2017年12月31日 (日)

■オッサンREBOOT2017 -更新第1190回-

2017年も大つごもり。
オイサンです。
 
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今年も一年アザッシタ(フランク)。
来年もどうぞよろしくオナッシャス(フランク)。

例によって暇つぶしに、2017年とは果たしていかなる年であったかについて
遡って考えてみましょうそうしましょう。



●○● まずは主だった出来事を振り返る ●○●



先ずはどんなことが起こっていたのか、3ヶ月ごとに切り取って思い出してみましょう。
← 3ヶ月単位のことを「四半期」っていうとたちまちサラリーマンごっこっぽくなってしまうので
  そう書くのを躊躇したオジサン。
 
 
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■1月~3月
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■旅など
・実家帰省。ペ氏と柳生の山奥へ。
・北海道22回目。摩周湖で湖周辺トレッキング。壮大なサンピラーに遭遇。ヒゲの妖精と出会う。
・小諸13回目。ズベ公&若者ーズと落ち合う。

■アニメ
・『この素晴らしい世界に祝福を2!』
・『けものフレンズ』
・『亜人ちゃんは語りたい』
・『小林さんちのメイドラゴン』

■その他の娯楽 映画、マンガ、ゲームなど
・この世界の片隅に(1/29)
・この世界の片隅に(2/5)

■人と会ったこと
・小諸にて、ズベ公三銃士と合う。
 ズベ公のお友だち、小姑氏、かかっ亭ねえ太郎師匠。
 過剰なバイタリティとニヒリズム(?)。

■寸評
記憶によれば、何はなくとも『けものフレンズ』だった時期だった。
珍しく、自分の感じた波長と世間のウェーブが一致してテンションが変だった気がする。
過去最高に画像を保存していたかも知れない。
ケータイがブラックベリーさんからandroidさんになって間もなかったこともあって、
余計そういう情報収集・流入的な活動には拍車がかかっていたかもしれない。

1月に行った摩周でも過去最高の摩周湖さんにお目にかかれ、
出足快調……というか、今思うとちょっとロケットスタート過ぎるか。
まあ、人生いつ終わるかしれないのに出し惜しみしてもしょうがない。
 
 
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■4月~6月
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■旅など
・飯能・?回目 4/29 …
・甲府・昇仙峡~忍野八海 5/3~5/4 …3人の大仙人と巡り会い、人生の知見を得る。
・世田谷散歩マン 6/E …旅行というか、徘徊・散歩。なんだか良い時間だった。
・小諸、14回目 6/3~6/4 …6月なのに寒い。ミズゴケの美しさに脳天を割られる。

■アニメ
・『有頂天家族2』:安定の面白さ。
・『ID-0』:ヒロインが健全えっち。

■その他の娯楽 映画、マンガ、ゲームなど
・『メッセージ』 5/20
・『夜明け告げるルーのうた』 5/27
・『パリ、テキサス』(DVD)
・スマホで『スバラシティ』を始める。
・この頃、ニンテンドーSWITCH入手。
・中村博文先生の個展を見に行く。
 
■人と会ったこと
・sytlo氏と城南島海浜公園で会う。
 
■寸評
主に旅を楽しんだ時期。
昨年から思い悩んでいたことに対して、飯能の山を下りながら答えがじんわりと滲むように出てきた感じが
心に残っている。
昇仙峡の旅は大変インパクトがあった。

スマートフォンを、日々どう楽しく有効に使ったものか試行錯誤していたところへ
『スバラシティ』を見つけてしまって、そちらに結構な時間を食われてしまった。
スマートフォンで遊べるゲームは危ない、ということを、この辺から時間をかけて実感することになる。

アニメは不調。『有頂天家族』は面白かったが、全体的にみると大人しかった。

久しぶりに、Twitterの中の人と新たにリアルでお会いした。
随分初期からのお付き合いの筈だが、先方がこちらにこられる機会だったので。
「この人とはこのポイントで話が出来るだろう」
と想定したところとは全然違う話で一番心が重なる体験をし、
「気が合う」とはこういうことなのだなと実感した。


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■7月~9月
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■旅など
・猪苗代~新潟 7/16~7/17 …フルメンバーで初の東北トライ
・実家帰省 …ペ氏と桃尾の滝を見に行く。
・北海道23回目。朱鞠内 8/18~8/20 …二度目の朱鞠内~旭川。失敗は目立つが素晴らしい旅
・川越~赤城温泉~小川町 9/16~9/17 …のどかな川越、邪教の宿、プラモの話、分校のばっちゃん。
 
■アニメ
・『ノラと皇女と野良猫ハート』
・『ゲーマーズ』
・『徒然チルドレン』
・『セントールの悩み』
 
■その他娯楽 映画、マンガ、ゲームなど
・『勝手にしやがれ』 7/1
・『君の声を届けたい』 9/4
・『メアリと魔女の花』 7/23
・WiiU『スーパーマリオ3Dワールド』をクリア。これによりSWITCHがようやく接続される。
・『ドラクエXI』開始
 
■寸評
明確なきっかけがあったワケではないけど、この時期、何やら心のギアが一段上がった感がある。
そのアクセルは『ゲーマーズ!』が踏み、エンジンは『ノラとと』だったろう。
『ドラクエXI』が出たタイミングもあって、心がまたゲームの方へと大きく向いた。
その勢いで『マリオ3Dワールド』をクリアして、環境を、文字通りSWITCHにスイッチした。
SWITCH、まだしっかり触れてないけど。
しかし心に弾みがついた気はするが、如何せん、肝心なことは置き去りなままだ。
無闇にエンジンだけ回して何らかの成果や納得が得られるような年齢ではないな。

旅も大充実。
 
 
 
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■10月~12月
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■旅など
・あわら・金沢 11/2~11/4 …両親を連れて。東尋坊、兼六園。
・伊那 11/11~11/12 …1年ぶり2回目。同じ宿、同じ場所へ々日付で。
・小諸2017ファイナル 12/17~12/18 …本当に何の目的もない旅。
 
■アニメ
・『ブレンド・S』
・『干物妹うまるちゃんR』『血界戦線』
・『アニメガタリズ』『魔法使いの嫁』
・『ラブライブ!サンシャイン!』
 
■その他娯楽
・映画『エルネスト』 10/15 
・映画『ヤマノススメ 思い出プレゼント』 10/29
・映画『ご注文はうさぎですか?? Dear My Sister』 11/18、11/23
・映画『ガールズ&パンツァー最終章・1』 12/24 
 
■寸評
前の期に「映画館で過ごす時間はなかなか良い」と思うようになり、意識して劇場に足を運んだ。

アニメは『ブレンド・S』を喜んで見てはいたが、
楽しんだ度合いは『うまるちゃん』が一番だったと思う。
しかし何よりも『カーグラフィックTV』を流している時間が長かった。なぜだ。
あと、『ラブライブ!』の見方がちょっと分かった。分かったが、面白いとかデキがイイとかは言わない。
割とラブライブラブライブ言ってた気がする。ハマる人の気持ちはちょっと分かった。思い入れだけだ。

唐突に『ドラクエXI』のプレイ日記的な書き物を始めてみたり、
あまり面白くなかったはずの劇場版『ごちうさ』の感想をがんばって書いたりしたせいか
こうして思いをまとめ、言葉にし、書き残すことの意味が今までよりもハッキリ見えてきた時期。
その片鱗は、年始めに『この世界の片隅に』の感想をまとめたときもあったのだが、
今回のことでよりハッキリした。
 
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●○● プレイバック2017 ●○●



振り返ってみると、旅の多さと映画の多さが水際立った年だったと思う。
それと同時に、ここ数年に比べると一人でいる時間がまた長くなってきた年だった。
ゲームも結構遊んだ。これからもこのペースでしばらく遊べそうな気がする。
つまり、回帰の年だったのだろう。
そもそも自分は一人で過ごす時間の長かった人間だし、
インスピレーションの多く、アクションの多くは、ゲームの世界から引き出してきた。
これから先始まるのであろう変化に際して、ここ数年よりも「少しひとり」で動き、
人生を積み上げていくことを思い出そうとしつつある年だったのではなかろうか。

そしてまた、これから先の時間に問題を抱えている自分が
どのように納得してやっていくかについて、
手掛かりと、いま時点での暫定回答を持ちえた年でもあったと思う。

オイサン今年でジャパニーズ厄3Yearsの最終年度だったのだけど、
マそれを思うと、特に大きな出来事が伴わなかったとはいえ
大変良い節目であったんではないかと、振り返って思う。
出来事によってもたらされるのではない、
自分の意識と思惟に寄ってそれを迎えられた・迎えることが出来たという実感があるのは、
いんちきメルヘン書き物士としては誇らしいことだったと思う。

……ことにする。



■旅、そしてくらしについて



年の始め辺りから、「旅って難しいな」と色濃く思い始めていた。
「色濃く」としたのは、以前から思っていたことでもあるからだ。

細かくはまた別で書くが、
旅には目的のあるものとないものとがあって、自分の旅にはないものの方が多い。
あるように見えても、そもそも目的として体をなさないものが多い。

目的のない旅の、意味……というと誤解されそうでイヤだが、
旅の時間や、空間を移動する意味は何なのか、
旅の終わったあとで自分がどうあることを望んでいるのかを量り、そこを目指して導くことが難しい……。

何かの役にたてたいとかそういうことではなくて、
その旅がどういうものであったのか、どういう姿をしていたのかということを、
自分の心に収めるために何らかの感触を得たい。
それは輪郭をなぞることによるかもしれないし、中心部の核心に触れることによるかもしれない。
その形を探り出すことと、その形に納得することが難しい。

  満足ではなく、納得である。

何故なら、ハッキリした目的がなければ形を捉えることが容易くないからだ。
行って帰って来てみないと、旅は、その肝が分からない。
目的があれば「アレが見られたから」と自分に言い聞かせることは可能だけど、
目的のない旅は、終わってみるまでその旅の肝が分からない。
だから終わってみたときにその肝の確かな感触が残っていない場合だってある。
何故なら、その瞬間にはそこが最重点であるなど意識していないからだ。
終わってみて、全体像を振り返ってみて初めてわかる、
「ああ、今回の旅のいちばんの場所はあそこだった、時間はあの瞬間だった」
ということを記録として逃さないための備えや構えとは、いったいどんなものだろう……。



……そんなことを考えるのに、年の前半、
ワリと真面目に結構な時間を費やしてしまったのだけども、
それはそのハナシが旅に終わらず普段の暮らしにも通ずる問題であったからだ。
カンタンに言うと、
家庭も子供もない自分がこれから先の暮らしのどこに納得して生を全うできるだろう?
という問題だ。

  ……クックック、どうだ? 辛気くさい話だろう? 
  アラフォーの人生の葛藤だぞ? どうでもいいだろう?
  だから短めに終わらすぞ?

マ家庭を維持することや血を残すことが人間という生き物の生きる唯一の目的だなんていう気はないけれども、
一般的に考えるとその辺が大きくかつ手っ取り早い回答で、自分にはそれがない。
世の中の役に立って人様に褒めてもらおうという気もサラサラない。
自分で自分に思い知らせるためには、日ごろ何を捕まえながらいる必要があるだろうか。

そんなことの一先ず現状の答えが、春の飯能山中をブラブラさまよう中で降りてきた。
その後、5月の昇仙峡で巡り合った3人の仙人の姿はいくらかの励みになり、
それがファイナルアンサーでは勿論ないだろうけど、ある程度、
納得の出来る答えに行き当たることが出来たと思う、
……というのが、2017年の大きな収穫の一つである。
これからも引き続き、先人たちの生き様を眺めつつ、それを知る旅を続けていこうと思う。

  それとはまた別の意味で旅の難しさを痛感したのが……
  11月に両親を招いた金沢の旅だった。
  金沢は難しい。つくづく「こりゃ上級者向けだな」と感じた。
  とにかく広くて、とにかく人が多い。
  オイサンの志向する、
  「人の多い場所には寄り付かず、なるたけ他者の都合に左右される移動手段は用いない」スタイル、
  すなわち「可能な限り人のいない楽しいところへ徒歩で赴く、それが出来なかったら諦める」
  がまるで通用しなかった。自分の旅のスタイルの不器用さを思い知らされた。
  多少人ごみと慣れ合ってでも交通機関を上手に使い、ピンポイントに見どころを拾って歩くことが
  自分は本当に出来ないんだな。
  今回は両親が一緒だったのでそれに気づくことが出来たが、
  自分だってそのうち体力のない、足の弱った老人になるのだから、
  今後の課題がヒトツ浮き彫りになったと言えよう。
 
 
 
■考え、まとめ、書き残すことが生み出すもの
 
 
 
これは、読んでくれてる人に伝わっているのかどうか分からないけど、
『この世界の片隅に』とか、『ご注文はうさぎですか?? ~Dear My Sister~』とか、
『ドラクエXI』とかの感想を書きながら、
自分にとって理解不可能(或は不可分)であったものについて書こうとする・言語化を試みることで、
その対象が段々と自分の理解可能なものへと収束していく手応えを、
今年は明確に感じることが出来た。

……まあ、考えてみれば当たり前のことなんだけども。

はなから全く正体不明・実体不明であった『この世界の片隅に』や、
さほど面白くないことは確定的であるにせよ、部分的に感じた魅力について
精一杯の言語化を試みた『ご注文はうさぎですか?? ~Dear My Sister~』など、
これらの不可解・未分化のものに挑みかかった結果、
それらを自分の理解できる領域に落とし込むことが出来た(……と、自分では思っている)。

  特に『この世界の~』については、感想をかきあげる前と後では、
  作品が自分の中で支配する領域がガクンと減り、
  「理解するとはこういうことか」という驚きの感触があった。
  驚くほど、「この作品とは(自分にとって)こういうものだったのだ」という、
  理解が、そこに実体として存在した。

言語化によって、どう思っていたか分からなかったことが分かるようになることを、
実感というか、自覚というか、した。
今までその効果というのはあまり感じていなかった。
コレを敢えて今改めて成長と呼ぶ気はないけれども。
新たな感覚・感触の獲得ではあった。

ただ逆に、それらを理解可能な領域に「押し込める」ことで、
不可解であった頃の、魔力的な魅力は失われてしまった感があり……
もし理解が誤っていたり、不十分だったりしていたら、それはもう明らかな損失でしかないので、
このやり方に関してはちょっと取り扱い注意であるな、とは思う。

マ当たり前のことではあって、「え、今更そんな話してんの?」と思われそうではあるけれども。
そもそも勉強の足りてないオジサンなんてこんなモンなのである。
ただ今回は特に、それらスルスルと自分の物になっていく感触があからさまにあったので、
尚のこと感激してしまってワザワザ書いてる、というのもある。

また、
「当然のことであってもそれを言語化できていない人々というのは一定数世の中にいて、
 それを万人に理解可能な文章として著し示すことは、自分にとってではない価値がある」
ということにも、他人の文章を読んで、今年改めて気付いたので……
自分で「……こんなん、当たり前やんな。書いてもしゃあないな」と思うようなことでも、
一応エラそうに書いておくことにしようか? と、思えた今年でもあった。

『ドラゴンクエストXI』については、
まだ途中だけども大きな書きたいことが一個ある。近々形にする予定。
 
 
 
■アニメとゲーム 心身を突き動かすものとして
 
 
 
アニメに関しては、『けものフレンズ』『このすば2!』『ゲーマーズ!』『ノラとと』に、
心身ともに強くドライブされた。

『けものフレンズ』のワケの分からなさには衝撃を受けたし、
世間の流れとマッチしてしまったこともあって、カクヨムのSSコンテストに応募してみるなんていう、
柄にもないテンションの上げ方をしてしまった。
作品自体から直接的にインスピレーションを得たわけではないけど。

『ゲーマーズ!』は、今振り返ってみればそんなに面白いわけではなかったけれども、
主人公の抱く無自覚な孤独と闇が自分の思い描くゲーマー像ととてもよくマッチしていて
「ゲームって、そういう闇や孤独と引き換えに出来るくらい面白かったな」
という気持ちにさせてくれたのが大きい。
『ノラとと』はハイスピード置き去り系ネタアニメだったが、
そういうイミの分からなさにキャッチアップ可能な自分の孤独やかなしみを肯定するもので、
あとから知ったことだけど『ノラとと』もゲーム原作で、
この2作品が同時にやってきたことで、ウズウズと、手薄になりがちだったゲーム方面への回帰が
自分の中で昂っていったのだった。

『ノラとと』に関してはwebラジオ(内でのミニドラマ)がまた素晴らしく、
久々に素晴らしい言語感覚を持つ作家氏(ゲーム原作、アニメ脚本、OP作詞も全部やっている!)に
巡り合えた! という喜びがあった……大変刺激になる。

『ノラとと』のOPは、
『ようこそジャパリパークへ』と並んで2017年を代表するアニメ主題歌だった。
最高です。



そんなゲームへの気持ちの再覚と、Switchの発売、『ドラクエXI』が相まって、
これからまた、濃い目にゲームを楽しめるようになりたいと思う。
ゲームは自分の心を動かす糧であるので、一人になっても強く動き続けるために、
欠かすべからざる動力源として気持ちが再燃した今年は、やはり回帰の年なのだろう。
 
 ▼スマホでのゲーム

……とはいえ、やっぱりスマホでのゲームをしっかりとやろうという気にはちょっとならない。
上でも書いた『スバラシティ』と、
『ソニック』の制作者である中裕司さんの『Legend of Coin』をやってみたけれども。

 ▼スバラシティ
 
 
 
 ▼Legend of Coin
 
 
 
アレは、アカンな。アカン。スマホでゲームするんはアカンわ。
時限のイベントとかがある物はそもそも好かんのでそういうのを避けたチョイスでプレイしてみたが、
少なくとも上の2つで言えば、スキマ時間で始められ過ぎてしまって、
終わらせるにはスキマ時間では足らない、という、中々ヒドイ物であることが今年分かった。

そんなにどっぷりやってないオイサンでさえそうなんだから、
本格派の人たちはもう、どエラいコトになっているであろうことは想像に難くない。
アレはアカンね。
やらん。
やっぱりこう……ゲームというのは、電車の中で
「……立ち上げようか、どうしようか? ちょっとめんどいな、やめとこう」
ってなるくらいの面倒さがあるくらいがちょうどいいと思う。
手軽でいつでも遊べ過ぎるというのは、やっぱダメだ。
そのために電源を入れて立ち上がりを待つくらいでないと、常に電源が入っていて
手元にある機器でプレイできるというのは毒だ。
コレはもう、来年以降もキホンやらない方向で行こう。
 
 
 
■映画
 
 
 
映画館で見る映画の時間はやはり良い。
2時間なりの時間を、そこそこ良い環境で、何かに邪魔をされずに
一つの世界にしっとりと浸ることが出来るのは、自宅では散漫になりがちな自分にはありがたい。

飛び抜けて素晴らしく面白かったと言えるのは『この世界の片隅に』くらいのものだった。
他も、決してつまらないワケではなくて、
どれにもしっかり見てキチンと考えればそれなりに発見はあったけれども。
文句なしにひと目で面白い、理屈はワカランがとにかく心を掴まれた! と
テンション上げて言えるのはそのくらい。

アニメで言えば、
さほど大きな期待も寄せておらず、世間的にほとんど話題にならなかったジブリの後継作
『メアリと魔女の花』の印象が意外によく、
逆に、いくらかの期待を寄せていた押井監督のお弟子さん筋に当たる湯浅監督の
『夜明け告げるルーのうた』は大変イマイチだった。
『メアリ』はジブリの後継を名乗るには、ちょっとお利口さん過ぎる気がした。
ジジイの呪いの様な暗い情念から醸し出される、暴力性が感じられない。
お上品。
しかしお上品・お利口なりに気合の入ったシロモノで、もう一歩で
オッサン心をしっかり掴むだけの何かがあったようには思う。

不思議と好印象だったのが『君の声を届けたい』。
ガワの構成だけ見れば面白くなる要素の見当たらない作品で、
見に行ったのも気まぐれ七割、全体的な印象も事前の予測通りだったのだけれども、
その面白い筈がないという全体像の周りをホンノリと「育ちの良さ、上品さ」の様なものが包んでいて……
「ブサイクで、今は落ちぶれたあばら家に暮らしているけれど、
 もとは高貴な生まれで、素晴らしい教養と立ち居振る舞いを身に付けている子」
のような良さがあった。
ふつうにぶさいくでびんぼうなだけの人、
                      なんかすみません。


実写方面は、古典をちょっと見た、くらいで新作の方はナンダカナーであった。
新しいところでは『メッセージ』と『エルネスト』を見、
古典は『勝手にしやがれ』『パリ、テキサス』を。『パリ、テキサス』はDVDで。

『メッセージ』には面白みを感じなかったし、コレと言った発見も出来なかった。
フーン、という感じ。
『エルネスト』も面白くはなかったが、怒りに関するちょっとした認識の更新があったので、
実りはあったと言えよう。
古典の2作は、さすが古典だけあって色々と衝撃がでかかった。
キチンと分析をしたり、自分の言葉に置き換えて心にしまい直したワケでないので説明のしようはないが。
ああなるほどこれは鮮やかだ、と、どちらも思わされる内容だったのだと思う。
派生して、『パリ、テキサス』からは、ライクーダーのスライドギターの音色への興味が湧いている。
CDの1枚くらいは持っていてもいい。
心を洗い直すときに丁度良い響きを持っていると思う。

来年は、もっとどうでもいい映画も見に行こうと思う。
興味のない物でもとりあえず見に行く、くらいの勢いが欲しい。
見たいもの以外に月一本ノルマ、くらいにしようか。
 
 
 
■人との出会い
 
 
 
長いことお休みしていたtwitterを介した人との新しい出会いが、
今年久しぶりに、立て続けに発生して、なにかそういうサイクルの様なものがあるのかなと、
不思議に感じたりはした。

殊に、5月のsytloさんとは、
ジャンルとしては「物書き同士」という括りのつもりでいたのだが、
最も意気投合した瞬間が
  「ロクヨンのレフトポジション」についての談義であった
のは、
なんというか、
ヘタに「今期のアニメでウンヌンカンヌン」みたいな話題で通ずるよりもよっぽど深い、
魂の部分での繋がりであった。……と、少なくともオイサンは感じた。
なんかヘンに、そういうアニメの話とか、書き物の話とかに終始するより、もっとカタい、
「ああ、なんかずっと友だちでいられるわ」という繋がりを感じる。
ともあれ、うわべだけではない深い共感を得られたと思う。

お会いする前は
「あんまり絡みはないのに、お互い長いことよくフォローしてるなあ、大丈夫かなあ」
みたいな不安定さがあったけれども、あの会話があったおかげで
ああ、ずっと相互フォローでいられたのはそういうことかw、みたいな
おかしな納得感があった。
「同じ地獄に落ちそうな感じ」とでも言えば良いか。
「気が合う」というのは、同じカルチャーの上で育ってきた者同士が共有する
骨太なシンパシーであったのだ。
そういう発見も、今年の一つの大きな収穫であったと言えるでしょ(確信)。
 
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●○● 2018年に向けて ●○●
 
 
 
……とまあ、そんな感じで長々と2017年を振り返ってきたけど。

2018年に、具体的な期待感があるワケではない。
ああしたい、こうしたいというのはあるけれどもエラそうなことは言えないので、
今年の反省を踏まえ、ささやかな希望を述べてシメようと思う。

2017年、色々と気分よく過ごせた一年ではあったけど、
実はちょっと調子に乗ってしまったと思う部分がある。
そう言う意味ではあまり今の自分が好きになれない、警戒すべき一年でもあった。

ただ、上向きな調子に乗じて、人が変化したり、成果を成したりするときなんてのは
こんなものなのかもしれない。
人が変化するにはこういう調子に乗った団塊が伴うものなのかもしれない、とも考えている。
今の自分のお調子ノリを、成長だなんて呼ぶつもりはサラサラないけれど。

  だって、その面では全然嬉しい思いをしていないので……
  そんなんで調子のってもお前、したいことは全然出来てないじゃんと思う。
  それは自分の欲する、何らかの向上ではまったくないですものね……
  もっとちゃんと頑張れよ、と思っている。

正直、調子に乗っている自分は嫌いだ。余計なことを口にする。
もっとしょぼくれて、凹んでいるくらいの自分がどうやら自分は好き。
自分のことが嫌いな自分は好き。
めんどくせえな。
なので、その辺、しっかり押しとどめて行きたい。

ただ、今年手に入れた物は自分を安心させるために必要な重要なパーツだったから、
それは失わないように、疑わないように、コツコツと
いんちきメルヘン書き物士としての使命を全うして行く所存である。
不安も、意義というものに対する萎縮も随分小さくなった。
社会はカンケイない、それは自分由来の使命であり、自分に対して要求するものである。
社会は自分の要求に従って変化すればよい。

あー、あと。
写真をね。
今年は我ながら……ダメだったなあと思う。
「ああ、今年はアレだな」と、パッと思い浮かばない。
なのでもう少し、
2018年は早い段階で「少なくともコレはイケてるだろ」と言える一枚を収められるようにしたい。
そこにある物と取り囲んでいる風景を、忠実に、技巧的に写し取り、
且つ、それを写したときの自分の気分が見るだけで心に再生されるような一枚を、どうか。
 
 
 
書き物、写真、そして楽しいゲームプレイと旅を。
 
 
 
贅沢かね。マいいじゃんね。
あーあと、スマホの良い使い方。
見つけられるようにしたいです。


マそんな感じでヒトツ。
お世話になりました。
来年も、ゆび先はもう一つの心臓とオイサンをよろしく。
目を離すと損するぜ。
凝視してても損するけど。


良いお年を。
オイサンでした。
 
 
 

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2017年12月25日 (月)

■過ぎ去りし時を求め日記~『ドラクエXI』プレイ記録018:二人の妹、マヤ&セーニャ -更新第1189回-

『ドラゴンクエストXI~過ぎ去りし時を求めて~』プレイ日記。
いまはこっち書くのを優先してプレイしてないので進んでない。本末転倒では?
 

■前回までは……
 内海でジャコラさんに襲われて死にかける。預言者との邂逅。
   ↓
 ネルセンの宿でおどろおどろしい夢を見る
   ↓
 ユグノア城廃墟で16年前のデキゴト回想。
 オヤジとオカンのこと、ウルノーガさんにとっ捕まるデ王の真実。
   ↓
 グロッタの街。マルティナさん復帰。

……という辺りまで。珍しくホンスジ固め打ち。
ゲーム上の話は進むが、その分妄想も捗ってプレイレポートは進まないというジレンマ。
無駄話が多い!



■ジャコラさん再戦
 
復帰したマルティナさんがどこからかマーメイドハープを回収しておいてくれた。
ていうか、その辺の重要アイテムが手元からなくなっていることに気付いてなかった。
なくなっていたのか……
それを使って、ひとまずあちこちの海の光の柱を巡って回るも大した発見はナシ。
肝心の、海底王国ムウレアに続く光の柱は無反応だった。
マそもそも、あのジャコラさんがまだのさばっているのだろうからおいそれとはアクセス出来まい。

おとなしく、次に示された目的地・クレイモランへ向かうと、
光の柱のすぐそばでジャコラさん再登場。

サテどうしたものか、彼のインチキなバリアを破る方法はまだ見つかっていないぞ?
……と思っていたら、ユグノアの地下で目覚めた勇者の証の効果でバリア破壊。
ジャコラさん唖然。
オイサンも唖然。
うーん、勇者の証、万能やな。
インチキバリアさえ破れれば、回復なんか要らんくらい楽勝でした。瞬殺。
六軍魔将軍、二人目を抹殺(一人目はグロッタを仕切ってた奴)。
ジャコラさんの赤いバリアの正体は、レッドオーブの力でした。奪還!
……おいレッドオーブ、お前、オレんときにもその便利なバリア出せや。
そういえば、グロッタの奴からもなんかのオーブを取り戻してたんだった。



■黄金の国、クレイモラン
 
ジャコラさんに勝ったことで、クレイラモンへのアクセスが可能になった。
クレイモランではカミュの過去エピソードが明らかになった。

かつて、親のなかったカミュは妹のマヤと二人でこの近海でバイキングとして暮らしていた。
ある年のマヤの誕生日に、カミュは海で見つけてきた首飾りをプレゼントするが、
それは身に付けた人間が触った物を端から黄金にしてしまう呪いのアイテムで、
やがてマヤ自身まで黄金の像に変わってしまい、
自分の浅はかな行動から妹をそのような目に遭わせてしまった傷心のカミュは
逃げ出すようにこの地を離れ、盗賊稼業に身を落とした……ということらしい。

その妹が最後に欲しがったものが……何あろう、デルカダールの宝レッドオーブだったのだという。

  ……ウウウ、なんて悲しい話だ……。

折しも、現在のクレイモランでは、
ある日突然人間が黄金の塊になってしまうという怪現象、黄金病などというものが流行していた。
まあこんなモン、タネを明かすまでもなくマヤさんの仕業ですよね……。
大樹が落ちたあの日に、
黄金の像と化しつつもその奥底に残ったマヤさんの心の兄に見捨てられたという絶望に
ウルノーガさんがツケ込み、甘い言葉でマヤさんを誘惑し、魔物に変えてしまったのでした。
 
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このエピソードで酷いのは、誰あろう、ロウさんである。
 
 
 
カミュの辛い過去話は、
例によって(都合よくここにだけ生き残っていた)大樹の根から得るビジョンで語られるのだが、
記憶喪失に苦しむカミュの古巣で、ご本人を前にして

  「さあイカスよ、大樹の記憶の続きを見てみるんじゃ!
            カミュの過去が分かるかも知れん!」


と2回も3回もせっついてくるロウさんの所業はまさに鬼。
もうやめてあげて! カミュのMPはゼロよ!
誰か1回くらい止めたれよ……。
……このパーティ、仲良さそうに見えて案外ギスギスした鬼の集まりなのかも知れんな……。

  しかし大樹の根っ子さんはなんでこう都合の良いところにばっかり
  ニョキニョキ出てるんですかね? 覗き見がご趣味なんですか?

尚、魔王の手先・ギラゴルドとなった妹のマヤちゃんは、
ご親切なことにそこから北へ歩いてすぐのところに居城を構えていました。
ここのダンジョンはそこそこ手ごわかったな。ちょっと面白かった。

ひと悶着あってバトルになりはしたものの、
マヤちゃんに人の心を取り戻させることに成功し、めでたしめでたし。
しかしマヤちゃん、見た感じ普通に正気を保ったまま魔物になっていた感じだけど、
人を殺しちゃったりはしてないのだろうか……。
デルカダール王は完全に記憶もなかったかんじだけども。

ちなみに、
クレイラモンのドスケベメガネ女王
ドスケベレズ友だち(断定)である
ドスケベ魔女のリーズレットさんは、案の定、
黄金病の元凶として嫌疑をかけられ地下に幽閉されていたけれども、
「まあ解決するまではおとなしく捕まっておいてアゲル」と、何やら大人の余裕でした。
うーむ、ふつうの人間よりもよっぽど懐が広くていらっしゃる。
ドスケベの癖に。

これにて、カミュさんも記憶を取り戻し、スキルも元通りになって完全復帰の戦力増強。
火力としてはそんなに期待してないけど頑張れよ!(こら)

尚、このイベントの後にメダ女を訪れた際、カミュさん
「世界が平和になったら、マヤをこの学園に入れてやろうと思うんだ。
 アイツは規則とか苦手だから嫌がりそうだがな」

とか言い出すの、大層可愛いと思います。
よし、お前は今日からシスコン刑事だ! 行くぞシスコン!



■ラムダの里へ

六魔軍将のギラゴルドと化したマヤちゃんを寄ってたかってくたぁっ……っとさせた(合法)ことで、
黄金の山にふさがれていたゼーランダ山・ラムダの里への道が開けた。
シケスビア雪原を抜け、再びラムダへ向かう。

その途中、邪竜ネドラさんとのバトル。
誰かと思えば、大樹崩落前には、凍った湖に閉じ込められていた
スカイドラゴンの色違いのやつである。
どさくさに紛れて檻から脱走しちゃったんだね。
かつて、先代勇者のローシュさんともやりあったという邪竜さん。
クックック、ケンカを売る相手を間違えたな。
先代のヘタレ勇者なんぞと一緒にされては困るぞ! ← 悪役の顔
 
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勝つのにちょっとだけ時間がかかってしまった。
殺すだけなら全然普通に瞬殺出来たんだが、
カミュの「バイキルト+分身+敵を毒状態にしてタナトスハント」の威力を確かめたくて
ちょっと粘った。
最終的には成功したんだけど、肝心のダメージ値を見逃すという……w
3000くらいだったような気がするんだが。
焼けつく息でワリとチョロく麻痺してしまうので難儀した。



■セーニャさんの復帰、ベロニカの死。

邪竜ナントカとの戦いのあと、
こっちはお前、最大ダメージ出すための小細工と練習をするくらい圧勝やったっちゅうのに、
邪竜さんがインチキして勝ちそうになるカンジのムービーが流れて、
そのピンチを救う格好でセーニャさん颯爽登場!
お前ナンヤネン、俺ら余裕で勝っとったっちゅうねん。

ベロニカとははぐれ、一人でここまで来たという。
クレイモランからの道を阻んでいた黄金の山が消えたので来てみたらみんながいた、と。
お前、ちゃんと原因とか調べて進もうとした? 

  尚、以前学者がいた小屋には兵士がいて、妹を殺したキラーマシーンのG型を破壊してくれ、
  というクエストを仰せつかった。
  ワリとあっさりクリア。

デ。
ここからは、本作最大のクライマックスだと思われます。
「故郷に向かう。そこにお姉さまの気を感じる」と言うセーニャと再び連れ立って、
予定通りラムダへとたどり着くワケですが、そこにベロニカの姿はない。

幼い頃二人がよく遊んだという森へ向かうと……そこに、
眠るようにして息絶えている、ベロニカの骸が横たわっておりました。
キレイだろ……死んでるんだぜ、それ。
死んでなお幼い姿のままのベロニカの骸は、ハラハラと清い光の筋となってほどけて消えてしまった……。

あの大樹崩落の瞬間、ウルノーガさんの力から主人公たちを守るために
全部の力を使いつくしてしまったようである。
ちびっこいくせに無茶しやがって。
 
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まあこの展開自体は、さすがに伝え聞いて知っていたのでこれと言って驚きもしなかったが、
こういうとき、仲間会話のセリフが思いもよらないインパクトを残してくれる。
ていうか、そういう大きな物語の部分は、知っていたってネタバレになんかなりやしないと、
個人的には考えている。
それを知っていても、物語の良さにはなんら影響をもたらさないのが良い物語だ。
寧ろその陰で、誰も気に留めないような言葉……
たとえばカミュの、
 
  「アイツは、そのうち泣かしてやろうと思ってたんだがな……」
 
という言葉の表す深みこそが、物語の良しあしを支える柱なのだと思う。
 
 
  
■ベロニカの死と、大きな物語の構造

堀井雄二は……どうしてベロニカにこの役を背負わせようとしたのかなあ。
死なせるのはロウというテもあったし、セーニャというテもあったろう。
 
何故ベロニカだったのか?
 
死なせるつもりにしたから、ベロニカをあの性格のキャラクターにしたのか?
それとも、あのキャラクターで書き進めていたら、死ぬおハチが彼女に回ってしまったのか?
あの瞬間、仲間を守る判断が出来、その力を持っていたのは彼女だけだったのか、
或いはその瞬間に向けて、他のキャラクターに向けてその判断と力を授ける物語の進め方を
することは出来なかったのか?

まあ、プレイヤーに最も印象を強めるにはベロニカだという考えは分かるし、
スキル引き継ぎの都合上、死なすのはセー・ベロのいずれかであるというのもワカル。
その二択となれば、セーよりはベロの方がインパクトが残るのは自明だが。

堀井雄二にヒトツ聞きたいのは、果たして
「本筋クリア後の裏ボスエピソードで生き返らせる」
という選択肢やアイデアがなかったとしても、
ベロニカを殺すシナリオで終わらせることが出来ただろうか?

 
ということだ。
つまるところ、生き返らせることを見越して死なせたのか?
それならば、生き返らせるシナリオを本筋から外して
本筋クリア後の裏ボスエピソードに回したのはなぜなのか?
それは最早裏ではなく、本筋エピソードではないのか?
いまの本筋は未完結でしかなく、裏とかクリア後とか呼ぶのはただの逃げなんじゃないのか……
そんな風に思う。

なんかね。その辺の考え方に、大変納得がいっていない。
ウラばなし前提で、表で自分でも処理しきれないようなことをする、というのが。
最初から救済前提の話でも全然かまわない。
しかしそれなら、それは本筋として語り切るべきで、
語り切ることで間延びする、つまらなくなる、プレイのモチベーションを維持することが辛くなるなら、
それがこの物語の本来の姿であるとして受け止めるべきだと思う。
もっとまっすぐ、真っ正直で良いのではないだろうか。
『ドラクエⅦ』は正直だった。あれで良いのだと思う。
面白い、面白くないは、真っ正直に作ったあとからついてくるモンと割り切って良い。
『ファイナルナントカー』とか『テイルズオブナントカ』は、
面白さを逆算して、大きな構造のところからいじり倒して良いと思うけど、
『ドラクエ』はそうじゃなくていいと思うんだよ。
無論、面白いこと、快適であることを徹底して追及していると思うけど、
それは細部のおもてなしの部分であって、
物語の大きな構造を小細工で逃げるのは……ちょっと違う気がする。
力を逃がしていい部分と、そうではない部分と、やはりあるのだと思う。



……話が重たくなったので、今回はここまで。
 
 
 
次回、このラムダで空を飛ぶ生き物を手に入れ、
いざ最終決戦へ。
 
 
 

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2017年12月24日 (日)

■過ぎ去りし時を求め日記~『ドラクエXI』プレイ記録017:16年前の真実とグレイグの罪、そしてマルティナの人生 -更新第1188回-

師走のアラフォーが年内にはどうにか世界を救いたいと頑張っている、
『ドラゴンクエストXI~過ぎ去りし時を求めて~』プレイ日記。
リアルタイムでは現在プレイ時間は109時間、レベルは大台、71。



■前回までは……

ブチャラオでシルビア、ドゥルダでロウが戦列に復帰し、
その後バンデルフォンのネルセンの宿に行かねばならなかったところを大幅に寄り道し、

 ダーハルーネ(何も起こらず)
   ↓
 サマディー(勇者の星の落下を阻止(したのは多分魔王さん))
   ↓
 ホムラの里(人喰い火竜退治。かなしき親子愛)
   ↓
 白の入り江で記憶喪失のカミュと再会
   ↓
 外洋漫遊。目新しい発見はナシ。ナギムナー村でクエストをいくつか受ける

……という辺りまで。
えーキホン寄り道ばかりで、肝心の話は進んでいません……が、
多分先々のイベントがいくつかこなされている。
今回は真面目に世界を救いに行きます。話を進める。



■内海でジャコラさんに襲われる

外海から内海に戻り、バンデルフォンへと向かう途中、
突然!
予想だにしなかった、まるで次はそうなると決められていたかのようなタイミングで嵐に見舞われ、
なんかウーパールーパーとオコゼを足して2で割ったようなデカいのが現れた。
 
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あーコイツ、なんか見たコトある。
サマディーの砂漠の奥の方で、ちょっと手強いメのモンスターとして出てきたヤツの色違いだ。
ははーん、さてはコイツか? ナギムナー村で、嵐とともにやってくるって言われてたやつは。
ジャコラ? さんとおっしゃるらしい。
自分で六軍魔将軍が~とか役職名を名乗ってくるところを見ると、
はっはぁーん、サテはおぬし小物やな?

えー、ここではつまり、インチキする中ボス(※)に船を転覆させられた主人公が、
生死の狭間を彷徨う中に迷い込んだ世界で「預言者」なる存在と出会って
勇者の力を取り戻す予兆を感じるイベントが置きます。

  ※いわゆる勝てない系イベントバトル

預言者。これまた初めて聞く言葉です。
あとで皆に話すと、どうやらカミュもこの人にあったことがあるトカないトカ。
 
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気を失っている間に船はアリスちゃんの名操舵でどうにか破壊されずに済み、
バンデルフォンに流れ着くことは出来た模様。
地味にすごい活躍を見せるアリスちゃん。シルビアさん周りはタレントに恵まれている。

本作では、この預言者さんといい、ロウのお師匠のニマさんといい、
このあとも自ら神の民とか名乗る人も出てくるし、
異界に住まうワンランク上のレイヤーの人たちが多めに出て来てしまい、
ありがたみが薄いというか、後付け感が酷く安っぽい。
ヨッチ族の人とかもそう……かな? 彼らは異種族という位置づけで済むかもだけど。
彼らの存在が、あとあと有機的に結びつくのならよいけど、
もう少しまとめられなかったものか。今回、全体的に世界観に対する配慮が雑な気がする。



■余談~カミュさんの記憶喪失を治す方法についての妄想

このころ、「カミュさんの記憶はいつ戻るんだろう?」という事を心配していた。
仲間連中は、全然そういうの気にしないからさあ。

  ロウなんか酷いよ、
  「こんな雰囲気のカミュはちょっと新鮮じゃのう!」とか言って喜んじゃって、
  オマエ本人の気持ちも考えたれや。

オイサンはその辺妄想とかはかどってしまう方なので、
「……もしかすると物語上で自然に戻ることはなく、
 何か主人公の行動が引き金になって戻る、というセンもあるのではないだろうか?」

などというジブン理論、妄想まで働き始める始末。
キャンプにて、シルビアが
「カミュちゃんとイカスちゃんは、いちばん長く一緒に旅をしているせいか、
 ただの仲間って言う感じじゃなくて、相棒って感じよね」
などというから、もしかしたらそれはヒントなのかも知れないと思ったのである。
そんな妄想の甲斐あって、
カミュさんは記憶と一緒に技も失っていて戦力としては正直心もとない感じではあったのだけど、
なるべく前線に出して一緒に戦うようにした。
連携技を出すチャンスがあれば、なるたけ二人での技を撃ったりしていた。
懐かしのシャドウアタックとか。
結果から言えばそんなの何の意味もなかったのだが(普通に必須イベントで元に戻る)、
そういう想像や妄想を働かせてくれるのは、良いゲーム、良い物語である証拠です。

  かの名著、『ドラゴンクエスト4コママンガ劇場』が
  あれだけシリーズと版を重ねることが出来たのも、『ドラクエ』の物語が、
  遊び手の想像力を刺激し続けるものだったことの証左であろう。
 
  
 
  ……マ、終盤は作家陣もネタをひねり出すのに苦労したことだろうけど。
  「早くッ! 早く次の新作を出してくれッ!
   間に合わなくなっても知らんぞーーッ!!」
  って言う気持ちのときもあったろうな……。
  なんせ『ドラクエ』はリリース間隔が長かったから……。
  閑話休題。



■バンデルフォン地方~ユグノア城址で勇者のチカラを取り戻す

寄り道の末辿り着いたネルセンの宿では、「宿泊した人間が皆同じ夢を見る」という、
かつて『ドラクエⅣ』のライアン編のド頭でも聞いたような噂がたっていた。
世界がぶっ壊れて世の中大わらわだと言うのに、案外のんきな噂である。

夢では、鎧の騎士が暗闇の中で無念を訴えている場面が見られたのだが、
その正体は、ウルノーガさんにとり憑かれたデ王に殺されたユグノア王、
すなわち勇者イカスの父であり、ロケ地はユグノア城の地下である。
ロケ地言うな。
ロウの言葉に導かれて赴いたユグノア城址で、夢に見たのと同じ鎧武者の怨霊に触れることで、
16年前にこの場所で何が起こったのかがまざまざと再現されるのであった。

  尚、先にグロッタ方面へ寄り道しようとしたらロウに止められた。
  いいじゃんよーちょっとくらいゆっくりしたってさー。ちょっとくらい?
  尚、バンデルフォン城の廃墟跡のさらに西にあった崖は、
  道が埋まってユグノア方面まで続くようになっていた。

ここでは、16年前の、
「デ王がウルノーガさんに体を乗っ取られた経緯」
「勇者イカスの実家・ユグノア王家で何が起こったか」
が明らかになる。

その日、ユグノア城にはデルカダール、サマディー、クレイモラン、ユグノアの
四国の首脳が集まって、生まれたばかりの「勇者」をどう扱うか……、
「勇者は希望の光だが、伝承の読みようによっては光があるから影も出来る、
 という解釈もできるからどうしましょう」
という会議が開かれておったようである。

  尚、バンデルフォンさんはこの時既に滅んでおられたらしい。
 
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そこへウルノーガさんのけしかけた魔物の軍勢が押し寄せて、
デ王はウルノーガさんに体を乗っ取られてしまい、
子どもたち(主人公+マルティナ)とヨメを逃がそうとしたユグノア王は
デ王(=ウルノーガさん)に殺されたのであった、という顛末が回想される。
そのユグノア王の無念が、ネルセンの宿屋の夢という形で現れたらしい。

回想世界をさまよった後、ユグノア王の無念を現世に縛り付けていた魔物をやっつけて、
怨念から解放された親父さんと勇者イカスは邂逅を果たし、父も天へと召される。
ママンはどうやら無事に成仏したようだった(空からダンナを迎えに来てた)。
しかしまた、このユグノア王を縛っていた魔物というのが、
 
「げっげっげー!
 オレ様は人間の絶望を食らうのが大好きなんだずぇー!!
 中でもこいつの絶望は極上モンだ、簡単に成仏してもらっちゃ困るずぇー!!」

 
 
っていうノリの三下感バツグンのやつで、
お前イマドキ珍しいくらいまっすぐな奴やなって思うくらい清々しい小物であった。
自分も何らかの口上を述べる機会を得たときには、
ヘタな三下感が出てしまわないように気を付けたいと思う。

『ドラゴンクエスト』は、人生の色んな大事なことを教えてくれるなあ……(そんな教訓は含まれていない)。
……親父よ、お前もこんな奴に16年もエエようにやられてんなや。
 
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それにしても謎なのはウルノーガさんの出自である。
あのタイミングで魔物の大群をけしかけられるというのが一体、
魔物サイドでどういう立場や地位にある人なのか?
そもそも元から魔王であったのか、命の大樹の力を手にして魔王となったのか? ではそれ以前は?
というのが、大変気になるところである。この先明らかになるのであろうか。

  ところでこの回想エピソードの冒頭で、
  大国のエラい人4人が集まって、ユグノアさんちの生まれたばかりの子供をとりあげ
  「この子を生かすか、殺すか」
  「コイツのせいで闇の勢力が強くなるから殺した方が良い」
  なんて話を、まじめ腐ってするシーンがあるのだが、
  結果的に「殺す説」はユグノア王の心を試すための意地悪なぞなぞで、
  「お前らウチの子舐めてんのか、勇者としての落とし前キッチリつけさせたるわい」
  と啖呵を切ったユグノア王に、皆でよってたかって「よく言った、俺たちは信じてた」
  っていう茶番だったのだが。
  「勇者が清濁両面の可能性を持つ地雷である」というのもまた、偽らざる真実だった筈である。
  それでも人間なので人間を信じようとする姿は、
  ロジックというより生き物としての本能の方なんだろうなということが窺えて
  妙に感心してしまった。

  ユグノア王は4人の中では一番若かったようだし、且つ婿養子でもあるので、
  王族としての覚悟のほどを見ておきたかったという、
  4人の王の王様らしいアタマもあったのであろうが。

  なんていうか、
  「あー、人間ってきっと、なんだかんだ理屈をつけても、
   最後には(同族として)ヒトを信じてしまうんだろうな」
  と、いう感心の仕方を。
  アレだよ、武田鉄矢の、

   ♪ それでもー 人しかー 愛ーせなーいー
 
    ってやつよ。
 
 
  ▼海援隊 人として
  


  王妃が殺されるところと、
  マルティナが赤ん坊の勇者イカスを川に捨てる(人聞きが悪い)ところは描かれなかったな。



■グレイグさんの苦悩と、贖罪の重さ

このエピソードでヒドイ描かれ方をするのは、誰あろう、紫オールバックことグレイグさんである。
デ王(=ウルノーガさん)がユグノア王をブッ刺した現場に居合わせたのに、
「急にユグノア王が襲ってきたので殺しちゃった」というデ王の言葉をスポコンと信じて
「ほなしゃあないですね」と、そのまま放置してしまった。
……これは、この映像をその場で共有していたグレイグさんにはたいへんな黒歴史、
出来れば他のメンツと一緒には見たくなかったと思います。
 
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キッツイでーコレ。見ながら絶対
「うわー、アレ俺やん。
 俺、めっちゃアホですやん。
 このあと16年、俺あのお化けにハイハイ言うてついてきたん? うわー。ないわーw」

って思っていたに違ない。
グレイグさんは、主人公たちと一緒に旅をするのは正直キツかったと思う。
しかし寧ろ、それでもそれも贖罪と受け止めて魔王打倒の旅を全うしようとする姿は、
その分胸を打つものがある。大人として大変立派な姿である。

にしても、父の仇であるデ王を許し、
仇同然のグレイグを許してともに旅をする本作の主人公、勇者イカスは、
シリーズ屈指の聖人であるな。さすが俺。
グレイグさんくらい生真面目な人であったら、
旅の途中で主人公に殺されても仕方ない、くらいに思っていることだろう。



■勇者の紋章が返ってきたのはいいけれど。

マそんなこんながあって、
16年前の自分に何が起こったのかを知り、父の無念を晴らしたことがキッカケで、
一体どんな因果関係があるのか知らんが主人公の手に勇者の紋章の力が返ってきた。

……のだが。

「勇者」のスキルがすっかり消えてるー!!
なんでじゃあ! 俺、デイン覚えてたやんけ!
なんでまた取り直さなアカンんねん!
スキルポイントはその分返金されていたんだろうか……? なんかモヤモヤするずら。
あと返金言うな。



■2度目のグロッタの街にて、マルティナが帰ってくる。

次にグロッタの街へ向かった理由はなぜだったか……誰かに何か言われたのだったか?
とりあえず近くなので立ち寄ってみたところ、魔物が取り仕切るカジノの町に作り変えられていた。
町なかは魔物だらけで、人間は建物の中に身を潜めているようである。それで無事で済むのか?
どうやらこの町、ジャコラさんのご同僚である六軍魔将軍とかいうののうちのお一人が
経営してるらしい。経営?

  この六軍魔将軍だか六軍王だかって名前も、イキナリ魔物の側から聞かされただけで、
  えっ急に何言いだすの、って思うよねえ。ビックリする。
  少年マンガ的お約束だから、いきなり勝手にやってもいいって感覚なのかなあ。
  て言うか、魔物の側がそんな風に組織立たれると、小物感が増すだけなのでやめた方がいいと思う。
  「誰かからもらった役職」の上で威張ってるバイオレンスなんて、誰が認めるよって話ですよ。
  バイオレンスはバイオレンスらしく、カオスのコロニーの中から自然発生的に生まれてこいって話です。

この町でのイベントは、マルティナがパーティに復帰するそれなりに大事なエピソードである
……ハズなのだが、なんかもう、取ってつけた様な軽さであった。
バトルも苦戦した覚えがない(それはお前の寄り道レベルアップのせいだ)。

町は、魔物のためのカジノに作り変えられ人間が排斥されていて、
その町のカジノでバカ勝ちしてVIPコーナーへ迎えられ、
案の定出てきたボスをぶっちめる展開なのだが、
ボス戦の前段で、魔物に捕らわれてデビル化したバニーマルティナさんとバトルする羽目になる。
まあそこも別段工夫も要らず普通に戦えばいいんだけど。
やっつけると、マルティナさん普通にパーティ復帰。軽い。チョロい。
マルティナさん復帰ー。ハイ次行こー。

しかしあとでマルティナさんに話を聞くと、
「敵に捕まっていいようにされるなんて、屈辱だわ」
とか、こう……ワリと色っぽいカンジのことを言っていたので、
案外イロイロされてしまったんではないだろうか!
寧ろイロイロされていて欲しい!! と、PC98世代のオッサンとしては
想像とかを膨らませてしまうのだが、マそれはいいでしょう。

あと、マルティナさんは、捕まっていたときの名残で
「いつでもデビル化できる」という特技を身に付けておられたが……
え、それだいじょうぶな奴? 
ちょっと聞いたカンジでは特技のくくりでは収まらへん、ご病気レベルの話やと思うんですけど。
ホンマに大丈夫???(心配)
体の中に、なんかアカンもんが残ってはるんと違いますか……?



■マルティナの人生、そしてロウについて思いを馳せる

前々から少し気になっていたのだが、マルティナさんの扱いって、
主人公やグレイグ、カミュ、セー・ベロ姉妹などに比べると、随分軽い気がいたします。
背負った物は決して軽くないハズ……どころか、全然重たいと思うんですよ。

年齢ヒトケタ代で親とはぐれ、
再会した親には、「偽物である、悪魔の子の仲間だ」などと言いはねられて
それから16年間も、親をおかしくした仇敵を求めて世界を彷徨う羽目になったんですよ?
……重い。
親に見放され、人生のいちばん良い時期を放浪の旅路に身を寄せなければならなかった人生は、
本来歩むはずだった王族の娘としてのそれと比べると……ちょっと、質が違い過ぎる。

  マ「こういうものなんだ」とはなから思っていればそのような人生に疑問もないでしょうし、
  そうして暮らしている人も多い世界でしょうから……「普通」といえば普通なのでしょう。

パーソナリティの明るいロウとペアにされることで随分軽量化されているけど、
この二人のしょってるモノは、描かれ方がなぜか随分軽めに抑えられているんですよね。
マしんど過ぎるという判断なのだろうとは思うし、ここでじくじくドロドロしてしまうとそれこそ
『ファイナルナントカー』とか『テイルズオブナントカカントカ』になってしまうので
いいんだけども。
実はこの人たち重たいんですよ、とか、
彼らの16年間の、殊にまだマルティナが幼かった時分の、二人の旅路でのエピソードなんかを
どこかで見る機会があると嬉しい。

ロウと一緒だったことが、きっとマルティナにとって人生の大きな救いであったのだろうし、
また短い時間とはいえ王族として育てられたことも、
彼女の旅路を支えた一つの大きな柱であったりしたのだろう。
誇りだとか、人の上に立つものとしての、ワンランク上の人としての在り方を知ってるかどうかってことですよね。
こういうとき、「誇り」って大事だと思う。

きっとロウも、途中でマルティナを「普通に」させてやろうと思ったりしたであろうし。
それでも二人で諦めずにやってきたってのは、ちょっとすごい。
16年だよ……?
主人公・勇者イカスが戦える年齢になることを信じて待っていたのかもしれんなあ。
 
彼らの心根を支えた物は、果たして
「ウルノーガさんの様な悪をのさばらせてはいけない、世界を守らねばならない」とする正義の心であったのか、
「自分から全てを奪ったウルノーガさんが許せない」という、怨念、恨みの心であったのか、
そこも気になるところではある。
 
ていうか、歪んだ感情に囚われることも一度や二度じゃなかったろうに、
その中で小さな子供をつれて旅を続け、その子がゆがまないように育て上げたロウが
やっぱりすごいよ。すごいジジイだ。オマエが勇者だよ。
まあまっすぐなマルティナがいたことで救われたことも、きっとあったんだろうけどな。
閑話休題。



……えー、ちょっとまた、長いな。
一旦切るか。
 
 
 

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2017年12月17日 (日)

■過ぎ去りし時を求め日記~『ドラクエXI』プレイ記録016:寄り道おじさん、終盤の展開を先取りする -更新第1186回-

寝不足のアラフォーが血まなこになって世界を救う、
『ドラゴンクエストXI~過ぎ去りし時を求めて~』プレイ日記。
命の大樹崩壊後、書けていなかった日記を超速で追いついていく。

前回は、
 命の大樹崩壊
   ↓
 最後の砦防衛、グレイグさん参戦
   ↓
 デ王の言いつけを無視してブラチャオ村。難儀解決、シルビア=ゴリアテさん復帰
   ↓
 ソルティコ。シルビアの実家訪問。
   ↓
 メダ女。新展開特になし
   ↓
 ドゥルダ郷。ロウさん復帰、新必殺ワザ・『覇王斬』体得! 名前がダサい!
   ↓
 次はバンデルフォン方面!

……というところまで。
マ今回もバンデルフォンまで行かないんですけど。
今回は、

 船で寄り道、ダーハルーネ。
   ↓
 そのまま陸路でサマディー。
   ↓
 さらに陸路でホムスピ火山方面、ホムラ。
   ↓
 外海へ出る。あの人と再会! しかし……
   ↓
 外洋漫遊

という辺りまで。嗚呼、はるかなるバンデルフォン。


  ※尚、12月12日現在の状況は、プレイ時間109時間、レベルは71。
   ケトスを入手して、空に浮いた島へ行け! と言われてるけど、
   世界レベルで超寄り道+クエスト消化中。



■世界崩壊後のダーハルーネでは

特になにごとも起こらなかった。
海底を追われた魚人が数人、陸に上がって来て騒ぎになっていたくらいだ。
彼らからヒントめいた話も聞いた気がするが、あまり重要ではなかったように思う。
 
 
 
■世界崩壊後のサマディーでは
 
そこからサマディーへは陸路で遡ったのだったと思う。2Dモードにすると進行が早くて助かる。
が、敵との遭遇率が高すぎる気はする……。もう少しバランスよく出来んのかなあ。
マップの広さを1.5倍くらいにして、敵との遭遇率を2/3くらいにしたらいいような気がするんだが。

サマディーでは、「勇者の星が落ちてくる」というワケの分からない話を聞かされることからイベントが始まった。
「勇者の星」? 全然知らない単語だ……。もう少しうまく伏線を張れないものか。
ここまでにその単語、出てきてないよねえ?
前にサマディーを訪れたとき、そんな話あったっけ???
 
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勇者の星は空にあって、それが少しずつ落下してきている、
地面に落っこちたら大変だ! 破滅だ!
……って世間の皆さんが騒いでいる、という展開なのだが……

如何せん、3DS版では空を見上げることが出来ないので!
勇者の星がどんなものなのかも見えないし、どれだけ差し迫った状況なのかも全然把握出来ないのであった!
スクウェア・エニックスさん!もう少ししっかり作って下さい!

……!?
も、もしかして、空を飛ぶ乗り物を手に入れてからこのイベントを起こせば
(というか空飛べるようになるまでこのイベントを残しておけば)、
勇者の星の恐ろしさをこの目で見ることが出来たのか!!?!  ← 今気付いた

うおおおおーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!
寄り道が完全にワザワイしたァーーーーーーッ!!!


……とまあ激しく後悔するのはあとにして、イベント自体は至って普通の展開。
王様に会いに行くとあのトンチキ王子が出張って来て、
落ちてくる勇者の星の観測・調査に行くと自分から買って出た。
「なるほどあの腰抜けトンチキプリンスも少しはマシになってきたと見える」、
と、周りの皆は言う。そういうものか。王族ってのも大変だな。

向かった先は、以前のイベントで大サソリと戦ったエリアのさらに奥。
遺跡みたいなものがあったけど何も起こらなかった場所だ。そういやそんな場所もあったな。
トンチキ王子は遺跡で大の字になって空を見上げ、
「勇者の星をこんな風に間近で見上げられることなんかないよ」と、大物ぶりをアピールである。
ウーン、キミそれは、望ましい成長か? まエエけども。

デそこまで行ったのだけども、落ちてくる真っ赤な球体を、
横から飛び出してきたウルノーガさんと思しき影がぶった切ってしまい、
「これで良し」みたいなコトを言って消えてしまった。
魔王の剣を持っていたので多分あれはウルノーガさんだと思う。
ムウ、思わせぶりなイベントめ。何はともあれ、これでどうやら目先の危機は去ったと見える。
そもそも勇者の星とはなんなんだ。
トンチキ王子Mk-Ⅱ(バージョンアップ版)は、その様子を見ていたのだったかどうか、
ご満悦で意気揚々とお城へ戻って行かれた。
マお前が満足ならそれでいいんだけどさ。
 
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サマディーでは、そんな緊急事態の最中でも競馬はまだやっていたのでついでにひとっ走りしといた。
あとどうでもいいけど、この地域はザコ的が強い。
どうでもいいけど、この辺までくると雑魚的がやたら強い。
ギガンテスやら、灼熱の天馬やら、
自分らのレベルはちょっと高すぎるハズだが、それでも苦戦とまではいかないまでも
ワリといい勝負、くらいはあるようだ。
明らかにかなり終盤に訪れるべき場所であるご様子。
全部のメンバーが揃ったくらいに訪れる場所なのであろう。
先ほどのイベントでも、魔王ウルノーガさんの影まで見え隠れしたし、
裏ボスとして名高い「ニズゼルファ」なんて単語も垣間見える始末。

装備の性能も上げていきたいところで、武器屋にも強めの武器が足されているが……
こっから先に訪れる町でまだ良いモノが売られていそうだからここはまだ抑えて行こう。
今の武器で不自由しているわけではないしな。
その辺の武器供給バランスも、あんまりよくないんだよね
あとで書くけど。



■世界崩壊後のホムラの里にて

そこからさらに東へ陸路で遡り、懐かしのホムラの里へ辿り着いた。
ここは、セーニャ・ベロニカ姉妹と出会った村だ。
もしかしたら二人もここへ戻っているかも知れない……
そんな、頼りない手がかりに藁をも掴む思いですがって来てみたが……。
うそ。なんとなく寄り道しちゃっただけです。なんでウソつくんだ。

ここはまた、随分深刻にやられていらっしゃった。
なんか詳しい経緯はわすれちゃったな。ワリとややこしい話だった気がする。

火山に化け物が出るようになったけど? その化け物の正体は実は村の子供で?
その子がそんなことをした理由は、「生贄に選ばれた母親を山中にかくまっているから」で?
母親は村のシャーマンおばさんに、火の神の生贄として選ばれた?
だったかな。

デ、なんで生贄制度なんか始めたんかといえば、
村のシャーマンおばさんの息子がかつて火山の人食い火竜をやっつけたことになってたけど、
そのときに息子は火竜の呪いを受けて自分が火竜になっちゃって、
シャーマンおばさんはそれをいままでかくまっていて、
火竜は火竜だけど息子だから殺すに殺せず、食べ物に窮して生贄を出すようになった、
だったと思う。

まあその火竜も、2回やっつけてやったけどな!! ← おおいばり
そこそこ苦戦した気がするが、まあ深刻に勝てない相手ではなかった。
 
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シャーマンおばさんは最後までそのことを隠し通そうとしたけど、
結局里まで下りてきちゃった火竜を前に自分が食べられることを選んで、
それを勇者一行がやっつける、という流れでした。
最期には息子氏の霊的な物も登場して、「母によろしく」みたいなコト言ってたけど
お前の腹ン中だよ(とは言えなかったが)。

……とまあ、やっつけはしたんですが、この時点では特に他のイベントはナシ。
村の難儀を解決しただけだった。



■外洋へ出る

サテ、いよいよ寄り道できる先も限られてきたので……!!
外海へ出ましょう。  ← あくまでもバンデルフォンへは向かわない構え


そうして向かった白の入江付近で、記憶喪失のカミュを拾う。
外海に出た途端ムービーが流れたので何が始まるのかと思えば……船内に不審者が。
船倉から物音を聞いたオイサンが様子を見に行ってみると、
なんとそこには……食べ物をあさっているカミュの姿が!
なんだよーカミュ、戻ってたんなら声かけろよー。
どしたの、お腹減っちゃった? だめだよー挨拶もなしにつまみ食いしてちゃー。
……お前そんなに食いしん坊だったっけw? 梨穂子? 国木田花丸でもうつっちゃったずら?

などと和やかな気分でいたら、どうやらカミュさん、
何らかのショックで記憶を喪失していらしゃるご様子。
えええええ。そ、そんなばかな!

……っていう展開だったのだが、実はオイサン、
このシーンを見た直後に寝オチしてしまい、
次に目が覚めたときには3DSの電池が切れてしまっておった。
立ち上げ直しても、イベント以前の教会から……。
というワケで、
 
 「カ、カミュが記憶喪失に!? そんなばかなうわあああああああ!!!」
 
  がばっ!
 
 「……? な、なんだ夢か。脅かしやがる……」

 
みたいな気持ちだった。
マ実際は、2回目も記憶喪失でパーティに返ってきたんですけど(当たり前だ)。
早く元に戻してあげたい。
スキルパネルが全部なくなっていて使いモンにならん。
もちろんあとで記憶は回復するんだけど、記憶を喪失した経緯は語られなかったな……。



■外海をさまよう~漁村~クレイモランに入れない

外界もそこそこフラフラしてみたけれども、大きな発見やイベントは無かった。
クレイモランに近付く入り江の辺りに、海の底から金色の山が突き出ていて近付くことが出来ず、
キナイさんのいたナギムナーにも立ち寄ってみたが、
海が荒れて漁にならないとか、そんな話を聞かされたくらいだった。
「赤い光が近付いてきて、海が急に荒れて大変なメに遭った。内海では気を付けろ」
と言われたが、マなんかイベントが起こるのであろう(冷静)。

海、とくに北部ではクラーゴンがしょっちゅうでてきて鬱陶しい。
弱くもないのにそんなに稼ぎにもならないし面白味もないという、面倒なだけの相手だ。
マーメイドハープを失ってしまったようで、光の柱に近寄っても何もできなかった。

命の大樹でウルノーガさんにやられたとき、
何を失って何が残っているのかがちゃんとは分かってないんじゃよね。



■具体的なイベントではないが。

船で外洋を巡っていると時折、視界の彼方の命の大樹があった辺りの空に、
赤黒い雲が渦を巻いているのが見える。
3DS版では、2Dモードはいわずもがな、3Dモードでも上下を見上げることは出来ないので
ハッキリとは見られないが、禍々しい、人心をそぞろにさせるには十分すぎる恐ろしさだ。
また、ときどき空に浮かんでいる島の様なものも見えたりするが、
こちらもちゃんとは捉えられないのでなんなのかはようワカラン。
なんで上下見渡せないんだろう……町の中とかでも結構不便するし、
眺めの良い場所などでは大変不自由に感じる。

これ以上外洋を巡っていても何も起こりそうになかったので、
いよいよ本来の目的地であるバンデルフォン地方、ネルセンの宿に向かうことにする。
クソッ……他に寄り道の先はないのか!! ← 寄り道へのただならぬ情熱
他のメンバーもそろそろイラついている気がする。



●○● 今回の苦言 ●○●

■2Dモードでの、印象としてのエンカウント率の高さ


3DS版の2Dモードでプレイしていると、3Dモードに比べ演出もあっさりしているし、
町の構造もよりシンプルに抑えられているため、大変スムーズに進む。
聞くところによるとPS4版は3DS版に輪をかけて世界や町が広いため、ものすごい時間がかかるらしい。

ところが2Dモードの欠点として、エンカウント率がすごく高い(様に感じる)というのがある。
いかんせん、ワールドマップが狭いのである。
且つ、モンスターとのバトルも3DモードやPS4版のようなシンボルエンカウントではなく
ランダムエンカウントなので、自分でエンカウントをコントロールできない。
勢い、適正なレベルになるようにバランスを調整するとなると、ちょっと歩くとエンカウント、
というバランスにならざるを得なかったのであろう。
事情はわかる。わかるが……それだったらワールドマップのイベントとイベントの間は、
もうちょっと距離が開くように広げても良かったんではないだろうか、と思う。
3Dモードは3Dモードで、
「世界全体は、エリアごとに分断されているせいで狭く感じるが、各エリアは冗長でだだっ広く感じる」
というジレンマを抱えている……
どこかに、このジレンマを解決するゲームはないものだろうか?
まだあんまり手を付けられていないけど、『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』は
かなりイイ線言ってるように感じたが、あれはアクションRPGだしなあ。



■伏線張りのまずさ?

これに関しては自分が寄り道ばっかりで変な順番でプレイしている可能性があるから
一概にゲーム側が悪いとも言い難いのかもしれないが……。
今回、「え? 急に何の話???」となる出来事がたまにある。
「勇者の星」の一件はその代表だし、
このあと出てくるケトス(空を移動する手段)入手の段階でも、
ロウか誰かがいきなり「神の乗り物が~」とか言い出して、
「え? ここまでにそんな話出てきてたっけ???」となるなどした。
ここまで結構な時間や場面が十分あったのに、その辺の内容をちりばめたり仄めかしたり
してこなかったのはなんでなんだろう?
正直、ちょっと『ドラクエ』らしくないな、と思っている。



■武器の供給サイクル・タイミングの良くなさ

これは、上の「マップが狭い」ハナシと連動するところもあるのだけど。
マップが狭い・展開が早いと、次の街が近くなる。
そうすると、新しい町についてもなんとなく「どうせまた、すぐ次の町だ」と思えてしまうところがあり、
武器の買い替えが見えてくる。
となると、今の町で武器を買ってもすぐに無駄になるんじゃないか? という心理が働いて、
オイソレと新しい武器に手を出せなくなるんですよね……。
マお金に不自由するバランスではないのでイイっちゃイイんだけど
(オイサンはワリと早い段階で10万、20万の預金が出来てしまった)、
心理的にはあまり楽しめない。
くわえて今回は錬金要素もあるため、町の武器屋で新しい武器を見かけても、
「町を回れば、或はイベントを進めれば、その武器を作るレシピが手に入るかも?」
という心理も働いてくる。
錬金であれば、成功したら売っている物より性能の高い武器を作り出せもするから
その傾向は尚のこと加速する。
その辺の心理をうまく回避する武器の供給サイクルを考えなければならないと思うぞ。
自分が貧乏性なだけだろうか?
 
 
 
マそんな感じで、また次回。
 
 
 

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2017年12月16日 (土)

■過ぎ去りし時を求め日記~『ドラクエXI』プレイ記録015:よりみちおじさん覇王斬を身に着ける -更新第1185回-

えらく間が空いてしまった。
 
寄り道しか取り柄のない(?)アラフォーが
末世救済に挑む、『ドラゴンクエストXI~過ぎ去りし時を求めて~』プレイ日記。
命の大樹崩壊後、書けていなかった日記を超速で追いついていく。

前回の日記終了時点でレベルは50で、
この日記の中ではその続きからなので無論50からなのだが、
実際オイサン自身が今プレイしているレベルは71(!)である。
プレイ時間も100時間を超えて、前回から色々なことが起こりあり過ぎたので簡単に書く。


▼前回は……
命の大樹がウルノーガさんの手によって崩壊したあとの世界で、一人になった勇者イカスが、
「最後の砦」と名を変えたイシの村でグレイグさんとデ王(デルカダール王)と再会し、
デ城に巣食っていた魔物を倒して(あと、すっかり魔物ヅラになったホメロスさんともちょっぴり再会し)、
デ王の命により、本格的に世界救済の旅に出る……運びになったところから。


▼グレイグさんと二人で最後の砦を出発。
デ王には
「勇者ゆかりの土地であるドゥルダ郷へ向かえ。
 そのためにはナプガーナ密林を抜けてドゥーランダ山を登れ」
と言われていたけど、その言いつけを半分だけ守り
ナプガーナ密林を抜けてメダチャット地方へ。
前は海の底経由じゃないと来られなかったけど、世界崩壊の影響で陸路が出来ていた。
 

▼メダ女は一先ず置いといて、ブチャラオ村へ向かう。
その途中で、イケメンだけを集めて派手な格好をしアホみたいなパレードをやらかしている
シルビアと再会。
オネエ野郎どもを大勢引き連れて、世の難儀を解決し、
世界を明るくするパレードの最中なのだとか。
相変わらずで安心する。
 
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▼シルビア&野郎パレードを引き連れてブチャラオ村へ到着。
するとブチャラオ村さん、またしこたまやられていた。やられるのうまいな。バカの村なのか?(失礼)
魔物に女子供を連れ去られてしまったのだとか。しゃあねえな。
オイサン、グレイグ、シルビア三人で、海辺の洞穴へ向かう。前に寄り道した時何にもなかったあそこだ。
 

▼洞穴に向かう途中で一人の男の子に出会った。
彼はブチャラオの住人で、魔物が襲ってきて、父親が一番大事なものは何か?と問われたときに、
自分ではなく「死んだ母親のペンダント」だと言ったことでショックを受けて
村から逃げ出したのだという。なんだお前。ナイーブか? ナイーブなのか?
しかしなるほど、この話のオチが大体見えたぞ。 ← いやなオッサン
 

▼このボスさんは、大変陰湿な上ケチくさかった。
村を襲ったときは、ご丁寧に村人に一番大事なモノは何かを尋ね、それを奪って行ったのだとか。
なかなかだな。
そうして奪ったものをどうしていたかというと、洞穴にしまいこんでいただけだった。
なんだよ。魔王の手の者かと思ったが、野生動物が悪さしてるの大差ない。
 
Atrdsc_0414
 
 
しかしこのトカゲ、バトルが始まる前から問答無用でマホトーンをかけてくるという
大変ずるい&賢い奴だった。そんなんありかよw
しかしオイサン一行は無暗に鍛えているのでその程度の小細工は体力差で押し切ってしまう。
全員、「回復魔法が必要になる前に叩き殺してやる!!」という勢いで殴り掛かった。
多分、魔物よりも怖かったと思う。
途中でマホトーンの効果は切れたが、結局回復しないでなぐり殺してしまった。バイオレンス。
このバトルで覚えたのは、「あ、マホトーンて時間で解除されるのか」ということだった。
知らなんだ。

▼そうして村の難儀を解決し終えると、
シルビアは本格的にパーティに復帰してくれるという。
お前……それはエエけど、そのぞろぞろ引き連れたホm……否、オネエブラザーズどうすんねん。
というと「ソルティコに預かってくれる当てがある」という。
ああ、お前の実家な。
 
 
▼というワケで、次の目的地はソルティコ。
シルビアの親父さんは大層おっかない方なのだそう。
あとシルビアは、実家の親父さんの元で修行していた時分はグレイグさんと同僚だったらしい。
当時の名前はゴリアテ。
それがサーカスに感化されて、自分なりの騎士道を見つけるため、
親父を振り切って家を飛び出し、旅に出たのだという。
ムムッ、ただのオカマヤロウが、純真な熊本出身の女子高生に見えてきましたよ!
お父ちゃん、見つけたよ! 私の騎士道!
お姉ちゃん、見つけたよ! 私の戦車道!

 \アイジャスビマイウィーン♪/

シルビアがゴリアテだったと知ったグレイグさん、超ビックリ。
まあ、高校んとき剣道部でゴリゴリやりあってたマブダチが、
オトナになって再会してみたら
にゃんたま取っちゃった挙句
ホモ同人描いてた

みたいな気分だろうからな。たとえ方。
  
Atrdsc_0416
  
 
▼あと、シルビアは自分たちの「世間の厄介ごとを解決して回る」行進のことを
「世助けのパレード」と呼んでたけれど、「世助け」って言葉はないよな。
「世直し」と「人助け」を合わせた物だろうけどさ。
ちょっと違和感があったことはメモしておく。
 
 
▼それからな、シルビアな! お前のそのパレード衣装な!
すっごい邪魔だから! 視界さえぎるから!
3Dモードだとただでさえ視界が広くないのに、その格好で街歩かれるともう、邪魔以外の何物でもないから!
こうだから!
 
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前が見えない。邪魔w 堀井雄二も分かっていて
「堀井さん、これどうします?」「らしくていいじゃないw」
などというスタッフとの会話があったであろうことは想像に難くない。

 

▼途中、ついでにメダ女に立ち寄り。
ここは特に変わりなかったが、クエストが大量に発生した。コレ面白いな。後述。
 

▼ソルティコに到着。
最後の砦やブチャラオのように特定の差し迫った問題を抱えているわけではないようだが、
やはり様子は暗い。
さっさとゴリアテを実家につれていこう。
パレードの連中が町を賑やかして何やら楽しそうだ。こいつら才能ある。
 

▼ひと悶着あったが、シルビア=ゴリアテ、久々に父親と再会。
親父さんはなんか体を傷めているらしいが、それでも主人公組の誰よりも強そうだ。
ゴリビアは、飛び出したことを父にガツンガツンに怒られるものだとばかり思っていたようだが、
父の方はサッパリしたもんで。
「そんでどうした! お前の騎士道ってのは見つかったのか!!」
だってさ。イヤー、親父さんってのはやっぱ、大したもんだね。
あのゴリビアが借りてきたホモみたいだもんな(借りてくんな)
 
Atrdsc_0418
 
 
親父さんは、ゴリビアの不在中アホたれパレードのメンバーを預かることも、
自分がその中心となって率いていくことも(騙されて)快諾してくれ、
ゴリビアさん、本格的に戦列復帰です。これで百人力だぜ!
なぜかゴリビアさんへの信頼が厚いオイサン。

しかしこの、ゴリビアが親父さんにほおずりするシーン、PS4だとどんな感じなんだろう?
3DSだとキャラモデルの頭身が低いから微笑ましいんだけど、
PS4のリアル頭身でやられると若干引くような気がする……。


▼サテ。問題は次どこへ向かうかです。
おとなしくドゥルダに向かえよ。
イヤです(なんでだ)。
いやー、しかし楽しいな、この感じ。
「次はどこにいこうか?」って、昨今のRPGじゃなかなか迷ったり選んだりできませんもんね!
やっぱり世界が崩壊してからの方が、シナリオが断然『ドラクエ』らしくなってきた。
前置きが長いよ!

ソルティコ周りをぶらぶらしていると、町の南岸に船が停まっているのを見つけた。
アリスちゃんも無事だ、良かった! ← 大ファンか
しかし船の方はまだダメージがあって動けないらしいので、海を渡るのは難しそうだ……。
仕方ない、ここはおとなしくドゥルダへ向かうとしよう。(チッ


▼ドゥーランダ山からドゥルダ郷へ。
……正直、道中のことをあまり覚えていない。ほとんど苦労した覚えがないな。
えらく短く親切な山登りだった様な気がする。
途中途中、例の「モンスターの乗り物を奪って進む」ギミックがあった気がするが、
例によって大して面白くない。コレ明らかに要らんやろ……。


▼ドゥルダは宗教施設。
クリリンみたいなちびっ子がここを仕切っているらしい。
ちょっと前までは鬼の様なキリッキリで目鼻立ちパッキパキの怖いオバサンがやりまくりだった(表現)ようだが、
命の大樹が落ちたどさくさでお亡くなりになり、ちびっ子が跡目を継いだのだという。
お前、そこはクリリンじゃなくて幼女だろ……。分かってねえ、雄二分かってねえよ。
それはともかく、何やら先客があって、その者は僧侶たちの制止も振り切って
山の頂上へ向かってしまったのだという。
ここから先の山頂までにはなかなかグレイトな魔物が巣食っているということで
命が危ないので助けに行ってほしい、とかいきなり言われる。
マいいけどさ。

しかしこのドゥルダという里というか、その文化というか、
ロトゼタシアに広まるラムダと二大勢力の宗派というワリには
ここまで全然その話を聞かなかったな。
もう少しその辺、なんかあっても良かったんじゃないの?


▼普通に考えれば、その先客はウチらのツレの誰かだろう。
ここがモンクたちの集う場所ということを考えればロウかマルティナ。
モンクという職業的な色合いから考えるとマルティナであろう。


▼と思って山頂まで行ったら、ロウが即身仏みたいになっていた。
ロウかー。マいいけど。在り難いけど。いま回復方面が手薄だからな。
ロウは、極寒の岩の祠で座禅を組んでミイラ化しているが、まだ生きてるらしい。
詳しくは憶えてないけど、
「まだ意識はある、これは冥府で修業をするドゥルダの修行の一つだ、
 戻れなくなる前にお前も行って連れ戻して来い」
みたいなことを言われたのであったか、ともあれ自分もそれに付き合うことになった。
えー。


▼クリリンの導きに従って冥府につっこんでいくと……
カリン塔のてっぺんみたいなところにロウがいて、
ワンレンキリッキリで目鼻立ちパッキパキの、化粧厚めの怖いオバサンと戦っていた。
どうやらあれが先代の教祖様であるらしい。ロウとは師弟関係のようである。ロウが弟子。
なれそめは忘れてしまった。


▼ともあれロウは師匠の下で、
魔王打倒のための奥義を習得しにここへきたという。
覚悟の違う爺さんだ……とても真似できない……。
 
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だってサ、あのトシになってだよ?
「自分の子どもと滅んだ王国の仇を討つために、死んだ師匠を追いかけて
 嘘かホントかも分からない、帰って来られるかも分からない
 冥府までやって来て魔王をぶっちめるための技を身に付けよう」
とか、思いつかないし、思いついてもやろうと思えんよ……すげえなあ。


▼それでシルビアのときも驚いたけど。
ウチのパーティのメンツは、中心人物であるはずの勇者を失って、
あれだけのメに遭ったにも関わらず、
この数か月のうちにそれぞれがちゃんとそれぞれの目的を持って
それぞれの向かう方向へ動き出していて、さらにそれなりの成果を上げていた、
という展開が用意されていたことに、とても驚いた。

これがアナタ、『ファイナルナントカー』だったり、
『テイルズオブナントカカントカ』だったらこうはいかないですよ。
どいつもこいつもメソメソメソメソ、やられたその場から一歩も動かず、
「もういやだ! ダメに決まってるんだあああああああ!!」
とか言っちゃうに違いない(偏見)。


▼などと感心していると。
ロウのお師匠さんはオイサンにも修業をおススメしてきました。
ははーん、サテはお前、ただのドSやな?
ロウの会得した必殺技とペアになるやつで、合体技になるから覚えて帰れと言う。
まあエエけど。 ← 流されやすいタイプ
 
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ロウ爺ちゃんのお師匠、ニマさん。ぶっちゃけると好みのタイプです。
ブラッド・キャント・バトル。血は争えない。

 
 
そして! 身に付けた技の名は!!
 
 

覇王斬!!!
 
 
 
かっっっっこ悪ッッッ!!

師匠! ネーミングセンスゼロですね! そしてエフェクトも超ダサいですね!!
少年ジャンプとか読み過ぎじゃないっすか!!?
あんま使いたくないっす!! はやぶさ斬りでイイっす!

しかし、展開がホントに少年ジャンプ的、『ファイナルファタジー』になってきたなあ……。
正直、あんまり好きではない。心高ぶるものもない。


▼こうして、ロウも戦列に正式復帰。
ウム、なかなか戦える顔ぶれになってきたな。
あとは……戦力としては、セー・ベロ姉妹がいてくれればいい!
……待ちたまえ。マルティナとカミュは?
……あんまり使ってなかったしなあ。
しかし予感としては、セー・ベロ姉妹の復帰は最後であろう。次はカミュあたりだろうかなあ。


▼次の目的地は……ロウだったか誰かが、
「バンデルフォンの入り口、ネルセンの宿屋で、泊まった者が皆同じ夢を見る」
という噂を聞きつけてきた。
何かあるかも知れない、というのでそこへ向かうことが提案された。
……よしわかった。そこを避けて動けばいいんだな!?
船も使えるようになったので、バンデルフォンを避けとりあえず内海で近場からアクセスしてみる。


▼ここからは、結構な迷走を続けることになる。
船で手近なダーハルーネに行き、そこから陸路を辿ってサマディーへ至る。
サマディーではあのトンチキ王子も一枚かんでひと悶着あったがそれも解決し、
続いてその先、過去に辿ったのと丁度逆の順番で、火山の町・ホムラへと至った。
ホムラでももちろんひと悶着あった。



先はまだ長いので、日記(既に全然日記ではないけど)本編は次回に続く.

ちょっと面白いなーと思ったのは、世界崩壊後、クエストが同時多発的に大量発生したこと。
クエストシステム自体は大変鬱陶しくて好きではないが、
「世が乱れ、人々が己のチカラに無力感を感じている世の中だからこそ、
 何かにすがったり求めたり、なにげないけれども大事な何かに気付いたり、
 ということの表れとして頼まれごとが増えた」

と考えると、このタイミングで人々のちいさな願い・望みの数が増えることには大変な含蓄を感じる。
これはゲームシステム的な演出も当然のことながら、
堀井雄二なりの物語表現でもあり、彼が肌で感じてきた世界の真実の姿の一つなのだろうと思う。



●○● 苦言がいくつか ●○●


今回の文句は、主にバトル方面にむけて。

▼特技や呪文が増え過ぎて、世界観がなんかヘン。
新たに「覇王斬」なんていうヘンな技を増やす必要があったのだろうか、みたいなことである。
ギガスラッシュをここまで引っ張ればすんだのでは? と思う次第。
 
他にも、マルティナの「ヒップアタック」が妙に強いとか、
シルビアの「アモーレショット」ってなんなんだ! とか……
イヤ、いいんですよ、在るのは。
でも、アモーレショットがメラミと似たようなダメージ量って言われると、やっぱり
「シルビアは何を発射しているのか?」って気になるじゃないですか。
もしかして、せ……いやいや、落ち着け。
なんかね、インフレとスピードアップが酷いんだと思いますよ。
お話の展開・スケールに合わせて、数値や魔法の種類を増やす・拡大するんじゃなくて、
魔法の種類のスケールに合わせてお話を収める方向性で作った方が良いのでは?
話が長引いて、ダメージ量・HP・MPもインフレしたから、ベホイミとベホマの間にベホイムをいれるんじゃなく、
ホイミ・ベホイミ・ベホマしかない、そのスケールに合わせた物語とゲーム展開を考えるべきなのだと思う。


▼AIがバカになっている気がする。
「ガンガンいこうぜ」と「みんながんばれ」の差が見えない。
後続がやることのダメージを見据えて自分の消耗量を加減しつつ効率よく打って出る、
という姿勢が見えてこない。
結局、みんな俺が俺がのダメージと消耗量になっているように見えるのよね。
「いのちをだいじに」くらいにすると、ようやく攻撃の消耗を抑えようとしているようだ。
補助と攻撃をバランスよくは、なかなかやってくれないなあと思う。
賢くなってるのかねえ?


▼バトルのバランスがおかしい。
魔法使い系がMP消費主体で戦うのは致し方ないとして、
戦士職まで、MP消費技で戦うことが前提くらいのバランスになっているのはいかがなものか?
「バッチリがんばれ」で戦っててもキホン消費技で攻めるスタイルってことは、
そういうことですよね……?
戦士職はそういうこと気にしないでガンガンやれるのが、本来の魅力だと思う。
戦士職と魔法使い職の差が無くなって来ている。
戦士職でも複数攻撃がしたいなら、攻撃力で劣るというというディスアドバンテージを負って
ムチなりブーメランなりを使う、という文脈ではなかったのか。
戦士職でも火力はそのままに横軸攻撃をMP消費で補えてしまったら、
魔法使い職って補助系にしか存在意義が見いだせないように思うのだが……。
確かに便利だからそうしてしまうんだけど、



マそんな感じでヒトツ。


……そうそう、メダ女に立ち寄ったとき、先生が言っていた。
 
 
  「この災厄の中、もしも一人で泣いている女の子を見かけたら
                       この学園のことを教えてあげて下さい」……
 
 
……セーシェル!
言われてすぐにピンと来た、最後の砦の川辺で泣いていた女の子。
ルーラ一発で、ザ・寄り道オジサンにあるまじきまっしぐら具合で最後の砦へ飛んでゆき、
最奥部に辿り着くと、同じ場所で佇んでいたセーシェルにメダ女のことを教えた。
連れて行ってやれば良いようなものだが……
「私、そこへ行ってみる」と歩き出した彼女の小さな背中を見送るオイサンでした。
へっ、イイ女になるんだぜ?
行くだけでも相当大変だと思うけど、どうか無事でな。
 
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2017年12月 2日 (土)

■マリア様が二度見してる~劇場版『ご注文はうさぎですか? Dear My Sister』感想・2~ -更新第1184回-

オイサンです。

なんだか知らないけど2回見てしまった、
劇場版『ご注文はうさぎですか?~Dear My Sister~』の感想の続き。

ちなみに、2回目を見た帰りに寄ったゲーセンにて、
ルビィちゃんのフィギュアをUFOキャッチャで取ろうとして3000円も使ってしまいました。
デまた結局取れなかったんで、amazonで買っちゃいました、2500円!!
 
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俺は何をやっているんだ……。
 
 
 
……本題の映画の感想の前に映画より面白いハナシしちゃってどうするんだ。



●○● 劇場版『ご注文はうさぎですか? Dear My Sister』、
                              いまいちだったところ ●○●


サテ褒めるところは若干乱暴ではあるがホメたので、
苦言は苦言で、キッチリ落としていきましょうそうしましょう。
 
▼劇場版 公開直前PV

 
 

  ■さみしさ不足の演出~時間スケールの表現について

1回目の鑑賞では時間のスケールがうまくとらえられなかった。
時間のスケールとは、
「物語の中で流れた時間を、鑑賞者に正しく伝えられているか」ということと、
「登場人物が体感的にとらえる時間の感覚(実際より長いor早い)を、鑑賞者にも与えられているか」の
2点を指す。

上でも書いた通り、ココアの帰省は1週間と冒頭でリゼの口から説明されていたが、
1回目の鑑賞が終わった時点では、「ココアは2、3日しか実家にはいなかったのでは?」と見えた。
2回目を見て整理すると、移動時間も含めた(木組みの街を空ける)帰省期間は5日間で、
実質の実家滞在時間は4日弱だったと思われる。

  1日目:ほぼ移動時間。実家に着いて終わり。
  2日目:町で遊ぶ。チノに電話をする。
  3日目:ココアの様子は描かれず。何をしていた?
  4日目:ようやく店の手伝いを始めるが、翌日帰ることにする。
  5日目:朝メシ食って帰る。

……ホンマに何しに帰らはったんですかココアさん!

特にナゾなのは3日目。何も描写されていなかったと思う。
店の手伝いをしていたのかなあ……と考えてみても、
4日目の朝に母・モカの活動開始時間を把握していないことや
大挙するお客のことを知らない様子が描かれてしまっており、どうやら家・店にはいなかったようだと分かる。
店の手伝いをし始めた描写が3日目のハナシなのか? と考えようとしても、
チノが「昨日(=2日目)、ココアさんから電話がありました」と皆に話したあとの夜明けのシーンから
ココアは手伝いを始めているので、やはりそれは4日目の様である。
いずれにしても、当初目的にしていた実家の手伝いをあまりにも果たしていないことは明白であるし、
木組みの街不在も当初より短い。
その辺の不足が積み重なって、
「ココアがいないことに因ってチノちゃんが感じる淋しさ」に鑑賞者が同意できない状況に陥っている。

いなくなったその日のうちに、ただ何の描写もなく「お店がガランとして感じる」と言われ、
頭で理解は出来ても体が共鳴しない。
「刺さらない」「胸に響かない」というやつだ。
 
また、見終えたときの感想は「けたたましい映画」であった。これは1回目も2回目も大体同じ。
『ごちうさ』のテンションは、テレビでの1回30分(実質20数分)で、
主題歌もインターバルもエンディングも挟まるから(少なくとも自分は)耐えられたのであろうと実感した。
劇場の音響で1時間、あのテンションをテレビと同じ密度と連続性でブチこまれたら、
印象としてかなりけたたましい。チノの淋しさを共有するヒマがない。
テレビシリーズの数倍の時間がしかも連続しているのだから、
その広がりを、もっと緩急に回す必要があったのではないだろうか。
ココアと離れている時間の大きさ、
その人に支配されていた時間・空間が開放されて空いた穴の存在を感じるだけの手掛かりが
チノのモノローグ以外にない。
映画の時間軸向けに、もう少しトーンダウン、ペースダウンしても良かったと思う。
それをすると作品の「らしさ」が残らないという判断などもあって今のカタチが守られたのだとも思うが、
結果的に表現すべきところが残らなかったのはいただけなかった。
これらの時間的な違和感、十分な寂しさを得られない作りが、1回目を見終えたときの(っていうか見始めからの)
「……は?」
っていう感覚にも繋がっている。
また、さみしさ・空虚感の演出は、時間的な間だけでなく、絵的にもあまりされていなかったと感じる。

  余談だけれど、
  劇場という場の広さやスクリーンの大きさ、音響環境がある程度整っている前提であることなどは、
  その様な演出には有利に働かない物だろうか? 
  生粋の映画監督さんなどは、その辺どう考えているのだろう。

60分というひとつらなりの「映画の時間」と、物語の時間のスケール感とテンポをひっくるめて
テーマに向けてコントロールすることと、
作品世界が持つトーンをそれらのものとすり合わせることが、あんまり上手くいっていないように思う。
あと……話のスジそのもののしょうもなさっていうのは、やはり拭い難い悪印象の主因になっている。
マしょうもなさは、コントロールがうまくいってないからしょうもなく映ってしまったのだろう。

  ……しかし、このトーンとペースの只中に、仕事とはいえ長時間身を置かれている清川"冬月先生"元夢老が
  精神と健康になんらかの支障をきたしていないか、心配される昨今です。
  8X歳? とかじゃなかった? だいじょぶっすか冬月先生。

   ▼Wikipedia 清川元夢
    御自ら「マンガが嫌い」だとか「逃げ出したい。アニメの声優をやることに抵抗感がある」
    だなんて公言している人が、よくこの作品に長く関わってくれているものだなあ……
    ……今更ながら、大丈夫なんだろうか? 楽しんでくれていたらいいけど。


そもそも1週間程度の不在でさみしく感じるものだろうか? と思いもしたが、
案外それ以上長いと今度はいない状態に慣れてしまいそうだし、
寂しがるにはほどよい時間なのかも知れんな、とは思った。オッサンが薄情なだけだな。



●○● アラフォーのオッサンは、なぜ『ごちうさDMS』を
                     2度見することを宿命づけられたか ●○●


なぜ2回見ることになったかというと、
「ムビチケ」というモノのシステムをよく理解しないままに
「……この映画は恐らく人気で、良い席確保するのは難しいだろうから、
 なるたけ前以て席を抑えられるようにしておこう。
 世の中にはどうやら前売り券というシステムがあるらしい、
 早めに座席を押さえられるならそれを使ってみようじゃないか」
ということで、
TOHOシネマズのムビチケというのを初めて買ってみたのだけれども、
それを購入する際、特段欲しくもないハズのクリアファイル(そして実際手に入れてみても何の感慨もわかなかった)
に目が眩んで、前売りムビチケを2枚買ってしまったから。


……なのであった(長い)。


  あと、ムビチケとか前売り券は「先に券を買う」だけのものであって、
  座席の確保に特段有利になるものではなかった。
  チケットを手にした時点から公開時の座席を予約できるものだと思っていたが、
  「お金を先に払うことでちょっとお安くなる」というだけで、
  座席予約の開始は一般と同じ、(TOHOでは)鑑賞日の2日前からだった……。
  お安くはなるけど、何の意味があるんだよ前売り券。
  買った時点から、普通に見る連中よりも良い席確保も有利にやれるようにしてくれよう……。


2回目も、ただ見るだけならいいんだけどさ。
劇場まで行くとか、帰ってくるとか、そこまで行くんだったらついでになんかしようとか、
「映画を見る」ことの前後の手続きまでいろいろ含め置くとわざわざもう一回、
それらの時間を使ってコレを見るというのは……なかなかハードルがキモい。
最終的には「勿体ないから」というのと「何か見つかるモノがあるかも」というのとで二回目も見て、
それなり以上の収穫もあったので、欲しくもなかったクリアファイルに目がくらんだ俺GJ。。


  ■1回目鑑賞時の認識姿勢の難
    ~「映画」と「劇場版」の違いについて、或いは
       「映画であること」を前提とするか「劇場公開のテレビアニメ」とするか問題~



上で、「映画の時間軸」みたいな話をした。

映画がテレビや記録媒体や配信によって家で当たり前に見られるようになって久しく、
家庭で視聴するための映像作品と劇場で視聴することを前提として制作されるいわゆる「映画」の区別など
もうとうの昔に無くなっているから、
「映画」という言葉で括ることは適当ではないことは承知しているが、
便宜上、「映画=長尺で鑑賞することを想定して作られた、単一で物語のある映像作品」と定義する場合、
作品としての「映画」には、やはりある程度の型、しつらえが存在する。……と、オイサンは考える。

1度目鑑賞時の自分はこの作品に対して、ちょっと「『映画』としての期待値」が高すぎた、というか、
自分の思い描く映画像に『ごちうさ』という作品を近づけて考え過ぎていたところがあったのだと思う。
つまり、

「『映画』なのだから、これくらいの時間で、お話には少なくともこういう構造があって、
 完結するテーマがあって、それが構造によって如何様にかして回収されて……」

という思い込みである。
一つの型というか、様式というか。文化文明・原理原則として連綿と受け継がれてきた
「このメディアを用いて価値ある結果を創出するために編み出された一連の手続き」
をしっかりと踏んだうえで完成された『ご注文はうさぎですか?』を見ようと、1回目の自分はしていた。
2回目には、1回目で作品の実像を得たことによって、その期待の枠から作品を外し、
作品に適した枠の目で見、評価することが出来たのだと思う。
「2回目は、1回目の結果を加味して期待値を下げた」
という言い方になるのだけれども、それではまだ不遜な感じが残る。
作品(および商品として)の特性を正しく理解して、それに見合った映画像を持った上で、
「『映画という型』を重視するのではなく、この作品をただ劇場というメディアで公開する」
という、作品オリエンテッドのサイドに立った認識態度へと改めた(自然に改まった)。

これは、さらに言い方の奥にある実情を整理してしまうと、
「『ご注文はうさぎですか??~Dear My Sister~』を、今なお映画としてはとらえていない」
みたいな要素は出てきてしまうけれども……まあ、それはしょうがねえな。
劇場で公開するための『ご注文はうさぎですか??』としては、十全であった、と言えると思う。

本作を、より自分のイメージする映画としてまとめるなら……
ざっくり言ってしまうと、リゼが思い悩むシーンなんかは要らないし、
千夜・シャロ、マヤ・メグも、お飾りとして以外はバッサリと整理してしまって良い。
物語的に不可欠な役割を果たしているワケではないし、
彼女らの果たした部分は他のメンツで代替することも可能だからだ。

描きたいことへと導くために必要なさまざまな運びを整理して、そこへ向けて誰が何を運んでいくのか、
伴う必然性に従って整理することが出来れば、時間も空間も描きたいことに集約させることが出来る。
それによって間も取れる。より明確な意図へと集約可能になる。
一つ、ズシンと完結した世界を、この世から切り出すとともに、その世界観の中に生み出すことが出来るはずだ

とはいえ、である。

本劇場版は、「映画」である前に『ご注文はうさぎですか?』という一つの商品の一部なので、
作品世界的・商業的な意味では全てのキャラクターを出さないワケにいかず、
そのジレンマにやられてしまったなあというのは、改めて見直してみると感じた。
「映画」に端を欲したそもそも「映画」である作品と、
そもそもは4コマ漫画であり、それをテレビ放映することを前提に作られたアニメとし、
そこからさらに派生した「テレビアニメの劇場版」である作品との差であり、ジレンマなのだろうと思う。

  補足すると、自分としてだって、リゼもシャロも千夜もマヤメグもタカヒロさんも出てこない
  『ごちうさ』なんか見たいとは思わない。
  映画を作るなら、それらも上手に絡めたテーマとすることが必須であろうと思う。

本劇場版のエピソードは、原作の連載中にあったものをまとめ直す形がとられているが、
上の様な事情から、同じエピソードをテレビシリーズ向けに作ったとしても
出来栄えはあまり変わらない結果になっただろう
(動画の内側にあるパラメータ(画面サイズや解像度など)はそれぞれ向けにチューンされるだろうが)。
ただ、上でも書いた、ぬいぐるみを軸にして語られるココアとチノの夢・お姉ちゃん像のエピソードは、
60分一本勝負であることを意識して通底されていた。



……。



マそういうような意味で言うと、
イマイチ華のないガサツババアの出番と山登りの場面をバッサリ切り捨て、
大人気天使ょぅじょの日常を濃密に描くことに色んなものを注ぎ込んでしまった
OVA『ヤマノススメ』の方が態度としてははるかに映画的であった
と言えるかも知れないし言えないかも知れないが言ってもいいんじゃないかとオイサンは思うワケだが
それはのちの歴史の評価を待つのが公正な態度だとも思うわけである。


 ■パンの匂い……美少女の匂い。

あと、1回目と2回目で差が大きかったのが……劇場の環境のハナシ。
……以下、半分ネタなんだけど、半分はワリと本気。

1回目の鑑賞時、劇場はほぼ満席だったんですよ。分かります? 満席。
オイサン、あんなに混んでるTOHOシネマズ海老名は初めてだったんじゃないかってくらいですけど。
デまあ……作品が作品じゃないですか。心がピョンピョンする奴じゃないですか。
オタクのヤロウどもが集まるじゃないですか?
多分、神奈川中部のオタクの大多数が集まったと思うんですよね、あの劇場に。

ことさら悪臭が充填されていたワケではないですが、やはりこう、
血気盛んな若オタヤロウドモの活発な匂いがムンムンに充満するワケですよ。
そうするとまあ……画面の向こうのビジュアルとのギャップがまあヒドイ。
あちら側はもう、美少女と焼きたてパンの楽園ですもの、
視覚的にはイイ匂いの予感しかしないワケですよ。
しかし実際嗅覚から入ってくる匂いはヤロウ臭・ケモノ臭ですから……
鑑賞の途中あたりからちょっと、「なんかおかしいな」ということに気付いたんだけれども、
ちょっとこう、視覚と嗅覚の不一致のあまりの激しさにに酔ってしまった、みたいなところがあった。

2回目はすでにガラガラだったんで大変快適でした。
同じ劇場だったんですけどね。



■Closing~壁紙と、提灯と。



お話と演出のハナシばかりになってしまったが、
絵と音については不安のない作品で、その通りだったと思う。
レイアウトがちょっと単調だったかな……という印象だが、さだかではない(ないんかい)。

2回目の鑑賞時に気付いたことだが、描かれる部屋や家の壁紙が全部ちがっており、
そのどれも可愛いことに驚いた。
背景美術がすごいのは毎度のことだが、
なんでもない筈の部屋の内装までみっちりと凝ることで一種の異世界感が演出されていて、
こういう雰囲気の出し方もあるのだなと感心してしまった。
それで画面もやかましくなっていないからまたすごい。
部屋の壁紙にこんなに凝ってるアニメはちょっとないのではないか。
「ナンタラは細部に宿る」の典型であろう。

また、ラストのお祭りシーンで電飾イルミネーションに交じって変わり種の提灯が配されていたことも
個人的にとても良いと思った。
「そうか、提灯って和風イルミネーションなんだなあ」と思うと、妙な感慨がわいた。
提灯、捨てたもんじゃない。
現実の催しのシーンでも、もっと見直されたらいい(何に感心しているのだ)。

マそんな感じで……
「2回見ました、あんま面白くなかったです」とだけ書いて
今年見たけどまだ感想を書いていなかった他の映画とまとめておしまいにするハズだった、
劇場版『ご注文はうさぎですか??』の感想はおしまいです。

映画的な再構成としてはダメなところも目立つけれども、
         劇場版『ごちうさ』としてはなかなかの出来栄えで、
                     テーマ表現としてはかなりな輝きを放つシロモノでした、


……というのが、忌憚のないところ。
でもまあ……振り返ってみると、面白かったんだろうなあ、という感じ。

「それなり」の目で見るというのが、一つ鑑賞のコツとしてはあるのかもしれない。
一度作品側に立つことによって、1回目に批判的に映った部分をもう一度キチンと捉えなおすことが出来、
良かったなと思う次第である。

コレは、劇場版『ガルパン』でも起こったことなので、
自分には、つまらないと感じた作品には必ず2回目が必要なのかもしれない。
自分はあまり情報処理の能力が高くない上、エモさ爆発オロカモンC! なので(分からんわ)、
冷静に見るには2回目が必要だってだけかも知れぬ。
世間一般の皆さんは1回だって十分だと思うぞ。


オイサンでした。
 
 
 

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2017年12月 1日 (金)

■マリア様が二度見してる~劇場版『ご注文はうさぎですか? Dear My Sister』感想・1~ -更新第1183回-

劇場版『ご注文はうさぎですか?~Dear My Sister~』を、
2回見てきたんですよ。
2回ですよ、2回。
なぜ2回見る羽目になったかの顛末はあとでてきとうに書くとして、
作品自体についてもさながら、周辺のことでも気付くことが多かったので、
感想とともに書き留めておこうと思う。
 
Atrdsc09741_2

 
鑑賞前から作品のデキにはそこそこ期待していたのだけれども、
1回目を見終えた時点では
「……俺は、コレをもう一回見なきゃならんのか……」
という、若干陰鬱な気分でありました。

デ2回見た結論から申しますと、
1回しょうもないと思った映画も2回見てみるモンだなあ
というのが正直なところで、
2回目は、1回目に比べればだいぶ楽しかった。
2回目に何かを新しく見つけることが出来たというより、
発見済みだった要素に整理をつけることが出来た、という面が強い。
得られたインスピレーションもあるので、1300円分のモトはそれなりに取れた。

1回目の鑑賞姿勢や環境に多少難があったというのもあるので、それについても後でまとめる。



●○● あらすじ ●○●

実家から「最近店が忙しい」という手紙を受け取ったココアが店の手伝いのために1週間だけ帰省することにし、
ココアが留守の間チノちゃんがさみしくて凹み、
凹んだチノを見てリゼがうまくなぐさめてやれないと凹み、
マヤ・メグがチノをお風呂で励まして、
千夜・シャロがリゼを甘いもので手なずけて、
昔チノちゃんがリゼにもらったヌイグルミをみんなで自分たちの分を量産して、
花火大会がある! ってんで、ココアは結局帰省を4日半で切り上げて(店の手伝いロクにしないで)町に戻り、
皆で花火大会が見られて良かったね!
 
 ▼予告編映像
 
 
 
……っていうお話でした。
「要約するとアホみたい」とか言わない。

あとから知ったことだが、物語は劇場版用に書き下ろしたものではなく、
原作連載中にあったエピソードであるらしい。
つまりは、「元の話は4コママンガのテンポを前提に作られている」ということになる。
これはあとあと重要になるハナシなので、てきとうに覚えておいてもらいたい。

この先、以下の様な内容で話をまとめていきます。


 ・軽んじられる物語の動機とその回収、そこから導かれる「二人の黒幕と疑惑」
   ~口実に過ぎない実家のお手伝い~モカさんはオトナのオンナ

 ・お姉ちゃんという「クラス」、ワイルドギースを介して予感させるその継承について
   ~ココアとチノ、無言・無意識の姉妹関係~そして「お姉ちゃん=勇者」説

 ・本当の欠点~タイムスケールの不明瞭さと希釈されるさみしさ
   ~作品オリエンテッドか、メディアオリエンテッドか



●○● 物語の起点と、そこに巧妙に隠されたヒトツの謎 ●○●

1回目を見終えたとき、
お話の始まりを支えていたはずのココアさんの動機があまりにもおざなりに打ち捨てられて終わったので
「はあ?」と思った。

「実家の店を手伝うという名目で帰省したはずなのに、結局2、3日しかいなかったみたいだし、
 手伝いもそのうちの1日しかしてないし、大して役に立ってないし、
 当初行かないつもりにしていた木組みの街の花火大会を結局優先させて帰っちゃうし、
 一体なんなんだろう」

という、不整合ばかりが目立ち、疑問と不満が募った。
その疑問・不満は、小さな認識違いはあれど概ね間違ってはいない。
けれども、2度目を見ることで、お話の主要な動機だと思っていたその「ココアの事情」が、
物語の動機ではあれど、主題的には実は枝葉であるということが納得出来た。

そもそも、
「お話の始まる動機はなんだったのか」「それらは動機足りえる確かさを持っていたのか?」 とか、
「その動機となった出来事を、人物たちがちゃんと解決して回収したのかな?」とか、
そういう生真面目なコトをこの作品のノリで言ってもしょうがねえかな、というところは……ある。
殊に、動機の中心にいるココアさんの思考と行動に関してそこをつついても意味がない。
そこはもう天下の紋所であるところの

  本当に、しようのないココアさんです

と呟いて乗り切ってしまう……のが、『ごちうさ』本来のお作法だが(そうなのか?)、
のちの論点に繋がる重要な部分ではあるので、
ここではその「動機部分の根拠と回収の薄さ」についてもキチンと評しておこう。

お話の冒頭、
「実家のモカさんから、『お店がやたら忙しい』という手紙を受け取ったココアさんが
 手伝いのために一週間だけ帰省して手伝ってくる」
と説明がされるが、

 ・実家のお店の混乱は、一週間で片付くことが見えていたのか?
  またココアさんは、帰省中店の手伝いをしていたのか、していたと言えるのか?

という問題には、物語の起点でありながら、物語中のどんな要素よりも強い疑問が残る薄い根拠しかなく、
そのことが作品像全体を思い切りフワフワさせている感は否めない。
動機が起こす出来事に端を発して周囲が抱く感情がこの物語の全体を支えて行かねばならないので、
動機がテキトーだと、その幹と枝の先に茂る葉と花とが空虚なものになりかねない。
2階建ての鉄筋家屋を建てようってのに、
土台はシロップをたっぷり含ませたシフォン地で、支柱はトッポで仕立てました!
みたいな感じです。
やったぜ最後までチョコたっぷり! て言うとる場合か。
それでチョロまかせるのなんか、ヘンゼルとグレーテルだけだかんな!

上でも書いた通り、この根拠の薄さ・結果の伴わなさはもうココアさんの十八番、お家芸ですんで
言ってしまえば、「振り回し役」ココアさんの本領発揮。いい仕事したなってモンである。
だてに『ごちうさ』ワールドの室伏広治と呼ばれていない(本当に呼ばれていない)。
ココアさんが実家に帰るという始まりは、物語のテーマであるところの「Dear My Sister」を実現させるため、
すなわち
 ・チノちゃんを寂しがらせるためにココアを木組みの街から引き離し、
 ・ココアとモカを引き合わせる

ための道具立てとして、ココアさんのしようのなさを利用してご都合主義的に設えられた状況に過ぎない。
 
 
……ように見える。
 
 
ここで浮かび上がるのは、ココアの行動についてはそれでカタが付くとしても、
その状況を仕組んだ2人の黒幕、モカさんとココア母たちになんらかの思惑があったハズではなかろうか?
という疑念である。
「店が忙しい」ことをほのめかしてココアが自ら帰省するように仕向けておきながら、
その実、店の忙しさははモカさん一人でも捌ける程度ではあり、
ココアがロクに手伝いもしないで町へ戻って行ってもなんら文句もツッコミすら上げない、
この2人の「本当の狙い」がどこかにあったのではいだろうか?

「物語の最重要動機の根拠と回収がここまであからさまにフニャフニャで放置されている背景には、
 鑑賞者の視線を、黒幕2人の思惑へ誘導するという意図があったのではないだろうか」
……と、2度目の鑑賞で自分は考えた。
 
だって、あまりにもあからさまに
             動機も結果もテキトーなんだもの!!

オトナが考えてオトナが作って、これに違和感を覚えないというのはありえない。
……マ逆に、そのご都合感に目を瞑れないオイサンの方が子供だ、とする解釈もあるなあ、とも考える。
「君も男なら聞き分けたまえ」と……囁くのよ……あたしの中のムスカ大佐が……。

ではその、モカさんとお母さんの思惑とはなんだったのか?



●○● "Sister"の系譜、および『ごちうさ』世界における「お姉ちゃん」のクラス ●○●

その疑問に答えを出す前に、
本作(『ごちうさ』全般ではなく、ひとまずこの劇場版に限った話として捉えてもらいたい)の
テーマについて確認しておこう。

本作のサブタイトルは『Dear My Sister』であり、姉妹関係が前面に据えられている。
且つ、ここでの「Sister」は、「姉妹」「妹」でなく「姉」・「お姉ちゃん」と捉えるのが適切だ。
作中では、もっぱら妹の立場から捉える「お姉ちゃん」への視線が描かれている。

  ……いいですか、「姉」ではなく、あくまでも「お姉ちゃん」。
  「お姉ちゃん」です。間違えないよう、何度か声に出して読んで下さい。
  「お姉ちゃん」。「お姉ちゃん」。はい、いいですね。続けます。


チノがココアに向ける視線、ココアのモカさんへの視線。
そしてもう一つ、ココアが己のうちに持っている、内なるお姉ちゃん像へ向ける視線。
いずれも強調されるのは「お姉ちゃん」に対するものであることである。
ココアは毎度の如くチノちゃんへの妹愛を露わにするが、
その際も強調されるのは「お姉ちゃんになりたい自分」であり、
チノちゃんはそのために必要だから妹に位置づいているのであって、
意識は「お姉ちゃん存在」に向いている。
無論ココアはチノちゃんのことは心から好いているだろうし、
「お姉ちゃんでありたい」という望みはチノの存在に端を欲しているのかもしれないが
(お姉ちゃんへの憧れとチノとの出会いのどちらが先にあったか明示はされていない)、
妹を欲することはそれ自体が最終目的であるのに対し、
「お姉ちゃんであること」には、際限のない広がりがこの物語の中では描かれている。

今作では、モカ・ココア・チノを繋ぐ「お姉ちゃん性」の継承に関して、
あとから考えると驚くほど鮮やかにまとまっており舌を巻いた。レロレロレロレロ。 ← まじめにやれ

映画の中盤、主要メンバーが、チノのぬいぐるみ(ワイルドギース)に似せて、
それぞれのイメージに合わせたアレンジでぬいぐるみを手作りするエピソードがある。
そこで
「現在チノがココアに対して抱いているイメージと、
 ココアがかつてなりたいと願ったもの(=魔法使い)が一致する」
というくだりが描かれる(チノはココアのかつての夢について知らないが、それがまたいい)が、
これは、チノの中で「ココア=自身のかつての夢をかなえた存在」となる手続きである。
且つ、
一方で、ココアは実家でモカの力を見せつけられて「お姉ちゃんたる者」への憧れを新たにし、
魔法使いからさらに一歩進んだ
「お姉ちゃんになれればいい
 (しかもこれまで考えていた以上のよりすごいお姉ちゃんになりたい)」
と改めて宣言をしている。
ココアの今の望みは、チノの目に映るかつての夢の姿の中になく、
「お姉ちゃん」という次の高みへ向け、チノの思い描くらせんの速さを上回って先へ進んでいる、
チノにとってココアが一種の聖なるもの・越え難いものとしての位置を獲得する流れである。

そのことがさりげなく、
冒頭でココアからチノに手渡されるぬいぐるみ(しかもそれはただのギャグの一部として!)を通して提起され、
一回りして回収される流れは素晴らしかったとさえ言える。

またそれが直接的な言葉を用いず、何よりも、
チノとココアが全く直接的に触れ合わずに行われていること、
二人には最後まで認識させないでおく作劇は衝撃的ですらある。
二人が知らず知らずのうちに結ばれ合っていることを知るのは鑑賞者だけなのである。
鑑賞者に、見ている者だけに分かる事実を預けることで、「見守る」位置に強く縛り付けることに成功し、
「この二人の結末を見届けなければならない」という気持ちを生じさせる手管は鮮やかこの上ない。



  ……アレ? なんかすげえホメてるな……。
  この映画、もしかしてすごく面白かったのか?



花火大会の件についても、
ココアの「そういう風にしたらいいよ!」というアドバイスの様なもの
(実際はただの、ココア自身の希望でありワガママだけど)を受けいれ、
取り入れるようになったチノの姿を見ていると、
チノの中ではココアは実質お姉ちゃんみたいなモンになりつつあるのであろう。


  ■モカと母、2人のオンナの謎めくパーソナリティが思い描かせる継承劇

ところで、上では「お姉ちゃん性の『継承』」という言葉を使った。
これは、少しずつ偉大なお姉ちゃん存在に近付きつつあるココアの元で、
次はチノちゃんがココアを見てお姉ちゃんになることを意識したものだ。
ぬいぐるみのくだりを用いた、チノとココアの関係の前進は初回の鑑賞で理解できたが、
この「継承」の兆しを感じたのは2度目の鑑賞の折、
「ああこの話は、やがてモカさんが退場し、チノちゃんの下に何らかの『妹分』が入場して、
 幕を閉じるんだな」
ということを思うようになった。
というのは、今回の劇場版でモカさんが「お姉ちゃん」の位置から退場する気配を感じたからだ
(ただしチノちゃんの妹分登場についてはまだなんの影も見えない)。
マこの先は、ただの妄想というか、印象論とおかしな嗅覚のなせる業の話だ。

モカさんがいま大学生なのか社会人なのか、どういう立場か分からない(なんか情報あったっけ?)ケド、
母と並ぶとどことなく「オトナのオンナ」の匂いがしてきてしまう。
一人ずつだとただの可愛い呑気者なのだが、
二人並ぶとそれなりの生活っ気が見え隠れし始め、それに応じた色気と生々しさが漂い始める。
二人でいるときにはオトナの会話をしていそうだ。

忘れもしない、ココアが街に帰ろうとする朝、
呑気にメシ食ってる妹をせかす姿とその装い(ふりふり付きのノースリーブにタイトジーンズ)が、
あーこのヒト普通に彼氏いるんだろうな、しかも仲はそこそこ進んでるな、という妄想を起動させた。

ここで、冒頭に論じた「モカと母が、ココアを帰省するよう仕向けた思惑」に帰ろう。
2人は、店の手伝いにココアの手が必要だったワケではなく、何らかの話をココアにしたかったのではないだろうか?
それはすなわち「モカのお姉ちゃんからの退場」に関わることであり、
妹との関係性を希薄する出来事である。

例えば、今回のココアの帰省中に彼氏をキチンと紹介する踏ん切りがつけられたら、
彼氏さんとの結婚もちゃんと考えようかな、と思っていた……けど今回は結局そこまで出来ず、
ココアが帰ってから、ヘタレな自分をお母さんにいじられたりしていた、
のような裏エピソードの存在である(※アラフォーの妄想です)。
モカさんは、結婚して家を出ることはココアを手放すことになるのは分かっているし、
少なからずココアがショックを受けるであろうことも分かっているから、
おいそれとは言い出せない……みたいなことである。
そうしてモカさんが結婚・家を出ることによって「お姉ちゃん」としての位置から退場をし、
あらたにチノちゃんが妹分を物語に迎え入れることでこのお話の輪廻は完成して
終幕へ向かうものであろう……つまり!



  『ごちうさ』は『マリみて』の系譜に当たる作品だったんだよ!!

   ΩΩΩ<ナ、ナンダッテー



……うーん。
こんなしょうもない妄想までしてしまうくらいなんだから、
この映画、やっぱり面白かったんだろうなあ。
まあそこまでは無い話だとしても。
モカさんとお母さん、二人だけの時間の会話には、正直興味が尽きないのである。のである。


  ■お姉ちゃん > 魔法使い

ここまでやたらとお姉ちゃんお姉ちゃん言ってきたが、この流れで
「待て待て、『お姉ちゃん』は『魔法使い』より上位クラスなのか?」
という違和感を覚えたそこのアナタ!Σm9 良い目をしているな……見どころがある。  ← 上から

そう、今回の劇場版では、『ごちうさ』ワールドにおける「お姉ちゃん」というクラスの位地の高さが
改めて示されたと見て良いだろう。
お姉ちゃん>魔法使い であることは明示されたし、
小説家・バリスタ・国際弁護士などをも上回るクラスであることも、暗に宣言されたと見ていい。
恐らく「お姉ちゃん」は、『ドラクエ』における勇者に等しいクラスであり、
本世界観における最上位職・万能の位であり、最強の戦士である。

  お姉ちゃん=勇者。

これまで「血縁と等しいくらい近しい関係にある年上の女性」でしかなかった「お姉ちゃん」が、
実はクラスであったと明示したことも、本作の大きな役割であったと言えるだろう……。

「それはココアの価値観であって『ごちうさ』世界のじゃなくてだろ!」

などという至極まっとうなツッコミも、耳をすませばホラ、聞こえてきそうだが、
今回の劇場版が
「実は世界は魔女化したほむらちゃんの精神世界だったということを最後まで誰も見破れなかった
 『まどか★マギカ』の劇場版」みたいな映画だった

ことを思えば、
「ココアの認識=世界のありよう」としてしまって、なんかもうイイんじゃないか? と
おっちゃんは想っちゃったのでそれでいいのである。
オッサンもう言いたい放題だな。
いやイイよ、賛成したい人だけ賛成してくれれば。



……ムウ、思いのほか長く語ってしまった……
ちょっと一回分けるか。
2回見ることになった理由とかは次回になってしまうが、まあいいか。
大した話じゃないし。

ではまた次回。
オイサンでした。
 
 
 

 

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2017年11月16日 (木)

■過ぎ去りし時を求め日記~『ドラクエXI』プレイ記録014:ここにきて全開する堀井雄二節の破壊力 -更新第1176回-

 
聖なるアラフォーが人々の心に明日の光を取り戻す、
『ドラゴンクエストXI』プレイ日記。その14回目。


ウゴウゴルーガさんが魔王に就任し、生命の大樹が落っこちてから、
いよいよ『ドラクエ』らしくなってきた、という感覚がとても強い。

大きな盛り上がりの問題ではなく、堀井雄二のシナリオ芸・テキスト芸のキレが明らかに増した。
主にテキストの配置のされ方だと思うのだけど、
「そのひとことで人物とその周辺の空気が一気に表されるテキスト」が連発されるようになった。
期待感は高まる。

さて前回は、
デルカダール城内に巣食う、常闇を放つ魔物を倒して来い! と、最後の砦でデ王に言われたところまで。

  ※「デルカダール」が長い上に頻発するので、以下「デ」で統一します。
    デルカダール王  → デ王
    デルカダール城  → デ城
    デルカダール兵  → デ兵
    デルカダールの民 → デ民



■導きの教会~デ城の地下水道~デ城奪還

出発すると、フィールド移動はすっ飛ばされて「導きの教会」までトバされる。
実はこの教会のすぐ近くに今回の目的の、デ城に繋がる地下水路への入り口があるのだけども……
まあ、このオジサンは無視しますよねw
だって、他にも行けるところがあるんだもん。

  ところで「導きの教会」を、いつも「嘆きの教会」に空目してしまうのは老眼のせいかのう……。

ナプガーナ密林へ至る道があり、密林内部からはソルティコ方面へ行けたりもする。
そっち行こうとしたら紫オールバックの堅物に「待て、行ってはならん」って怒られたけど。
えー、ちょっとくらいいーじゃーん。行こーよー。

森の中の、以前お世話になった木こりの小屋の下の階層、サイクロプスが闊歩していた場所へも降りて行けるようになったが
これと言った発見はなかった。素材なんかは拾えたけど。
一応2Dモードでも辺りをさらってみてから、いよいよ本題の、デ城・地下水道へ。

地獄の鎧さんなんかが出現なさいますが、これと言った苦戦などはナシ。
ブラックドラゴンなどという大物ゲな方もおられましたが、こちらもドラゴン斬りの連発で苦も無く勝利。
やっつけるとなんか称号が貰えたけど、そんな大層なモンか?

階層を上がると、風景は地下水道から地下牢に変わり、ところどころに宝箱が見つかるようになる。
牢の一室には「カミュの掘った穴」なんてものが残っていた。そうか、ここは過去に来ているんだったな。
すっかり忘れていたぜ。

城の本丸に移ると中は荒れ果て、正面から2階に上がる階段も打ち壊されている。
上に上がる手立てを探していると、生命の大樹の根が見つかり、
そこからはグレイグさんとホメロスさんの若き日の(つっても今でもそこまでトシじゃないんだろうけど)ラヴい思い出が再生される。
どうやら、台所にデ王の間に繋がる秘密のルートが隠されているらしい。
デ王はかつてそこを使ってつまみ食いを働いていたというのである。

おっさん!!

アカン! アカンて! 秘密の通路を日常使いしてたらアカン! イザというときにばれる!
しょうもないおっさんやなあ……。
しかしそのデ王御用達秘密の抜け道、通称:つまみ食いロードで上階へ上がることが出来、ボス戦。

ホメロスさんが現れ、自らグレイグさんへのものすごいケチなコンプレックスを赤裸々に吐露してくれます。
恥ずかしい奴め。お前トシいくつや。
良かろう、その恥ずかしい思い出とともにあの世へ送り届けてやる!
……と思ったら、ホメロスさんはデビルウイングで飛び去ってしまい、
うしろからバカでかい骨の怪物が現れました。今夜のダンスの相手は、どうやら彼の様です。

いまいち『ドラクエ』っぽくない敵だなあ。

しかしこの御仁、そこそこ強かった。これまでで2番目の苦戦を強いられた。
まあ苦戦と言っても死人が出るワケでなく、
回復に手いっぱいで攻勢に回れないターンがいくつかあった、程度なのだが。
ルカナンにバイキルト、2回攻撃という、非常にシンプルな戦法押してくるパワー型。
マそれで押してこられるのは、こちらの味方がNPCのグレイグさんだけだからである
(命令可能ないつもの仲間がいたら、スカラや強化ステータスキャンセル技で無効化出来てしまう)。
レベルが50もあるオイサンでこれだけシンドイのだから、推奨レベルで来ていたらワリとギリギリなメに遭うのではなかろうか。

ともあれ、はやぶさ斬りとギガスラッシュ、グレイグさんからのスクルト援護で撃退。
やっつけた瞬間、昼でも暗く空を覆っていた「常闇」が晴れ去った。やったぜ。


■凱旋~新たなる旅立ちと、猜疑心と、友情・無常

戦いが終わって砦に戻ると、またしてもデ王が呼んでいるという。
デ兵士の一人が言うには、

「もう! 王様はすぐグレイグさん呼びつけて! グレイグさんも人が良すぎます、
 一回くらい断ってもいいんじゃないですか!?」

Dsc_0387


だってさ。
これはワンパターンに対するシナリオライターの自虐か逃げ道に聞こえなくもないけど、なかなか良いセリフ。

しかし、デ王……。
グレイグさんが両手剣使いと知ってて、呼びつけてまでくれるゴホウビが盾って……
お前実は、グレイグさんキライなんとちがう?
あわよくば事故に見せかけて死なそうと、まだ思ってない? 大丈夫?
ウゴウゴルーガさんがまだちょっと体の中に残ってるのとちがう? ホンマに? 大丈夫??
そっかぁー……正気でコレなんやったら、多分デ王は、人心掌握がとっても不得手なタイプのフレンズなんだね……。

グレイグさんはデ王にどんな恩義があるのか、えらく忠義を尽くしている様だけど、
ちょっと付き合い方考えた方がエエかもワカランで。
ホメロスさんがああなってしもたんも、案外デ王の付き合い方に問題あったのかも……。
なんかちょっと、それっぽいこと言ってたしなあ……。

  って、冗談で書いてますけど、オチがホンマにそれやったらオモロイな。
  王様が人付き合いべたのユルユルで、それが原因で世界が転覆しました、っていう。

まあまあまあ、もらえる物はもらっておきましょう。
おいオールバック、お前のご褒美やけど、コレ俺が使こてもエエよな? お前どうせ使わへんねんから。
などと考えると、グレイグさんが「やれやれ、また我が君は」っていう顔で
「ああ、使ってくれ。いつものことなんだ」とか言ってそうで、ちょっと愛らしくなる。
苦労が多そうだね、グレイグさん。同期はあんなんだし。

  グ「言ってくれるな……」

……ただでもハゲそうなんだし、オールバックとかやめたら?

  グ「うるさいもうほっといてくれ!」

などと妄想が捗るw グレイグさんが自分のなかで一番人気になってきたw 楽しいw

前回書きそびれたが、デ城下町でまっとうな生活を送っていたカミュの元したっぱさんも、
美人の奥さんと一緒に、最後の砦でたくましく暮らしていた。
良かったよかった。ちゃんとカミュのことも心配してくれていて、
「見つかったら心配してたと伝えてくれ」などと泣かせることを言ってくる。
バカ言うんじゃないよ、見つけたらすぐ、飛んで挨拶に来させるよ。

デ兵士の中にはマルティナの安否を気遣ってくれる者もあって、
デ王も、口には出さないがマルティナのことが心配であろうな。

  ▼新しい友情に向ける猜疑心

デ王は、この砦の礎となったイシ村の復興に、デ民ともども、全面的に力を貸すという。
イシの村人たちも、デ城の再建に力を尽くすと約束をしたそうな。
皆、ここに新しい友情が生まれた、失ったものは大きいが、得た物・生まれた物も大きいと互いに喜び合っている。
エマも、(デ王が主人公を呼んでいると聞いて)
「また捕まえられちゃったりして。なんてね、もう王様は、絶対そんなことしないものね!」
などと、冗談めかして能天気なことをいうが……。
 
Dsc_0389



……そうかなあ……。どうだかねえ……。


そんなの、ワカランよ?
平和な時代がまた続けば、人間、欲も出るしねたみも嫉みも生まれるよ。
そうなったとき、今の感情がどれだけ保てるか。
案外アッサリ掌を返されて、またどちらかがどちらかを、厳しく、冷たく、遇する日がきっとくるとオイサンは思うよ。
そしてそれは、そう遠くない日だと思うね。人間てのはそういうもんだよ。
そしてその時には、それが正しい、自分が正しい、あの日の誓いは破られていない、
悪いのは、間違っているのはあいつらの方なのだと、皆が平気で言うのだよ。
熱く清々しい気持ちでいられるのは、同じ場所で、同じ目線で立っている今だけなんだよ。

……なんだろう、堀井雄二がこのテキストを、一体どういう気持ちで置いたのかわからない。
けど、なんだかとてもそらぞらしい空気をわざと残して置いたように、オイサンには思える。
つまり今オイサンの感じているような気分を味わわせるために、
この熱く清々しい言葉の数々は用意されたように……思えるのです。
それが、この無常そのものを表すためなのか、それともそれをまたこの先で覆すためなのか……
わかんないけども。

  ▼グレイグさんの身の上話

常闇が晴れたので、次の目的地であるソルティコ・ソルティアナ海岸方面へ向かう前に
最初にオイサンを釣り上げてくれた釣り小屋の親父さん(元銀行員)にひとこと挨拶しておこうと思い、
そこへ向かう途中でキャンプ地を張っていたら、グレイグさんが自分の馬の話をし始めた。

 「あいつはこの辺りの野草が大好物で、連れてくると足を止めて大変なんだ。
   お前(=主人公)を追跡してる時にも草を食おうとするんだから、
     名馬だなんて言われちゃいるが、あいつもなかなか困った奴だよ」


だなんてもう、最高のテキストじゃないですか。
 
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愛馬を通して、グレイグさんの人間くささが見事にほとばしる名シーンだと思う。
英雄だの、勇者の盾だのともてはやされても、芯はふつうのオッサンだな。
こんな話が聞ける時点で、主人公とグレイグさん、もうこの二人は立派なバディなんだなと思える。

誰かと分かり合わなければならない時に、自分はこんなに上手に自分の身の上話が出来るだろうか?
なんて考えてしまうオイサン(42)であった。

本日はここまで。レベルは50。大台に乗った。

釣り小屋のオヤジさんは元気そうでした。
「魚のエサを横取りするようなヤツが、まさかあの闇を払ってくれるなんて
 世の中何が起こるかわかんねえなw!」
だってさw うるせえよw
 
 
 

 

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2017年11月15日 (水)

■過ぎ去りし時を求め日記~『ドラゴンクエストXI』プレイ記録013:絶望の少女 -更新第1175回-

 
アラフォー勇者が、世界がいくら切羽詰まっていようともマイペースで超寄り道しながら世界を救うようで救わない
『ドラゴンクエストXI』プレイ日記。

前回は……生命の大樹までたどり着いたーと思いきや、
あとをつけて来ていたウルノーガさんにとり憑かれたデルカダールの王様とホメロスさんに
まんまとしてやられ、世界が……否、人類社会があっさりと滅亡の危機にさらされそうになるところまで。

  たまに「世界が滅びる!」って言うけど、厳密に言うと、
  滅びるのはあくまでも「人類社会」や「これまでの自然生態系」などであって、
  それらが滅びた姿もまた「世界」であるので、「世界」は滅びないと思われる。
  こんばんは、面倒くさいオタクです。

   ※なお、前回「最後に流れ着いたのはバンデルフォン地方だ」と書いたな?
     あれはウソだ。デルカダール城のある辺りだった。デルカコスタ地方っていうんですかね。


■釣り小屋からデルカダール地方まで

魚になったオイサンを釣り上げてくれた釣り人のオッサンは、どうもこの釣り小屋で一人暮らしの様だが
この近くになにやら「最後の砦」と呼ばれる、人間たちが集まって住んでいる場所があるらしい。
そこには「英雄」がいて、砦をまとめ、守っているというのである。
英雄、だと……一体どんな紫色のロングヘアーをオールバックにした何イグさんなんだ……
さっぱり見当もつかないぜ……。

  尚、あとで知ることになるが、この漁師のオッサンは過去に銀行勤めをしていたことがあって、
  あとから訪れるとお金を預けたり引き出したりすることが出来た。
  なんだその、池井戸潤の小説みたいな、無意味にアブラぎった都合のいい設定は……。
  致し方ないとはいえ、ちょうモヤモヤするぜ……そんなんで許されると思ってんのか。

  まあ、荒廃しきった世界をさまよいながら
  「……そういえば、オレの預金ってどうなったんだろう……
  10万以上あったんだけど……」

  とか考えてしまうオイサンもオイサンである。

フィールドに出ると空は暗い。昼だか夜だかも分からない。
闊歩する魔物は、見慣れたシルエットをしているが不気味な赤いオーラを放っている奴がいて、
そいつらはどうやら強化・凶暴化しているようである。
まあザコがいくら強化されたところで、楽勝であることに変わりはないのだが。
あと、ゾンビ系がやけに目につく。今回の厄災でなくなった方々がゾンビ化したんじゃないだろうな。
ならばかかってこい! 責任を取って成仏させてやるぞ! ← 今回の厄災の引き金を引いた人

空が暗い上、ところどころ木々が茂っていたり、炎や煙が立ち上っていたりして視界がきかない。
魔物の数も増え、物陰から現れたモンスターとうっかりエンカウントしてしまうこともしばしばである。
当初、「3Dモードではシンボルエンカウント方式になる」と聞いて、
シンボルエンカウントは『ドラクエ』っぽくないし、
プレイヤーが回避しようと思ったら延々回避し続けられてしまうのでなんだかイヤだなあと思っていたが、
やりようによっては普通にエンカウントもしてしまうもんだな。

歩くうち、デルカダールの城の前に来た。
が、城は陥落してしまっており正門から入ることが出来ないようだ。
わぁーっはっはっは! 人のことを悪魔の子呼ばわりするから罰が当たったのだ、滅べ滅べい! ← 勇者

そこからまた辺りをしばらくブラブラ徘徊していたら、
なるほど「最後の砦」とは、どうやら旅のスタート地点であったイシの村があったあたりに築かれているらしい。
ナプガーナ密林方面へは、見張りをしている兵士(最後の砦の人らしい)が通してくれそうもない。
致し方ないので(言うに事欠いて)、ここは素直に最後の砦へと進むことにした。


■最後の砦にて

最後の砦の粗末な門をくぐると、真っ先に出迎えてくれたのはなんと、
あの村の幼馴染・エマと、育ててくれた恰幅のいいおっ母さんだった。

「イカス、生きていたのね!」

こっちの台詞じゃボケえー!!
どうやらイシの村人たちは、「悪魔の子を育てた村の一味」としてお取り潰しの憂き目にあった際も、
謎の英雄・紫色のロングヘアーをオールバックにした謎イグさんの進言で、
城の地下牢に監禁されこそしたものの、皆殺しにされたりはしなかったようである。
へっ、なんでえ心配させやがって、ばかやろうが……っ!(泣いてない

  ところで今まで気付いてなかったけど、
  最初にもらった「エマのおまもり」ってバッドステータス「魅了」「呪い」を30%も防いでくれるのね……
  これは貴重だわ。

「最後の砦」の中は、本当にその名にふさわしい世紀末状態。
砦とは名ばかりで、その様相は、ニュースなどで見かけるアフリカの餓えた村落か、難民キャンプかというものです。
どこで見てきたんだってくらい、逼迫と安堵がほどよいバランスで表現されており、
堀井雄二ここは全力出したなっていうのがヒシヒシと伝わってきてすごい。
この中を歩いていると、なんとなくアンチヒーローな気分になってしまうオイサンです。

尚、「英雄」と呼ばれていたのはやはりグレイグさんで、
デルカダールの王様も、すっかり正気に戻ってここにおられた。チッ、生きてたのかお前。
ウゴウゴルーガさんにとり憑かれていた間のことは全然覚えてないと言いつつも、
キチンと謝罪があるあたりは、さすが人の器が大きい。

砦の奥のどんづまりには……身寄りを失い、川辺に一人たたずんで、
流れに目を落とす幼い女の子がいます。
彼女は言います。

  「あたし、帰る家も、家族も、友だちもなくしちゃった。
            これからどうしたらいいのかなあ……」



Dsc_0383  Dsc_0384


何気ない言葉に滲む、深すぎる絶望とかなしみ。
自分は勇者として、この子の未来に希望をもたらす義務と責任を負っているのだ、
という不思議な自覚が、何故かふつふつとわいてくる……
すごい、すごいぞ堀井雄二。
いま自分はこの瞬間勇者として目覚め、心がキャラクターと一体になった。
なんということだ……。

そしてオイサンはその子の頭をくしゃっと乱暴に撫でて、

  「あと十年、がんばって生きてみろ。
      そんときゃ俺が抱いてやる、周りの女に自慢しな」


などと、勇者らしからぬアンチヒーローなセリフを吐いて立ち去るのでした。
おい、紫オールバック! 手前、俺が留守のあいだ何してやがった!
モタモタすんじゃねえ、お前んとこのケチな城に居ついてる三下、ぶっちめに行くぞ!!



■魔物襲来

などとおかしな気分に酔っていたら、魔物の方から攻めてきたらしい。うひー。
砦の前の広場に押し寄せる、アンデッドモンスターの大群。
こ、こいつらまさか不死騎団! 頭目は鎧の魔剣を纏ってるんじゃあるまいな!?

雑魚と一回バトルになった後、おやぶん登場。
デュラハンちゃんの親類みたいなやつです。ガンダムハンマーを持ってます。わーつよそー。
しかし油断し過ぎたのか戦いながら寝オチしてしまい、その隙にマヌーサを食らっていたようで、
目が覚めてバトルを再開した時にはマヌーサに気付かず「おかしい、攻撃が当たらない!」と焦ることに。
……とはいえ、力差は歴然。回復は完全にグレイグさんに任せ、
マヌーサさえ散ってしまえば、火炎斬りの3連発でカタはついてしまった。グレイグ、お前相変わらず弱いな。

戦いが終わった途端、王様に呼ばれたので行ってみると、
「ここは俺が守っとくから、お前ら2人で城に立てこもってケムリ吹いてるボスを殺って来い」
と、なかなかパンクな指令を下すデルカダール王。
「密かに、城へ侵入できる経路を調べておいたのじゃ……」
ってジジイ、どこにそんな優秀な人材隠し持ってたんだよ。グレイグに相談くらいしとけよ。
まともな為政者&軍人、お前ら二人だけやねんから。この期に及んで密かにやるな。


……というハナシで、英雄グレイグさんとタッグを組み、
魔物に奪われたデルカダール城を奪還する運びになりました。
ふーん。
このままいくと、奪還したあとデルカダール王は死んで、グレイグさんが跡を継ぎ、
マルティナはグレイグさんと結ばれる感じまであるな。

しかし、上手だなあと感心せざるを得ないのは……。
グレイグさんが仲間になることはネタバレを読んで知っていたのだけれども、
オイサン、おしまいの方でぺれっと改心or寝返って、穴を埋めるように合流してくる程度だとばかり思っていた。
それが、キッチリとこれだけの順序を踏み、文句のつけようもない動機を伴って現れ、
かつ、行動を共にするという下地が作られてしまったら、もはや仲間にならない方が不自然だってくらいである。
素晴らしき哉、ストーリーテリング。

上で書いた、身寄りを失った少女のくだりといい……。
敢えて言おう。



ようやく

 『ドラクエ』らしく

  なってきやがったぜ!




オイサンでした。レベルは上がらず、49。

しかしこうして最後の砦での暮らしを見ていると、
あの海辺に一人で釣り小屋暮らしをしている漁師のオッサンはなんと異端で勇敢であることだろうか。
 
 
 
 

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2017年11月11日 (土)

■過ぎ去りし時を求め日記~『ドラクエXI』プレイ記録012:強制イベントは始祖ジュースを作らせない -更新第1174回-

しょぼくれたアラフォーが世界を救う、『ドラゴンクエストXI』プレイレポート。

まさか42歳にもなって「風邪気味なのに『ドラクエ』で夜更かしをして寝不足になってしまう」
なんてことになるとは思わなかった。
マ残念なのは、面白くてついつい、というんではなく、強制ムービーモードになってしまったから、
ってところだが。
願わくば、面白すぎてもうちょっと、もうちょっとってやってるうちに朝、
くらいの勢いを感じさせて欲しかった。

前回は、6つ揃ったオーブをセー・ベロ発祥の地であるところの聖地ラムダまで持って行き、
お堂を抜け、始祖の森の入り口に立つところまで。


■始祖の森

中後半のクライマックスなのだろう。出てくるモンスターさんもそれなりの大御所がそろい踏み。
ライオンヘッド、アンクルホーン。
懐かしのキースドラゴンさんなんかもおられます。久しぶりだな、元気にしてた? と言いつつドラゴン切りで殺す。

しかし相変わらずダンジョンとしての難易度は、低いというか、「ない」に等しい。
殆ど一本道で、迷う・困るという構造がない。
いま書いていて思ったのだが、「まだ町の中の方がよく迷う」という、なんとも情けない感覚だ。
しっかり作れよ、と言いたい。
このままでは、
 
  「一番難しいマップはどこだった?」
 

  「えっとね、ダーハルーネの町


なんてことに、ワリと冗談でなくなりかねないぞ。見た目がキレイなのはいいんだけどさ。
あと、グロッタの町もそこそこ難易度が高かった(やめなさい)。


……しかし。
この後アラフォーは、激しい後悔に見舞われることになる。
こんな筈ではなかったのである。

キャンプ地が先に見えていたので、そこまで行って今日はおしまい、の予定だった。
しかしヒドイことに、そのキャンプ地は強制イベント用であって、
回復はされてもセーブは出来ない場所で、且つそこから引き返すことも出来ないものだった。
あんまりじゃないか。
オイサンはもう寝たかったんだよ!
美味しいところは、コンディションのいい時にやるためにそこで止めておく予定だったのに。
お前はなんだ、『ファイナルファンタジー』か!!

2つ目のキャンプ地手前の橋に差し掛かると、イベントが始まってしまった。
ここで一旦休んでいこう、と提案するシルビア。
寝床に入り、セーニャとベロニカが意味深な会話を交わしている。

 「ねえ、お姉さま。私たち、咲くのも散るのも一緒ですわよね?」
 「どうかしら。セーニャは、グズだから……」

どうやらベロニカは、自分の運命を悟っているようである。
夜が明けて、祭壇に上がると、聞き覚えのあるSEと共に大樹に向けて虹の橋がかかり、
大樹の巨大な蔦や枝の上を進んでいくと大樹の中心部、「大樹の魂」という部位へ辿りつく。
ここではモンスターは出ないらしい。
幻想的な、美しいマップだ。
そして、音楽。このエリアの音楽は大変美しかった。この曲のためにサントラを買ってもいい。
 

  ~~以下、ずっとムービーイベント~~

 

大樹の魂の中に収まっていた、ものすごい見覚えのある「勇者のつるぎ」をイカスが手にしようとした瞬間、
漫才コンビ・デルカダールの悪い顔のイケメンの方・ホメロスさんが現れ、
こっちの攻撃は闇の力バリアで全然通らないインチキバトルでやられます。
その背後から、今度はデルカダールのトシ食ってる方・グレイグさんとデルカダール王が現れますが、

「陛下見ましたか! ホメロスのやつインチキしてますよ!
 
      私たちは間違っていtぐあああああああああ!!」


と、いよいよ姿を現した、デルカダール王に取りついてたウゴウゴルーガさんに屠られるグレイグさん。
グ、グレイグさーん!! お前よわっちいねんから無理すんなや!

こっからのムービーはすごかった。
ロトの剣(って言っちゃったよ)が、ウゴウゴルーガさんの力で魔王の剣に作り変えられ、
青々と茂っていた生命の大樹の葉が、一瞬にしてすべて茶黒く腐り、渦を巻くように枯れ散っていく。
生命の大樹を支えていた空に浮かぶ島は力を失って地に落ち、視界はブラックアウト。
「こ、ここから挽回できるのか……」という気にさせる、なかなか絶望的な眺めであった。

  某天空の城のお姫様が見たら
  「それ見たことか! 大地を離れては生きられないのよ!(ドヤァ」って言いそう。

初めて見るウゴウゴルーガさんのお姿は、
『YAIBA』の鬼丸が、初代『ドラクエ』のりゅうおうの衣装を着た、みたいな感じだった。
デザイン的には……あんまり、新しさも怖さもなかったなあ。オーソドックスな感じ。
悪魔よりは鬼に近い。自分で「魔王!」って言ってたけど。



……。



次に目を覚ますと、オイサン、海底王国でサカナになってました。
人魚の女王様が、ウゴウゴルーガさんの目から逃れるためにサカナにしてくれたみたいです。
魔王に見つからない代わり、さかなクンさんに捕まりそうな気がする……あいつの方が魔王よりしつこいと思うぞ。
まあサカナなので、人間の姿だったときには、見えているのに行けなかった場所、
宝箱や建物や人のいるところへは行けました。

  なるほどあのときの疑問がこんな風に解決されるとは思わなかった。

女王のチカラで、荒れに荒れた今の世界の様子をひとしきり見せられた後、
もっぺん頑張って来ーいとばかりに地上に戻されるオイサン。
装備や持ち物は継続。
しかし……このあとずっと、この暗くてドンヨリした世界をさまようことになるのかなあ……?
それはちょっとイヤだなあ。

再び返り咲いた地上は、バンデルフォン南の、ネルセンの宿の近くの海岸の漁師小屋。
どうやらグレイグさんが、この近くで一人砦を築き、踏ん張っているようで……
そこへ向かうことになりそうです。

といったところで今回はここまで。

しかし、今思い出したんだけど……森に入る前、ラムダでクエストを2つ受けていたんだ。
一つはご老人からの物で、
「始祖の森に生えている赤い始祖の葉を取って来て欲しい。始祖ジュースにするから」
 
という、くだらねえ! ダジャレかよ! 死ね!!
というものだったんだけど、
もう一つは、病弱な女の子に頼まれた
「始祖の森の奥に住む、アラウネという魔物が落とす花を取って来て欲しい、
                             そうしたら病気が治るかもしれないから」
という、切実なものだった。
あの依頼をしてきた女の子は……きっと、ウゴウゴルーガ覚醒のどさくさでに死んじゃったんだろうなあ。

キャンプ地に入る前に「始祖の葉」の方は手に入ったから、
とりあえず先のキャンプ地まで進んで、そこまでにもう一つの花の方も手に入ったら
引き返してクエストクリアしてしまおうと思っていた矢先の出来事だった。
このクエスト、まだ間に合うんだろうか。

レベルは上がらず、49。
 
 
 

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