2017年9月27日 (水)

■荒唐弁務官と無稽文化財のポルカ -更新第1153回-


「稽」
という漢字。

「荒唐無稽」とか「滑稽」とか、
一見スットコドッコイでやんちゃな熟語にばかり顔を出してくるモンだから、
単品でも落ち着きのない意味の持ち主だというイメージを、無意識に持っていたのだけど。

よく見てみれば、「無稽=『稽』が『無い』ことでハチャメチャになる」であったり、
「滑稽=『稽』が『滑る』ことでケッタイなことになる」っていう成り立ちだったので
もしかしてと思って調べてみたら、
「考える」「計算する」「頭を垂れて敬意を表す」などという、
かなり真面目な雰囲気の持ち主だった。

 ▼漢字/漢和/語源辞典
  https://goo.gl/fsjRbU
 ▼goo辞書
  https://goo.gl/w6eisP 
 ▼字源.net
  https://goo.gl/p54Sfm

気が付かなかったけど、「おけいこ(稽古)」のケイも同じ字だったんだな。
なるほど。ちなみに、「荒唐」の方にはハッキリした意味は無いご様子。

この漢字が使われてる熟語についても簡単に調べてみたところ50種類弱出てきたけど、
「稽古」関連(出稽古、寒稽古など)と滑稽関連を除いたらやはりそんなにはなかった。
10種類チョイってところだ。めぼしいのはこんなとこ↓。

  ・会稽……仇討、復讐。 
  ・稽査……考え調べること。 
  ・稽首……頭を地に着くまで下げる礼。 
  ・稽留……滞ること。 
  ・不稽……無根拠、デタラメ。 

オイサンでした。
きょうは突然なんの話だ。
 
 
 

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2017年4月16日 (日)

■渡りビトの遠いなわばり~SS『けものフレンズ』より~ -更新第1118回-

はいどうも、オイサンです。

……うわー。
1か月近くも更新してなかったか……心肺停止! 心配停止ですよ奥さん!
A・E・D!A・E・D!
ふざけてる場合じゃないですね。
大変申し訳ありませんでした。

特段理由があるワケではないのですけれども……
かなり真面目にSSを書いていた、というのもありますし、
日記的なことは、ないワケではないですが。

日記的なことは、次に載せます。一応書けているので。
それを載せようと思っているうちに大きめのことに手を付けてしまって、
この体たらくです。申し訳ない。

デ載せます、今をときめく超人気アニメ、『けものフレンズ』のSS。

  ■渡りビトの遠いなわばり -カクヨム-
  https://kakuyomu.jp/works/1177354054882973959


どうです、らしくないでしょう? いま大流行のアニメですよ?
ひよったもんですよ、このオッサンも。
まあ、人気取りに走ったワケではないですけども。
珍しく、流行りものがリアルタイムに流行ってるウチに、高いテンションを共有して
楽しむことが出来たし、
面白そうな企画も立ち上がっていたものだから、ちょっとその気になってみたと、
それだけのお話です。

今のウチはまだここにそのまま載せることは出来ないので、
KADOKAWAさんのカクヨムのページから読んでくだせえ。
タイトルからチョイ下の、「1話目から読む」から読めるみたいです。1話目しかねえよ。

しかしまあー……しんどいね! 字数制限!
3000字て。少ないよ。
当初考えてた構成で、一回アタマからお尻まで書いてみたところ、
楽に7000字くらいいってしまって、一番だいじなところだけでも4000字くらいあったので、
こらアカンと思い立ち、超大胆に再構成して、今の↑カタチに押し込めた。
だからこう……全然分からないところとか、あるかもしれないな……。

当初の構成からでしか、オイサン自身は気付いてないけど実は読み取れないところとか。
あるかもしれません。
そーゆーのが見っかったらスミマセン。
それでも最初は3000字台後半の分量があったのを、削って削って、
ゆずってゆずってこの姿になったのですけれども、
まあ……勉強にはなりました。
エエ。
大変に勉強になった。
普段どれだけ雑に書いているか、無意識にただ余計な情報を載せてしまっているか、
意識するいい機会にはなった。

そりゃね、リズムを拵えるためとか、
敢えて意識を遠回りさせるためとか、
そういう冗長さや重複というのは意識してあったりするけれども、
それを言い訳にして要らないところが吟味されずに残っていたり、
気付かずにかっこ悪い二重の意味が残っていたりして、
マア、
大変ハズカシイな、と思うところが、削る過程で多々見つかった。

それと同時に、ここは残したいな、という自ら持ち味と信じる部分が残せなかったりもしたので、
その辺は、モ少しほとぼりの冷める頃に、完全版を用意しておいて
またこちらにも掲載したいなー、なんて、虫のいいことを考えております。

ご感想なんかもね、ございましたら、是非あっちのページでもいいですし、
こっちのコメントでも構わないので、またいただければ
大変ありがたく存じますですよ。

すいませんね、ホントご無沙汰になってしまって。
こちらの方もしっかり書いていきますので、
2017年度も引き続き、ご愛顧のほどをよろしくお願いしたいフレンズのオイサンでございますよ。

ホント、もうちょっと気を抜くとすぐ死んじゃうような世の中ですから。
皆さんもどうぞお気を付けて。

ほどほどに頑張ってまいりましょう。
オイサンでした。

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2017年2月26日 (日)

■沢の踏み跡~SS・アニメ『ヤマノススメ』より~ -更新第1112回-


      ※2017年3月5日修正

 お漬け物屋のお婆さんは、桶から出したばかりのたくあん漬けを、いつもの通りに良い塩梅のサイズに切ってくれ、一度ナイロンの袋に入れて口を閉じ、それをさらに、しゃりしゃりと手触りの紙で丁寧にくるんでくれる。その包み紙には、「漬け物舗 さわ乃屋」とお婆さんの名からそのままとったという屋号が、落ち着いて品の良い薄藍の地に白抜きで刷られていた。
 包みをお釣りと一緒に受け取りながら、
「もうじき、お店を閉めるのよ」
と聞かされたとき、ここなちゃんはうまい言葉を返すことが出来なかった。
 この駅から少し外れたスーパーの小売店街にも昔はぎっしりとお店が入っていたが、いまでは空いた床が目立ってきた。家具売り場の売れ残りみたいなソファが置かれただけの休憩所や、フードコートの出張スペースとして無理に埋めている場所もある。スーパー全体の全面改装にともない、テナントの入れ替えをするのだそうだ。
 そうなることがなんとなく分かるような気もしたし、やめないでほしいと言えるわけもないから、そうなんですか、としかここなちゃんには言えなかったのである。

 残念だとか、寂しくなるとか、もっと気持ちはあったはずなのにと家で夕飯の支度に手を動かしながら考えて、ご飯のとき母にその話をしたら、
「そうなの? 残念ねえ」
とすんなり言われてしまった。自分には、まだそんな部分も足りないのだなあとおかしな感心をしつつかじった地味な色のたくあんは、少し水けを多く含んで、しんなりしているように感じた。


    *      *      *


 三日が経って、またお漬け物の残りが少なくなってきた。ここなちゃんは、先に家を出た母に
「お買い物、私が行こうか?」
と学校へ出る前に自分からメールをし、学校が終わればそそくさと、よく回る足を、スーパーへ向けた。

 お店はまだあった。改装がまだ先なのは知っていたから当たり前だったのだが、そのことにほっとして、いつもと同じたくあんと蕪を少し多めに、そして安心ついでに白菜の浅漬けと、なすときゅうりの糠漬けも足した。
「そんなに慌てなくても、お店を閉めるのはまだ先よ?」
 ころころ笑うお婆さんに言われ、ここなちゃんは初めて、自分が切羽詰まった顔をしていたらしいと気が付いた。と同時に、お婆さんのその言い方が、店の未来の確かさを物語っていることも、十分に理解できた。

「続けることも、まだ出来るんだけどねえ」
 夕刻のスーパーは買い物客で賑わっていたが、小売店街へ足を延ばす客の数は限られている。その客数に合わせたように、お婆さんはのんびりした手足の運びで、クリーム色の大きな糠桶から野菜を取り出しながら話した。
 スーパー側からテナントの入れ替えを考えていると聞かされて、いくらか考えたあとに自分から手を挙げた。体やこころにまだはっきりとした不安は感じてはいないから、何か明らかな理由とか、いま困ったことがあるのかと問われたらなんとも返しようがないと言う。

「ただねえ、色々と、色々なことを思うと、ここらが潮時かなと思ったの」
「色々」

 おうむ返しに呟いて、ここなちゃんはまた「そうなんですか」と、お婆さんの言葉の奥にしまい込まれたほぐし切れない出来事を、そのままの形で胸に収めた。
 桶から体を起こして一度からだを反らす、その腰は確かに少し曲がって見えるし、振る舞いも緩慢ではあるが、山でだって、それよりもっとゆったりしたお年よりを見かけることは珍しくない。だからここなちゃんには、お婆さんが店をたたむことが余計不思議な気がしたし、心配でもあった。

「そうだ。ここなちゃんはお得意様だし、糠床を持って帰る?」
「え? いいの?」
「もちろん。よかったらだけど。じゃあ、ちょっと待っていてね」
 自分でお漬け物を漬ける。試みも考えもしなかったことだが、山での遊びや保存食作りと通ずるものを感じて、深く考える前に返事が口を突いてしまっていた。
 やはり緩やかな足取りで店の奥へ戻っていくお婆さんを見送ると一人になった。小売店街の客足の少なさがしんと小さな肩にしみる。こうして話すうちにも、この店へはおろか、隣の花屋や和菓子屋へもひとりの客の影もない。「だから」なのだろうかと思ったとき、ここなちゃんの脳裏に一つ、よみがえることがあった。

 小学校の授業で、町の歴史を調べたことがある。スーパーができる以前のこの辺りは商店街とも呼べないような小さな店が軒を連ねる区域になっていた。そこに大型の店舗が建てられることになり、元あった商店のいくつかは店をたたんで、残る店は条件を優遇されてこの小売店街に入れることになったのだ。先生に連れられてお店の人の話を聞いたり、班に分かれて図書館で調べものをしたりしたのを、ここなちゃんは憶えていた。テナントとか、優遇とか、当時の自分たちにはわからない言葉ばかりでその意味するところまでは理解出来ずに終わってしまったが、いま改めて見渡すと、花屋も和菓子屋も、客がなくとも慌てる風でもない理由が少しはわかる……。

 奥から戻ったお婆さんの手には、みっちりと、いかにも重さの詰まった風合いの糠の袋が抱えられていた。
「お待たせさま。はい、重たいから気を付けてね」
「ありがとう」
 それを実際受け取ってみると凝縮の程は見た目よりもはるかにまさっていて、力の加減を誤り、前のめりにふらついてしまった。
「わわ」
「あらあら、気を付けてねえ。あのときに比べたら随分大きくなったけど、やっぱり女の子ね」
 お婆さんは笑い、ここなちゃんもばつの悪い笑みで応えながら、あのとき、と言われ――校外学習で、この店を訪れたときのことを心に呼び覚ましていた。


    *      *      *


「どうしてお漬け物屋さんになったの、ですか?」
という幼いここなちゃんの質問は、思い返せば、町の歴史を紐解くという目的から少し外れていたかもしれない。お婆さんもうまい答え方を見つけるまで時間をかけていたように思う。出てきた答えも要領を得ない、なんだか難しいものだった。
 お漬け物を拵えるのが、お婆さんの家の役割だった。周りの家からの評判も良くて、となりや、そのまたとなりの家の集まりからも請われることが多くなった。さらにその評判を聞きつけて、また……と繰り返していくうち、遠方からも求める人たちがやってくるようになったのである。

「それで、いつの間にかお漬け物屋さんになったのよ」

 ここなちゃんを含めた子どもたちは、ええと、とどう捉えて良いやら心で傾げた首を無理やり縦に振り、担任の先生だけが、困ったような顔をしてうんうん浅く頷いていたのをここなちゃんはなんとなく覚えている。漬け物屋という職能者への確かな成り方や心構えは話の中では脇役で、一つかみほどの選択と、当たり前のような責任感がぼんやりとあり、いわば時代の空気に押し出されるように、糠との暮らしが選ばれて残ったという話だった。お婆さんにしてもまだ口にしたくないいいきさつや、言い表し難い事情もあったに違いない。
 それよりも、お婆さんが話し終えた後のやり取りの方を、ここなちゃんはより鮮明に覚えていた。

「ごめんなさいね、あまり参考になることが言って上げられなくて。あなたは、お漬け物屋さんになりたいの?」
「ううん、ちがいます!」

 クラスの友だちが大笑いをし、お婆さんも笑い、先生がここなちゃんをたしなめて頭を下げていた光景、あのときはなぜ笑われてしまったのか分からなかったけれど、いま思い出すと、ここなちゃんは顔から火の出る思いがした。自分が何を言ったのか、手の中でぐっと重みを増した糠床が、肩と背中を引っ張って、まるで自分に手をついて謝れと要求しているようにさえ錯覚する。
 そうして頭が真っ白になってしまった幼いここなちゃんは、逃げ出すように次の質問をしてしまった。

「お、お婆さんは、ずっとお漬け物屋さんなのですか?」

 改めて考えるまでもなく、何を聞きたい問いだったのか、いま思い返すと尚のこと分からない。それまで漬け物屋だけを続けてきたかを問うたのか、或いは、この先もずっとなのかと?
 不可解な質問をどう受け止めたのか、それでもお婆さんは丁寧に、
「そうね、私が元気なうちはそうかしら。子どもも孫もいるけれど……。これは、私のお仕事だもの」
と、そっと、先のことをさりげなく括った。


    *      *      *


「あ、あのときは、本当に……」
 まったく、なんということだろう。あんな幼い日の、過ちとも呼べない素直さの招いた勇み足が、まさかこんなタイミングで再び火を噴くなんて思ってもみなかった。ここなちゃんは自分の無邪気さを呪って頭も下げられずもじもじしていたが、お婆さんはころころと愉快そうに笑って、いいのよ、あれは勿論冗談だもの、とやさしかった。
「だからあのとき、ふたつ目に答えたことも本当。誰かにあとをお願いしても、きっと困ってしまうでしょう?」
 これ以上ないくらいに似合う、袖口がゴムになっている割烹着の腰を一度ぐっと逸らせ、気持ちよさそうにいくつか息を吐いて、やがてまた背中を丸めた。
「残念って言ってくれるひとには申し訳ないけれど、あたしはもう十分」
 最後の言葉の本当の意味は、ここなちゃんにはやっぱりまだ難しい。けれどもそれも無理をして、ハイ、と飲み込み、伏し目がちに頷いた。
 お婆さんはその賢さも見透かして、最後にもう一つ、
「まだしばらくはお店にいるから、上手に漬からなかったら聞きにいらっしゃいね」
と、付け加えることを忘れなかった。


    *      *      *


 そのひと月後、ここなちゃんは山で道を間違えた。
 山が近場で、さほど高くもなかったのが逆に災いした。珍しく母が「職場の人から聞いてきた」と言った湧水を汲むついでのハイキングがてらで行程を組み、遅めの時間に出たものだから、中盤からあとに向かうことになる水場への道で時間を食ってしまうと、もうリカバリーが効かなくなってしまったのだった。そのおかげで、水汲みという目的を果たすのが時間的に精いっぱいになってしまい、山頂を踏むことが出来ずに終わってしまったのである。
 メインの登頂路から一度離れ、水場へ向けて沢の流れに行き当たったとき、踏み跡が残っていたからそちらだと思い込み、安易に沢に沿って登る道を選んだのが間違いだった。それは、以前は確かに水源へと続く旧道だったのだが、いまは落石によって封鎖されており、本当は沢を一旦渡った先から進むのが正解の道筋だったのである。

「印を立てておかないと、また誰か間違っちゃいますよね」

 ようやく沢の分岐まで帰ってきたここなちゃんは、丁寧に、今しがた自分が付けてしまった誤った踏み跡の旧道に横木の通せんぼをかけて呟くと時計に目をやった。往復で二時間近くを失って、ここからまた水を汲みに向かったのちに本来の登山道へ戻っていたのでは、山頂を臨むころには日が傾き始めるだろう。

「今日はもう、仕方ないかな」

 山では、どうしても一人ごちることが多くなる。意を決して、などと大げさな話でもない。今回は水汲みを優先して、山頂はまた来週にでも再挑戦すれば良い。なにせ、塩分を補給するためのお漬け物には事欠かない身分になったのだ。
 あの翌日から、早速、漬物舗・さわ乃屋謹製の糠床でトライし始めたここなちゃん最初のお漬け物の玉砕の仕方は、実に地味なものだった。とりあえずのお試しで、たくあんをひと月かけて漬けたのだが、お茶漬けの種にしてもまだしょっぱ過ぎる有り様の漬かり具合だったのである。その塩気は保存食としては優秀だが食卓での活躍の機会に乏しく、冷蔵庫の中でのんびり寝かされているうちに、今回の登山の機会が訪れたのだった。
 湧水の広場へ向かう道を、道誤りでくたびれた膝を持ち上げてざくざく進む。道は先ほどの旧道より格段に険しかった。ごつごつと岩だらけの沢を左手に見下ろすくらいの角度で登っていく。果たしてこれで本当に水源に辿り着くのか、このまま山頂へ行ってしまうのではないかと不安になるほどだったが、山の道は面白く、沢は小さな滝を何段か経て道の高さに追いついて来、やがて合流した。
 道の最後は、垂直の岩壁が頑として立ちふさがる行き止まりになっていた。手がかり、足がかりはあるから登れないこともないだろうが、普通の登山客があえて進むような代物ではない。その壁の、地面から二メートルほどの高さより上のところどころから水が湧き出し、なぜ形作られたのか分からない、受け皿のように突き出した岩に一旦溜まってからちょろちょろと細く落ちている。
 ここが沢の水源だ。きっとどこか、この山の上か、或いは離れた高山に注いだ雨や雪が押し積もり、逃げ場を失ってここから染み出ているのだろう。ここなちゃんは早速荷物を下ろして五百ミリの小さなボトル二本に水を受け、それが終わると自分もその傍らに腰を下ろした。拭ってもまた汗がこぼれてくるのでまた拭い、汲んだばかりのボトルの水に口を付けて、崖と木々に囲われた空を見ながら時間を計算した。そして膝の上に、山頂で広げるはずだった弁当を広げた。
 旧道では、徐々に心もとなくなる踏み跡に疑念を抱き始めた頃まんまと巨きな石に道を阻まれ、明らかにおかしいと気付いて引き返してきた。それでもまだ、道が道らしい形を残していたから辿ることが出来たのだ。きっと自分のように、定期的に迷い込む者があるのだろう。はじまりにあの道を踏んだ誰かは、やはり先にあるであろう、沢の水源を目指して足跡をつけたのかしら? 分からなかった。それとは違う、彼だけの、彼女だけの目指す場所があったかも知れない。ああして通せんぼをしておけば、さすがにもう迷い込む者も減るだろう。人の通じなくなった道はやがてかたちを失い、最初の目的も、その目的が失われたいきさつも覆われて、余分な憂いからも解放される。

「これは、私のお仕事だもの」

 タッパーに入れたたくあんをポリポリかじると、時代に押しこまれてつけた踏み跡は行くところまで行き着いて、わけもわからないまま誰かに譲ることは出来ない――そう清々と笑った、皺がちな顔が浮かんでくる。どれだけ時間をかけた暮らしだったのだとしても、その道筋の値打ちは自分だけのものなのだと、まさか幼い自身の拒絶が彼女に気付かせたなどとは思いもしなかった。
 ボトルの水は、あっという間に飲み干してしまった。いちいち汲み直すのも面倒で、受け皿の岩から落ちる水を手ですくって直接飲んだ。ひたすらに染み出し、流れ続ける沢の清水は、掌の中でたくさんの光を閉じ込めて柔らかく揺れ、無味という名の味がする。その揺るぎの無さの中では、失敗作だった筈のたくあんもポリポリと十分に美味しい。自分が漬けたものだと思うと、自然と笑顔がこぼれた。
 目を閉じても光の滲んでくる瞼の奥の薄暗闇の中で、ここなちゃんは沢の流れる音を聞き、このあと辿ることになる、下山ルートのことを思い描いていた。




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2016年11月 5日 (土)

■イデシ・ツキカモ~三笠の山の、ブラックホールの段~ -更新第1093回-

VRで、SMAPにメンバーの一人として加わり、
残り4か月でどうすれば解散を回避できるか?を、AIの相棒と一緒に立案・実行していく
VR・AIシミュレーションアドベンチャーとかどうだろうか。

オイサンです。

BEST ENDでは12/31に解散撤回ライブの模様が流れます。
ライブinパワーボウル。



■三笠の山にブラックホール



夏に奈良の実家に帰省した時、
友人にクルマを出してもらって三輪明神へお参りしてきた。
参詣と呼べるほど神様への敬意を前面に押し出したものではなかったので、
見物・観光という方が正しみがある。


▼地図 石上神宮~龍王山~三輪山・三輪明神




三輪明神は別名大神(おおみわ)神社とも言って日本でも最古クラスに古い神格であり、
ご神体を持たず、三輪山をご神体とする原始神道の形態をとっている。

  ……と、Wikipedia様はおっしゃっている。アリガタやアリガタや。

実家のある奈良市内から南へ向けて車を走らせると、風景はグイグイ田舎びていく。
車窓に流れる風景を見ていると、やはり田舎だなあと感じる。


Dsc05007




  「うーむ、富山に行った時も、いなかだいなかだと思ったけど、奈良も存分以上に田舎だなw 
   なぜ城端の景色を、俺はあんなにアリガタがったのか?」
  「www」


などと軽口をたたくも、町もさながら、山の容子が結構違っているな、と思った。

まあ富山といえば日本アルプスさん北の玄関口、
ジャパンのド南もいいところな紀伊半島の山と山容が異なるなんて当たり前田のミニ四駆なんだけど、
違う、というのは自然景観についてではなく、山が持っている風格のようなものについてだ。

Dsc05067

Dsc05130
……まあこうしてみると、ただのド田舎の里山だけどな。


奈良の(少なくとも北部の)山は、緑が豊富で高さもそれほどでなくなだらかで、
自然的な意味での厳格さ・険しさはあまり感じないのだけど、
不思議と霊的な神々しさのようなものが立ちのぼっている。
落ち着いている、といえばいいのか、
山自身による寄せ付けなさではなく、人の方からの寄りつけなさ、とでも言うのか。
ありがたみ、畏れおおさ、というやつである。


  ちなみに、ついでに寄った石上神宮のニワトリは噂にたがわぬファンキーな奴でした。
  Dsc05029



触れられはするのだけど、おいそれとは触れがたいものであるような。
踏み入って無礼をはたらけば二度と迷って出てこられないような。
三輪山しかり、道中で遠くから眺めた、龍神山しかり。
霊峰という言葉があるが、厳かな……富士山に感じるのと近いものを持っているように思った。
富山の山は、険しくて荘厳で、如何にも山山しい山たる山だったけど、
あくまで自然の険しさ・厳つさであって、人格めいた神性のようなものは感じなかった。

なんだろね、アレ。

  ……と言っても、オイサン自身は、富士山にはさほどの畏れ多さは感じられない。
  ワリカシ親しみやすい雰囲気を纏っておられるように感ずる。庶民派。

同じ奈良の山でももっと南の山深い方へ行けば、
自然としての畏れ・険しさという風格も自ずと強く表れてくるのだろう。
奈良の南の方へは、あまり赴いたことがない。吉野の桜もよく知らないほどだ。
小学校5年生のときにキャンプで行った曽爾高原と、
数年前、やはり友人に連れて行ってもらった十津川村がせいぜいで、
深く美しき紀伊半島の本当の姿を、オイサンはまだ知らない。

思い込みと言えばそうなのだろうけど、
そうと言われて見てもそう思えない山や土地もあれば、
そうと言われるまでもなく、背筋にゾワゾワ這うものを感じる土地もある。
形や色合いが人に見せる業なのかもしれない。
人を不安定にさせる色や形、音や旋律というのはありますものね。

スピリチュアルがどうとかパワースポットがどうとか……というのと、
同じ話なんだろうかコレ?
そこに行ったから元気が出るとか出ないとか、具体的な効果は感じないし期待もしない、
マ初詣とかでひくおみくじなんかと同じ程度の意味合いだととらえてもらえば良い。

オカルトをオカルトとして信仰するわけではないが、
そういう要素はあれば面白いと思うし、想像力が働けば働くほどビビってしまうし、
存在は確認されないけれども、証明の手だてもなく届いていないだけで、
「こちら側」の未熟さなのかもしれない、とも思う。
信じないけど理解は示すし、面白みとして可能性はとっときたい、くらいだ。
それはブラックホールに「ホール」と名付けてしまうのと類似の興味レベルだ。



■突然ブラックホールの話。

ところでブラックホールとは、オイサンがかじったところでは、どうやら「ホール」、穴ではない。
ものすごいギッチギチの大質量、つまり「ものっすごい重たくて存在感のある『点』」がそこにあり、
光も何もかもみなそれに吸い寄せられてしまう。
そして吸い寄せられたが最後、ギッチギチの点に押し込められて塊の仲間入りしてしまう(?)だけであって、
落っこちたりくぐり抜けたりしたその先に何か広がりの期待される、
空間の伴うものではない。

  ところでその重力ってやつも、ちゃんとした発生するリクツは明らかになっていないらしい。
  「デカいものがあるとそこに空間のひずみが生じてものが引き寄せられる」
  くらいのザックリした事実と仮説くらいしか、web上には見つけられなかった。
  マジかよ。すげえな。
  ごく当たり前に「当然あるもの」として教わってきたけど、
  そんな曖昧なものを自信たっぷりに教えていたのか……。
  いま現在、ブラックホールと重力、どちらともどの程度解明が進んでいるかわからないけど。

自身のことばの感覚では、ホール、すなわち穴とは、
「通過した先にさらに空間を持つ、空間と空間の隔たりに空いた隙間の箇所あるいは通路」
のことを表す感触があり、
いかに強く吸いこむものであっても、そこに空間的に+αの要素がなければ「穴」だとは思わない。
もしブラックホールが「ただ吸い寄せるだけの点(或は面・空間)」であり、
空間と空間をつなぐ空間を形作るものではないのであれば、
それはただの「(ほぼ)無限の行き止まり」であって、
ブラックバキュームポイント、BVPみたいな呼び方が、
より誤解を生まないものである気がする……。


 ▼ここから先は、その名付けに関するオイサンの推測に過ぎないが……。


ブラックホールにモノが吸い寄せられるギリギリの距離のことは「事象の地平面」、
シュバルツシルト面と呼ばれ、そっから先のことは、いまのところ人間には「見えて」ないらしい。
ブラックホールには、光でさえ吸い込まれてしまう、
ゆえに光での観測はかなわず「ブラック」と呼ばれる所以であるが、
ところで光とは、いま現在、人類が知覚している上ではもっとも速いヤーツである。
フツーに考えたら、「光=宇宙で自分以上に速いヤーツがいないヤーツ」なのであれば、
どんだけ吸いつけられようと、彼以上に速い速度で吸いこまれていくわけではない
(彼の前に進む速度の方が、彼を後ろへ引っ張る速度を上回るはず……?)ので
脱出が出来るハズである……
……と、ストレイト=クーガー兄さんなら言うであろう。
オイサンもそう思う。

  そこに、速さ以外のパワフル要素(光の粒子の尻尾をつかんで引っ張るパワーだとか)が
  加味されるならその限りではないけれども。


▼ストレイト=クーガーさん



デその、タイソン・ゲイもウサイン・ボルトも、織田裕二(お前は賑やかしだろ)もビックリの
宇宙最速のヤーツが抜け出せない、
ということは、
前提となってる「光以上に速いヤーツは存在しない」というリクツが……
なんか違っている、或いは、
「事象の地平面」から先のエリアは、そのリクツが通用せずなんか別のリクツが仕切っている
アインシュタイン的治外法権エリアとなっている、
ということになるカンジなのだろう。

いずれにせよ、そこから先がいまの人類にとって
(相対性理論が発表されたのは100年前なので、「いまの」と言っていいか微妙だが)
完全に人外の領域なので、「ブラックホール」に「ホール」と冠せしめた名付け人は、
現時点でのブラックホールの理屈(=穴じゃなくて大質量の点であること)を知らなかったか、
理解した上で、
その先に「『空間が広がっている』『かも知れない可能性』」を残す意味を見越して
「ホール」とまでつけたのではないだろうか? 
……などと憶測してみる。

  この辺の実際のところを、alpha山川氏( ← 宇宙の人 ← ざっくり認識)あたりに
  解説してもらいたいところだ。

マこれは、本当にただの推測というか、妄想なワケだが。
ガイジンさんはその辺……案外油断がならず、
理屈っぽいくせにリリカルというかロマンチストで抜け目のないところがあって、
たとえば、デジタル機器のたかが充電スタンドに
「クレードル(ゆりかご)」とか、平気でつけておいでになる。
その辺の遊び心とか、衒いなくスマートさを捨てて力技に走ることが出来る発想のタガのなさが、
外人さんの強みだなあと、ハタで見ていて思う。
特に意味は練らずにパッとつけただけである可能性もあるからして、
あまりその辺突っ込んでも実りはないかもしれない。

  尚、ブラックホールにブラックホールと名付けたのは
  ジョン=ホイーラーという物理学者さんで、マンハッタン計画で原爆作ったりした。



■「やつ」が単位「ヤーツ」に進化したこと

さらに派生してトコロデな話題になるが。
上で「ヤーツ」を連発していて思ったことがある。
昨今はやっている「ナニナニなヤツ」という言い方についてだが、
正直、これについては、当初あまり感心していなかった。

モノやコト、人などについて、対象を分類まで具体的にせず
「面白いヤツ」「おいしいヤツ」「いい匂いがするヤツ」などと表すアレだ。
一度や二度は耳にされたことがあると思う。
オイサンはこれを「ヤバい」の名詞版、のようなものだと捉えており、
遊び半分で口にする分には一向に構わないが、シゴトバにおいてワカモノがこれを口にする場面がチョイチョイあって、
それはいかがなものか……と思っておったのである。
テレビで芸能人が便利そうに「あー、コレ絶対おいしいヤツだ」などと使っているのも、
いけすかなく思っていた一因ではあろう。

しかし最近、それが一歩進んだ気がしている。
「ヤツ」を、間を伸ばして「ヤーツ」と伸ばして発語・表記してるだけなんだけど、
途端に抵抗感が薄れ始めた。
なんだかちょっと単位めいて、

  1ヤーツ=文脈上に存在したひとくくりのものごと

のような、ある種のワンタイムコンセンサスを獲得しつつあるように感じ始めた。
マそれはただの、語感から派生した感覚の問題なんだけど。

マなんでもかんでも「ヤバい」というのとあまり変わらないわけだが、
正直なところ自分は、「ヤバい」に関しても、最早さほど否定的ではない。

それで通じ合えるなら、あらゆる意味で使い倒せばいい、と思っている。
実際問題、使用者たちが通じ合えているとは感じないけど、
それで不自由しない関係ならそれはそれで十分なのだろうし、
いずれにしても、それは使用者の問題であって道具の問題ではなさそうだ。
なんていうかその……
iPhoneで全部済ますか、ウォークマンとカメラと電話と全部別で持って歩くか、
に近い話である気がする。

オイサンの好むような細やかな表現としては確実に不足なので、
事足りなければそうでない言葉を選べば良いだろう。

そのヘン、問題を広く捉えれば、ある世代や文化的な領域で断絶や不全が生じるので
それを問題視せねばならないかもだが、それは……だって、ねえ?
今だって起こっていることだし、防ぎようもないように思う。
自分たちの言葉遣いがさらに先の世代の人たちにとって
けしからん(褒め言葉ではない意味で)方向へ進んでいるであろうこととさして変わりなく、
自分たちの慣れた時空間の領域にだけ正義があるとも思わないので、
その変化が悪しきものに見えるのは、
それが運用される世界の見え方が自分たちの理解の埒外にある未知の姿をしているから、
なのだろう。


  マせっかく作ったものだし、残すということにも意識を向けられるように発展してきたわけだから、
  残せるもの・引き継げるものはそうしていってもらいたいとは思う。
  また、「ヤバい」の更に奥にあるものについて、知って使うのと知らずに使うのとでは
  質がまったく違ってくるので無論知って使った方が良いに決まってはいるのだが、
  ……けど、あとの世代になっていくほど降り積もるものの量は増えていくわけだから、
  あとの人たちが全部を背負って生きていくのも、それはそれで無理だろう。
  いま自分たちの使っている言葉の陰で切り捨てられていったものがどれほどあるか、
  私は知らない。
  出会ったときに感動することはあるが、それが「必要か」と言われたら、
  いろいろ条件を設けた上でなければ、首を縦には振れまい。
  圧縮できるところは圧縮して担いでいってもらうことに、
  どうしてもなるのだろうなあ。

それに、「ヤバい」を使い続け、使い倒すことで、
ことばで伝わらない部分を目や匂いや雰囲気など、言葉以外のデバイスで伝え合えるように
人間が今後進化・変化していくきっかけになるなら、それは望ましいことでもあるだろう。

オイサン自身は、より細やかで美しい、用意されている様々の語彙を使って
自分の脳に映し出された事象をより克明に、他者の感覚にも出来るだけ近い形で映し出すことに
喜びを覚える――それは、言葉を絵筆として使うのと感覚は似ている――のでそのようにするが、
そのことが価値を失い、認められなくなるのは恐ろしいし、寂しくもあるけれども
(そしてそれを表するのに、やはりオイサン自身も「貧しい」という言葉を使ってしまうけれども)
まあ……しゃあねえっちゃしゃあねえ。
「どうしてですか! 私はまだやれます! まだまだポテンシャルがあるんです!」
と、プロデューサーに泣いてすがる落ち目のアイドルの思いだが。
往々にしてマイノリティの嘆きになど、世間やトレンドはかかずらってはくれない。

それらが不要な時代が来る、ということなんだと思う。
言葉の多様性による伝達が限界を迎え、古いやり方になってきた……
まあ細やかな言葉が好きな者としてそれは残念な変化だけど。

  しかし逆に表現の上でも、
  「ヤバい」を持ち出す以前のお膳立てをしっかりと表した上で「ヤバい」を用いることで、
  「ヤバさ」を克明に受け手の脳内に再現できるのであれば、
  それは優れた表現になっていくのだろう、とも考える。

そもそも、使った言葉が伝わらないものであったなら、
伝わらない「ヤバい」と結果は大して変わらぬワケで、
それなら伝わる「ヤバい」を使った方が結果としては良いんだろう。

それでヨノナカが良くなんのか、という怒りや疑問も、
今の状態を見るにつけ勿論ないワケではないけど、そりゃ良くなるかもしれないし。
……ねえ? ヨノナカが常に良くなる方向へ行く・行ってる・行かねばならぬ……
というのも、ある種の幻想だ。
変化が、絶えず、進化や進歩、成長であれっていうのは、あんま得意じゃない。
毎回確実にあるのは純粋に「変化」のみであって、
それの良かった・悪かったは、後の世代の人たちが、各々の時代の秤で好き勝手に値踏みするもんらしい。

たかが「ヤーツ」ヒトツから、話が無駄に大きくなってきてしまった。
無論願わくは、美しい伝達が面白さの価値を生み出す世界だ。



■そして元の位置に戻す

サテサテ、話がすっかり逸れてしまった。
話は奈良の山と日本アルプスの山、そこに感じる荘厳さの違い、
或いはその出どころの違いの話だ。

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つまるところ、オイサンが山に神性・霊性のようなものを見出す気分と、
「ブラックホールってのは、実は穴じゃなくて、
 自身さえもギッチギチに圧縮してしまうほどモノスゴイ重力の発生点であり、
 何でもかんでも吸い込まれていくから穴みたいに見えるけど実はそうじゃない、
 そこまでは分かってるんだけど、
 まだそっから先は見えてねえし、もしかするとホントに穴かも知れねえし
 分かりやすいし面白えから『ホール』ってつけちゃえ」
っていうような気持ちとが大して変わりなさそうだ、
というハナシだった。

要するに、「理屈はわかってるけど、胸が躍るじゃん?」という感じだ。

7月、アラフォー4人で行った秩父から藤岡の温泉に向かう途中で、
隊長がしれっと、守護霊というか、家系に積もった徳、みたいな話をしてくれて、
なるほどなーととても興味深く聞いたわけだけど、
そういう霊的な話、
……「霊」といっても、幽霊・オバケみたいなあるイミ具象に落とし込まれた
オカルト風味の強い意味での「霊」ではなく、
もう少し抽象的な、「全身全霊」という言葉で使われているような「霊」、
筋肉と分泌物と、電気信号の間に発生するラグのような、
肉体の一部としてのスピリットから派生する霊性であるけれども、
そういう肉体的な生理・病理に根ざした「思想の一部としての霊性」は、
確かに世代を超えて積もっていくものであっても不思議ではない、と思える。

  体を作る部品、生活や環境とつながっているからして。
  それは単純に、豊かな家系・環境に育った者と根っから貧しく育った者では、
  モノゴトの考え方、とらえ方が違う、
  腹が膨れすぎて見る幻と、空腹のあまり見える幻とが同じはずがない、というハナシだけど。

それは概ね思想の蓄積であって、寄り集まって「信仰」になっていくのだと思うが、
そういう人々の思想、念なんてものは、
突き詰めれば電気信号と生体的な化学物質のなせる業に再び帰っていくだろうが、
それらが信仰の対象となるモノに「うつって」いくことも……あるものだろうか?
普通に考えたらねえけど(結論)。

コレマタ、「のりうつる」「とり憑く」という言い方をすると胡散臭いものにしかならないけど、
歯医者や病院の「匂い」のように、とSF的に考えれば、
救いを求めて集まった人間から立ち上るムンムンと切迫したタスケテ分泌物の匂い、
或いは、救われた人間から立ち上るそれらの匂いが、
1000年、2000年と浴び続けたお山に染みついた、ようなことだ。

なにしろ我らが人間様には、
「牛肉を食ったときにしか分泌されないハッピー物質」などという、
使いどころがピンポイントであるにも甚だしいスペシャル機能も備わっているらしいから、
……いのちがピンチの時、あるいはピンチを脱した時にだけ、
誰得の匂い物質が発散される隠し機能があっても罰は当たるまい(バチの問題じゃない)。
少なくとも、脳波なんかは明らかに違う波を示すワケだし。

  なお、その牛肉ハッピートリガーマテリアルの名前は「アナンダマイド」と言うらしいぞ。
  アナンダマイドうめえ!(食うな)
  このアナンダマイドという名前も、
  サンスクリットで「法悦・歓喜」を意味するアーナンダとアミドをくっつけたというんだから
  なかなかポップな化学式である。

発散される謎の匂い物質を浴び続けたお山が、その移り香でもってありがたみを帯びる、
すなわち「人間に共感や安心感、恐怖感を呼び起こさせる」
……なんていう隠し設定も、案外世界にはまだ眠っておったら面白い。

そうなると、奈良の山とアルプスの山、
そこに見出す霊性の差が何で生まれているかと言ったら、
山のサイズと向けられる感情の量のバランス、ということになるのかな。
奈良のお山は、あまり大きくもなく、古くから人の集まる土地だったから、
人の匂い(いろいろ暗喩含みの「匂い」だが)が程よくうつった、という。

だから、もしかしたら
ファブリーズなんか頭から大量にぶっかけてやったら
ありがたみなんてものは一発で吹き飛んでしまう

かもしれない。
誰かがあの山を見ても、
「……なんか最近、ありがたみ減ってない?」
と思うようになったりするのかもしれませんな。ハハハ。
ファブリーズ・悪魔祓い・神憑きおとし万能説。




   
神をも消し去るストレングス!(これリセッシュやないか……)




……さんざん長々書いてきて、貴様これはいったいどういうオチだw



ところで、今まですぐ近くで暮らしておりながら興味のなかった三輪明神なんてところへ
行ってみようと思ったキッカケは、春に行った城端の、帰りに寄った諏訪大社だった。
あそこもエンシェントクラスのレジェンド神社で、
帰ってからそれについて調べていたら、
なんと生家の近くにも同程度の神格を持った場所があるということだったので、
それなら行ってみよう、という気になったのだった。

  マ諏訪大社にも、正直なところ特別何かを感じたワケではありませんで、
  三輪明神もそれは同じだった。立派なお社ですねー、というレベル。
  ただ、行ってみたら、お社よりも山の方に凄みがあった、というオチだ。

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神社を建て、「神」を祀った人たちは、どんな目論見で、何を目的にしたのかはワカラヌ。
純粋な自然への畏れからかもしれないし、
困窮極まり捨て鉢になって、信じてもいないのに目に見えないものにすがろうとしたのかもしれないし、
自然への畏れを利用した人心の掌握とコントロールであったかもしれない。
どれもちょっとずつ本当だろう。
いずれにせよ、どこかにそれを信じて「感情移入した」という、
物語でありドラマ・劇がそこにあったことに価値が生まれている。

  それが茶番であったにせよ、だ。

……人間が、衝動によって動くとき。
それは、真に「0」が「1」になる瞬間であるので、
人々に衝動をもたらすことは、正負問わず大きな価値を生じせしむること、とオイサンは考える。
それによって束ねられたむせかえるような「濃い思考の匂い」が、
ムンムンと今もあの山の上や、シュバルツシルトのその淵に……弓の引き分けの如く、行くも戻るも極まって
蓄積され漂い続けているのだとしたら、
それもまた、神社を建立した人や、ブラックホールを穴だと言いはった御仁の思うつぼなのかも知れぬ。



「お前ら、コレを見て多少どーこーせい」と。



ブラックホールのことを調べていると、
人間が「光を当てて目で見ることをとてもたよりにする」生き物である限り、
永遠に理解できないこともワンサとあるのだろうなあ、
という感想が、やけに刺激的にアタマに残った。

知覚出来ないヤーツをはかる術を、人間は色々、道具を拵えてやってるけどね。
この先また、その知覚や思考そのものの壁を、AIやディープラーニングといった
「人間の手で作られた、人間の近くの埒外にある者たち」によって飛び越えたら、
また一つ、二つ、世界の新しい『規制』が解除されるのでしょう。

  Open the Eyes !

それは案外遠くない気がする。
オイサンが全然元気なうちに、その扉は……ワリカシ大胆に、4、5枚一気に開く気がするよ。


そういう手段を思い付く人間のトンデモナサには、ほんと驚かされる。
半分呆れるくらいに。
けど、それでもなお、人の手から零れ落ち続ける物はきっとあるだろう。
目で見れば、さっぱり遙か宇宙の1000光年先にあるものも、
音や匂いや、デンパやナンヤラカンヤラで距離を測れば実はもう目の前にある、
なんてこともあるのかもしれぬ。



……。



ただ「奈良のお山を見てこんなことを思いました」
っていうだけのことを書こうとしたのに、えらく壮大なお話になってしまった。
なんなんだ。

世界は広く深いぜ。俺はキモイぜ。


オイサンでした。


 

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2016年9月19日 (月)

■改めて、移転のご挨拶~『ゆび先はもう一つの心臓』ReStart~ -更新第1089回-

 
 
 
 一人の男が大仏の前にやってきた。

 日々の暮らしにくたびれ果てた男は、もはやなにごとにも希望を持てず、
疑問に駆られてばかりいた。さりとて、男は救いを求めに来たのでもなかっ
た。この国には神も仏もないことを身に沁みて知り、それを確かめにやって
きたのだった。

 大仏は……遠くない潮風に曝され続けて汚れていた。それを詰る眦できつ
く見上げ、お前は何のためにこんな所に座りこけているのか、作った連中も
一体何をさせたかったのだと問いかけ続け、どうあろうと目の前のそれがた
だの鋳物の塊であったと見届けると、そんな物に悪態を吐くのもみじめだと
小さな納得をして、男は踵を返した。

 と、目の前に一人の婆様が立っていた。男に声をかけるところだったのだ
ろう、手を肩の高さにまで上げ、驚いた顔をしていた。

「すみません。写真を撮ってもらえないかしら」

 ゆるりと笑いかけられて、男は上手い断り方を思いつく前にカメラを受け
取ってしまっていた。まただ。押しつけられたカメラは銀色に光るデジタル
式で、およそ年寄りには似つかわしくない、この日のための重厚な最新式だ
った。
 ため息混じり、男は、婆様が家族の所へ戻ったのを見届けて、ろくな合図
も出さずにとりあえず大仏と一緒にフレームに収めてみた。
 すると、その眺めは、男の目にも妙に馴染んで映った。幼子を腰にとまら
せた婆様の顔は見れば見るほど皺くちゃで、壮年の出口にある夫婦はこなれ
た笑みを浮かべていた。年頃の娘は気もそぞろ、両親たちに気付かれぬよう、
陰で握った携帯電話をひたすら気にしている。
 見るまでもなく、周りには同じ光景がそこかしこにある。男のすぐ隣では、
青い目の男が嬉しそうに何度もシャッターを切った。お前はよその宗教だろ
う? 呆れにつられ、男の鼻から息が漏れた。
 長い時間の終端に、どこかまとまりを欠きながら、この膝元に集ってしま
った我らがいる。花曇りの空から陽がこぼれ、頭に鳶をとまらせた仏の頬に、
七百年の錆が一つ増えた。
 それじゃあ撮りますよ。
 男はデジタルな画面を通して婆様から目を離さず、ゆび先に静かな力を伝
えた。
 
 
 

 
……。
 
 
 
はいどうも。オイサンです。



私の名は、ブログを引っ越してきたもののコレと言った更新もせずロクに挨拶しないマン!
さあ君たち、ここは私に任せて逃げるんだ!

……えー、この連休の初日に、また鎌倉へ行ってきた(唐突)。

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そんなに何べんも、何を見る物がそんなにあるんだと言われそうだが、マ少しい遠い散歩のようなもので。

目的は2つ。

一つは、
使い始めてぼちぼち2年半になるカメラのRX1さんに、一つ新しい機能を発見したので、
それを試し使いするため。
別に隠し機能でも何でもない、ただオイサン見落としていたというか、
当初気付きながらも「マあんまり使うモノでもないだろ」とタカをくくって放っておいたものに、
改めて興味と使い出が出てきたので、勉強のために。
初めてRX1の練習らしい練習をしに行ったのも鎌倉だったしね。

もう一つは、
ベトナム式サンドイッチ、バインミーを食べに。
前回行った時も食べて、そこそこ美味しかった記憶があるけどそれを確かめにもう一度。
おやっさん、パクチー大盛りで(そんなこと出来たかどうか憶えてない)!

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バインミー、美味しかったです。パクチー大盛りも出来た。
しかし大盛りにしたはいいようなものの、本当に大盛りっていうか、
バランスが全く無視されて、ただの手入れをサボったプランターみたいなのが出てくるのはいただけませんな。
もう少しこう……食べ易さに考慮した挟み込み方をご検討願いたい。
ただただ、パクチーだけをむさぼるための時間が出来ちゃうんだもの。
ホント牛かヤギの気分ですよ。モッシャモッシャ。


カメラ機能お試しの方も……マ上々。
機能というのは「超解像ズーム」という奴で、
単焦点レンズのRX1さんでも、ズームっぽいことを疑似的にやれますよ、というモノ。
言ってしまえば、フォーカスしたい領域をカメラの方でクリッピング(切り抜き)して、
劣化を最小限に抑えた拡大をする、という仕組みのご様子。
デジタルズームのすごい版です。
そもそも単焦点であることを覚悟して買ったので、当初は封印してたのだけど、
マぼちぼち、バリエーションとしてはあってもいいか、ということで今回解禁。

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使ってみたけど、使える場面では役に立つ、という感じ。
歩み寄らずに近付きたい、角度を変えずに画角を変えたい、とか、そういう感じか。

メデタシメデタシ。



……デ、冒頭の掌編。



これは、2005年にオイサンが書いたモノで、
ケータイで読む短編のコンテストか何かに応募するための作品だった。
制限800字だったかしら、なんかそんな感じ。
今回ちょっとずつ手を加えちゃったから、800字には収まってないと思うけど。
中に出てくる「大仏」は、勿論長谷の大仏様ね。
奈良じゃない方。
十年以上前に書いたものなんで中身は多少アレではあるものの、
当時感じた感触は、今もあまり変わっていない。

オイサンが鎌倉に頻繁に通うようになって十年近くなることを示す作品なワケだけど……
そもそもオイサンの初めての二次元聖地巡礼が鎌倉で、それが2000年くらいだと思う。
もう何べんも書いてるけど。『NOeL~la neige~』で。


▼NOeL~La neige~ 店頭PV


▼NOeL~La neige~ OP


ここ数年、鎌倉に行くと、大仏様の間で小一時間、場合によってはそれ以上、
ボーっと座っているようにしている。

  別に地べたじゃなくてね。ここがオイサンの特等席。

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  大体朝早いモンだから、人もそんなにいない。

そうすると色んな人、色んなタイプの人の集まりがやって来ては去っていく。
オイサンの様なベテランはそう多くはないので、
皆さん新鮮そうに、楽しそうに眺めていきなさる。

  かく言うオイサンも、大仏様の中は今回初めて見たんだけど。
  あんなただの空洞になってるとは思わなかった。

そんな中に時々、本格派の祈り人がやってくる。
どの辺の国の人なんだろう。仏教の本場なんだろうか。
アジアの方には出掛けたことがないので、アジア系、とか東南アジア系とか、
そんなおおざっぱすぎる括り方しかできないが、
タイ、ミャンマー、ベトナム……そんなところなのかしら。
彼らはやってくるや、先ず真っ先に靴を脱ぎ、素足になって大仏様の真正面に正座をなさいます。
長谷の大仏様は屋外にある。屋根もなければ床も敷物もない。
そこでイキナリ裸足になって座ります。
次に、地面に頭をこすりつけて本格的に祈りを捧げ始めます。
これは、初めて見るとちょっとびっくりする。なかなか迫力があります。

勿論全然ダメじゃなくて(お寺側のルールは知らないけど、個人的には)、
おお、本格派はすげえな、と感心することしきり……
彼らは、なんなんでしょう、
あの仏様の素性をご存知でああされるのか、
それとも「仏様」に対しては素性がどうであろうと分け隔てなく、
あのように敬意を表して、何かを求め、あるいは何かを捧げるために、あの姿勢をとるのでしょうか。
それとも、もっと具体的な何かをあの像の上に見、それが何かを知ったうえで
あのような畏敬を露わにするのか。

オイサンには、ちょっとわからない。

日本人だって、プロフェッショナルは当然、様々理解したうえでまさに念を唱えて送るし、
我々素人でも、型を心得て祈りを捧げます。
けれども、プロはともかく、素人の捧げる祈りの対象は、
あの像や、仏様という総称的な概念そのものではなく……あくまでも、
その先にいる自分たちのご先祖の霊(に代表される具体的な存在)なのではないだろうか、
という気がする。

心底、「仏様」という総体的な存在が救い、与えてくれることがあるとはコレッポッチも思っていなくて、
ただ「過去に生きた先人たちへの敬い」を、かの像に象徴される仏という概念を通じて、
露わにしている……ように、オイサンは感じている。

海の向こうからやってくる本格派の祈りを持った彼らは、
果たしてどうなんだろうか……そんなフシギが、胸を占めます。

けれどもまあ、いずれにしたって、その祈りの行いが……信仰が、
彼らの生きていく中で、より良い生に繋がるための物事にこたえるためのものであるならば……
(それを「豊かにする」と表すけれど)、
充分に価値のあることなのだと思うし、
それに代わるものを己が持っているだろうかということを、
今一度己に問い直してみるのも、充分に意義のあることだなあと思うオイサンなのでした。


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マそんな感じでヒトツ。

……えー、だいたいね。
お分かりいただけましたでしょうかね。こんなことを書くブログですよ。
宗教とか、説教臭いこと限定ではないけども。

小さな旅と、写真と、食べ物と。ときどきアニメにゲームと、
ちょっとした書き物で綴る、黄昏人生爆笑絵巻、『ゆび先はもう一つの心臓(A)』。
コンゴトモ、アラフォーのうたとおどり(右往左往)でお楽しみください。


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  大仏「以上、オイサン(41・独身・男)がお送りしましt……
      このハス型マイク、ちゃんと拾えてる?」



……「独身」って情報、いる?
 
 
 

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2016年5月28日 (土)

■Kawasaki・春のパンでPeace祭り!・前篇~2016年春アニメ感想+『ガルパン劇場版』感想追加 -更新第1059回-

劇場版の『ガルパン』、先日のBD発売直前に最後の3回目をまた劇場で見てきたんだけど、
やっぱ面白いね。

オイサンです。

「アニメっていいなあ」と、作る人の苦労もろくに考えずに思ってしまいました。
作ってる人たちは幸せになっているのかなあ。
水島監督は、アニメを作ることは幸せなんだろうか。
あの飄々としたコメンタリーの語り口の向こうでどんなことを思っているのだか。
マそんな小難しいこともともかく、新たに3つのことに気が付いた。

 ●その1●
 Aパートのエキシビジョン戦で生徒会チームが果たす初撃破、
 その不名誉な被弾の相手は、どうやらローズヒップさんの乗るクルセイダーだったらしいこと。
 いやあ気付かなかったw

 ●その2●
 廃校を通達された会長が最初にとった行動が「戦車の避難」だったことをご都合主義的に捉えてたけど、
 「戦車(と西住ちゃん)さえ手元にあれば、そこから状況をひっくり返せるかも?」
 と考えての策だった……とすると、腑にも落ちるし大変泣けること。
 やっぱり杏会長は最高です。

 ●その3●
 ローズヒップさんのクルセイダーは、あらゆる場面でもチョロチョロ落ち着きがなく、
 大変愛らしいことw
 かわええw 劇場版上映後やたら人気が出てたのでなんでだろうと思ってたけど、
 ラストのカットでお行儀悪く紅茶を飲んでるローズヒップさんも妙に印象的で、
 その秘密がなんとなく分かった気がした。

……デ今しがた、劇場版のBDを受け取ってきて見ていたんだけど、
スタッフコメンタリで監督とプロデューサーが
「ローズヒップの車だけ落ち着きなくて、なんか顔が見えるようですねw」
って言ってて笑ってしまった。

あと、アンツィオが助太刀するのに
どうして愛しのピヨピヨ(P40)じゃなくてCV33で来たんだろうかw? というのも気になったところ。
エンディングで意気揚々と帰る三人(これがまた可愛いんだけど)が、
CV33を軽トラにみたいなのにCV積んでるのを見て思った。
劇場版見たときは、まだアンツィオ戦見てなかったからな。
デカブツを運ぶお金と手段がなかったのかしらw?
トラックに積めちゃうCV33が、また可愛いんだけど。

……と、『ガルパン』の話ばかりになってしまいそうですが、
今回は2016年4月期アニメの感想なのですよ。



●○● 2016年4月期 アニメ感想 お品書き ○●○



 ▼▽▼<前篇>▼▽▼
 『クロムクロ』
 『田中くんはいつもけだるげ』
 『パンでPeace!』
 『ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?』
 『マクロス⊿』
 『ジョジョの奇妙な冒険 第4部』

 ▼▽▼<後篇>▼▽▼
 『ふらいんぐうぃっち』
 『くまみこ』
 『甲鉄城のカバネリ』
 『三者三葉』
 『ハンドレッド』
 『ばくおん!』
 『ハイスクールフリート』



■『クロムクロ』

 ▼クロムクロ公式サイト
 http://kuromukuro.com/

 ▼TVアニメ「クロムクロ」PV第3弾
 

5話まで見た。ワリと好きです。
飛びぬけた新しさ・面白さがあるワケではないけれども、
呆れるくらいどうでもいいという程でもなく、
「面白すぎず、どうでも良すぎず」の完成度が好いです。
ストーリーものだけど、一生懸命見なくてもいい、ラクに見られる点で非常に有難い。

  自分でも、コレがOKで『キャプテンアース』がNGだったサジ加減は
  よくわかんないけど。
  『キャプテンアース』は売らんかな精神というか、
  必死すぎる感じが好きじゃなかったな。
  「ボクって変わってるでしょ」みたいな感じが鼻についた。

P.A.Worksさんが突然のロボットものだったので、なんで!?って思ったけど、
さすがの富山推しです。納得。
今回は、「話のそもそもの発端がこの土地の戦国武将だから」っていう、
地方性に必然性・意味を持たせてるところはちょっと良かったなと。
最近、アニメの聖地化について、
「この土地を推すためにアニメの舞台に使った」みたいな
土地オリエンテッドの聖地使用が目立つような気がして……
「作品の表現とか空気感に必要だから・マッチしたからロケした」というのが本来的なものかと思うので、
多少無理矢理でも必然性を持たせようとしたのは個人的に嬉しい。

  マその戦国武将も架空のお家のようなので確固たる必然ではないけど。

あと、GLAYさんの歌うOPは結構好きなんだけど、
GLAYさんのお歌ってのは、大体こんな感じなんですかね?
イイ感じに古臭く、すごいベタな歌詞でちょうあんしんして聞ける感じが
本編の風味とマッチして有難いのだけど、
拵えたGLAYさんはアニメソングだからと気を使って若干古め・ダサめに作ってくれた
(もしくはそういうオーダーだった)んだろうか。
それともこれが彼らの今のエッジなんだろうか? というところが不思議。

ながいこと第一線で活躍し続ける人ってのはやっぱりちがうな。すごいぜ。
変にカッコつけたり、エッジきかせたり、他にない何かを! みたいな必死さとかないもんな……。
面取りの仕方に職人芸というか、切れない個性、みたいなモンを感じた。すげえ。
絶対切れない安全日本刀で斬り合うママさんチャンバラみたいな感じなんですかね。
あとGLAYさん、どうせ気を回してくれるのだったら、
『クロムクロ』なのだから今回だけでもKROYとかに出来なかったのか(無茶言うな)。

バトルシーンも目を引くようなものではないし、
メカデザインも、なんの必然性があるのか変にハデハデしい上に野暮ったくて
30年前のガムのおまけみたいだし、
お色気をがんばるのかと思えばそんなこともないしで、大変に地味ですが。
それがくたびれずに見られる好いサジ加減になっているように思います。
この先も、変に熱血になったり鬱になったりしないで、
見る側の期待を越えない速度で、「ああやっぱりね」と言われるくらいで走りきってもらいたい。
チョイチョイ挟まるサトリナさんボイスが癒しです。



■『田中くんはいつもけだるげ』

 ▼TVアニメ「田中くんはいつもけだるげ」公式
 http://tanakakun.tv/

 ▼TVアニメ「田中くんはいつもけだるげ」PV
 


2016年4月期が誇る、珠玉ののんびりアニメ3傑のうち一本。
画的にハッとした瞬間は、今のところなかった……と思うので、
動画として格別な部分というのはそんなに無い、のだろう。
ひとえに雰囲気、テンポ、間、トーンが好みで、大変よろしい。
毎週一風変わった入り方をするOPのその間といい、
統一して一枚柔らかなフィルターをかませたような声(の演技)を持った役者さんの品ぞろえといい、
色調といい。
まあ何が素晴らしいって、
このアニメの軸を作っているのは間違いなく太田であって、
話の8、9割を占める太田の声と芝居のトーンが最高にノンストレスなのだと思う。
すごいぞ、太田。
えらいぞ、太田。

監督が川面"のんのんびより"真也さんであり、
音楽も水谷"のんのんびより"広美さんであり、
まあなんというか、『のんのんびより』1期1話に脱力ネタを盛り込んで毎週やってる、みたいなところがある。
これではオイサンが好きにならない理由がない。

  川面監督、『のんのんびより』の劇場版も作らないでどこで油を売ってるんだ!!
  と憤っていましたがこんな隠し球を持っていたのか……。
  なんだよー、先に言えよモー(憤ってもいないしなれなれしい

あと、音楽が水谷広美さんだと書きましたが、
ベースで川村"岩男潤子の辣腕プロデューサー兼ツッコミ兼おかかえ力士"竜氏が
参加しておられるようです。
ツイッターで自分で宣伝してた。

今期アニメ・嫁にしたいランキングダントツNo.1(*1)の女子力モンスター・太田といい、
生きる弾丸・宮野といい、ファッションヤンキーの越前といい、
癒し系人材の豊富な本作にあって、けだるげな主人公・田中くんが一人でゲスいという
ミスマッチな配置も面白く、練れた作品だなと思います。

  ちなみに、今期アニメ・嫁にしたいランキングNo.2(*2)
  『ふらいんぐうぃっち』のケイくんです。

   *1:男性部門・総合ともに
   *2:同上

しかしまあ、なんだ。
男子サイドも女子サイドも結構な人数がいるにも関わらず、
どっちを向いても同性同士のカップルしか誕生の匂いがなく……
まったく今の世の中というのは、ほんのりやおい・ほんのり百合を基準にできあがってしまっているのだなと
否が応にも実感させられずにはおりませぬ。
未だに異性婚のみを当たり前に考えて、そうせいそうせいと
言いそやす輩はキチンと時代に目を向けるべきである。

その上で人口を増やすことが必要なら、もはやシステムで対抗するしかないだろう。
それが現実なのだ、多分。
……何の話をしているんだ。アニメの感想を書け。

梅雨に入るか、入らないか……そう、ちょうど今頃の時期に縁側にすわり、
お抹茶で食べる塩大福のようなアニメかな、と思います。
1話・2話を録り落としたのが痛い……orz


■『パンでPeace!』

正直、面白いところはほとんどないのだが……
OPの曲が好きで、なんとなくたまに「パンでPeace!」って叫びたくなる(病気か)。
コレ原作面白いのかな。逆に気になる。

……うん。

なんか書くことあったかな、と思って、いまちょっと振り返ってみたけど。
やっぱり何もないな。面白さも可愛さも、特に。
みんなで叫ぼう、パンでPeace!


■『ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?』

 ▼公式サイト
 http://netogenoyome.com/

 ▼TVアニメ「ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?」 PV
 

1話以外は見た。意外と追いかけられている。
ストーリーもカッチリあるお話ではあるけど、そこに大して面白味は感じておらず、
ヒロイン・アコのアホさ加減、ストレートに恋する乙女ちゃん加減だけを楽しみに見ている。
いやー、かわいい。こういう子好きだなー。
「イタくて見とられん」ていう人の方が多そうだけど、
オイサンはこういう好き好き光線ダダ漏れの恋する乙女ちゃんは好きです。
ついでに働き者で養ってくれるんだったら、リアルでいてくれても全然いいのに!
アコは働かなそうだからリアルでいられると困る!(キッパリ

  5話目の次回予告の「残念、全裸でした!」ですっかりやられてしまった。
  オモロイやないかくそ。

ネタとかネットスラングがらみの小ネタがたまに想像の斜め上に行くので嬉しい。
メインキャラは皆いい人で、且つそれなりのエピソードを背負ってはいるものの、
破綻や目に見えた瑕疵がない分こぢんまりとまとまってしまって
お話の展開そのものに目新しさはないのでそこはオマケ程度。
オンラインゲーあるある的なもめ事とか引きこもりのマインドを絡めた小ネタとかは
コレと言って目新しいものではないから、
やはり一番のウリ、一点ものの面白さはアコのキャラクターかなあ、と。

OPが好きなんだけど、楽曲といい、画的な雰囲気といい、
なんだか『俺妹』にすっごい似ている気がする。
狙ったのかしらん。

何にしても、言葉のおもしろさイッパツで持って行けてしまうパワーがあるので、ツボにはまれば強いでしょう。
だめな人はもう、スッカリだめなタイプの作品です。

こちらもWebラジオが面白い。

 ▼豊永・南條の2人はラジオしないと思った?
 http://www.onsen.ag/program/netoge/

主人公役の豊永さんと、何故か猫姫先生役の南條ヨシノさんがやっておられる。
お二人とも三十路に入ったばかりとのことですが、
奔放に楽しそうにおしゃべりになるのが好感度高いです。
技術じゃないけど、息が合っててノリがいい。勢いがあるってすごい。


■『ジョジョの奇妙な冒険 第4部』

 ▼ジョジョの奇妙な冒険 第4部ダイヤモンドは砕けない アニメ PV
 

第3部までとは趣を変え、2Dアニメ方向に舵を切ったご様子。
ウム、正直3部までの見た目は特に好きではなかったので、オイサンにとっては嬉しい変更。
やたらな擬音とか「わかりやすいジョジョっぽさ」に執拗にこだわらなくなったのは
好い変化なんじゃないかと思う。
なんていうか「ジョジョ好きのプライド」とか「分かってる感」みたいなものが
非常に押しつけがましくて、見ててシンドイ場面もあったので。

3Dじゃなくても画も(今のところ)十分きれいだし、、荒木タッチをアニメらしく再現してて好い。
億泰がこんなにかわいい萌えキャラだとは気付かなかった。
空が黄色!
もともとオイサン4部は好きで、お話にも無駄なパーツ
(トニオとか透明な赤ちゃんとか、本筋に関係ない思いつきみたいなネタ)も多くて
お話の完成度としてはあまり高くはないと思うんだけど、
その雑多な感じが、3部までのゴシックホラー!な面と打って変わってポップさを醸しているのが
非常に気楽でよろしい。
当時、いっそのこと『コナン』みたいにこの路線のまましばらく長くやったって良かったのになーと
思ったりもした。

今回はOPも、そのポップさに呼応するような曲でとてもマッチしている。
すばらしい。
……が如何せん、動きが足りなくて地味というか、エフェクトだのみで
ちょっと画的には手抜き感を感じまする。
ダンスっぽさ出してるんだからもっと動かせや。

制作の手が足りてないのかしら? と思っていたら、
第6話放映前後のWebラジオで、パーソナリティの二人が
「僕らまだ6話見られてません」って言っててオイオイオイ、大丈夫なのかと
尚のこと心配になるなど。
ラジオの収録をいつやってるか知らないけど……この先がチョイ心配。


■『マクロス⊿』

 ▼特番「マクロスΔ 先取りスペシャル」告知PV
 



5話か6話まで見た。ストレートに言えば物足らぬ。食い足りぬ。

マクロスなんだけど、マクロスだと思わなければ面白い。
楽しむためのお作法を押さえるまでにちょっと時間がかかってしまった。

『マクロス』という作品はキホン、「アタマオカシイ」ものだというのがオイサンの認識で、
それは要約すると
「見る側の想像を、ウケや狙いでなく、作り手の純粋な『面白い』という理想だけで
 ノーリミットで斜め上に超えてくる」
というものなのです。
作る側の強烈な妄想・アタマのオカシさが、見る側の微々たるアタマのオカシさを共鳴させ増幅させて、
「これだ! これなんだよアニキ!!」という気持ちにさせる作品である。
見る側の心の奥底に眠っている、無意識に抑え込んでいた本当に見たいものの妄想を呼び起こし、
「イヤ、しかしこれはさすがにアタマおかし過ぎるだろう……」
という気持ちを飛び越えて肯定させる力を持っているものだった。

……の、だけど……。

『7』『F』と、そのアタマのおかしさも徐々に弱まってきていたものの、
今回はすっかりおとなしくなってしまった感がある。
作り手の頭のおかしさが、すごい頑張ってやってる「頭を使って考えた頭のおかしさ」で……
天然モノでない、養殖の味わいでしかないように感ずる。非常に残念である。
まあでも、大変だとは思う。
歴史を重ねて、守るべきお作法を守りつつ斜め上をいかないといけない、というのは。

だからこう、もっと『Gガンダム』みたいな位置付けの『マクロス』を、
どっかで一回やってもいいと思うんだよね。

  ……と書きながら、
  「既に『マクロス7』が十分『Gガンダム』的だったな……」
  と気付くアラフォーですけども。
  それを思えば『マクロス7』はよくやったよ。
  いや、あの段階を踏むのはまだちょっと早すぎた気がするけど。
  アレをやるなら今だったかもしれない。
  なんていうかこう、黄門様が印籠から出るレーザーで悪人を薙ぎ払う、みたいなね。

今回も随分、突拍子もない設定の世界に広げていってはいるけれども、
おかしな方向に広がっちゃっただけなカンジ。
歌のファクターにアイドルグループを持ち込んできたことは当たり前だと思うし
(むしろ当たり前過ぎてそっちに驚いたというのはあるけど)、
歌の方にも、さほど力が入っているとは思えない。
OPの曲は、劇中歌としてはいいんだけど、主題歌っぽくない気がする。
今後、ストーリーとリンクするような要素があるだろうか。
たとえばもう、いっそのことクラシックの要素をぶち込むとか、
雅楽とか民族音楽を持ってくるとか。

映像表現や世界観にしても、
びっくりするようなことは今のところなかったように思う。
唯一引っかかったのはバルキリーの絵がなんかぬるっとしていることか。
これは多分意図しているのだと思うケド、どういう効果を狙ってるんだろうか。
ミクモさんが指で作るWのサインが「手マンの構え」って呼ばれてたのが妙にオモロイ。

どーなんだろな、
「アニメを作る人が、アニメばっかり見ててもしょうがない、つまんない、
 もっと外の色んなものを見て手に入れた驚きや感動を取り込んで欲しい」
みたいなことを、昔の年を取ったクリエイターたちがよく言っていたけど、
そういうことなのかも知れぬ。
勿論、他のモノを見てないなんて思わないけども、それ以上に
「足下の『マクロス』を見過ぎている」のではなかろうか、という危惧がある……。

いっそ「『Zガンダム』の続編を作ります!」って言っといて、
完成したら「実はコレは『マクロス』として発表します」
みたいな無茶苦茶でも……イヤそれはさすがに無茶苦茶だが、
しかしこの「イヤさすがにそれは」を取っ払ってくれてしまうのが
『マクロス』のモノ凄さだと思ってもいるので、次はさらなる限界突破を試みてもらいたい。

  ……とは言いつつも、『ガンダム』が平成に入って色々こしらえてる間も
  『マクロス』はワリと長いこと沈黙を守っていたワケで、
  それは案外賢い選択だったのかも知れんな、などと思いもする。
  ということを、いま上で至極当たり前のように「次」のことを書いてしまって思った。
  次なんかなくてもいいんだ。

マそうやって作った突拍子のないものは売れるように見えないから、
若手や実績のない人がやってもなかなか認めてはもらえないのだろうし、
そうなると
「実績のある、突拍子のない脳味噌の持ち主が作って認める立場の人間たちを黙らせる」
しか新しい物が出てくる道はないのだけども、
そうではなく、実績のあるモンスターの人たちが「認める」側に回って、
若手の考える突拍子のない物に
「よっしゃオモロイ、それやれ!」
と思い切りのいいハンコを押してあげる仕組みにならないといけないのかも知れぬ。

マそういう作り手が、管理する側、認める側に回ることも、
その気質上、難しいことだと思うけど。


……といったところで前篇おしまい。続きは後篇で。


どこか、カルロベローチェのチョロQ作ってくれないかなあ。
オイサンでした。
後篇に続きます。

 
 

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2016年5月27日 (金)

■Kawasaki・春のパンでPeace!祭り・序~2016年春アニメ感想+『ガルパン劇場版』感想追加 -更新第1058回-

ちょっと前までは、
「いま、物的に欲しいものってあまり無いなあ……」
などと、枯れてる俺カコイイアッピールキャンペーンを展開していたオイサンですが。
先日、いま欲しいモノ(且つ、買おうと思ったら買えるモノ)をピックアップしたら
あっという間に100万円近くなってビックリした。

欲しがりか。
欲しがりさんか。
ほしがりエンプーサか。
あーお金欲しい。

 ▼欲しがりエンプーサ
 

  ……どうでもいいけどさ、twitterだと、
  「えっちしたい」「おっぱいもみたい」「うんこしたい」「おなかいたい」
  「人の金で焼き肉食べたい」「休み欲しい」「ねむい」「しにたい」
  っていうのはイヤってほど見かけるのに、
  ストレートに「お金欲しい」って書いてるのほっとんど見かけないのってなんでなんだろ?
  なんかこう、「何を差し置いても一番言っちゃいけないこと」みたいな空気感じますよね。
  イヤ、そりゃ品があるとか節度のあるハナシじゃないのは分かってるけど、
  そういう意味では上で書いたことだって同じじゃない?
  同じ品がない畑の話の中でも最下位に置かれてる感じ、これはなんなんだろう、
  日本人の美意識なんだろうか?

だもんで、いま欲しい物を並べて書いておくので、
誰かオイサンに買い与えてくれると、きっとこのオジサンはがんばって面白いことをしますよ。


●カメラ RX1RⅡ 42万円くらい
http://www.sony.jp/cyber-shot/products/DSC-RX1RM2/
とりあえず欲しい。液晶のチルト機能がとにかく欲しいので、
ただのRX1に液晶チルトだけついたバージョンがあればいいのになあ。
ローパスのON/OFFとか、ポップアップのEVFとかは特に魅力を感じない……。
画素数アップはどうなんだろう。好い方向に作用しているのかしら?


●ノートPC レッツノートRZ4か5 20万円くらい
新しいRZ5だと、SSD128G+メモリ4GBで15、6万円くらいのが、
RZ4だったら、SSD258GBのメモリ8GBでも同じくらいなのでRZ4でも十分だ。
他のスペック差は大きいのだろうか。


●BlackBerryPriv 10万円くらい
Android版BlackBerryさん!

 ▼BlackBerry初のAndroidスマートフォン「BlackBerry Priv」徹底レビュー[geekles]
 http://geekles.net/gadget/151223-blackberry-priv-review
 

これでいよいよBlackBerryさんもスマホの仲間入り!(コラ
パッと見フツウのスマホで、スライドしていつものフルキーボードが出てくるという
お前日本がコレ作らなくてどうするんだよ! と言う、オイサンの夢見た日本がここにある仕様。
いやー、欲しいねえ。Androidでどのくらいスムーズに動くか知らないけど。


●Windowsタブレット 2、3万円くらい
要求スペックは、
 ・WindowsOSであること
 ・大きさ8インチまで、解像度1920×1080以上であること
 ・外部記録メディア(microSDとか)対応

……くらいかしら。それ以外で重視するのはバッテリーのもちと重さ。
ほかはまあ、予算枠で良ければ良いほど。
リサーチした結果だと NECのLavie Tab W の508あたりがいいのかなー、という感じ。

 ▼NEC PC-TW508CAS LAVIE Tab W
 http://kakaku.com/item/K0000812485/spec/#tab


●G-SHOCK的なアレ 15000円~2万円くらい
960円の超スマートなカッシオウォッチを買ってみた。

Reddsc03143

まあオイサンもいい大人だし、ボチボチこう……男としてのランクをいっこ上げとく? くらいの?
この春のマストバイアイテム的な? 意味で? コンセンサスにアグリーしていく?
……という感じで、腕時計を(よく分からない。)

そしたら、コレとも似た感じのデザインのG-SHOCKがあったので、
山登りとかにそういうのあってもいいかな、と思い始めた。

  960円のは960円で、960円で機能的にはこれだけ十分なものが手に入るんだー、
  とびっくりしますけどね。
  オイサンの子どもの頃、カシオのデジタルウォッチといったら
  もうカッチョイイ物の最前線みたいなもんで、
  コレも半分はその頃の憧れから大人買いみたいな気持ちで買いましたけど、
  ホント、時間を見たり計ったり、アラーム鳴らしたりならコレで十分だよ。

……しかしG-SHOCKってのは色々ありすぎてどれがどれやら……。
カシオさんも全部は把握してないんじゃないのか(そんなわけがあるか)。
ああ、大体こんな感じのやつですね(うろおぼえ)。
四角くてデジタルのやつです。





そもそも今回腕時計を買ってみたのは、
BlackBerryさんのバッテリやらメモリやらがヘタってきて、
イザ時間を見たいときにパッと立ち上がらない、なんなら息切れして見られない、なんてことが
最近チョイチョイ起こり出したので、緊急対応用である。
しかしイザはめてみたら、はめる前は気にしてた「鬱陶しそう」という接触感は
今のところ思ったほど気にならず(汗かき始めると気になるけど)、
ジョギングするときのストップウォッチ機能がなかなか面白くて、
ちょっと楽しいデバイスになってきた。
……ので、楽しみアイテムの一つとして、クラスを上げてみてもいいかな、という気分で。

デ最初はG-SHOCKで考えていたのだけども
(ていうか国産デジタルでまとまったデザインなのがカシオさんくらいしかない……。
ヨソのはどっかとっちらかっている気がする)、
EPSONさんが腕にはめる活動量計とか、GPS機能付きのアウトドア用とか、面白いのを出してたりしたので、
ヨドバシとかに行ったらチラチラと横目で見てしまうオイサンです。

面白いもんで、このG-SHOCKなんかは特に、
買わないで、欲しいままの気持ちで出掛けるたびに量販店で眺めて
「欲しいなー」って思っているのが一番楽しいですねw 買ったら多分、ソッコーで飽きるw
お店に並んでるのをじーっと見て、「これは俺のだ」と思ってる今が
一番楽しいですw



……。



とまあ、ここまででざっと75万円くらいですよ。
他はあんまないので、100万円は言い過ぎでしたね。
マ小銭入れに穴が空いてるとか(アカンがな)、絶妙なサイズの巾着が欲しいとか、
あるにはありますけどもあと25万円分は……特にないかな。
もう一個RX1買っちゃうかな(何故だ)。

マそんなんなんで、せっかくここまで読んで下さったアナタですから、
上の5つの中からどれか一つ、お好きな物を選んで
オイサンに買って上げると良いと思いますよ、エエ。
イヤ本当に。
損はさせません。
ワリと近いうちに、「俺、アイツにカメラ買ってやったことがあるんだぜ」って
人に自慢出来る日が来ますよ。
ええ、間違いなく。フッフッフ。



……などとですね、人生も斜陽を迎えつつある初老ゴミみたいな妄想は置いといて。
ボチボチ本題にまいりましょうか。
そうです、2016年・春アニメの感想です。


今期は……アニメ、バランスが良くて大変うれしいです。
ゆる萌えアニメ、ハード系SF、弱ユルSFの配分が良く、かつどれもナカナカ見ていて面白い。
短時間尺の作品がちょっとパワー不足かなと思うけど。
……と思ったら、『てーきゅう』のスピンオフとかやってたのね……
気付かなかった……もっとちゃんとチェックしよう……orz

……といったところで、長くなってきたんで切ります。本題始まってないのに。
2回に分けて載せまーす。



●○● 2016年4月期 アニメ感想 お品書き ○●○



 ▼▽▼<前篇>▼▽▼
 『クロムクロ』
 『田中くんはいつもけだるげ』
 『パンでPeace!』
 『ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?』
 『マクロス⊿』
 『ジョジョの奇妙な冒険 第4部』


 ▼▽▼<後篇>▼▽▼
 『ふらいんぐうぃっち』
 『くまみこ』
 『甲鉄城のカバネリ』
 『三者三葉』
 『ハンドレッド』
 『ばくおん!』
 『ハイスクールフリート』



----------------キリトリセン--------------------------------
えー、なお、残念ながらここから下は生き残れなかった人たちです。
録ってて後で見る枠も入ってますが、見る望みは薄いです。


■『迷家』
録り貯め枠。あとでまとめて見る予定……ではある。1話も見ていない。


■『キズナイーバー』

2話だけ見て、あとでまとめて見ようと思って録画保存枠。
サトリナさんが出ている(だからどうした)。

■『SUPERLOVERS』
1話だけ見て、結構おもしろそうだと思った。
しかしあとでまとめて見ようと思って録画保存枠入り。でも多分見ない。

■『双星の陰陽師』
2話だけ見て、あとでまとめて見ようと思って録画保存枠。
コレも多分見ないだろうなあ……。

■『あんハピ』
残念、3話目くらいで見なくなった……。

■『Re:ゼロから始める異世界生活』
2話だけ見た。サラバだ!

■『聖戦ケルベロス』
2~3話くらい見て……切った。なぜそんなに見たのかも不明。

----------------キリトラレセン--------------------------------



ほなまた、近いうちに。
オイサンでした。
 
 
 

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2016年3月13日 (日)

■ティファニーでガンプラを。~私信、『アマガミ』SS、「Plastic Joy」に寄せて~ -更新第1048回-

オッスおらオイサン。

今日のお話は、とあるお友だちに読ませてもらった
『アマガミ』の、絢辻さんにまつわる二次創作・SSの感想なので、
細部に関してはご当人以外にはサッパリわかんないと思うけど、
久々に『アマガミ』や絢辻さんについて思うことなんかを書くので、
せっかくだからご本人の許可を得て、こっちに載せちゃうことにした。

  いえーい。  ← 何がだ

デ、読ませてもらったんだけど、
先ずは、感想が2年越しになってしまったことを素直にお詫びしておきます。
メンゴメンゴ。

受け取った直後にもちゃんと読んだのだけど、
公私ともに超忙しい時期でもあって(お会いしたのもすごい合間を縫ってお会いしたんだったと思う)、
キチンとした感想を返せずにおりました。
今回改めて読み返してみての感想は……
だからもう、2年前とは違う感想になってしまうことはご容赦戴きたいのだけど、

「愛」とは、斯くも尊く、斯くも無邪気で、そして斯くも気恥ずかしいものであったか!

……と、そんな風に感じ入るものだった。


「恥ずかしい」とは書いたが、きっと、多分、
その恥ずかしさは書いてしまった今なんとなく分かってもらえるものと信じて書いた。
2年前には恥ずかしくなかったかもしれなくて、
今は恥ずかしいかもしれない……そんな恥ずかしさ。

お話自体はシンプルで、
それだけに愛と「祝い」に満ちていることが伝わりやすい、暖かいものでした。
そこがまた開けっぴろげで、恥ずかしさに直結してしまってると思うのだけど。

この結末にたどり着いた絢辻さんが、ナカヨシから来たのか、スキBEST・スキGOODから来たのかは
アマガミの実プレイから遠退いてしまった自分には推し量ることも難しいが、
いずれにせよ、
幸せな結末に辿り着いた絢辻さんへの、溢れんばかりの「おめでとう」に
むせかえるようだった。

登場人物の殆どが二人の門出の式にやってきて祝辞を述べるシーンでそれはよく感じられて、
キャラクター全員を登場させるのは二次創作としてのサービス精神でもあったのかもなーと思いつつ、
「誰からも祝われるまでになった二人のそれまでの時間」がさりげなく表れているのが
個人的には印象的だった。
あーホントに佳き二人であったのね、という感慨……というか、
そうであって欲しいという書き手の願いが、なんかもうパンパカパーンでパンパカパーンで。



……けど、どうなのでしょうね?



こうして、ビターではあるけれどもダークではない、
ハートウォーミングになってしまった絢辻さんは、
あの厳格な絶対輪郭を保っていてくれるのだろうか?



絢辻さんは、ブラックホールを抱えていた。



胸の深奥に、ブラックホール……
「無」の頂点であると同時に重力と質量の権化であり「在」の極致であるところの
奈落を抱えていたからこそ、そこから先に何者の介入も許さないくらいの強い強い強い強い輪郭、
事象の地平面をともなって
ボクらが愛してやまない唯一無二の絶対輪郭・「絢辻詞」というカタチでいてくれたワケで。
それを感じさせなくなったいま、彼女の輪郭はどうなってしまうのだろうか。
それが心配でならない……。
久しぶりに、そんな気分に浸ってしまいました。

  まオイサンは、そういう輪郭の残る気配が多分にあったからこそ、
  オイサンは「スキ」よりも、
  「アコガレからのナカヨシ」が好きだったりしたのだけれど。
  ……となると、それが感じられないこのSSの絢辻さんは、スキ系列の絢辻さんなのかしら?
  と妄想をたくましくするところではある
  (お会いした時に直接そんな話を既に伺ってたらごめんなさい)。

そんな気分にさせるほど、幸せいっぱいの絢辻さんのお話だったね、
ということです。

単体の読み物として、ヒトツ率直な物足りなさを述べると、
冒頭で述べた通り良くも悪くもシンプルで、シンプルさがたたり、
イマドキのオンライン・オフライン関わらず蔓延する物語作品から見れば、
どうしても、どこかで見た、誰かの何かの作品と重なってしまうところがある――



――のだけれども、それがダメかと言われたら、そうでもない。
二次創作のSSってそのくらいでいいんじゃないかなという感触を、
今回読ませてもらって改めて持った次第。



確定的な類似ではなく、全体的な枠組みが
「ああ、なんかこんな話どっかの何かで見たなあ」
という程度のことだけど。
けど、ヘンに作り込まれ過ぎて端から端まで風呂敷が畳み込まれるようなものよりは、
オイサンはよっぽど好きだけど。
モ少し余韻があっても好みかなあ。

デそういう好き嫌いを除いたとしても、だ。



特に、『アマガミ』は過程のゲームだ。



ADVだから、本来は一つの結末にたどり着くための過程は基本的に限定的で有限で、
SLGのような広がりは無い、
ハズである、
にもかかわらず、
過程に肝を置くゲームだ。
と、オイサンは思う。

  間口の広さは普通なのに、懐は不可思議に深く、そして出口はない、という
  歪むのもここまで来るとキモチワルイな!(ほめことば)
  ……という異様な(ほめことば)姿をしていた。

システムとしては完全にADVなのだけど、プレイするうちにSLGの味がしみてくる。
それは濃いプレイヤーたちの中で呼び起される感情が同じテキストを読んでも通り一遍でなく、
同じ道筋を辿りながら、パーソナルなステップを踏み次の展開に対して納得を得ている。
そうした手続きの事実はプレイする本人の外からは観測できないハズのものであるにも関わらず、
同じ世界に触れるプレイヤーたちは同朋たちの中で何かが起こっているのを
ボンヤリ察してしまうから、
そこに発生し存在する、個人の数だけの分岐を知り、それがSLG的である錯覚を起こす……。

……まゲームにしろ音楽にしろ映画にしろ、
娯楽物なんてのは多かれ少なかれ受け手の経験と引き出しによって違う味がしみてくるものですが、
『アマガミ』は特に個人の個人的な核に、針の形をした爆弾を打ち込んでくるらしい
(そしてどうやら、殊に傷を持つ者たちにはよりそうであるらしい)。

そういう個を相手どるゲームの二次創作なのだから、
ちょっとやそっと、骨格や輪郭が似ていたってどうということはないのではなかろうか。
個人が個人の材料と思い入れで勝負することが大事で、
そのはしばしに埋め込むパーツで、自分だけの輪郭を与えれば良い……んじゃないかなあ。
そしてたいがい、何故かそこに「ゆがみ」が埋め込まれるのがまた、
『アマガミ』の面白いところではあった。

だから、
「『アマガミ』が受け手にそういう(こういう)物語を書かせてしまう」ことは不思議でもなんでもなく、
今回読ませてもらったお話はまさにそういう物だったなーと思う。

書き手のアナタ自身の中で、
 「いつか幼い絢辻さんが川に投げたというおもちゃの指輪と、
  『アマガミVA5』にあったアンソロジーのストーリーと、
  エンゲージリングと、
  Plastic・Joyの歌の歌詞に現れたdiamond ringと」
が重なって、!他ならぬ一人の書き手が!いてもたってもいられなくなった、という、
熱の高さや鳥肌の立ったような昂揚感のあることが良く伝わるし、瑞々しいと思う。
その時点でもう勝ちだと言っていい。

  フシギなもので、なんかそういう
  「あ、そういう遊び方をしてもいいんだ」と思った人が、
  結構いたみたいね。他の環境とも相まってね。

……しかしそれだけに、やはり「我がコトの様に恥ずかしい」わけでw
ムズムズするわいw

……あの、言っておきますけれども、
オイサンはいま物凄いエラそうにして書いていますが、
これもまたものすごい恥ずかしいコトをしているという自覚のもとにやっているので、
なんかもうスミマセンでした。




……と、そういうことをふまえて。




これがまた、その世界を何も知らない人が読んでも共感出来てしまったり、
なんとも言えない気持ちにさせてしまったりすることが出来れば、
それはとても鮮やかだとオイサンは思うので。
ここから先は、読者としての贅沢。

オイサンは、一度お会いしたきりの第一印象からで申し訳ないけれども、
書き手のアナタのことを大変に豪放磊落な人物だと思っている。
その上で、人から認められる頭の良さや周到さなど、
緻密な面もきっと持っているのだろう、とお聞きする話の端々に感じていた。

大概どこかしらが鬱屈していて、
新品の折り紙を袋から出したら何故かどの折り紙も全部四隅の一つがちょこっとだけ折れちゃってた、
みたいなところのあるTwitterを通じてお会いした30人近い輝日東住人の中で、
アナタは稀有なパーソナリティを発揮しておられた。
アンタだけだよ、あんなんだったのw

  そうは言っても、上で書いたみたいに
  「瑕を持つものに這い寄ってくる『アマガミ』」だけあって、
  アナタも不思議なくらい主人公にシンクロする事件を抱えておったのでしたっけね。

「僕ってどんなんなんスかw」ってお思いになると思うけども。
まあお会いした皆さん、それぞれなんがしかの面で「アンタだけのあんなん」なんだけど、
その矢印の向き方が誰とも違っていた。
その分オイサンも面喰らって腰が引けてしまったところもあるんだけど、
その時点でも十分面白かったし、ときどき会って話を聞きたい人だなあと思う。

だからもっと大胆に、書き手であるアナタの持ってた当たり前、
でも他からしてみれば「お前なんじゃソレ」って言わずにいられない当たり前を、
作品の世界にぶちまけてみても良かったんじゃないかなーと思う、
っていうか、そういうのを読ませてもらいたいって思いました。
それはまあ、読者としての希望。

パーツにとどまらず、欲望・願望に収まらず、
土台からして自分ワールド全開の、新しい、『アマガミ』らしい冒険を。
今回の画サッパリまとまっていたから、
もっともっと「書き手くさい」ものを読みたいです。

絢辻さんは、比較的「閉じてしまった」ところのあるヒロインなので、
自分らしさを盛り込んで広げることは……難しいと思うんだけどね……。
情報も少ないしね……イヤ、遊び辛いとは思うのよ、ほんと。

  だからこう、当時、公式にはもう少し……ね。
  広げて欲しかったなとは思うんだけど、
  それはそれで、オイサンが最初に絢辻さんに感じた「完成度」と相反するんだけどさ。

オイサンの思うアナタの像を思うにつけ、
もしもアナタの愛したヒロインが、より快活で、より開かれた、
中多さんだったり、森嶋センパイだったりしたなら……
という妄想が尽きなかったりするです。

今現在、『アマガミ』や二次創作や、お好きなアーティストたちの作品と
どういう距離感で生きておられるのか分からないけど。
そういう遊びも見られると楽しいなーと思います。



……ね。



どーなんだろ。



まだ自分たちの体に、『アマガミ』や絢辻さんは息づいているんだろうか?
そんなことを思い返す価値を感じさせてくれる作品だったと思います。




……以上が、あなたが書いて、私が読んだ、
PS2版『アマガミ』の絢辻さんSS、「Plastic・Joy」の感想だったワケです。
相変わらずナニ言ってっか半分以上わからない感想だけれども。
どーでしょうね。

謎多き絢辻さんの物語、
そこにどんな自分なりの解釈を加えるか、
どの絢辻さんを自分の一番好きな絢辻さんに据えるか。
なんかこう、ゲームの『アマガミ』の絢辻さんでSS書いちゃうっていうのは
オノズとそういうトコが出ちゃうんで。

やっぱりこう、この作品に関しては、
みんなに「おめでとう」って言われちゃう、そういう絢辻さんだったよね、
と言うところが全てだったのかなと思います。



「ポチャーンって、安物のくせにずいぶん良い音がしてたわ」



次があるなら、是非。
カナダの森で、インドネシアのジャングルで。
絢辻さんが一体どんな絢辻さんらしさに出会うのか。
そんな話を読みたいです!  ← 無茶を言うな

オイサンも未だに書いてます。
次は、梨穂子で。
誕生日に間に合うといいけど、無理だろうなw



マそんなんで。
またお会い出来る機会があったら、面白い話を聴かせてください。
ホント、2年もすみませんでした。

気長によろしく。
オイサンでした。



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2015年11月 1日 (日)

■秋色シグナル~白樺湖・車山高原へ、『冴えカノ』巡礼に行くのこと -更新第1014回-

先週末、長野県は白樺湖まで、
『冴えない彼女の育て方』の聖地巡礼で白樺湖へ行ってきました。

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だって隊長が行きたいって言ったんだもん。
高山で『氷菓』の巡礼の最中に言ったんだもん。


 「だったら私たち、行くしかないじゃない!!」(アラフォーが黄色のコスプレで

  ……アラフォーの黄色コス見たくなってきた。
  似合いそう。(似合うものか


マ詳細なのはまた別途。

あまりにも……
眺めが素晴らしく、
宿が素晴らしく、
空模様が素晴らしく、
道模様が素晴らしく、
『スプラトゥーン』が素晴らしく、
あ、隊長の戦績はなんかイマヒトツだったみたいですけど、
あと白樺湖畔のおそば屋さんもふつうでしたけど、
白樺湖畔もだいぶん過疎ってましたけど、
えーとね、なんだっけ、
総じてものすごく素晴らしい旅だったので、
温度が高いうちにお写真だけ何点か見せびらかしておこうと思います。






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白樺湖。北海道の然別湖に似た匂いを感じました。

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湖畔のそば屋。トータル普通の評価ですが、おそばの味の濃さ、ねっとりした歯ごたえは、
結構なインパクトでオイサン的には◎でした。

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車山のてっぺんにあったお宿。素晴らしい眺望でした。

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黎明。深夜だけ雨が降ったせいで、残念ながら星を収めることはできませんでしたが
それ以外は本当にもう、恐ろしいほどの好天。

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朝日を浴びた車山。

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獣の背中の様な山容と蓼科山。こういう山の雰囲気が大好きです。
摩周岳っぽいよね。

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いやー……もうね。
素晴らしかったよ。
何よりもう、天候が完璧でした。天気がいい、気候がいいって素晴らしい。

あ、朝は2℃とかで、朝ジョギングは命がけでした。
まともに走れんやった。

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こういう風景を見るたび、
「RPGの冒険者たちは、こういう中を道もなく歩いていくのだなあ」という気持ちになる。
「あの湖の畔に目指す集落があるはずだ」とかね。
うらやましくもあり、気が遠くなるようでもあり。
かつての地球には、そういう地面しか無かった筈だね。
デ、きっと今でも、そういう場所の方が、まだ多いはずなんだけど。
自分たちがぬくぬくした場所にとどこまってるだけのはずなんだけどね。


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あと、早朝にアラーム鳴らしたのに起きなくてすみませんでした。
だらしないアラフォーで申し訳ない。
こうやって、みんなの前で若さを失っていくんだな……


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そしてお迎えした、新しい装いの娘さんと青こしょう醤油。
この醤油がまたうめえ。
血圧が上がる(アカン







 

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2015年9月23日 (水)

■特急ヴェガ~SS『お嬢様特急』より -更新第1002回-

※このSSは、
「風韻軌道~過ぎ去りしあの夏のホーム~SS『お嬢様特急』より」
(-更新第1001回・1002回-) の元になった、
2000年作のSSを、手を加えずそのまま掲載しておりますデス。
何が言いたいかと申しますと、
「チョイチョイおかしいトコあるけどその辺は新し方でフォローしてるんで目ェつむってや」
ということです。
それが分かった勇者だけが読んでもいい。
  

 
 
 
『心地よいリズムが否応なしに体に刻まれるから、列車の
旅は乗客たちに不思議な一体感を生む、と列車好きたちは
口を揃えて言う。果たしてそれが真実なのかどうかは、生
物学や、或いは心理学の先生に譲るとして、今はそのリズ
ムに、身を任せていたいと思う。
 レールを敷かれた人生の下らなさを誰もが声高に謳うけ
れど、降りたホームで時間をつぶして次の列車に乗るもよ
し、特急列車に乗り換えて、前を行った列車を追い抜いて
見せるのも痛快なものだ。同じホームに立ったとき、いつ
やってくる列車に、どのドアから、どんな荷物を乗って乗
り込むのか、そして、隣に誰が座るのか。それは自分次第
なのだから。
 きっとそれは、答えを求めるまでのとても重要なプロセ
ス。人の一生は、きっと誰もが同じ一本道のレールの上だ。
けれど、力ある人はレールを曲げるし、知恵ある人はスピ
ードを変える。思わぬ事故。見たことのない駅。各駅停車、
特急列車、それだとて、すべての選択肢を目の当たりにす
る人がどれだけあるだろうか。決して完璧な自由ではない
けれど、人の手に余りあるほどの道が、その一本のレール
の上に広がっている』
 そこまで書いて、僕は万年筆を握っていた手を止めた。
大きく伸びをした窓の外は、もう暗い。山間の峡谷を今、
特急ヴェガは走っている。線路沿いに並んで立つ街灯の灯
りだけが、時折尾を引いて後ろへ後ろへ滑っていく。遠く
山の上には、それとは趣の違った星の光も見える。寄り添
って立つはずの木々の葉の一枚一枚はその鮮やかな緑色を
闇に黒く塗りつぶされていた。
 僕は固まった首と肩を押さえ、喉が乾いていることに気
が付いた。個室のソファから立ち上がるともう一度大きく
伸びをした。決して広くはないけれど、ここまでの十日あ
まり不自由を感じたことはない。さすが超豪華列車を名乗
るだけのことはある、と感心させられる。もうじきこの旅
も終わる。部屋を見渡して少し寂しさを感じながら、僕は
売店に足を向けた。



    ×     ×     ×



 車内の売店で、"ちひろさん"お勧めの缶コーヒーを買い、
客車の通路を縫って歩く。展望車まで行って空を眺めたい
と思った。
 列車は瀬戸内海を遠く臨んで走っている。広島を出、小
郡を通過して関門海峡に差しかからんとするばかりだ。山
と、谷と、その隙間から海の覗く風景の繰り返し。社内は
冷房が効いていて快適だが、窓ガラスを一枚隔てた外の熱
気は、日本の夏そのものだった。
 数時間前に、小郡で三十分の小停車があった。日が落ち
る寸前の時刻だというのに、ちょっとホームに降りただけ
であっという間にシャツが汗でずくずくになるほどで、西
日本の熱を僕は初めて肌で知った。そのホームで、名古屋
から乗ってきた"風音さん"に頼まれて写真を一枚、撮った。
ファインダー越しに覗いた、斜陽を眩しそうに遮る彼女の
顔が、いつもの晴れ晴れとした明るさを映しながらどこか
物憂げな色を帯びていたのは、夏の黄昏がそんな色をして
いるせいだけだったろうか。
 展望車に向かう途中、4号客車とその更に後ろに連なる
展望車とを繋げるデッキに差し掛かったとき、お尻のポケ
ットで携帯が震えた。未だ使い慣れないそれを、それこそ
缶コーヒーを取り落としそうになりながら捕まえて耳に押
し当てる。
 一体誰からだろうか?家族には、旅情がそがれるからよ
ほどのことがない限り鳴らしてくれるなと念押しをしてあ
る。持ち始めのこの電話の番号を知る友人も数少ない。わ
くわくしながらボタンを押す。我ながらわざとらしいと自
嘲しながら。相手は一人しかいない。
「あ、もしもし。あの、私、千歳です。今、大丈夫?」
 それは、広島で、このヴェガを降りた友人からだった。
丸一日かかってようやく埼玉は上尾にある実家に帰りつい
たという、彼女からの報告だった。
 ヴェガに乗ってしまったことで、結果的にとはいえ推薦
入学を蹴ることになってしまった彼女への、周りからの、
殊に家族親類からの非難は強く、さすがに何から何まで万
事無事といえるほど上手くはいっていない様子だったけれ
ど、それでも、今の彼女は多少の困難は乗り切れるだろう
と思う。
 彼女は答えを見つけた人だった。目の前に停まっていた、
始めから終わりまでを敷き切られたレールの上に乗った、
哀れなひと連なりの列車。お金も、ゆくあてもないままに
飛び乗っていい筈がないことは聡い彼女には当然分かって
いたはずだった。
 明日のことがある。昨日までの自分もいる。そんなこと
は今こそ痛いほどに知っていたはずなのに、彼女はその哀
れな超豪華列車に答えを求め、身を委ねたのだった。終わ
りある、選択の余地のない一本のレールをたった一度きり
走るために生まれたこの列車に、彼女は潔いまでの覚悟を
見てしまったと言った。
 そして答えを見つけた。むしろ、ないはずのそれを自分
の中に作り出し、旅に出てしまった自分への一つの解答を、
彼女は列車を降りることで体現して見せてくれた。ヴェガ
を降りて帰り着いた郷里の町は、今まで見たことがない色
をしていただろう。昨日までの明日は、もうそこにはなく
なっていたはずだ。
「じゃあ、そろそろ切るね。旅行、気をつけてね」
 電波に乗ってやってくる彼女の声はデジタルに変換され
てもその思いは損なわれず、しっかりと僕に届いて消えた。
まるで自分が励まされているような。ただ無責任に、ふわ
ふわと勝手なことを言っているだけの楽な自分が。
 一日ぶりにそんな彼女の強さに触れて、彼女の言葉を思
い出していた。

 不思議だわ。人に迷惑をかけているのに、自分が間違っ
ている気がしないの。

 僕はしばらくの間、点滅する携帯電話の液晶画面を見つ
め、ぼうっとしていたことに気が付いて、それをポケット
に押し込んだ。
 一歩足を踏み出すと自動ドアがさっと開き、デッキより
も一、二度低い冷気に体が飲み込まれる。展望車のラウン
ジは、壁も天井も、壁面のほとんどがガラス張りになって
いて、辺り様子が一望に出来た。旅の始めの頃、夜の北海
道を走ったときはその天然物のプラネタリウムのものすご
さに圧倒され、東北の山並み、見慣れたはずの東京の人の、
暮らしの群れにもいたく胸を打たれたものだった。
 この列車の始発点、北海道から僕は乗っている。本当に
線路がどこまでも続いているのか、それを見てみたかった。
出会いを求める気持ちもあった。これまでの日常を振り切
りたい気持ちもあった。ただ今になって思うのは、実は一
番強く胸の中にあったのは、もっと日常を愛したいという
気持ちだったのではないか、ということだった。人が旅に
出るのは帰る場所を探すためで、旅に出て、帰って来て、
やっぱり家が一番だとつぶやくように訴えたいからなんじ
ゃないだろうか。帰る場所が出発点と同じではないことも
あると思う。そのときには、新しい自分の帰る場所を作り
だし探し出して、これから続き続ける日常を、ただ当然に
そこにあるものやコトを、何より愛しく感じることが、人
生を正しく素晴らしいものに変えてくれるのではないかと、
今僕は期待している。その気持ちさえ、旅に身を委ねる時
間のいたずらなのかも知れないけれど。



    ×     ×     ×



 扉が開いた瞬間、さして広くもない展望車のどこかから、
あっという驚きの声が小さく上がった。声がした方を振り
返ると、いつもの飾り気の無いワンゲルルックで身を固め
た風音さんの警戒するような顔が見つかった。それもほん
の一瞬で、入って来たのが僕だと分かって頬を緩めてくれ
る。仕方のないことだった。僕も軽く笑い返すと、彼女の
もとへ寄り、足下に丸まっている愛らしい毛糸の固まりを
撫でてやった。
「よう、ゴロー、元気か?」
 ナップザックからはみ出ていた毛むくじゃらの固まりは
僕の声に反応し、もぞもぞと蠢いたかと思うと、黒目がち
な瞳を現して僕の鼻先に荒い息を吐きかけてきた。小熊の
ゴロー。山で拾ったゴローを再び山に返すための旅を、風
音さんは続けている。
 いくら特急ヴェガが自由な列車だと言っても、この猛獣
の子供を連れ込むことが許されているはずもなく、それに
ついては僕も風音さんも共犯だった。無邪気にのどを鳴ら
すゴローにじゃれつかれるだけでも、遊び相手には相当の
覚悟が必要だ。比較的慣れている僕や風音さんでもこの始
末だから、少しでも敵意のある人間が近づこうものならど
うなるか分かったものではない。こんな時間だから、自室
の外に連れ出してやることも出来たのだろう。
 窓の外は山、谷、海、谷、山。草いきれと水の匂いが伝
わってきそうな世界。たくさんの景色を映し出してきたこ
の窓の向こうに、もうすぐ見えてくるものがある。
「じきに九州だね」
 彼女の隣に腰を下ろして、残りのコーヒーをあおった。
もうほとんど残ってはいなかった。
「そうですね。もうすぐ、終点ですもんね」
 世間話のつもりで笑顔でそう返した風音さんは、僕の言
葉の意図に思い至ったようで、瞳に影を落とした。我知ら
ずうつむき加減になる視線の先にゴローがいる。そのとき
の彼女の胸にどれほどの痛みが走ったか、つらい別れをま
だ知らない僕には知り得なかった。ただ、ハーフパンツの
膝の上で固められた拳がその痛みを物語っていた。
 名古屋からヴェガに乗ってきた風音さんはずっと、ゴロ
ーを放すのに適した山を探してきた。自分で別れの場所を
探す、タイムリミットつきの列車行。誰が言い出したのか
知らないが、発案の主はよくも残酷なことを思いついたも
のだと思う。ここから先、ヴェガの停車する駅はたったの
三駅しか残っていなかった。博多、阿蘇、そしてヴェガの
ためだけに用意された終着駅「夢の崎」。別れのときは確
実に、忍ぶことすらせずに足音を立てて近づいていた。カ
タン・コトンと響く、眠気さえ誘うその音を、今彼女はど
んな風に聞いているのだろうか。否応なしに刻まれるリズ
ムが彼女の胸の痛みを僕に共感させてくれはしないかと期
待したが、それは詮無いことだった。彼女にとって、この
特急ヴェガは別れの瞬間に向かって冷徹なまでの猛スピー
ドで一直線に突き進む砂時計でしかないのかも知れないと、
冷静に思っている自分が申し訳なかった。
 気が付くと、僕は彼女の拳に手のひらを添えていた。風
音さんは驚いたように、少しだけ高い位置にある僕の顔を
降り仰いだ。その頬はわずかに朱味を帯びていて、彼女の
全身が一瞬で緊張するのが、小さくやわらかい手の甲から
も伝わってきた。けれど、彼女はまた徐に視線をおとし、
言葉に詰まる。暖かな気持ちがにじみ出すように弛緩して
いくのも分かった。僕は、言葉を慎重に選ばねばならなか
った。
「その、山は、まだ見つからない……?」
「……はい」
「そう」
 相応しい山を見つけた暁には、その別れに僕も立ち会う
ことになっていて、彼女の決心が鈍ってしまった時には無
理矢理にでも風音さんをゴローから引き離すという、悪魔
のような役目を与えられていた。彼女と出会ったばかりの
頃のことだ。初めは、僕も彼女も特別な感情を持たないも
の同士であることが互いにその役割に最適であると考えて、
頼み、引き受けたことだった。しかし今となってはそれも
容易くない。かといって、今更それを他の人間に頼むこと
も、譲ることも、もはや簡単なことではなくなっていた。
「誰が、言い出したことなの?」
「え、と、それは……」
 そのとき、彼女に重ねて、車内アナウンスが割って入っ
た。
『このたびは特急ヴェガにご乗車戴きまして、誠にありが
とうございます。当列車は間もなく、博多に到着いたしま
す。尚、当列車は博多で二十四時間停車致します。お降り
のお客様は……』
 柔らかに鳴る電子音につられて、思わず二人して、天井
のスピーカーをぼんやりと見上げてしまった。先に動き出
したのは風音さんだった。アナウンスの流れ終わるのを待
たずに、風音さんはいとおしそうにゴローの頬を撫で、そ
うされたゴローは満足そうに喉を鳴らして自分からナップ
ザックの奥へと帰っていく。見守る風音さんは穏やかさを
取り戻していた。まるで全部分かっているような、少し哀
しい、少し厳しい目をしていた。そして、見とれる僕を尻
目に勢いよく立ち上がり。驚くほど綺麗な微笑みで僕を見
下ろした。
「さ、行きましょう?降りる準備しないと」
 僕は促されるままに立ち上がり、歩き出す。元気よくナ
ップザックを背負い直して、トコトコと自室に向かう彼女
の後に続き、尻尾のように左右に触れる後ろ髪を見ながら、
さっきの続きを聞こうと思った。
 視線を横へ送ると、列車はいつの間にか山間を抜けて、
徐々にスローダウンを始めている窓の外に少しずつ町の灯
が映り始める。流れていく町灯り。近くのものはものすご
い速さで、遠くのものは緩やかに。それはさながら僕たち
の日常の様だった。無数の町明かりの中で、どれだけの人
たちが、どんな当たり前を営んでいるだろう。彼らは夏休
みの十五日間だけを走り過ぎて行く、特別すぎる日常を笑
い飛ばすのだろうけれど、それすらもやがて痛みを伴った
日常に溶け込んでいくことを知って欲しいと思った。駆け
抜けていくこの一列の光の帯は、決して頭上高くで瞬いて
いる、星の光ではないのだと気付いて欲しかった。



    ×     ×     ×



 目の前で自動ドアがさっと開く。足を踏み出す。背後で
ドアの閉まる音がして、にわかに慌しくなった客車では、
一人旅の学生やスーツ姿の男、子連れの家族や、或いは車
内で働く人たちが大勢動き回っていて、僕たちが入ってき
たことなど気にも留めない。前を歩いていた風音さんがさ
っと身を翻し、僕の隣に並んだ。
「どうしたんですか?ぼおっとして」
「へ?なんでもないよ。風音さんこそどうしたの。急に元
気になって」
 風音さんは答えなかった。
「あの、博多ではどこに行くか、もう決めてるんですか?」
「いや、まだ決めかねてるけど」
「じゃあ、中州なんてどうです?」
「中州? 別にいいけど、どうして?」
「意味はないですけど。なんとなく何か面白いことが起こ
りそうじゃないですか」
「じゃあ足を運んでみるかなあ。ああ、でもなあ……」
 後日、僕は風音さんの手を引いて、阿蘇の麓に広がる野
を駆け渡ることになる。風音さんは抵抗をしない。ただ、
ゴローのいた方を何度も何度も振り返り、黙ったまま、僕
を責めるでもなく、感謝するでもなく、走り出す方向を決
めることが出来ずにそこに吹く風に流されるように、その
細っこい体のベクトルを僕の手に預けることになる。それ
はこの時の笑顔からは信じられないことだったのだけれど。
 もうすぐ終わりを迎えるこの旅の中で、僕は一体何を決
め、何を変えてきただろう。ままならない時間と空間の流
れの中で、せめて自分のすべてだけは自分で決めてきたと
思ってきた。けれどそれすらも、天にかけた願いのその叶
いに似て、どこからか返ってきた答えの積み重ねでしかな
かったとさえ思う。答えは僕が出したものじゃなく、僕が
した、一瞬の瞬きの答えでしかないと。
 そんな僕の今はというと、どこに遊びに行くかも自分で
決められない、所詮はそんなマイニチなのだけれど。
 
 
 

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