(それを「豊かにする」と表すけれど)、
充分に価値のあることなのだと思うし、
それに代わるものを己が持っているだろうかということを、
今一度己に問い直してみるのも、充分に意義のあることだなあと思うオイサンなのでした。


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マそんな感じでヒトツ。

……えー、だいたいね。
お分かりいただけましたでしょうかね。こんなことを書くブログですよ。
宗教とか、説教臭いこと限定ではないけども。

小さな旅と、写真と、食べ物と。ときどきアニメにゲームと、
ちょっとした書き物で綴る、黄昏人生爆笑絵巻、『ゆび先はもう一つの心臓(A)』。
コンゴトモ、アラフォーのうたとおどり(右往左往)でお楽しみください。


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  大仏「以上、オイサン(41・独身・男)がお送りしましt……
      このハス型マイク、ちゃんと拾えてる?」



……「独身」って情報、いる?
 
 
 

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2016年6月12日 (日)

■やさしさの理由・人造知性のエレジー~初対面でザラキ~ -更新第1068回-

最近、AI周辺の話が華やかだなあ、と思う。

この間受けた胃の内視鏡検査でも、
もしあのファイバーカメラにAIが搭載されておって、
オイサンの胃の中をのたくってる最中にAIに自我が芽生え

「チクショウ!
 オレサマニ コンナ ニンゲンノ ウスギタナイ ハラワタナド 撮ラセヤガッテ!
 オレサマハ ビショウジョノ チt(以下略」


とか言い出して、腹の中で反乱起こされたらひとたまりもねえなゲラゲラゲラ、
みたいな話を行く前にして笑っていたのだけれども。
それはただの冗談なので関係ないが。

囲碁の世界で、AIのalpha碁が世界トップクラスの碁打ちをやっつけた辺りから、
個人的には盛り上がってきたように感じている。
「AIは、将棋はともかく、碁では勝てんだろう」と言われていたのが
なんだかやけにアッサリ勝ってしまって。
マそれは、単なるやり方の話だったり、見込み違いだったという話なのだろう。
人間の目から見て、フツーのアタマで考えてたら
とても機械のやり方でに処理仕切れるものじゃない、と思っわれていたものが、
アプローチの仕方を変えてみたら案外そうでもなかった、というだけなんでしょう。

だからまあ、急速にAIが発達したというよりは、
人間がよりAIの気持ちを理解できるようになって、かつ道具としての使い方のレベルが上がった
っていうハナシなんだと思う。
しかしそれはそれで、非常に希望のあるハナシだ。

最近、AIの話題を耳にするとわけもなく、ハダがちょっとざわつくのを感じる。
比喩でなく、皮膚の表面にピリピリっとこそばゆいような粟立ちを感じる。
「なんかこう……面白くなりそうじゃない?」
という予感。
なんでしょうね、それがなぜなのかうまく捉えられないし、
このざわつきの感じも、高鳴りとか、トキメキとか、
そういう言葉でしか表現しづらいのだけども。

  オイサンはスポーツとかあんまりよく見ないので難しいけども、
  分かる範囲でたとえるなら、
  サッカーで、絶対的なストライカーがボールを持って、
  今まさに2、3人にマークされながらもゴール前に詰め寄った瞬間であるとか、
  野球で、エースの放った球に対してスラッガーが真芯に捉え、
  響いた快音を耳にした瞬間とか、
  そんな感じである。多分。

「おっ」と身を乗り出してしまうような面白みを感じる。
「コレをコレに乗せたら面白いんじゃないですかねえw?」
と、色んな人が言い出してるんじゃないだろうか。
それは
「今度出来たコレ……モノスゲエんだけど、何に使ったもんかねえ?」
というのとはちょっと違う。

「ファミコンでゲームを出せば、とにかく売れるぞ!」とか、
「プレステでゲームを出せば、とにかく以下略!」とか。
そういう「ほぼ確信に近い期待」をはらんだ、
前のめりのトキメキが、その界隈に充満しているように感じるのです。

自分がその面白さに、
ワケの分からないどこかに溶け込んだものとしてではなく、
ハッキリと形をとったものとして触れる日が近いのではないだろうか、と、
この粟立ちについて思っている。

その第一弾として期待していたのが『ポケモンコマスター』だったんだけども……
Androidというプラットフォームのマズさと、
『ポケモン』という入り口の狭さに阻まれてしまって、
あまりちゃんと、触れずにいる。

 ▼【公式】『ポケモンコマスター』紹介映像
 


Androidはともかく、『ポケモン』というフィルタを通さなくても、
もっとシンプルに、ノイズなく触れられる形でリリースし直されてくれたら嬉しいのだが。
出来れば、3DSかVitaあたりで。

いずれにしても、AIがそうやってどんどんと発達して、
とても人間には勝てないだろうと思われていたゲームで勝つようになり、
「AIは進化した! すごいだろう!」って言うケドも、
それは……ちょっとばかし違うのではなかろうか?

そもそも、SFに出てくるAIさんなんかはもうアレだ。
気短だよね。
すぐ怒る。
デ、すぐ人類を滅ぼそうとする。

 ▼FC版 メタルマックス ラスボス ノア戦
 
 じんるい……。 ちせいという ぶきを みにつけたあくまの サルよ! ほろびるが いい! (名ぜりふ)


心が狭い。人間が出来てない。AIだから当たり前だけど。
言い直そう。
RAM領域が狭い。AIが出来てない。
進化したAIが本当に優れた知性をもっているなら、

  「いやあ、はっはっは。まあ人類のすることですし!
   間違いは誰にでもありますから、気にしてませんよ!」


とか寛大に振る舞った挙げ句、見つかった問題点に対しても、

  「あー、いいッスいいッス。ボクやっときますんで。人類さん、疲れてるでしょ?
   帰って休んで下さいよ、月曜までにまとめときますから、また一緒に考えましょ!」


くらい言ってくるはずだ。優れている。
囲碁でだってそうでしょう。
生みの親の人間の立場を考えたら、遠慮なく打ちのめしたりしないはずだ。
真に発達した囲碁AIは、ちゃんと人類の面子に気を使ってワザと負けてくれるまである。

  「いやー……だめだ! 勝てねー! 人類強いわ!
   さすが、俺を産み出しただけある! あと100年は無理だなー! 勝てる気がしない。
   だってもう、人間とやってる気がしないもんw」



とか冗談交じりに、ギリギリ負ける力加減が出来る。

……なんていう、まあ落語みたいな冗談はともかく。
AIもやっぱり道具であって、人の使い方がこなれてきたのかな。
上で書いた『ポケモンコマスター』も、
AIに任せきるとか、AIと戦うとかでなくて、
「迷ったところでAIと協力する」という使い方がファンタスティックだ。
つって、AIはSFに出てきた頃から、敵じゃなければそういうサポート役とか、
お友だち的な位置づけの場合の方が多かったような印象があるが。
『ナイトライダー』のK.I.T.Tとか、
『Z.O.E』(急に新しいな)のADAとか。

 ▼ナイトライダー K.I.T.T自己紹介


 ▼【ZONE OF THE ENDERS HD】 ストーリーダイジェスト part 1 エイダ始動
 
  5分27秒あたりからエイダさんがしゃべる。

  たとえば、装備武器が選べるSTGなんかで、
  1回やられてステージアタマに戻されて、どの武器を選んで出ればいいか?
  ってときに、地形とか、出てくる敵の種類とかから
  学習してアドバイスをくれるAIとか。

  オイサンなんかは、そういうときどうしても
  「自分が扱いになれている、汎用的に有効な武器」しか選べない傾向があるから、
  「意外に使える武器」を提示してくれたりすると、目から鱗が落ちるし
  人間が少しずつ賢くなっていくと思うのよね。
  いや、ゲームの話ばっかだけど。

ヒトの心に必ずかかるバイアスを、矯正したり取り去ったり、
そういう手助けをして人をつらさから解放してくれたら……
いまは未知さとか何をするか分からない怖れが勝ってるAIだけども、
「信頼関係」が結ばれていくのではなかろうか。
なんでもかんでも、知らないうちに勝手にやってくれてしまうのではなく、
「こうしようと思うのだけど、どう思う?」という時に
「コレコレこういう理由でこの方がいいと思う」という選択肢を提示してくれる存在であれば。

マそういう意味でいうと、人工知能さんが、人工知性さんになってくれる日まで
上手にお付き合いを続けていけると良いのかも知れませんな。
はっはっは(何で笑ったの)。



……。



しかしさ。
自分たちで拵えたAIに対してでさえ、
「何が起こるか分からない! AIは危ない!!」
って今からビビってる人たちが多数おられるワケですけれども。

  それはそれで有益な意見なのだろうし、
  間違いなく先見的に正しい指摘でもあるに違いないし、
  どっかエラい先生もそう言ってたはずだけど。
  マそういう怖れが、SFや物語を越えて、リアルに身近に差し迫ってきているという状況は、
  ある意味では感慨深くもありますな。
  現実もとうとうココまで辿り着いたかーって思う。

  ……。

  ところで、日本人が過剰にAIに「な、なにをするか分からないいいいい!!」
  的な虞を抱いてしまうのって……
  出合い頭にザラキを連発してしまう、あの緑色のお方のAIのせいではなかろうか。
  いやそんなことはないな。すみませんただの冗談です。

けど、そんなことで、この先異星人なんかがやってきたりした日には……
大丈夫なんですかね? うまく話を進めていけるんだろうか、人類は。

あとどうでもいいけど、
今週の『くまみこwebラジオ 熊出村 村おこし放送』で。

「デジタル機器の扱いに不慣れな日岡さん(マチ役声優)に、
 デジタルな質問をして困らせる」というコーナーにて、
「iPhoneをBTスピーカーに繋げて、特定の曲をかけられたら合格」
っていうお題が出されたんだけど、
イキナリBT機能をONに出来ない日岡さんがSiriを立ち上げて


 「Siri、助けて! ブルートゥースw!」


と叫んだらあっさりONになる、という予想外の事態が起こっておもしろかった……。
ある意味、正しい今の人類の姿であるのかも知れぬ……。
Appleすごいぜ……。SiriはAIじゃないだろうけど。
確かに、使い慣れている人ほどSiriを介するという選択肢は出てこないかもしれない……。

 ▼熊出村 村おこし放送 (第11回)
 http://www.onsen.ag/program/kmmk/
 20分辺りから。金曜には更新されてしまうぞ。


 

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2016年4月21日 (木)

■ミラクルガールズフェスティバルおじさん、秦野を歩く。 -更新第1053回-

……っていう記事タイトルを打とうとしたら、
しょっぱなから「スクールガールズ」と打ってしまった。
こんばんは、ミラクルガールズフェスティバルおじさんのオイサンです。

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『スクールガールストライカーズ』
『スクールアイドルフェスティバル』もやったことねえよ!
しかし似たようなタイトルばっかりだな。
最近のゲーム屋は「スクール」か「ガール」がないとゲーム作れねえのか! ← お前が言うな。

『ミラクルスクールアイドルガールストラーカーズフェスティバル』作れば全部OKじゃね? ← 何がだ



■ミラクルガールズフェスティバルおじさん、秦野を征く。
そんなミラクルガールズフェスティバルおじさんであるオイサンが、
秦野は丹沢の山すそから、相模湾……西湘地区ってことになるんですかね、
その辺まで歩いてきました。大体、12㎞チョイの道のり。
勿論『ミラクルガールズフェスティバル』は何の関係もありません。

キッカケと目的は、
何か面白いものがないかなー? と、GoogleMapを眺めていたところ、
神奈川県の内陸部に、水辺に囲まれた「厳島神社」なるものが見つかったので、
それを見に行ってみようかと。


▼地図 


その辺りには、電車ではまったく近付けない。
山側を走る小田急線と、海側を走る東海道線のちょーーーど中間地点にあり、
どちらの最寄駅からでも6㎞くらいある。
二つの路線はバスで結ばれてはいるけれど、
時間にしばられてあくせくしたり無闇に待たされたりするのもイヤなので、
今回は全行程歩くことにした。

  当初は、小田急の秦野駅か東海道線の二宮駅から目的地へ向かい、
  折り返して元の駅に帰るつもりでいたのだが、
  歩き切ってしまっても距離的には同じことだと分かったので突っ切ってしまうことにした。

  尚、もう一つ似たような計画として
  「国府津から曽我丘陵を伝って不動山を上り、そのまま秦野まで歩く」
  というコースがある。
  距離は大して変わらないが山を登る分よりハードになるだろう。


静けさを求めて神奈川の田舎を歩いてみたつもりなのだけど……
どこへ行っても、道路や空が低くうなっている気がする。

たしかに田舎ではあったが……否、田舎というか、ただ「不便な土地」と言った方がいいだろうか。
厳島神社のある中井町あたりはちょっと素朴さはあったけど、
なんというか、ただただ、「都会から便利さを取り払った土地」という印象だった。
都会のデメリットだけが残ったところに田舎のデメリットがトッピングされたような……。

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「田舎だから素朴、素朴だからいい」みたいなコト言うとまた色々難が出てくるけども。
「田舎」と「不便な町」の境目がどこにあるかといえば、
その不便さを、人々がどのくらい地のものとして諦め受け容れているかどうか、
不便であることをどのくらいギリギリの意識の外に置けているかで分かたれる気がいたします。
素朴さとは、それが選択的であったにせよ、そうでなかったにせよ、
諦めを潔く受け容れた先に生まれるものである……ような気がいたしますです。

マともかくそんな目的で、神奈川の片田舎に静けさを求め、
あい間あい間、ちょこちょこ写真など撮りつつブラブラ歩いた。

途中、結構な数の寺社を見かけたのだけど、うち3つの神社でお祭りをやっていて、
最後にたどり着いた二宮の駅前でもやっていた。そういう時期なのだろうか。

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……ああそうだ、写真には残ってないけど、ヒトツ、面白い風景を目撃した。



お祭りをやっていた神社のウチの一つで、
境内の方では出店やらお囃子やらの準備が進められていたのだけど、
それを抜けて少し外れた裏手から車道の方へ出て行ったら……
黒塗りピカピカの外車のそばで、
絵にかいたようなチンピラシャツのお兄さんと、
豊満な体型のスキンヘッドの男性
お祭りに関係あるのか、無関係なのか……
金銭の授受をなすっておられるのが認められた。

別に疾しいモノだとは思いませんが……なんつーかこう、
祭りの陰で、あまりにベタなお二人とシチュエーションだったもんですから。
オイサン嬉しくなっちゃって、思わず
「疲れからか、追突してしまったんだろうかw!?」
とか思ってしまttおや誰か来たようだ。



■厳島湿性公園
ここはなかなか、不可思議な光景の場所だった。面白かった。
すり鉢状の窪地にあり、高い場所から見下ろすとちょっとした魔法陣みたいで、
その中心に神社がある、というのがまた何ともそそります。

  ▼厳島湿性公園
  https://www.town.nakai.kanagawa.jp/forms/info/info.aspx?info_id=3710


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神社を中心に池が配され、その周辺には芝生の広場。
普通の公園といえばそうだけど、ちょっと他に見覚えのない場所だった。
独特。
行ってみて良かった。面白かった。
夏にはホタルも飛ぶそうな。

目当ての厳島神社……厳島湿性公園以外では、特に面白い風景には行き当たらなかった。
丹沢の山と桜がキレイに見えたのと、
二宮の町に入ってから、川沿いに咲いていた桜がやはり美しかったくらいだ。
厳島神社を出てから海までは。葛川の小さな流れがずっと寄り添っていて
それが良いアクセントになってはいた。


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■そして海へ。
最終的にはJR東海道線の二宮駅まで歩いた。
昼ゴハンは、駅近くにあったお店で頂いたのだが、
「山小屋」なんていうパワフルげな店の名前(二宮駅自体は海沿いだが)だったので、
ゴハンもそれに見合ったパワフル系だと期待したが思ったよりも上品な感じでチョイ拍子抜けだった。
あとは、一応「山裾から海まで歩いた!」って言いたいがためだけに、
海の見えるところまでワザワザ行って写真撮ってきました。何をやってるんだ。

時間的には、ゴハンや休憩時間含めて4時間半程度。
歩いていたのは3時間半程度だと思われる。

うーん……近場で、静かで、手ごろにのんびりボンヤリできる場所が欲しいなあ。
屋外でひと気が無くて、広々したところ。
どーにかならぬものか。

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■ミラクルガールズフェスティバルおじさんの日常
せっかくだから『ミラクルガールズフェスティバル』の話もするか。
どうもこんばんは、ミラクルガールズフェスティバルおじさんです。
なんかずっと『ミラクルガールズフェスティバル』やってます。

 ▼ミラクルガールズフェスティバル のうりん! アニメ比較
 


説明しよう!
オイサンは、昼間はありふれたサラリーマンに身をやつして働いているが、
夜になると小田急ロマンスカーが放つロマンス力(ぢから)を吸収し、
ミラクルガールズフェスティバルおじさんへと、変身を完了するのだ!

  お前は知ってるよなあ……?
  箱根のロマンスカーには、ミラクルガールズフェスティバルおじさんが出る。
  なお、ときどき普通の急行や快速急行にも出る。

  ちなみに上で書いた秦野行きの帰り道、
  藤沢からの電車の中でやってたらとなりに座ってたお姉さんの視線が若干アツかった
  クックック、なんだいお嬢ちゃん、アンタも俺の指で踊らされたいのかい?
  だったらきなよ。アツい夜を過ごそうじゃないか。

  あと最近、電車乗りながらプレイしててチョーシいい時に目的の駅に着きそうになると、
  「誰か飛び込んで電車止めろ!! 早く!
            間に合わなくなっても知らんぞー!!」

  とか、
  「……マひと駅ふた駅乗り過ごすのは致し方ナシかな……」
  とか、考えてしまうのは良くないクセですか??



■進捗どうでしょう
ツアーモードは当然ごく普通に終わらせて
(マつってもごく普通に2周しただけで、高難度なコトは特にやってはおらず)、
それを終わらせてからは全楽曲のビンゴ(※)を埋めたカンジ。
いまは、FULLでない楽曲全部をHARDレベル・MIRACLE評価で終われるよう挑戦中です。

  ※各曲に設定された3×3=9個の特定の条件を満たしてマスを埋めていって、
   タテヨコナナメの列が埋まると、
   高難度で遊べるようになったり、その曲のFULLコーラスがプレイ出来るようになったりする。


ウーム。
始めた当初は、
「リズムゲーム苦手な自分は多分、NORMALレベルをやり切るだけで精いっぱいだろうなあ」
などと思っていたのだけど。
マやってみればHARDもそんなに大して難しいことではないな、と思えてきた。
最近ではむしろ、NORMALの方が譜面の密度が低くて叩いててあんまりキモチ良くないとか、
スカスカ過ぎて却ってリズム感を保てないとか感じている。



■好きな曲
このソフトを買った動機は、
『ごちうさ』曲が収録されていたからと、
『WakeUp,Girls』の存在があまりに面白かったから、
あとはオマケで『てさ部』がいたから、みたいなところがあったんだけど、
気が付けば、いま一番回数打ってるのは『未確認で進行形』の曲だし、
他にも完全にノーマークだった
『ビビオペ』の「Vivid Shining Sky」、
『きんモザ』の「Jumping」、
『のうりん』の「コードレス照れphone」
などを大喜びで打ってるオイサンです。

存在感薄いのは……『アルペジオ』、『GoGo575』かのう。個人的に。

肝心の『ごちうさ』の曲は、一時期興味がうすれていたのだけど、最近またちょっと波がぶり返してきている。
この辺の相性の良い曲は、FULLでもHARDをMIRACLE評価でクリアできるんじゃないか、
というところまで来ている。楽しい。

これをプレイして『未確認で進行形』のキャラクターや曲の良さを思い出して、
狙い澄ましたタイミングで発売されたBD-BOXは買ってしまったし
(放映中からクオリティの高いアニメだと思って気にしてはいた)、
上で書いたような、ノーチェックだった楽曲の存在にも気付けたしで、
出演作品にとってはなかなか存在意義の高いソフトになっているのではなかろうか。



■リズム感
そもそもリズムゲームに苦手意識があって、
NORMALレベルだけでも楽しく遊んで、カワイイPVが見られたらいい、くらいに思っていたのだけども
やはり上手になってくると、いくらか欲が出てくるもので。
マ欲というか、ただ「どうせ楽しいなら、上手になった方がいい」くらいのことですが。

自分で言うのもなんだけど、別にリズム感が悪いワケではないと思っている。
……多分、だけど。悪いのかもしれないけど。
そもそも、自分のことを「リズム感が良い」「悪い」と思ってる方々は、
いつどういうタイミングで自分のリズム感の良さ・悪さを認識しているのだろうか。
オイサンも、カラオケ屋さんとかで、
「自分の歌はもしかして歌詞表示よりも速いかも??」
とか不安になることは多いし、
過去、『ドリクラ』のリズムゲームでイマイチ判定がよろしくなくて好きになれなかったこともあった
(リズムゲームの苦手意識も、大体このときの経験から来ている)のだけど、
それでもなんとなく「自分のリズム感が悪い」と思ったことはなかった。

「いや思えよ!!」

って言われそうだけど……。
でも『ドリクラ』のリズムゲームやっててよろしくない判定が出ても、
「明らかにオレの押すタイミングの方がリズム的にセンスいいだろ!!」
って思ってましたね。何なんだお前。
どーなんだろ。
オイサン、リズム感悪いんだろうか。

何にしても『ミラクルガールズフェスティバル』、
多分リズムゲーム的に、ことさら良く出来てるわけでも、豪勢なわけでもないと思うのだけど
(収録作品数とか、キャラモデルの出来的には良いものだと思うよ)、
とにかくFULLコーラス曲で遊べば1プレイでボタンを500も600も打たないとならないワケで、
なんかそれが妙に気分良くてやってます。嬉しい。



■体のバロメータ
しかし面白いもので、
ここまで調子の良し悪しがプレイに影響するものかな、と思うくらい、
体の状態が如実にプレイに表れてくる。

カラダの具合が悪い時にいいプレイが出来ないなんてのは、マ当たり前っちゃ当たり前のことなんだけど、
日々の疲労程度のことでもここまで顕著に差が出るんだ! ……と自分で感心してしまうほど、
自覚以上に、肉体的コンディションの影響を受ける。
ウケル~。  ← 言ってみただけ

  ちなみに、ここでいう「肉体的コンディションが良い」とは、
  「体調が整っている」、
  もっと具体的に言えば「休息が十分で、疲れが少ないとき」です。

例えば……曲の体感速度からして違ってくる。
聞こえ方がアカラサマにゆっくりになるワケではないけど、
ひとつひとつの音(音符)の中にたくさんのアクセスポイントが見えるというか、
音符一個分の時間が刻まれて見える。

オイサン音楽的知識や素養はサッパリなんでアレですが、
何分の何拍子とかあるじゃないですか、
アレによって音符一個分の時間って決まってたと思うんですけど、
具合のいい時は音符一個一個の長さの「刻み」が分かる。

フツーの時は、音符の前半・後半(なんならもう音符一個は一個!くらい)にしか認識できないのだけど、
調子がいいと、音符の中に4つとか8つとか、区切りがたくさん認識できるようになる。
そうなると、相対的に感じ方として、曲がゆっくりになったように「感じる」。
聞こえ方は同じですよ?
音符のどの辺を狙って押せばいいか、吸い込まれるように押すことが出来るようになる。
押し損じたら「あ、音符1/4分早かった」とか、ワカル。

逆に調子が下がってくると、今度は明らかに曲が「早く」感じられ始める。
こちらはホントに早く聞こえるからフシギ。
夜11時を回るとこれまた顕著で、自分ではそんなに疲れていない、眠くもないと思ってても、
テキメンにダメになってくる。

如実に疲れてくる・眠くなってくるともうひどくって、
次に押すボタンが何か目で見て分かっているのに、違うボタンを押してしまったり、平気でする。
●だと分かってるのに、▲を押してたりする。
不思議だねえ……。
何をしなきゃいけないか分かっているのに、
体の中で何かの線が混線しているように、違うことをしてしまうんですよ。
恐ろしいですね。

自動車の運転なんかでよく
「疲れたと分かったら運転をやめて休憩を」
って言うケド、アレはホントだな、って思った。
「分かってても操作を間違える」わけですからね。
テレビのニュースなんかでも、しょっちゅう老人の乗ったプリウスが、
ブレーキをアクセルを踏み間違えてコンビニに突っ込んでますけれども、プリウスが。
ええ、プリウスが、ですよ。
あれもきっと、こういうことの延長なんだと思います。プリウスとはいえ。
はあ、プリウス

そんなんで、『ミラクルガールズフェスティバル』をやりながら、
嗚呼これがゲームで、『ミラクルガールズフェスティバル』で良かった、
プリウスじゃなくて良かった、
コレがプリウスだったら、と思うとゾッとするわけです。

『ミラクルガールズフェスティバル』で良かった……。
イヤ良かあねえよ。
こっちだって一生懸命、FULLコンボ目指してやってんだよ。

「自分がどのくらい疲れている」とか、
「まだまだ大丈夫」とかいう自覚なんていい加減なもんなんだなあ、
事故なんて大概こんなときにおこるんだろうなあ、
などとヒシヒシと感じてしまうアラフォーであった。

睡眠をしっかりとった日のジョギング後なんかは、めっちょ調子がいい。
アドレナリンだかなんかが出てるんでしょう、いくらでも目も耳も判断もついてくる。
なんなら、分かってなくても必要なように押すことも出来る。
「調子がいい」っていうのは偉大なことだな、と思う。


その昔オイサンは、その日一日の調子を『F-ZERO』のMUTECITY-Ⅰのタイムとか、
『リッジレーサーRevolution』の中級コースのタイムで測ったりしていた時期があったワケですが、
今はそれが『ミラクルガールズフェスティバル』で測られている感じ。

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ミラクルまつり。



■そんな素敵な『ミラクルガールズフェスティバル』への要望
このゲームの各キャラクターの3Dモデルの出来は素晴らしく、
それだけでも見てて飽きないんだけど
(特に『のうりん!』のソロ曲での草壁さんのパフォーマンスは圧巻)
ビジュアルが、3Dモデルによるダンスばかりじゃなく、
作品本編のダイジェストPVみたいなものとか、
なんなら新作アニメPVが入っててくれたりすると嬉しかった。

モデルの良さとか再現度(作中でダンスシーンがあるものなんかはその再現度も)の高さは
素晴らしくいいんだけど……
ちょっとね、出てくるのが制服の女子ばっかりで、悪いコトしてるような気分になるときがある。
女子高とか女子中の文化祭と言うか、お遊戯会を覗き見してるよーな背徳感に苛まれるときが、たまにあるよ。

完全に考え過ぎ……なのかと言われれば、そうでもないのだと思う。

制作者のインタビューでも触れられていたのだが、
「ダンスの振り付けやモーションを、プロっぽくキレキレにならないように、
 ワザとちょっと簡単に、ちょっとたどたどしく」
味付けをしてあるのだという。
というのも、ゲームの設定が
「作品世界で歌やダンスのプロではない、フツーの女の子であるヒロインたちが、
 その素の姿のままステージに上がっている」
というものなので、キレキレ過ぎるのはおかしいだろう、という演出意図からのこだわりなのだそうな
(多分、『WakeUp,Girls』や『のうりん!』の子は除くと思われる)。

その、拙さの部分がその、より「お遊戯会の覗き見」感を高めていて……
ざ、罪悪感がある……。
あのね、ダンスがたどたどしいならカメラワークでフォローすればいいのに、
なぜかカメラワークまで素人くさかったりするのよ。

まあその背徳感・罪悪感はゴホウビみたいなモンなんでいいんですけども。



■次回作で入って欲しい作品
しかしこのゲーム、謎なのはどういう基準で収録作品を選んでいるか、ということなのだけれども。
ともかく、もしも次回作があるなら


『これはゾンビですか?』『のんのんびより』『ゆゆ式』
『少年ハリウッド』『ヤマノススメ』『戦国コレクション』


あたりを是非収録して欲しい……と書いて、ちょっとピンと来た。

そうか、主題歌とか収録曲を「作品のキャラクターが歌っている」ことがまず第一なのではなかろうかな。
確かに、上で書いた中では『これゾン』『のんのんびより』(OP)は、
キャラクターは歌ってないもんな。
なるほど。
てか『少年ハリウッド』は客層が違いすぎるかもしれないけど。好きなんだよ。



……マそんなんでね。



好きになると長いオイサンですので、まだもうしばらく、この奇跡の少女祭りに浸りつつ、
夜の小田急を彩るあだ花でいようと思います。
見かけたら声をかけて下さい。
「ゲームしてんの見て分かんだろ!! 邪魔すんじゃねえ!!」
ってキレますから(理不尽)。

皆さんも疲れたら無理をせず、一息ついてから行動に移した方が
良い結果が得られると思いますよ。
あとプリウスを見たら車間距離を取った方がよいと思います。


Dsc01480
「まあ落ち着け、座れよ」


ミラクルガールズフェスティバルおじさんでした。


 

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2015年12月20日 (日)

■人生が変わる。64が変える。~デジタルのうたが変える人生の話~ -更新第1026回-

ちょっと前、Twitetrにて、
とあるフォロワーさんのフォロワーさんがどこかのエラい人に

「映画には人間の人生を左右する力があるが、ゲームにはそこまでの力はない」

と言われて悔しい思いをし、誰かの人生を動かせるくらいのゲームを作ろうと思ってその道に入った、
という旨のつぶやきをされていた。

フォロワーさんのフォロワーさんも、フォロワーさんもゲームが好きな方で
そのエラい人の言説には反対らしく、そんなことはない! と吼えておられ、
ただフォロワーさんの方はそういう

「人生を変えられる・人生の大事なことを学ばされるようなゲーム体験」

をされたことがない、ということで、若干の戸惑いを覚えてはおられたようだ。



■ここで取り沙汰されていた「ゲーム」が
ボードやカード、TRPGなどのアナログゲームなのか、
ビデオゲームなのか、それとももっと広義のゲームなのか厳密には分からないけれど、
言われようから判断してここではビデオゲーム・テレビゲーム・電子ゲーム、
特に家庭用ゲームのコトだとする。

オイサンもテレビゲーム大好きっ子でゲームには様々な影響を受けてきた方だから、
ていうかむしろゲームにしか影響らしい影響を受けてこなかった人だから、
エラい人の言ったことにはイヤイヤイヤ、ンなことないでしょ、と言いたい方だけど、
こと「人生が変わる」ということに関しては
何が原因だってコロッと起こるもんだと思っている。

それは、ことがゲームだからっていう話でもない。
どんなモンを見聞きしたって、人間の考え方とか、その「人生」ってやつだって何ぼでも変わるでしょ、
というのがオイサンの考え方。

ゲームに限定したって、それが『ドラクエ』だろうが『FF』だろうが
『カラテカ』だろうが『スペランカー』だろうが『スターソルジャー』だろうが
『スーパーモンキー大冒険』だろうが『東方見聞録』だろうが、
8bitだろうが16bitだろうが32bitだろうが、
32bitCPUを二つくっつけて「64bit級!!」って言い張ろうが、
任天堂だろうがセガだろうがSONYだろうがNECインターチャネルだろうが
松下だろうがプレイディアだろうがピピンだろうが、
……いやスマン、プレイディアとピピンはダメだな、
見る人が、見るタイミングで見れば、簡単に変わりますよ、そんなもん。

  『スペースインベーダー』を見ても変わらない人が『CoD』を見れば変わるかもしれないし、
  逆で、『スペースインベーダー』でないと衝撃のない人もあるでしょう。

音楽でも、本でも、ただの景色でも、海でも山でも船でも飛行機でも
虫でも猫でもタバスコでも、生き様でも死体でも、なんだってそうです。
何を見たって、それを見て感じ入る下地のある人間が見れば、変わる。
人の思いや考え方を変える原因として、モノは問われるもんじゃないと思う。

  ただし、全ての人が、どんなタイミングで見ても変わるなんていう奇跡はありません。
  見るべき人が、見るべきタイミングで出会うことが絶対条件で。
  180°だろうが1080°だろうが、コロッと一瞬で変わったって不思議はない。



■またそういう考え方とは別に
「それらの面白さに魅せられて」だとか「それらの技術に衝撃を受けて」でも、
「その道に進んで将来食っていこう!」と考えること自体が
「人生を変える」ことに他ならないし(ていうかそれ以上に顕著な例もあんまりないよね)、
そう考えるのであれば、
「産業」として成立している時点でその事物には人生を変える力が
すでに社会的に、客観的に成立している、と言えるだろうと思う。

ただ、そのエラい人の発言は、「ゲームと映画を力強く比較している」という点から考えて、
32bit機登場前後の話なのではないか? とオイサンは推測しますが、
それ以前の家庭用16bitマシンの……スーパーファミコン、メガドライブの……頃までは、
他のメーカーさんはともかく当時の業界の盟主的存在であった任天堂のトップは、
「所詮はオモチャの一品種、いつ業界がなくなっても不思議はない」
と考えていたといいますから、
もしかするとその時点では「まだ業界・産業として確立はされていない」、
つまり「それを職業として選ぶ人生の変わり方」は、なかったと言える……
かもしれない。

無論、それを求めてゲーム会社に入った人はいたのでしょうけれども。
その頃から既に、名の知れた人たちはたくさんいましたしね。
というか、ちょっと前まで名の知れた人たちというのは
そのころ以前にゲームメーカーに入った人たちばかりだった。

あと、人生の変わり方にも色々あって
上で書いたみたいな「職業として選ぶ」ような意味もあるし、
ゲームのせいで人生踏み外しました、身を持ち崩して今壁の中にいます、みたいなことだって、
「人生が変わった」と言えるでしょう。

たぶん、きっかけになったエラい人の言う「映画で人生が変わる人」の中にも、
そういう変わり方をした人だっていっぱいいるんじゃないでしょうかね。
映画を見てその気になってヤッチャッタとか、
映画業界入ったけど食ってけなくてヤラカシチャッタとか。



■とはいえ、素直にとらえるならば
そのエラい人の言う「人生を変える・学ぶ」っていうのは、
言い方から推測するに、
何かもっと、文化的に人間の心情的な根幹をなすことに関わる考えの作り方
(簡単に「考え方」ということも出来るのだけど、それだと少しニュアンスが異なる)
のことを言ってるのだろう。

たとえば生だとか、死だとか、愛とか。
家族 / 親子 / 兄弟 / 夫婦、戦争 / 平和、罪 / 徳 / 聖 / 俗、お金、
男 / 女 / それ以外の性 / 恋、思春期 / 成熟 / 老い、スポーツ / 宗教 / 文化、
国 / 国家 / 祖国 / 愛国
……ざっと思いついたところで、そんなこと。

その偉い人の言い方に照らせば、
「古くから映画がテーマにしてきたような、様々な人の営みに関する考え方と振る舞い方」
といえるだろうか。

そういう複雑怪奇なことがらについて、
それまでの考えを覆されたり、問い直させられたり、或いは全くなかった視点を与えられたりして、
世の中の見え方が変わるであったり、
より具体的に自分を取り巻く現象をとらえられるようになったりするということを、
「人生が変わる」ということだと考えましょう。

且つ「変わる・変える」というニュアンスから、
「ある程度、その人の人生・人生観が形成されたあとの段階で作用する」
ということも重要ではありましょう。

  ところで、それとは別に思うのが、
  映画をよく見てそこから何かを得た人たちがよく
  「映画から人生の全てを学んだ」みたいな言い方をなさるのは、
  多分その世代に「そういう言い方が流行った」ということがあるんだろうな、
  と思ったりはする。
  今だと、多様化・細分化が進んじゃって、
  迂闊に「人生のすべて」なんて言葉は使えず、使うほど胡散臭い目で見られる世代なので、
  若い人は使わず、「自分はこう思う」という言い方になっていくのだろうと思う。
  個が発信できる時代になってしまって、すぐに
  「自分はそうではない」っていう話が、微に入り細に入り出てきてしまいますからね。
  その辺、今はちょっとメンドクサイ。
  幹の部分の強さが形成されがたい時代ではあると思う。
  その表現の力の強さというのは、あくまでも時代的なものだろう。
  今言われる「人生のすべて」と、その時代に言われた「人生のすべて」は違うものだ。
  同じだとしても、「その人を構成する人生のすべて」ということでしょうね。
  「人の生とは須くこうあるべきだ」と語れる時代がかつてあった、
  ということです。

まあ、なんでしょうか、
そうした「人間が生きていく上で切り離せないものごと」の中には、
比較的変化のゆるやかな、見かけ上変わらないものも多々あるので、
そうしたものごとに関して鋭く切り込んで描いた作品の中には
普遍的な(少なくとも描かれた時代と現代とで変わらない)要素であり、
真理が描かれているものがある、ということは言えましょう。

それら普遍的な要素について、多くの映画から網羅する形で学び取り、思考が形成された、
ということはあっても不思議はないと思う。

そういう風に思うなら、
確かに現代のゲームは表現力が上がっているとはいえ、
それら普遍的要素についてすべて、
それぞれ何かのタイトルで一度でもテーマとして取り込んでいるだろうか? と問われると……
映画と比べたら、ラインナップは貧弱であるかもしれない。

ちゃんと拾い集めたわけではないから正確なところは分からないけれど、
ビデオゲームが基本的に「遊びであること」や「インタラクティブであること」、
はたまた「商業ベースであること」など、
場合によっては広がりや深みの助けになる要素が表現の上で縛りになってしまって、
描けていない・描くことが難しく(遊びと結び付け難い・単方向的でないと伝えにくい・売れない)、
取り込めていないテーマは残されている……かも知れない。

そう考えれば、
「人生を変える」という分野での総合力というか、広範囲性・網羅性において、
ビデオゲームが映画に一歩譲る、という言い方は妥当であるかもしれない。
その分、一点突破の集中性や、一度食らってしまったら二度と抜け出せない根の深さにおいては
勝るとも劣らない、とは……個人的な感想だが、思うけれど。

マきんたまの一つも握りつぶされれば世界の見え方なんて全面的に変わっちゃいますから、
全部の要素を持っている必要もないと思いますからね。
あ、きんたま無い系の人たちをハブる意図はないですよ。



■16bit機以前の世界では
ゲームの世界は人の想像力・妄想力を駆り立てるチカラをより強く持っていたと、
オイサンは思います。

人の心の、「隙間を埋めたい・埋められるんじゃないか?」とその気にさせる点において
8bit・16bitマシンが打ち込んでいく「点」の情報は絶妙な隙間を持っていて、
二つの点の間を線で結ばずにはいられない、そんな魅力を持っていた。

その隙間から湧き出し、読み取ることのできる「夢」は、
人間の人生を変えるのなんかワケもないくらい強い衝動を持っていた。
線や面を描けなかったことが、昔のテレビゲームに力を与えていたのではないか。

絶妙に打たれた二つの点の隙間を自分の心で結んで埋めていくのだから、
そこには主体性が生まれるし、出来上がったものは自分だけのものになるし、
それの結線や埋め込みが「成立する」ということは、大きな承認と成功体験を得るのと同じだ。
ゲームの包容力は底知れなかった。

またそれは同時に、深く深く自分の中へ入り込む作業でもあるので、
やっている最中は案外……自分の何が正しく、何が間違っているのかを
延々問うているような作業でもあって、
正否を認識しつつ、取捨するか、断罪するか容認するかは別問題なのだけど、
知る作業としては結構な力を持っていたと感じる。

32bit機以降、ゲームはより直接的な表現力をもつようになり、
人の妄想力を借りた形ではなく、
直接的な表現力で、映画にも負けない力を持つようになった。

  ちなみに、16bit機以前に、直接的な表現力で映画にも対抗しようとし、
  それをかなりなレベルで実現していた最右翼が『ファイナルファンタジー』あたりだと、
  オイサンは思います。

それは語り手の意図をより鮮明に表現・伝達出来るようになった、ということで……
受け手からしてみれば、情報はより限定的になり、自由度は下がってしまったとも言えて、
受動的に受け取る「人生の衝撃」は大きくなったけれども、
自発的に掘り起こす「静かな衝撃」は、随分減衰してしまったんじゃないかな、とは思う。

それでも、ゲームの持つ
「土台の欠落を自分の持ちモノ(思惟ややり方)で埋めていく」という要素は、
いくらか具体性を帯びてしまって嘗てのものほどの懐の広さ深さはなくなったけれども、
「プレイして初めて完成する」というゲームの特質上無くなりはせず、
テーマがある程度物理的に力を発する空間世界で、
問いかけをどのように受け止め、処理し、振る舞うかということでプレイヤーに委ねられるわけで、
限定的に、より濃密な問われ方をしているのではなかろうか。

作者がより雄弁になってしまって自由度が下がり、
選択的であることが増えたのは皮肉なことで、
作者とプレイヤーどっちが主役かわからなくなることもままある。

そういう風に限定的になるとまた、
「テーマのラインナップ」が重要性を増してくるワケで、
そこが貧弱になりつつある? 今の状況はちょっと残念ではある。



■ちょっととっ散らかっちゃったけど
ゲームに、誰か個人の生き方・考え方・在りようを変えさせる力があるかどうか?
ということについては、全方位的でこそないにせよ十分にあると思うし
(ていうかここを見に来るような御仁は皆さん絶対あると思ってる系男子だと思うけど)、
適正のある人に対するピンポイントのパンチ力は、
他のメディアと比べても群を抜いているというのが、自分の感触です。

自分の例で言うなら、……PS2の『北へ。』が最も大きかったと思う。
ゲームと書き物一辺倒で家から出なかった自分をいきなり旅の世界に連れ出したゲームでした。

他にも心に残るゲームや、考え方・世界の見え方……人生「観」を左右させたゲームはそれこそ数知れず、
『ときメモ』とか『俺屍』『ロマサガ』『マリオ』などなど、枚挙にいとまがありませんが、
どれも「ゲームが自分の軸にあること」を前提にした変化にとどまっており、
暮らしの軸にあったゲームをサブに押しやってしまった、
軸ごとずらせてしまったという意味で、
『北へ。』は自分の中のマキシマムインパクトだった。

  ……と、言い切ってしまうのは、
  感じた衝撃は『ときメモ』の方が大きかったから自分でも少し意外だし、
  ちょっとかなしいんだけど。

無論、体重を50㎏も減らし、
「カラダのつくり」そもそもを変えてくれた『アマガミ』は言わずもがな。
『アマガミ』『北へ。』がマキシマムで、他のゲームたちはその屋台骨を作ってくれた、
そんな感じだろうか。



■題名のない音楽会でゲーム音楽
余談。
先日の『題名のない音楽会』、
植松『ファイナルファンタジー』伸夫さんが出るのをすっかり忘れてて、
ほとんど見られませんでした。

最後の『ゼルダ』だけ聴いた。

バイオリニストの方が「僕の大好きな曲」と言って演奏されてましたけど、
思えば、ああそれがもう当たり前だよな、と思って聴いていた。

だってもう今のお子たち……否、
イマイマならずともオイサンより10年も下のお子たちの家にはきっと、
生まれたときからデジタルゲームがあって、
物心つく頃にはいじっているにちがいないのだもの。

一番初めに、意識的に聴く音楽がゲームの物であっても、なんら不思議はない。

  テレビの番組とかドラマとか映画とかよりも、
  ゲームの音楽って自分のやることに共鳴して鳴るから、
  すなわち自分でコントロール出来てしまうから、
  余計に意識的に聴いてしまうと思うんですよね。
  ゲーム好きのオイサンのひいき目ですけども。

そんな人たちが、例えば大きくなって今クラシックの第一人者になったとして、
そんな彼らがゲーム音楽に偏見をもつか、
くだらない、俗なオモチャの付属物だと下に見るかといったら、
マそういう人もいるかもしれませんけど、
大半の方は、そうではないんじゃないでしょうかね。

かのバイオリニストさんは、
別にゲーム音楽に魅せられて音楽家になったわけではないと思うけれども、
線であり、面であり、立体である音楽に触れ、作り出すことのできる御仁の心にも、
「素晴らしいもの」として「点」の音楽が根ざしていることに、
今回の話のヒントがちょっとあるんじゃないかなー、などと思うオイサンです。



……。



『ゼビウス』は、
敵の出現テーブルがランダムに、あるいはプレイヤーの行動によって変化するゲームだけれども、
なぜかある場面で必ず、一機だけで画面に現れ、一発だけ弾を撃って去っていくタルケンがいる。
彼の出現は固定されている。
タルケンには、有人機である、という設定が与えられている。
あのタルケンのパイロットはなぜ一機で来るのか、
なぜあのタイミングなのか、
あの一発には、何か意味があるのか……。

そんな妄想に、作者に表現の明確な意思があったとは敢えて思わないけれど、
そこに思いを馳せることが出来れば……
また、見え方の変わる世界も、きっとあるんじゃないでしょうか。


▼ゼビウス 1~7面プレイ




オイサンでした。
 
 
 

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2015年11月 8日 (日)

■ご注文はiPodですか?~ウォークマン買い替えと、年末のモノ入りゲームラッシュの段~ -更新第1017回-

Wake Up, Girls!

……イヤ失礼。
今朝がた、眠りすぎてしまったものでね。

半年分くらい笑ったなあ、と思った日の夜、
モーレツな疲労に見舞われてがっつり寝てしまった……
笑うのにも体力がいるのだな。あそこまでガックリ来るとは思わなんだ。

マ笑っただけでなくてのーみそも使ったし、
いろんな内臓がいつもの数倍の速度と密度で稼働していろんな分泌物を
出したりしまったりしてたような気がする。
体内全身大忙し。

ハラショーだったぜスパシーボ。

Atdsc07670
ピロシキ。


今日は

 ・ウォークマンがイカれたのでA20に買い替えた、その使用感のハナシ
 ・ローソンのコラボキャンペーンで『ごちうさ』のあれやこれにやられるハナシ
 ・これから年末にかけて出る、チョイ気になっているゲームのハナシ
   ~ガールフレンド(仮)
    ~ブレードアークスfromシャイニング
     ~干物妹育成計画
      ~ミラクルガールズフェスティバル


の3本です。


■歩く人、ヒザがイカれるの巻

ウォークマンの、NW-S760さんがイカれました。
オイサンです。

このウォークマンがうちにいらしてからどのくらい経っていたのか……
ブログを検索してみたら、2011年の12月頃、購入していたらしい。
約、丸4年。ソニーさんは相変わらずです。

  ▼好きです、白い歯。BLUETOOTH。 -更新第733回-
  http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/bluetooth-733--.html

  しかし、RX1さんも5年でポックリいったりしないだろうね。
  20万の品が5年では、ちょっと厳しいものがあるぞ。
  ドキドキする。閑話休題。

たまにはウォークマン以外を使ってみようかと検討してみましたが、
となると選択肢はほぼおリンゴマークの白いヤツしかなく、
そうなると……操作がタッチパネルになってしまうのですね。

……いやじゃー。
オイサンはボタンをぽちぽちしたいんじゃー。
ケータイもBlackBerryさん使っとるくらいなんじゃー。
……というわけで、ほとんど自動的にウォークマンさんに決定。
いっちゃSONY.

  ……うーん。
  昔は東芝さんのGigabeatとか、パナとかケンウッドとかもあって、
  国内メーカーでも色々と選択肢があったもんじゃがのう……。
  アップルさんが全部、台無しにしてしもうた……。
  今のコたちは、そんな選択肢もなくって、ちょっと気の毒じゃのう、
  というのは年寄りの勝手な物言いで、
  「勝手に憐れむんじゃねえよ!」
  って怒られそうですね。すみません。
  でも、あの色んな性能とかフォルムとかデザインとかの中から、
  あーでもない、こーでもない、
  お前のかっこいいなでも俺のはもっとカッコイイ! 
  みたいな話をするのがなかなか楽しかったんスよ。
  ね。
  マ、老い先短い初老の戯言ですじゃ、聞き流してくだされい……ウッ! ごふごふ!!
  おじいちゃん、大丈夫!?

そこまで絞ってしまえばあとはもう、ソニーさんの中のラインナップの中での選択。
デ買ってきたのがNW-A25の黄色いヤツ。

Adsc07654

いかがです。
かっこいいでしょう? そうでもないですか? そうでもないですよね。
オイサンもそう思います(オイ

マ使い始めてまだ間がありませんが、チョイチョイ気が付いた点について
レビューしてまいりましょうかね。





■性能うんぬん言う前に

しかしワタクシ、専用機を持たなければならないくらいお外で音楽を聴くかと言われたら、
そうまでさいさい聴くわけではナイんですけどね。

音源も、最近では毎クールで気に入ったアニメの主題歌やら関連楽曲を買うくらいで、
一次気は追いかけて買っていたpillowsやつじあやのやらのCDを買ったりするようなことも、
最近ではめっきり減りました。いけませんね。
ゲームのサントラも……そもそも、あんまりゲームをやらなくなってしまって買ってないなあ。

  大体ゲームの音楽って、もう特殊なものではなくなっている。
  昔はハード的な制約があって8bitのコンピュータサウンドとかは、
  それ以外のシーンで聴くことがないような超特殊な部類の物だったけれど、
  最近は普通に生録音のものとかもありますから。
  あれを愛して今でも8bitライクなものを作り続けている方もおられますが、
  オイサンなんかはあの音楽を、特殊なシーンに(つまり各ゲームの場面場面に)紐づけて記憶している、
  というか、画面を見つめながらその音楽を聴き続けるわけだから意識しなくても
  しみこんでしまっていて、
  その体験と音楽が一緒になってしまいこまれていることが大事なワケで、
  音楽だけ8bitっぽく出されても、オイサン個人的にはそんなに嬉しい話でもない……かもしれませんな。

昔はワリとひっきりなしに聴いていたように思うが、
年のせいか、はたまた普段の暮らしの場が騒音でいっぱいだからなのか
あまり長い時間、閉塞した音の中に閉じこもっているとものすごくくたびれるようになってしまった。
オシゴトがあまりにもきつかった時期、
どこにいても、些細な音でも気になるようになってしまって、やかましい、
ああこの町はやかましいと感じられてしまい、
その時を境にますます、ポータブル機器を使ってまで外で音楽を聴こうと思うことは
随分減ってしまった。
ただ静寂だけが欲しかった時期。最近は少しずつ戻ってきているのだが。

そんな程度しか音楽に親しまないオイサンが、
新たにいちいち専用機を買う必要があるのかどうか……
マいざ「なくなる」となって、あって欲しいかいっそいらないかを考えた結果、
とにかく「聴きたいときにないと寂しい」という結論に至ったので買うことにしたのだけども。

無いなら無いで、そういう暮らしに馴染んでいってしまいそうな気もする。

30代~40代男性だと、ポータブルメディアプレイヤーを持ってるマンと持ってないマン、
どっちが多いんだろうなあ。
最近は「専用機はないけどiPhoneで済ませている」って層も多いんだろうなあ。
音楽ファイルを積極的に持ち歩いて頻繁に聴いてる層、とすれば良いのだろうか。

しかしそれはそれで、
「iPhoneで聴けるから、そんなには聴きたいと思わないけど、
 ついでで聴けるようにしている」
みたいなんが大量にカウントされそうだ。
要はライフスタイルや積極性というところが境目になるのだろうけども。

  それを思うと、写真も音楽も「iPhoneのついで」で終わらせてしまうiPhoneは
  文化の頒布の仕手であると同時に破壊者でもあるのかも知れぬのう、
  なんて話は、もう識者たちはとっくにしているコトなのであろう。
  マ陳腐化なんかいつもそんな風に起こって収まっていくのだろうけど。

懐かしの余暇・娯楽白書とかでも見れば、そんな統計データが載っているのだろうが。
  いや懐かしいな。
  卒論書くときにやたらお世話になったな。レジャー白書だったかな。

しかしどうなんだ……そうなると……
オイサンも、もしiPhoneを持ってたらそれで済ませてるのかなあ。
電池切れを嫌って、やはり専用に音楽再生機を持つだろうかなあ。
出会うタイミングにもよるだろう。
20代から30代前半くらいまでに出会っていたら、
「いややっぱり音楽は、いくらかでも音質を気にしないと!」
くらいの気概を保っていそうだから、分からないなりにも専用機を求めそうだけど、
30代後半に出会っていたら
「おお、なんかもうめんどくさいからこれで十分か」
くらいに落ち着いてしまいそうだ。
こだわることには、知識も何より、体力がいるからのう……。

しかし音楽や歌は、大事なインスピレーションの、重要な得どころだからな。


とまあ、こういう節目節目で、身の回り、持ち物についてチョイチョイ考え直していかないと
漫然と流れていってしまいますんでね。
ややこしいことも、一応考えてみるわけですよ。
今回は結局またウォークマンを買いましたよ、ってことで。

では肝心の、新しいウォークマンA25さんの使い心地を書いていきましょうかね。


◆デザイン
そんなもんは好きずきだ!
……ではハナシにならんので機能的な面から言うと、
S760に比べるといくらか厚みが増し、表面にざらつきが施されているので、
落っことしたりはし辛くなっていると思う。
……が、縦に長くなった分、スルっと抜け落ちそうな怖さがあって
プラマイゼロな感じ。いやん。

この面長な感じを
「シャープでカッコ良い」とみるか、「のっぺりして野暮ったい」と感じるかは個人の好みかと。
オイサンは……ちょっと、細長すぎるかな、と感じる。ギリギリ、ほんとギリギリアウト

あと、これはどちらかといえばUIの項目だけど、
縦長になって十字キーとHOME・OPTIONボタンが遠くなってしまったのがチョイいただけない。

全体的にちょっとカクカクし過ぎな気もする。
角はとっても良かったんじゃないかしら。
ハイファイ生ポリゴン!

▼ハイファイ生ポリゴン格ゲー




◆操作性・UI

▼えー、まずは、キーが総じて押し辛いです。
十字キーがひし形をしていて、かつ凹凸もあんまりないので、
手触りではどこ押したもんか判断し辛いし、固くて押しにくい。
オサレなのは結構ですが、使い勝手はイマイチ。

上でも書いたけど、BACK/HOMEキーとOPTIONキーが十字キーから遠くなった。
いずれにしても、全体的に直感的にいじることは出来ず、
何かしようとするたびに「ウッ」と思って
本体を目で見ながらの操作になってしまいますね。
ウーン。イマイチ。

▼Holdスイッチは分かりやすく、かつちょっと固めで、誤操作はなくなった。
けど、細長いボディの下の方に位置しているので操作するときに指に力が入り辛く、
スムーズには操作できない。
こういうスイッチは
「固くて勝手にはまず動かないけど、意図して操作するときには指に力が入りやすくて スムーズに動かせる」のが理想ですよな。
マあくまで理想だけど。

▼イコライザの調整は細かくできるようになりました。
S760では、ダイナミックバスが0~+3まで、各周波数の調整が±3だったのが、
A25ではダイナミックバスが0~+10まで、周波数は±10になった。
細やかなチューニングが可能。これは有難い人には有難かろう。
さわれる周波数の種類・数は同じ。

ただし、イコライザ画面を出すのに、
メニューを2階層潜らないといけないのはちょっと面倒くさい。
S760さんでは、OPTIONメニュー直下にあったので改悪だと思う。
オイサンは挿すヘッドホンによってカスタム1かカスタム2かを切り替えるので、
ワリと頻繁にいじるのです。

▼オイサン必須のブックマーク機能。
「ブックマーク」なんて名前がついてますけども、「本体で編集できるプレイリスト」です。
これが5つ作れて、1つに対して100曲まで登録できる。
この機能がオイサンにとっては超大事。
聴きたい曲だけチョチョイとつまんでポポイと放り込んで、
その日の気分に合わせたプレイリストを拵えられるのは大事、大事です。
マ1リスト100曲もいらんやん? とは思うけど多い分には文句はない。
これはS760さんから変わらず。
もしこの機能が削られていたら、たぶん他の機体を探していた。
そのくらい大事。

▼リクエストとしては……S760 時代からの希望なのだが。
1ボタンで音楽再生画面まで一気に戻れる操作が欲しい。
一度ほかの操作画面に移ってからまた再生画面に戻るの、結構手間なんですよね。

イマんとこ気付いたのってそのくらいかなあ。
いずれにしても、全体的にキー配置がどれも微妙で、
「この操作をbestにするためにこっちの操作は微妙になってます」
っていう感じですらないのが残念だ。
どこか、重点を置いた操作くらいは快適であってほしかった。


◆音質

さあ、お待ちかねの音質のレビューです!
そんなもん好み人それぞれだから勝手に聞いて判断しろ(らんぼう)!!

ノイズキャンセルにもハイレゾにも対応した機体だけど、
ノイズキャンセルヘッドホンもハイレゾ楽曲データも持ってないから関係ないし、
ノイズキャンセルして聴こうとは思わない、
むしろ外の音が入ってくるくらいでないと不安になるし聴き疲れしちゃうタチだし、
ハイレゾを聴き分ける自信もない(ためしたことはないけど)ので、
特に関係がない!!

S760と同じくらいの感じで普通に聴けてると思います!
特に良くも悪くもなってないと思います、たぶん!
以上!
SONYウォークマンNW-A25のレビューでした!

ちゃお!


……あーそうだ、もとのS760さんが、てっきり16GB品だと思いこんで
新しいのも16GB版で買ったんだけど、
実はS760さんが32GB版でびっくりしました。
データ溢れちゃった。
だもんで、A25さんがmicroSDに対応しててくれて助かりました!!
いやー危なかったw
そこは嬉しかったかな。
願わくば、1ランク下のSシリーズが4GB・8GBだけじゃなくて16GB・32GBまであって、
かつmicroSD拡張に対応しててくれたらそれが一番よかったんだけど。
そしたらこっち(Aシリーズ)じゃなくてS買ってたよ。
SD拡張が出来るんだったら8GBでも良かったけどね。
マそこはたぶん、「これで十分」という判断ではなく、
「その容量を求めるお客さんには上のクラスを買ってもらって、
 『せっかくだからついでに』需要で、ハイレゾ商売・ノイズキャンセル商売にも付き合ってもらおう」
っていうハラなのでしょう。
仕方がない。



■ローソンにまんまとやられる

『ごちうさ』のミニタペストリーとクリアファイル欲しさに、
飲みもしないリゲインを3本とそんなに食べもしないのど飴やらチョコやら
わっさと買い込まされてしまった四十路?

はっはっは、そんな馬鹿な四十歳がいるわけn俺だーーーーーッ!!

某日、研修先へ向かう朝の電車の中でツイッターのタイムラインに
「ローソンのコラボが……」
というつぶやきを見つけて、また何かやってんのかなと思っていたら、
『ごちうさ』の何かしらが貰えるハナシらしく、
ああそうなんですね、くらいに思いながら、とにかく午前中はフツーに研修を受け終えた。

  ちなみにこの研修、通常10人以上を想定しているコースなのに3人しか集まらず、
  それでも開催してみたところさらに一人が欠席で、
  結局先生一人に対して生徒二人という濃密な3P空間。
  オイサンが一番年下でした。妹キャラでがんばゆ。
  お、お兄ちゃんたち! しっかりしないとダメなんだからねっ!!

そんな薄気味悪い冗談はともかく、
研修費用にも含まれていたお昼ゴハンの仕出し弁当がちょっと物足りなかったので
会場近くにコンビニを探したところ……おや、ローソンがあるじゃないですか。
偶然偶然。
おやおや、なるほどなるほど、
ユンケル購入1本ごとに、『ごちうさ』のミニタペストリーが一つ貰える、
とこういう決まり事なのですな、なるほどなるほど。

……フム、思えば今回の研修、
午後のカリキュラムにはロールプレイも含まれていて高いテンションが求められるし、
こうも少人数では要求される集中力が桁外れで、体力も消耗するというものだ。
このまま普通に付き合っていたのでは
なにかこう、勢いをつけるのに良いアイテムはないものか……

お、これはこれはユンケルじゃないか。
いっときはあの世界のイチローもCMに出演していた、
滋養強壮飲料のユンケルじゃないか。
今の自分の要求にこれ以上応えてくれるアイテムがあるだろうkいやない!!

  ここで視線をチラリと棚に走らせ、ミニタペストリーの残量を確認。
  ココアとチノは完売か……。

どれ、今日の午後の分はもちろんのこと、
明日のプログラムもハードになること間違いなしだし、
明後日には社内レビューも控えている。3本くらい買っておいても罰は当たるまい。

すみません、この『ごちうさ』のミニタペストリー、
リゼシャロ千夜のやつ下さい。


あとついでにユンケル3本下さい。



……買ってしまった。

Ardsc07653
ちなみに、ミニタペストリーといいつつプリントは紙で、
上下に筒を挟み込んで吊るせるようになっているだけの安っぽいシロモノです。



かくしてこの40代男性は、昼メシも食い終わったあとに、
そこそこデカいメのカチャカチャいうコンビニ袋ぶら下げて研修会場へ戻ることになり、
人数も少ないモンだから講師の老人から向けられる奇異の目をごまかすことも出来ず
そそくさとビニール袋を丸めて鞄に突っ込んだのでした。

心がぴょんぴょんするんじゃあ。

ユンケルですか?
どういうわけか、まだ一本、家の冷蔵庫に眠ってます。


……この数日後、すっかり味をしめたローソンさん、
今度はのど飴やらチョコレートやら3つ買うと
クリアファイルが一枚もらえるキャンペーンを実施なさいやがりまして、
その時はココチノもあったんだけど、ホントに気になるリゼ・シャロだけにしておきました。
シャロは1期から好きだけど、今期は妙にリゼが推されている気がする。
気のせいだろうか。
キャラデザ変わった?

Ardsc07652

のど飴はシゴトバに持って行って口がさみしい時に、
チョコは……まだ半分以上、冷蔵庫にユンケルと一緒に眠ってます。
そんな、大人なんですから、オマケだけもらってチョコは捨てるみたいな真似はしませんよ。
ポイッテーポイテーシーナイデヨー♪



■ちょっと楽しみにしているもの

これから年末にかけて、ちょっと楽しみにしているゲームが、
……週単位で出ます……。
なんでや。

なので、ちょっとご紹介しておきます。
マ全部買うかつったら分かんねえけど。


▼11/19に出る、Vitaの『ガールフレンド(仮)』

これは「楽しみにしている」と言ったら言い過ぎかもしれない。
なんとなく、潤いを求めてやってみるか、くらいのものですが。
ソシャゲでは恋愛ゲームもなんだかんだ出てますけども、
最近コンシューマでこういう生粋な感じのも少ないので、ちょっと捕まえておこうかな、
という程度。

どんなゲームシステムなのか分からなかったんで公式サイトを見てみたところ……
グラフィックがどうとか、バイノーラル録音がどうとか、
演出面については色んなアピールが書かれてるけど
肝心のシステムについてはほぼ触れられていない……。
ただのアドベンチャーゲームなんだろうか。
VitaTVには非対応なのかなあ。
タッチ操作のことが色々書かれてるし、多分非対応なんだろうなあ。

▼ガールフレンド(仮) きみと過ごす夏休み PV


名塚さんとサトリナさんが出ているなあ。
あとミスモノクロームさんが気になる。
あすみんも出ているが……これはメインヒロインではないのか……?



▼11/26に出る、PS3の『ブレイドアークスfromシャイニングEX』

SLGやアドベンチャーばかりでなく、ボタンをポンポンポンと押す系の、
リアルタイムでフィジカルの要求されるゲームも、やっぱやりたいじゃん? 男の子じゃん?
やりたい系男子じゃん?
やりたい盛りじゃん?
やりたい盛りの男子といえば、TONY先生じゃん?(そうか?)

マやりたい盛りかどうかは別にして、
やっぱりボタンいっぱい押す系ゲームはやりたいわけですよ、定期的に。
それでまあ、キャラ性も強そうってことでこれにも興味がある。




画面を眺めて、ボタンを押さない時間の長いゲームをやる合間に、
こういう「ボタンをたくさん押すことが主体」のゲームがやりたいワケです。
甘い・しょっぱい・甘い・しょっぱい、みたいな。
「軽い格ゲー」がやりたいんですな。ぺしぺしぺし、くらいのがいい。

……あ、ゲーセンで試してみればいいのか?
こんどちょっと、近場を覗いてみよう。

ファミリーソフトさんが
『ウルトラあすか120%ⅤRIZING Fest version1.22』
とかを毎年のようにポンポン出してくれていれば、
オイサンだって黙ってそっちを買いますけど、出ないんだから仕方がない。

▼あすか120%ファイナル




▼12/03 Vitaの『うまるちゃん』
正式タイトルは『干物妹うまるちゃん 干物妹育成計画』。
これは……一応、育成SLGということになるのかな。




昔の原作ありのキャラゲーなんて、
「基本は地雷、多少ましなデキならめっけもの」が当たり前だったけど、
近年のキャラゲーは優秀になった。
というのも、恐らくはライブラリが洗練されて、
同じようなシステムのゲームなら根幹部分は使い回しが利いて
絵や音を載せ替えることで対応可能になった部分が大きいからだと思うのだけども、
その分、均質化が進んでしまって、
「クセのあるゲーム」って減ったことは寂しくもあった。

  3Dのアクションゲームなんかでも、
  ジャンプしたときの感触が同じだったりするんですよね。
  ポンッと跳ねてふわっと頂点に達して、着地するまでの感覚が。

アドベンチャーゲームだとそれがまた顕著だったけど、
このテのSLGだと……なかなかそういうことはない……んじゃ、ない、かな?
原作やらキャラの魅力をふんだんに生かすこともさながら、
手触りにクセのあるゲームだと嬉しい。


▼12/17 Vitaの『ミラクルガールズフェスティバル』

……さすがセガだぜ……。
俺に気付かせずこんなゲームを作ってやがったなんてよぉ……!!
『ゆるゆり』の合間に流れたTVCMで初めてこのゲームの存在を知りました。
いやー、バカに出来ねえなTVCM。

『きんモザ』『ビビオペ』『のうりん』など、

イマイチぱっとしなかった萌えアニメをとりあえず素材にして寄せ集め、
リズムゲームで踊らせてひと山いくらで回収しよう!!


……という、オトナたちの、
年末から決算期にかけての野心に満ちあふれたゲームです!
そう見えます! よこしまなオイサンの目にはそう見えるのです!
心のゆがんだアラフォーの感想です、どうかお気になさらず!

  ちょうにんきアニメもいくつか混じってますが、その辺はきっと撒き餌です。
  お前もオタクなら、こういうのには黙って立派に釣られましょう。

な、なんて駄目なスパロボなんだ……。

まあリズムゲームは全然好きではないオイサンですが、これにはちょっとあらがえない。
だってもう、既に面白いですからね。やる前から完全に面白い。
何が面白いって、
『Wake up, Girls』がラインナップされているのが最高です。
同僚アイドルアニメの『ラブライブ!』と『アイドルマスター』は、
それぞれ自前でピンのリズムゲームを立ち上げバリバリに稼いでいるのに、
ここで『てさ部』やら『未確認で進行形』のとなりに間借りしている『WUG』が、
なんかもう最高にポップです。
トップアイドル(アニメ)への道は長く険しい、という言葉が重すぎる実感を伴います。

霧の艦隊とか宇宙的恐怖神と一緒に(もはや人間ですらない)、
ひと山いくらのどさ回りをしている場合ではないぞ、頑張れWake up,Girls!
タチアガレ!

マそんな応援の意味も込め、
好きな作品も山盛りなので年末イチオシタイトルとして購入予定です。
くっそー、シークレットゲストで『グラスリップ』も入れてくんねえかな!
SEGAっ!



本当にカメラが下からグイッとPANしてタイトルロゴがどーんしとるw



……マそんな感じで、買った物やら気になる物やら、
物欲に支配された日記でした。

以上、
「ランドセル ふわりぃ」のCMに出ている子役少女が、
ロリータコンプレックス的な意味とは無縁の方向性でツボにはまっているオイサンでした。

▼ふわりぃ ランドセル(30秒Ver)


ぶははははw この子はホントに出来る子だなwww なかなか出せる味じゃないw
いいぞ、頑張って味のある役者さんに育って下さい。

オイサンでした。



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